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第5話 秘書官ソフィア

 ソフィアが秘書官になってくれることになり、早速作戦会議である。正直、何から手を付ければいいかもわからなかったので、恥ずかしいが、真正面から聞いてみると、思いもかけなかった答えが返ってきた。


「まず、セーシェリアに側仕えを付けます」

「は?」


 俺が王になるのに、まずセーシェリア? しかも側仕え? 意味が分からない。その不審そうな目に気づいたのだろう。


「ラキウス様は、宮廷政治における社交の重要性を理解していませんね」

「社交?」

「そうです。宮廷においては、多くのことが事前の根回しで進みます。その際バカにできないのが、奥方ネットワークなのですよ。有力貴族の奥方を味方につければ、夫たる貴族も味方にしやすくなります」


 なるほど。言われてみれば、その通りであるが、思いつきもしなかった。


「側仕えには、そう言った宮廷の社交を全て取り仕切る能力が求められます。セーシェリアには、幼馴染の侍女がいて、これまで、そう言った役割の一部を担っていたと思います。でも申し訳ないですが、地方の騎士爵家の娘には宮廷の社交は荷が重すぎます。ですので、カーライル公爵家の取り巻きのうち、信頼できる上級貴族の女性を側仕えとして付けようと思います」

「そう言えば君と一緒にいるイレーネも側仕えなの?」

「いいえ、イレーネはただの侍女です。私に側仕えはいりませんよ。私以上に宮廷生活に浸かっている人間はそうそういませんから。……話がそれましたが、セーシェリアの側仕えには、伯爵家以上の女性で結婚して子育てが終わっている人がいいでしょう。人選は進めておきます」

「頼む」


 うーむ。理念的な話はできても、このように、どう実行していくのか、ということになると、全く力不足を実感する。しきりに首をひねっていると、ソフィアがクスリと笑った。


「ラキウス様、社交はセーシェリアに任せておけばいいと言うものではありませんよ。ラキウス様にも有力貴族への根回しをしていただきます」

「うっ……」


 思わずたじろいでしまった。パーティーとかでも挨拶とか苦手なんだよな。いつも疲労困憊してしまう。でも、ソフィアは容赦してくれなそうだ。


「ラキウス様の王族としてのお披露目ですが、まずは来週の閣議で大臣たちにお披露目されます」

「閣議?」

「はい、太陽神の日(月曜日)の朝、朝食会に続いて閣議が行われます。国王陛下と王国宰相たる私の父の他、財務卿、外務卿、軍務卿が出席します。議題によって他のメンバーが加わることはありますが、固定メンバーはこの5人ですね。ラキウス様は現時点では王太子では無い、ただの王族なので、出席資格は無しですが、来週の閣議には、大臣たちへの紹介と言うことで出席してもらいます」

「そうなのか」

「……そうなのか、ではありませんよ。そこが初お披露目と言って、本当に全員そこで初顔合わせするつもりですか? そんなの、メンツを潰されたと相手側の不興を買う恐れがあります。全員事前に挨拶してもらいますからね」


 そう言うものなのか。初お披露目をボーっと待っててはいけないのだな。


「後、こういう挨拶は順番も大切です。まずはドミテリア公爵との昼食会をセットしますね」

「ドミテリア公爵?」

「現財務卿です。ドミテリア公爵家は、建国以来続く名門中の名門で、アレクシウス陛下の生母の出身家でもあります。5代前の王弟が独立してできたカーライル公爵家よりも由緒正しい家柄ですからね。しかも現公爵はアラバイン王家の姫君を生母に持つ方です。名をレオンハルト・アラバイン・ドミテリア。血統だけで言えば、私の父より格上です」

「そんな偉い人なんだ」

「今や、ラキウス様の方が偉いんですけどね」

「そんな実感なんか無いよ。しかし、ドミテリア公爵家か。確か死んでしまった前の近衛騎士団長がドミテリア公爵家だったような」

「ええ、リオン様のことでは、ラキウス様はレオンハルト様に恨まれているかもしれませんね」

「えええ⁉ そりゃちょっと喧嘩したけど、それと公爵の息子が死んだことは何の関係も無いだろ?」


 そうだ。彼が死んだのはテシウス殿下とアスクレイディオスのせいだ。龍神剣(アルテ・ドラギス)の存在が反乱を誘発した側面はあるが、そんなことまで俺のせいにされたらたまらない。恨まれる謂れなど無いはず。だが、ソフィアは呆れ顔だ。


「ラキウス様が貴族の価値観に疎いことがよーくわかりました。リオン様の死のことでラキウス様のことを恨んでるわけじゃありませんよ。レオンハルト様が恨んでいるかもと言うのは、リオン様とセーシェリアとの縁談を断られたことです」

「はい……?」

「いいですか? ドミテリア公爵家は王家以外、比類する者無き名門なんです。それが公爵家から持ち掛けた縁談を格下の辺境伯家から断られたんですよ。それがどれほど公爵家のメンツを潰したことか。そのセーシェリアと結婚したあなたを見て、こんな成り上がり貴族に公爵家が負けたのか、と思われていても不思議じゃ無いですよね?」

「……完全に逆恨みじゃ無いか!」


 思ったよりも更に酷かった。貴族の価値観、訳わかんない。


「まあ、でも、その意味ではあなたが王族だったのは彼には好ましいかもしれませんね」

「どういうこと?」

「負けた相手が成り上がり貴族では無く、王族だったのなら、公爵家のメンツも保たれるではありませんか」

「はあ? 結局、恨んでるのか、好ましいと思ってるのか、どっちなんだよ?」

「そんなの、相手の好感度が高い前提で面会するバカはいないでしょう?」


 ───結局、相手が恨んでいる前提で会うのか。そうだとしたら対処方針はどうなるんだ?


