第21話 侮辱しないでください
その日の夜、レティシアとリドヴァル代表団の歓迎パーティーが開かれた。明日の貿易協定締結の前祝い的な意味合いも持つ。堅苦しくないように立食の席とした会場の一段高くなった壇上で声を上げる。
「リドヴァル代表団の皆さん、ようこそ。そして協定締結の立会人としてわざわざオラシオンからいらしていただいたレティシア殿下のご来訪をレオニードの民一同、心より歓迎申し上げる。明日はリドヴァルとレオニードが貿易協定を結ぶ記念すべき日。この場に立ち会えることを嬉しく思う。この協定がリドヴァル、レオニード双方のさらなる発展に資することを祈念して、乾杯したい。乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
あちこちでジョッキをぶつける音が響き、笑いさんざめく声がホールに満ちる。今日の主役は貴族では無い。レオニードとリドヴァルの商船ギルド、商業ギルドの幹部たち。街の実力者と言えど基本は平民。本来、王族に声を掛けられる身分では無いのだが、レオニード側から俺に対しては気楽に声が飛んでくる。
「ラキウス様、セーシェリア様はいらっしゃらないんですか?」
「セリアは王都で留守番だよ」
「それは残念。ラキウス様よりセーシェリア様にお会いしたかったのに」
「だーめ、セリアは俺だけのものなの」
「ラキウス様、セーシェリア様がいらっしゃらないからって浮気はいけませんぜ」
「するわけないだろ」
いかん、いかん、王族の威厳もへったくれも無いな。でもこの気楽な関係が心地よく感じてしまう。初めての領地、領民と友好的な関係を築けているのは俺にとって何よりの財産だ。
一方で、リドヴァルの代表団はそんな関係を目を丸くして見ていたが、代表らしき男がおずおずと近づいて来た。
「ラキウス殿下、ご挨拶よろしいでしょうか」
「そんなに畏まらなくて大丈夫だよ。今日の主賓は君たちなんだし」
「ありがとうございます。リドヴァルの商船ギルドでギルド長をしておりますラドクリフと申します。ラキウス様にお会いできて光栄です」
「ありがとう。俺も君たちを我が街に招待することができてうれしく思うよ」
「勿体ないお言葉でございます。ちなみにラキウス様はリドヴァルにいらしたことは?」
「残念ながらまだ無いんだ。国外はクリスティア王国にしかまだ行ったことは無いな」
クリスティア王国に行ったのは、テオドラ一行を救い出すためで、しかもその後は議事堂前で恫喝を続けていたから観光どころでは無かったけどね。でも、そんなことを今言う必要は無いな。
「そうですか。機会がありましたら、ぜひリドヴァルにもお越しください」
「機会があったら行ってみたいな。そう言えばリドヴァルって名産品とか何があるの?」
リドヴァルはレオニードと同じ海に面した港町。何か参考になる産業とか無いだろうか。
「そうですね。リドヴァルは基本的には交易都市ですので、それほど自前の産業があるというわけでは無いのですが、貝細工などは評価をいただいています」
「貝細工?」
「ええ、ちょうどお近づきのしるしにと思っていくつか持ってきております。お納めください」
そう言って合図をすると、お付きの者が化粧箱を持ってきた。サイズ的には前世におけるB4サイズ位か。その箱自体も象嵌がはめ込まれた見事なものである。一目見て高価なものであることが伺えた。
その箱の中に入っていたのは髪飾り。恐らくは貴金属製のU字型ピンの先端に白蝶貝のような細工が施された飾りがついた髪飾り。細かい細工からかなり高価なものであることがうかがえる。それも7本も。
「これは、見事なものだな。螺鈿か?」
「はい。プラチナの台座に貝片をはめ込んでいます。台座の裏に隙間がありまして、そこから光を透かすと、ほら、虹色に光って見えます」
そう言うと、ラドクリフは髪飾りの一つを手に取って、魔石灯の光にかざして見せてくれた。
「素晴らしいものだな。この中から1本選べばいいのか?」
「いえいえ、7本全て差し上げます。奥様に全部お贈りいただいても結構ですし、お知り合いに配っていただいても結構です。そのために個別の箱も用意しておりますので」
やれやれ随分、周到なことだ。俺の周囲にいる親しい女性の数を調べて、全員に配ってなお余りがあるように用意してきたのだろう。
好色という噂を鵜吞みにされているようで、引っ掛かりを覚えるが、まあ、逆に全員に配れば差し障りもあるまい。取りあえずセリアの分を先に選んで、皆には他のから選んでもらうか。
