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第28話 茶番劇の幕開け

 クリスティア王国軍の侵攻。それは事情を知らない人々の間に驚きをもって受け止められた。仮にも同盟国。それも先の帝国派貴族の暴走で、十侯会議のメンバーから帝国派が一掃され、アラバイン王国の影響下に入った国がである。


 だが、俺も含めて、事情を知っている者に驚きは無い。手引きをしたのはテオドラ。俺を遠征に引きずり出し、王都から離れた地で亡き者にするための仕掛けなのだ。






「ラキウス、そなたを討伐軍の総大将に任命する。見事クリスティア王国軍を撃退し、我が国土を死守して見せよ!」

「はっ、必ずや陛下のご期待に応えて見せます」


 大広間で居並ぶ重臣達の視線を浴びながら、ドミティウスに臣下の礼を取る。だが、俺の視線は王にでは無く、横に並んで跪く男達に向けられていた。彼らは討伐軍を構成する各部隊の部隊長たち。


 今回の戦線は王都を遠く離れたクリスティア王国との国境近く。王都から全軍を進発させるのは効率が良くない。従って、俺が王都から率いるのは、近衛騎士団100人の他、第二騎士団200人、魔法士団100人、それと自領の護衛騎士団100人の500人程度である。


 道中、第三~第九騎士団からかき集めた3000人が加わり、それに戦線に近い領地の貴族たちによる連合軍7000人が参加する予定。国境近くでクリスティア王国軍と対峙している第十騎士団2000人と合わせれば、総勢1万2千を超える大軍勢となる。数だけで言うなら、1万人程度とみられるクリスティア王国軍を上回っていた。


 しかし、第二~第九騎士団を率いることになる第二騎士団長のセドリックは今はテオドラ派。貴族連合軍7000のうち、ラウル派が3000、テオドラ派が4000である。第十騎士団長のファルケスと魔法士団を率いる副団長のリオネルは中立だが、俺の明白な味方はクリストフ率いる近衛騎士団と自領の護衛騎士団だけ。


 ラウル派とテオドラ派の1万と、クリスティア王国軍1万を合わせた合計2万の軍勢で俺を押しつぶそうと言う、あからさまな意図で編成された部隊なのであった。


 そうした部隊の部隊長たち、その中でも特に、俺の目はラウル派の貴族連合軍を率いることになる男に向けられていた。


 エドヴァルト伯爵。ラウルの祖父にして今次討伐軍編成を主導した男。


 当初、近衛騎士団主導で編成が進んでいたのを、「ラキウス殿下のみに手柄を立てさせるわけにはいかぬ」と言って、横槍を突っ込んできたのだ。


 曰く、「ここで手柄を上げた者が王位に近づくことになる」と言って、ラウル派をねじ込んで来ただけでは無い。「王位が近づく争いと言うことは神殿側は不干渉と言うことだな」と、ラーケイオスの力を使わぬよう、迫ってきたのだ。


 外国からの侵略は王位継承争いとは関係無いと突っぱねることもできたが、竜王の力など使わなくとも及びもつかないだけの力の差があることを見せつけるためにも、その条件を飲んだ。それで無くてもラウル派には暴発してもらいたかったからな。


 こうして俺は500人の騎士、魔法士に加え、直接戦闘に参加しない従卒などを含めても千人に満たない軍勢を率いて王都を出発したのだった。





 行軍は順調だった。この道はかつてテオドラの護衛として向かった道と同じ。その時は、この道の遥か先でアデリアと戦ったのだったか。


 そのアデリアが今では偶に部屋にやって来るようになってるのを思うと、奇妙な時の流れを感じずにはいられない。もちろん、念のために言っておくが、やましいことは何一つしてないからな! 髪飾りは強奪されたけど───


 さて、昼食を兼ねた大休止を取って、クリストフと戦術の相談をしていると、魔法士団のリオネル副団長が、一人の魔法士を伴ってやって来るのが見えた。


 その魔法士はフードを目深に被っているので、顔はよくわからない。しかし、決してタイトでは無い魔法士用フードの上からでも存在感を主張する胸の膨らみは───


「……女?」


 クリストフが意外そうな声を上げる。それはそうだろう。魔法士団に女性が配属されていると言っても、直接戦闘に出てくることは極めて稀だ。


 戦場で女性が捕虜になった場合、凄惨な扱いが待っていたりするのだ。かつてテオドラの護衛でセリアを含む女性騎士たちが戦闘を余儀なくされたが、あれはあくまで巻き込まれただけ。今回のように、戦闘が主目的の遠征に女性を連れてくるなど、普通はあり得ない。


