第20話 また女の人
一週間後、俺とレティシアの姿はレオニードに向かう船上にあった。レティシアはすぐにでもレオニードに向かいたいという勢いであったが、王族を迎える準備が整っていないとして一週間待ってもらったのである。
その実は、ほぼ完成していた空母を隠すべく、無理やり出港させるなどしていたのだ。あんな巨大な船は完全に隠すのは不可能であるし、ならば訓練航海を兼ねて遠い洋上に隠しておこうと言うことである。
今、レティシアは俺と一緒にフェレイダ・レオニダスに乗船している。既に軍船に改修してしまっているし、大砲など見られては困るので、「領主用の船で王族を乗せるのに相応しくない」と言って乗船を固辞したのだが、半ば無理やり乗ってきたのだ。自分がオルタリアから乗ってきた船があるのにも関わらずである。
甲板上の大砲はいったん撤去し、舷側砲の砲門は閉じているので、そうそう発見されるものでは無いが、カタパルトは隠しようが無い。まあ、カタパルトそのものは、この世界でも普通に使われている兵器ではあるので、仕方ないかと妥協している。飛ばす爆弾さえ発見されなければ大丈夫だろう。
また、軍船に改修しているため、貴人用の船室の余裕など無く、今は仕方なく、俺用の船室を使ってもらっている状態。当然、お付きの文官や護衛の騎士たちは乗り切れないので、オルタリアの船に乗ってついてきている。
侍女数人のみを連れて王女様が外国の船に乗るなんて、いくら敵対国では無いと言え、大胆過ぎるだろう。いったい何考えているんだろうな、この王女様。隣に立つレティシアを見ながら、そんな疑問に頭を悩ませていると、彼女がこちらを向いた。
「船にカタパルトなんて積んでるんですね」
「できるだけ遠距離から攻撃できるように考えた結果ですよ」
どうやら甲板上のカタパルトに興味を持ったようだ。想定しているカタパルトの用途は、散弾爆弾と組み合わせての対空防御なのだが、それを答えるわけにはいかない。素人ならば、遠距離からの対船、対地攻撃用と言われても違和感は感じないだろう。だが、軍人であるレティシアからは楽しそうな声が飛んできた。
「カタパルトで攻撃なんて、この船の乗員の練度はかなりのものなのですね」
「はっはっは、訓練の成果ですよ」
対地攻撃ならともかく、動く船を離れた距離から、しかも洋上で揺れ動く船上のカタパルトで狙うのは容易では無い。船で投石を武器とするなら、通常使うのはカタパルトでは無く、バリスタである。その方が飛距離はともかく、命中精度は段違いだ。それがわかっているからこその皮肉交じりの指摘だろう。だが、それを認める訳にはいかないのだ。
一方、船を見回すレティシアからは、さらに探る様な質問が飛んでくる。
「とても興味深い船ですね。そう言えば、乗り込むときに見ましたが、舷側にいっぱい窓が並んでるようですが、あれは一体何に使う窓ですか?」
「そりゃあ、船室に風を入れないとカビが生えますしね。戦う時に隠れて矢を撃つのにもちょうどいいんですよ」
一番触れて欲しくない、舷側砲の砲門の話を振られて、思いきり適当な回答で誤魔化す。
「そうですか。ちなみに下層の方を見学させてもらっても?」
「いやあ、下層はごみごみしてますし、むさ苦しい男たちが詰めてますんで、とてもとても王女様を連れて行ける場所ではありませんよ」
「そうなんですか。残念です」
何か隠してるなと察したであろうレティシアが突っ込んでくるが、聞き入れる訳にはいかない。彼女もこちらの言い訳が嘘ばかりというのは気づいているだろうが、それ以上踏み込んでこないのは、仮にも王族の俺を追い詰めてはいけないと思っているからなのだろう。そんな一見おバカな腹の探り合いをしているうちにレオニードに着いたのだった。
港には、屋敷の家臣たちが総出で出迎えていた。先頭に跪くカテリナをレティシアに紹介すると、それに続いてカテリナが口を開いた。