そう考えて改めて髪飾りを見る。みな、素晴らしい出来栄えだが、そのうちの1本に目が留まった。それは貝飾りの部分が本体からぶら下がる形で、いくつもの細かい貝飾りが揺れ動くようになっているもの。しかも貝だけで無く、蒼い宝石も使われている。宝石の種類は俺にはわからないが、非常に綺麗な石である。
白蝶貝の髪飾りは非常に美しいのだが、セリアの髪の色だと溶け込んでしまって目立たなくなってしまうのが難点だが、このようにぶら下がっている形だと問題ない。蒼い宝石も彼女の瞳の色と合って彼女の美しさを引き立てるだろう。何より、作りも仕上げも他より一段上だ。恐らくこれをセリアに贈ると踏んで、特に上質に仕上げてあるに違いない。本当に周到である。
「では、これを妻に贈るようにしたい。小分け用の箱があると言うことだったが」
「流石ラキウス様、お目が高い。一番上等なものをお選びになりましたな。もちろん、箱は本数分用意しておりますので、大丈夫です」
取りあえず、セリアに贈る髪飾りは確保した。後は、リアーナやエヴァ、ソフィアにフィリーナは王都に帰ってから選んでもらうとして、まずはカテリナだな。そう思い、近くにいたカテリナを呼び寄せる。
「カテリナ、好きなのを選んでくれ」
「え、よ、よろしいのですか?」
「もちろんだよ」
全く、貰い物をその場で横流ししているだけの俺に恐縮する必要など、欠片も無いのに。カテリナはしばらく真剣に髪飾りを見比べていたが、一つを手に取った。
それは前世で言えばコスモスのような花を模った髪飾り。花弁に白蝶貝、中心に真珠を奢られた花が3つ並んだ逸品だった。
「これにします」
「それでいいの?」
コクンと頷く彼女の手からそっと髪飾りを抜き取る。
「ラキウス様?」
「ちょっとじっとしてて」
戸惑いながら見上げる彼女の髪に髪飾りを差してあげる。赤い髪に白い花が映えてこの上なく美しい。
「うん、似合ってるよ、カテリナ」
「あ、ありがとう……ございます」
カテリナはその顔を髪の色と見分けがつかない程、真っ赤に染めて俯いてしまった。そんな彼女を見てハッと我に返る。
(何やってるんだあっ、俺!)
心の中で頭を抱える。彼女の気持ちには応えられないって言ったのに、思わせぶりな態度をとって彼女の心を惑わして。無意識にやっただけに余計にたちが悪い。最低だ。慌てて髪飾りを抜くと、箱に収め、押し付けるようにカテリナに渡す。
「ただの貰い物だから。気にする必要無いから。気に入らなかったら捨ててもいいから!」
その一転して素っ気ない態度に一瞬びっくりしたような顔をしたカテリナであったが、はにかむように髪飾りの入った箱を胸の前でぎゅっと抱きしめた。
「いいえ、一生……大切にします」
そのいじらしさに胸が痛い。もう彼女の顔をまっすぐ見ることが出来なかった。
その後、人混みを離れ、会場の片隅で一人銀杯を傾ける。ボーっと眺める視線の先では、カテリナがレティシアの相手をしていた。
本来、ホストとして、俺がもう少し前面に出ないといけないのだろうが、カテリナなら大丈夫だろう。そのカテリナの髪には先ほど贈った髪飾りが輝いていた。
そうやって何とは無しに彼女を眺めていると、ラドクリフが横に立った。
「あの補佐官殿が選んだ髪飾りのモチーフとなった花の花言葉をご存じですか?」
「いや、花言葉とかそんなのはとんと疎くて」
そう言えば前世でも花言葉とかあったが、こっちの世界でもあったのか。そう言うのは全く気にしたことが無かった。
「あの花の花言葉は『いつまでもあなたの傍に』です。まあ、それを知ってて補佐官殿が選んだかはわかりませんがね」
「……そうなのか」
平然とした振りをしながら、内心穏やかではいられない。その言葉が「ずっと側に置いていただけると約束したのに」と流した彼女の涙と重なったから。
俺は彼女をどうしようと言うのか。気持ちに応えることはできないとだけ伝えて、自分だけ安全圏に逃げ込んで、それでも向けてくれる彼女の好意に甘えて。本当に、本当に最低の男───
自分だけの考えに沈み込んで周りへの注意が薄れた、それが良くなかった。気づくと何か会場がざわめいている。何事かと見るとカテリナとレティシアが言い合いをしていた。いったい何が起こっている? 側に行かないと、そう思った時だった。カテリナの大声が響いたのは。
「ラキウス様は、そんな人じゃありません! 侮辱しないでください!!」
次回は第5章第22話「最低の男」。お楽しみに。




