第12話 私はアデリア
「は?」
「え?」
テオドラの指示に、俺もアデリアも困惑の声を上げたのは無理も無いだろう。それ位、意味不明だったのだ。だが、テオドラは苛立ったように改めて命じる。
「リュステール、聞こえなかったのですか? 脱ぎなさいと言ったでしょう!」
「な、何故……?」
「は? 理由も何も、契約主の命令に従いなさい!」
アデリアが助けを求めるように一瞬俺を見たが、諦めたように俯くと、ローブのボタンを外し始めた。
「止めろ! テオドラ、何のつもりだ⁉」
「何のつもりも何も、相手は魔族ですよ。人間では無いのに、何をそんなムキになってるのですか?」
「違う! アデリアは身体は魔族でも人間の心を持ってる! 人間なんだ! 彼女を辱めるようなことは止めろ!」
止めようとしたその言葉は、テオドラには届かない。むしろ嘲りの表情が返ってきた。
「何ですか? アデリアって? こいつはリュステール。アデリア様を取り込んだ混ざりものの魔族に過ぎませんよ。ああ、セーシェリアが好きと言っても、魔族は別腹ですか?」
「ふざけるな!」
思わず、飛びかかろうとしたが、間に入ってきたアデリアに止められてしまう。彼女はもうローブを脱ぎ、下着だけの姿になっていた。
「ごめんなさい、ラキウス。あなたが私のために怒ってくれてるのは分かるけど……私は契約主を守らなければならない。お願い、手を出さないで。あなたを傷つけたく無い」
「……アデリア……」
俺のために恥辱に耐えている彼女を前に、何も言えなくなる。だが、テオドラは更に容赦が無かった。
「何をしているのです、リュステール。さっさとその邪魔な下着も脱ぎなさい!」
「テオドラ、貴様!」
怒りに震えながら何もできない。アデリアと1対1で叶うはずも無い。テオドラに届く前に止められてしまう。その横で、アデリアは最後の1枚を脱ぎ捨てていた。一糸まとわぬ姿となった身体を手で隠すように搔き抱き、羞恥に染まった顔で呟く。
「お願い……見ないで」
だが、テオドラはその最後の尊厳さえ打ち砕こうとするかのごとく、アデリアの後ろから手を回すと、その身体を弄び始めた。
「ラキウス様、どうです? この巨乳。セーシェリア以上でしょう?」
「お前は何を言ってる⁉」
「知ってますか、ラキウス様。この魔族、400年の封印で元の身体は崩壊しちゃったんです。封印から解き放たれた時、アデリア様の記憶で体が再構成されたんですよ。だから、身体だけは、アデリア様の肉体そのものなんです。しかも死んだ時の姿では無くて、若い、全盛期の時の姿で」
「……」
「どうです? アレクシウス陛下も堪能した大聖女の肉体、味わってみたいと思いませんか?」
「……違う!」
アデリアの尊厳を欠片も残さないまでに踏みにじり、愚弄するテオドラの言葉。それは俺への挑発だ。だが、反論は意外なところから来た。アデリア本人の口から。
「アレクは、私に指一本触れなかった! 触れて……くれなかった!」
絞り出すようなアデリアの叫びに、驚いたようにポカンと口を開けたテオドラだったが、その口が徐々に歪んでいく。侮蔑の笑いに。
「何ですか、それじゃアデリア様、処女のまま死んじゃったんですか? 確か死んだ時、30近かったですよね?」
もう、我慢が出来なかった。アデリアを助ける。要はテオドラを狙わなければいいのだろう? テオドラさえ傷つけなければ、アデリアは攻撃してこない。
俺はテオドラに抱きすくめられているアデリアをひったくるように奪い取ると、テオドラから距離を取った。その上で、落ちているローブを拾い上げ、アデリアの肩に掛ける。
「すまない。俺のせいで君にこんな辱めを受けさせてしまった。頼むから服を着てくれ。あんな奴の言うことなんか聞くな」
「……ラキウス」
涙の浮かんだ瞳で見つめる彼女に、しかし、テオドラから声が飛んだ。
「リュステール! こっちに来なさい!」