「もっとも、レオンハルト様相手に小細工を弄する必要はありません。真正面から政策論争を挑んでください」

「……どういうこと?」

「レオンハルト様は貴族きっての政策通です。しかも財務卿で国の財政基盤強化に対する関心は人一倍強い。美辞麗句を弄するのではなく、先ほどのあなたの考えを真正面からぶつける方が、彼の覚えはいいと思いますよ。逆に言うと、彼を味方につけられないようでは、ラキウス様の改革の実効性は怪しくなりますね」


 ───いきなりハードモードなんだけど。でも、それ位やって見せろと言うことなのだろう。その程度で弱音を吐いていたら、王になんか成れないぞと。


「で、ドミテリア公爵が一番として、次は誰なんだ?」

「どっちだと思います? 外務卿か、軍務卿か」


 外務卿と軍務卿か。これは考えるまでも無いな。


「軍務卿だな」

「正解です。軍務卿にして王国元帥たるアルカード侯爵は、国王陛下に代わって王国軍全軍を指揮する権限を持ちます。私的に所有している武力と言う点ではフェルナース辺境伯の方が大きいですが、それでも王国軍全軍には及びませんからね」

「で、軍務卿も政策論争した方がいいの?」

「それはダメです」


 思い切り却下されてしまった。ドミテリア公爵との違いは何なのだろうか。


「総じてですが、軍人が保守的な思考を持つのはご理解いただけますよね?」

「ああ、それはわかる」


 軍人が保守的思考になると言うのは、考えが古いとか、極端な国粋主義になるとか、そう言うことでは無い。新しいものに飛びつくより、有効性が十分に検証されたものの方を重視すると言う、そう言うことだ。新しいものを採用して、戦場で機能しなかったら、即、命の危険に結びつくのだ。慎重、保守的にならない方がおかしい。


「なので、軍の改革などには触れないでください。まあ、ラキウス様が進めている新兵器の開発は、いくら保守的と言っても興味を引かれると思うので、そこはプレゼン次第でしょうね」

「なるほどね」

「もう一つ。アルカード侯爵自身は中立ですが、将軍以下の軍幹部層にテオドラ様の影響が及んでいる形跡があります」

「テオドラの?」

「ええ、リュステール対応を契機とした軍幹部のテオドラ様への信頼はかなりのものです。王位継承争いにテオドラ様がどう絡んでくるかは正直読めませんが、軍と付き合うに当たってはテオドラ様との関係を念頭に置いて慎重に行動するようにしてください」


 テオドラがねえ。なんか一生懸命、軍を取りまとめているとは聞いてたけど、そんなことになっていたとは。俺と結婚したいと言い出したり、何考えてるかわからないお姫様だけど、ほんと、侮れないな。


 まあいい。軍との関係は徐々に深めて行けばいいだろう。テオドラと軍との関りも、外からでは見えないことも、内部に入り込めば見えてくるだろうし。その点、女性のテオドラやソフィアよりもやりやすい部分は多いはずだ。


「軍務卿はわかったよ。最後の外務卿はどうなんだ?」


 その問いに、珍しくソフィアが首を傾げている。


「……よくわからないんですよね」

「……君の元上司だよね?」

「それでもです。外務卿……リューベック侯爵は、ちょっと何を考えているかわからないと言うか。例のクリスティア王国の一件で、前の外務卿が更迭されて着任したと言う経緯はあれ、あの若さで外務卿にまでなってますし、頭はいいんです。私の従兄、アナベラル侯爵と王立学院の同期で双璧とまで謳われた天才なんですよ。今はどうか知らないですけど、当時は二人仲良くて、良くつるんで悪戯してたみたいですね」


 サヴィナフと仲良いのか。動乱の時代を見てみたいとまで言ってのけた魔法士団長と外務卿が仲良し。なんか波乱の展開しか予想できないんだけど。


「まあ、リューベック侯爵との会談では、こちらの事情や本音を悟られないよう、必要な自己紹介を済ませたら、後は可能な限り聞き役に徹してください。一応、簡単な発言応答メモみたいなものは作りますので」


 ううむ、大臣たちも皆一筋縄ではいかないようだ。国の中枢を担っている人たちなのだから、当然と言えば当然ではあるが、今後、そうした人たちと伍していけるのだろうか。いや、伍していけるかでは無い。いずれは御していかねばならないのだ。そのためにはまず、最初が肝心だ。その週は、準備も含めて大臣たちへの挨拶で潰れたのだった。


次回は第5章第6話「初めての閣議」。お楽しみに。

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