 そうした、こちらの訝しい視線にも構わず、二人は俺の横に跪いた。


「ラキウス殿下、よろしいでしょうか。私の部下が殿下のお知り合いとのことでご挨拶したく」

「知り合い?」


 リオネルからの言葉に一瞬考え込むが、すぐに一人の女性の顔が浮かぶ。


「もしかしてエルミーナ?」

「はい」


 エルミーナは頷くとフードを下した。その顔はすっかり垢抜けて美しくなって───などということは無く、相変わらず研究ばかりに没頭しているのか、化粧っ気の欠片も無かった。


 うーん、素材はいいんだし、お洒落すれば可愛くなるのにと思わないでは無いが、相変わらずの姿にちょっと懐かしい気分になる。


「久しぶりだな、エルミーナ。婚約式以来か」

「はい。ええと、ラキウス様もお元気そうで……。あっ……、その、ご結婚……おめでとうございます」

「ありがとう」


 今さらながらのお祝いに苦笑しながら礼を返したが、今聞きたいのはそう言うことでは無い。


「それで、何で君が同行してるんだ? 君は研究所勤務だったはずだろう? それも戦争しに行こうってのに、女性の君がどうしてここにいるんだ?」

「え、えっと……」


 怒っているのでは無く、心配して聞いたつもりだったが、詰問口調になってしまったようだ。あまり人としゃべるのが得意では無い彼女を益々委縮させてしまった。そんな彼女にリオネルが助け舟を出す。


「彼女は志願したんですよ。自分もラキウス殿下の役に立ちたいからと言って。私も最初は反対したのですが、団長が許可するように言って」

「アナベラル侯爵が?」


 あのサヴィナフが噛んでるとなると、一気に胡散臭さが増してしまうのは何故だろう。クリストフをじろっと睨んだら、スイっと視線を逸らされてしまった。


「クリストフ」

「知りませんよ、兄の思惑なんて。兄弟ですけど、お互い独立して別の家庭を営んでるんです。今は仕事上の接点もあまり無いですし、わかるはず無いでしょう?」

「わ、私はただ、ラキウス様のお役に立ちたかっただけで! 他の皆がラキウス様のお側にいるのに、私だけ、私だけ何もできてないから!」


 クリストフを問い詰めようとしたが、割り込むようなエルミーナの声に驚いてしまった。しかし、エルミーナがそんなことを思っていたとは。


 確かに妻となったセリアだけでなく、秘書官のソフィア、補佐官のカテリナと当時のクラスメート達が俺を助けてくれている。でも、エルミーナにだって俺は十分、助けてもらっているのだ。


「エルミーナ、何もできてないとか、そんなことは無いよ。君は俺に色々魔法を教えてくれたじゃ無いか。それに最近だって助けてくれただろう?」


 そうだ。特に氷結空堡(スカーラエ)の魔法は、当時空を飛ぶことが叶わなかった俺の攻撃の幅を広げてくれた。それだけじゃ無い。彼女に依頼した遠隔爆破できる地雷は完成し、今は国境地帯に配備中だ。


 しかし、彼女はそれだけでは納得できないようだった。


「それでも……それでも、今のラキウス様の力に……なりたい、から」


 そこまで言われてしまうと、何も言えない。何より王都からかなり離れてしまった。今さら帰れとも言えない。


「わかったよ。だけど戦闘になったら、何より自分の身の安全を優先するんだ。これは命令だからね」

「……わかりました」


 彼女は俺の命令に若干不服そうだったが、了承してくれた。一方、冷やかすような視線を感じて、そちらに目を向けると、クリストフがニヤニヤ笑っていた。


「殿下も罪な男ですねえ。クラスメートの女性全員食ったって噂が立つのも……」

「クリストフ、黙れ」


 そんな噂があることは知っているが、バカバカしすぎて放置してきた。何より変に否定すると逆に勘繰られてしまうことが目に見えていたし。ただ、俺はいいとして、彼女たちの耳にまで届くようなら、何か対応を考えないといけない。