「アデリア、聞くことは無い! ここにいろ!」
「リュステール!」
「違う! 彼女はアデリアだ!」
アデリアは、俺とテオドラの言い争いをオロオロしながら見ていたが、突如、頭を抱え、叫び始めた。
「ああああああああああああああああああああ!!!!」
その異様な叫びにギョッとする俺の前で、さらに彼女の絶叫が響く。
「あああああ、私はアデリア、アデリアなの! リュステールじゃ無い!」
その心の奥底から絞り出すような彼女の願いが胸を打つ。400年、魔族と共に封印され、融合してしまった彼女の痛み、悲しみに胸が痛くなる。だが、そこにテオドラの容赦ない声が投げつけられる。
「違う! お前はリュステール! 契約主の言葉が聞けないの⁉」
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、リュステールは嫌あああああああああああ!!」
その時、テオドラの言葉に抗うアデリアの身体を黒い光が覆い始めた。バチバチと黒い電撃の様な光。それが彼女の身体を打ち据えるたびに、彼女の口から絶叫がほとばしる。
「あああああああああああああああああああああああああ!!!」
光に打ち据えられるアデリアはもはや立っていることもできない。地面に這いつくばり、ただ叫ぶだけ。一体何だこれは? あまりの異様さに、テオドラを問い質す。
「いったい何をした? これは何だ?」
「魔族は契約主に逆らうとこうなるんです。契約の呪いで、いつまでも抗ってると死にますよ」
「おい、冗談だろ?」
「冗談ではありませんよ。魔法存在である魔族が契約主に逆らったらこうなることは彼女だってわかっていたはず」
冷たい目でアデリアを見下ろすテオドラに寒気が止まらないが、ここは何とかしなければならない。
「お前が契約を解けば、その呪いは消えるんだろ?」
「バカですか、あなたは? そんな自分の切り札を捨てるようなことをするわけないじゃ無いですか」
「じゃあ、せめてアデリアと名乗ることを許してやれ。彼女が死んだら、お前だって困るんだろ?」
その言葉に、苦しみ続けるアデリアを一瞥したテオドラはため息を吐いた。
「……アデリアと名乗ることを許す」
その言葉が彼女の口から出た途端、アデリアを苛み続けていた黒い光が嘘のように消え去った。少しだけ身を起こした彼女の元に駆け寄る。
「大丈夫か、アデリア?」
「ラキウス!」
涙を浮かべた彼女がすがりついて来た。痛かっただろう。怖かっただろう。俺の胸で泣きじゃくる彼女の背をさすり、少しでも落ち着くように声をかける。
「大丈夫だから。落ち着いて、アデリア」
「全く、魔族に肩入れして何を考えてるんですか? 相手は化け物なんですよ」
そんな俺にテオドラが呆れたような顔を向けてくる。その、アデリアのことを歯牙にもかけない言いように、どうしようも無い程、心がざわついた。
「……謝れ!」
「は?」
「アデリアに謝れ! こいつは化け物なんかじゃ無い! 優しくて誇り高い心を持った人間だ! お前なんかよりよっぽど。お前の方が、よほど化け物じゃ無いか!」
「私が……化け物ですって⁉」
感情のまま、ぶつけた言葉。それが、テオドラの激烈な反応を引き起こした。
「何も……何も知らないくせに! 偉そうなこと言わないで! 7歳だったのよ! 私が悪いって言うの? 私だって……私だって好きで化け物になったんじゃ無い!!!」
怒りのあまり叫び続ける彼女を呆気に取られて見つめる。
「落ち着いてくれ。……とにかく、まずは服を着ろ。そんな恰好じゃ、まともに話もできない……」
下着姿のまま、地団太を踏み続ける彼女に困惑して、どうすればいいのかわからなくなった。二人の女性の嘆きと怒りと嗚咽。それに囲まれて、ただ途方に暮れるのだった。
次回は第5章第13話「テオドラの真実」。お楽しみに。