「レティシア様、初めてお目にかかります。ラキウス殿下の代官を務めておりますカテリナ・エリュシオーネ・サルディス女伯爵でございます。この度はレオニードへのご訪問、ラキウス様の家臣一同、歓迎させていただきます」
「ありがとうございます、サルディス伯。リドヴァルの代表と共にこの地を訪れることができたこと嬉しく思います。滞在中ご面倒をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」
にこやかに挨拶を交わしている二人。だが、レティシアが一瞬こちらをチラリと見た。その視線は嫌悪とまでは言わなくても、決して好感を宿したものでは無い。加えて、その口が「また女の人」と呟いた。それを聞き逃しはしなかったが、直接言われたものでない以上、あまり先回りして反論すべきでも無いだろう。
俺への恐らくは好色という貴族内での陰口はソフィアから聞いたばかりだが、国内からしてそうなのだ。国外から来て、会ったばかりのレティシアが、女性ばかり登用しているように見える俺にどういう視線を向けているかは想像に難くない。だが気にしても仕方がないだろう。
時刻は夕方に近いと言うことで、街の視察は明日に回し、まずは屋敷に向かう。今日は歓迎パーティーを開いて終わり。明日は協定の調印と街の視察。王都に向け出発するのは明後日だ。決して長くない滞在だが、だからこそ時間は有効に使おう。
屋敷に着いて、レティシア一行の案内を侍女たちに頼むと、カテリナを連れて執務室に入った。この執務室で仕事をするのも一月ぶり。王宮の執務室の方が設備等充実しているが、レオニードの執務室の方が気分が落ち着く。今は夕方だから、それほど明るいわけでは無いが、昼には陽光が降り注ぐ明るい部屋であることも影響しているだろう。
その部屋で、カテリナから最近の統治状況についての報告を受ける。もちろん、重要事項は使い魔を使った手紙等で随時送られてきていたが、面と向かって話を聞くのとでは、情報量の違いは大きい。やはりもう少し頻度を上げてレオニードにも来るべきだろう。
問題は往復の時間だが、本気でラーケイオスに頼んでみようか。毎週末に帰ることが出来ればだいぶ仕事がはかどるに違いない。何よりカテリナにばかり負担をかける訳にいかないからな。
カテリナからの報告によると、内政については、ほぼ順調のようだ。税収は着実に上がっているし、治安も良くなって海賊の出る頻度も減っているとのこと。これだけ順調なら、もう少し改革を進めてもいいかもしれない。
今はレオニードだけで実験的に進めている施策を領内全域に広げる。それと一部は王都でも実験的にできるよう進言してみようか。閣議への出席資格はまだ無いが、議題を提案すれば出席可能だろう。そのためにはデモンストレーションが必要だなと思いつき、カテリナに確認をする。
「カテリナ、出港した空母から訓練の状況について何か連絡が来ているか?」
「はい、来てはいるのですが……」
それまで、上機嫌この上なかったカテリナの顔が曇る。いったい何があったのかと訝しむ俺に彼女は一通の手紙を差し出した。
「今日昼頃に空母から届いた連絡です。御覧ください」
その手紙を受け取り、一読した俺は頭を抱えた。
「飛竜が船酔いで使い物になりませんって何だよ、それ!」
いや、生き物だから、そんなこともあるかもしれないけど、それにしても飛竜が船酔い? そんな事態、全く想定していなかったぞ。
「まあ船酔い自体は慣れの問題らしいので、もう少し経てば大丈夫になるだろうとも書いておりますし」
「そうだな。引き続き訓練を続けるように伝えてくれ」
「かしこまりました」
カテリナが慌てて慰めてくれるが、そうか、もう少しかかるか。まあいい。デモの準備に少し時間もかかるだろうし、それまでに仕上げて行けばいいだろう。全く、次は想定外の事態なんて起こらないことを祈るぞ。
次回は第5章第21話「侮辱しないでください」。お楽しみに。