 まあしかし、それはこの戦に勝ってからだ。クリストフも単なる冗談で言っただけで、本気で信じてるわけでは無いことはわかっているしな。






 それから道中、エルミーナといろいろ近況を共有し合った。彼女が研究していた治癒魔法のスクロールはついに完成したらしい。今度の行軍には、大量に配備されているとのことだった。


「凄いじゃないか、エルミーナ!」


 治癒魔法が貧弱なこの世界。このスクロールがあれば、救える命がいっぱいある。


「ラキウス様が手伝ってくれたから」


 はにかむように彼女は謙遜するが、そんなことは無い。俺は魔力供給を少し手伝っただけ。全ては彼女の努力の賜物だ。そんなエルミーナが一枚のスクロールを差し出してくる。


「治癒のスクロールです。お側にお持ちください。今はもう、こんなものは必要無いかもしれませんが」

「そんなことは無いよ。竜の騎士だって不死身じゃ無いんだ。凄く助かる」


 嬉しそうな顔をしていた彼女が少し顔を伏せるとおずおずと切り出す。


「これからも、魔法が完成したらラキウス様にお渡ししますので、お側にお持ちいただけますか? 私は大したことは出来ないけど、せめて私の作った魔法をお側に置いて使っていただければ」

「ああ、約束するよ。君の魔法はいつも側に置く。大事にするよ」


 エルミーナの顔が赤く染まり、嬉しそうな、少し怒ったような複雑な表情を見せた。


「駄目ですよ、そんな言い方をすると女性を勘違いさせちゃいますからね。それに魔法は置いておくだけじゃ駄目です。ちゃんと使っていただかないと」

「わかった、わかった」


 そんな他愛も無い会話の後、現在の研究内容に話は移る。彼女自身は、転移魔法を研究したいとのことだったが、今はサヴィナフに言われ、次元の壁を超える魔法を研究中らしい。


 転移魔法よりさらに次元の奥深くに潜る魔法を研究することが、転移魔法につながればいい、そう嬉しそうに語る彼女の瞳が印象的だった。


 しかし、次元の壁を超える、か。それが可能なら、元の世界に戻れたりするのだろうか。元よりセリアのいない世界に戻るつもりは無いが、彼女と一緒に戻れるのならどうだろう。


 だが、ふと浮かんだその考えを振り払う。誰も知り合いのいない世界にセリアを連れて行って、彼女が幸せになれるとは思えない。俺の幸せは彼女の幸せの上にこそ成り立つ以上、彼女が幸せになれない選択肢を採ることはできない。


 そして、身の程知らずにも王を目指そうと言うならば、今さら国民を見捨てて自分だけ元の世界に帰れるはずなど無かろう。例え未熟の身であろうとも、王たらんとする者として、逃げることだけはするまい。


 その他、彼女からは念話の魔法を教えてもらった。


 俺はパスを通して、ラーケイオスやリアーナとはどれだけ離れていても意思疎通が可能だが、竜の魔力を纏わない人との意思疎通は不可能。一方、念話は対話可能な距離はせいぜい数キロだが、事前にお互いの魔力を通しておけば誰とでも意思疎通が可能である。


 7属性もの魔力を有しているくせに念話はさっぱりだった俺にとって、エルミーナに教えてもらって使えるようになったのは助かった。まあ、魔力を通す人は限定しておかなければならないだろうが。





 そうして行軍を続けること2週間と少し、いよいよ戦場が見えてきた。元々国境を守っていた第十騎士団は、数で勝るクリスティア王国軍との単独での戦闘を避け、いったん国内深くに撤退し、迎撃態勢を整えていたのである。そのために守備を放棄された街や村からは避難民が続いていたが、その判断は間違っていない。


 既に近くの領地からの貴族連合軍も到着し、展開を終えていた。クリスティア王国軍も視認できる距離に展開中。その四面楚歌とも思える戦場に駒を進める。


 いよいよ上がるのだ。一世一代の茶番劇の幕が。



次回は第5章第29話「激突」。お楽しみに。

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