第9話 白銀の乙女
今日は王立学院入学式の日。
俺は王立学院のロビーで張り出された生徒名簿の中から、自分の名前を探していた。
王立学院、あるいは生徒には単に「学院」と通称されるこの学び舎のクラスは平民や騎士爵、準男爵などの下級貴族がメインの初級クラス、男爵、子爵を中心とした普通クラス、伯爵以上の上級貴族を中心とする特待生クラスに分けられる。これは必ずしも身分によって差別しているわけでは無い。王立学院に入学するまでに受けてきた教育水準や各人の魔力量が異なるため、一緒にしてしまっては逆に学習効果が落ちてしまうのである。
俺は平民だから、当然初級クラスだろうと思って、初級クラスのリストを見たのだが、載っていない。それではまさか、普通クラスなのだろうかと思って見てみたが、そちらにも載ってない。
途方に暮れていると、向こうから少女が歩いてきた。
王立学院の制服を着ているところを見るとこの学院の生徒なのであろう。だが、侍女を連れて歩いているところを見るに、上級貴族の娘に違いない。赤い髪をサイドテールに纏めた、見るからに上品そうな少女である。彼女は俺のところに来ると、「何かお困りですか?」と問うてきた。
「あっ、いや、自分のクラスが見つからなくて」
「お名前をお伺いしても?」
「ラキウス・ジェレマイアです」
一瞬、すぅーっと目が細められる。
ああ、やはりそうか。
この国では平民の名前は「個人名・父親の姓」となる。対して、貴族の名前は「個人名・母親の旧姓・父親の姓」だ。これは貴族は女性を大切にしている、ということでは無い。母親の旧姓をミドルネームにしている理由はいくつかある。
まず第一に、魔力の大きさが血統に左右されるため、父親だけでなく母親の血統も重視されること。
次に派閥争いの観点から、どこと姻戚関係にあるかを明らかにしておくこと。
最後にこれは推奨されているわけでは無いが、異母兄弟姉妹間での結婚も認められているため、同腹の子同士の結婚を避けるためという理由もある。
いずれにせよ、ミドルネームを持たないということは、自分は平民だと名乗ることと同じということだ。今回の場合で言うと、上級貴族のお嬢様がお戯れに声をかけてみたけど、相手が平民で引いちゃったということなんだろう。
……と思ったら、彼女は次の瞬間、微笑んだ。
「ラキウス様、確か向こうのリストにお名前がありましたよ」
「本当? そっちは特待生クラスのリストがあるところだよね?」
「ええ、ご覧になりますか?」
そう言うと少女はリストまで案内してくれる。
そこには確かに俺の名があった。
驚いていると、少女はニッコリ笑い、自己紹介する。
「ラキウス様とはクラスメートと言うことになりますね。ソフィア・アナベラル・カーライルと申します。よろしくお願いいたしますね」
「あっ、いや、こちらこそよろしく」
「よろしければ講堂までご案内しましょう」
「いいんですか、助かります」
ソフィアが入学式が行われる講堂までの案内を申し出てくれる。正直、王立学院はまだ2回目で構造がよくわかってないから案内してくれるのは助かる。
ソフィアと並んで歩きながら聞いてみる。
「ソフィアさんは王立学院にはよく来てるんですか?」
だが、それまで俺の口の利き方に我慢していたのだろう侍女が、ついに切れて大声を出した。
「平民、口の利き方をわきまえなさい!ソフィア様はカーライル公爵家のご令嬢、本来、貴様などが口をきいていい存在では……!」
「イレーネ!!」
侍女の怒声はソフィアにさえぎられた。
「おやめなさい。学院の中ではあくまでクラスメート。貴族も平民もありません。失礼なことを言ってはいけませんよ」
ソフィアはイレーネと呼ばれた侍女に注意したのち、こちらを向いて謝罪する。
「ラキウス様、侍女が失礼なことを申してしまい、大変申し訳ありません」
「あっ、いや、謝らないでください、ソフィア様。こちらこそ失礼な物言いをしてしまい、申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。先ほど申しましたように、私たちはクラスメートですから」
……ああ、この人、心の中までレディーだ。
その後も他愛もない会話を続けつつ、講堂に着く。
ソフィアが他に用事があるとのことだったので、俺は先に講堂に入った。
❖ ❖ ❖
ソフィアはラキウスが入って行った講堂の扉を見つめ、考え込んでいた。
イレーネが後ろからおずおずと話しかけてくる。
「ソフィア様、何もあのような者に優しくしなくても……」
「わかっていませんね」
振り向いたソフィアの顔からは先ほどまでの優しい笑顔は抜け落ちている。
「この王立学院に平民は入るだけでも大変なのです。それが特待生クラス? ありえません。何か裏があると考える方が普通です」
「裏でございますか? 一体どのような?」
「それが分かれば苦労しませんよ」
だからこそ、と言う。
「分かるまでは、下手に敵対すべきではないのです」
❖ ❖ ❖
俺は講堂に入ると、特待生クラスの席の最後尾に座る。周りにいるのは上級貴族らしく育ちの良さそうな者や横柄そうな態度の者いろいろである。
そこにソフィアが入ってきた。
ソフィアは俺を見つけると笑顔で会釈しながら真っすぐ最前列の席に向かう。やっぱり公爵家ご令嬢だけあって最前列だよな、と思うと、そんなお嬢様が自分のような平民に分け隔てなく接してくれたことが奇跡のように思われる。
そう考えていると、それまでざわついていた会場が一瞬静まり返る。何だろうと思って周りを見回すと、一人の少女が入ってくるところだった。
一目見て、息を呑んだ。
天使と見まごうばかりに美しい少女がそこにいた。
流れる銀の髪はプラチナの輝き。
意志の強さを感じさせる切れ長の目。
その瞳は蒼い宝石を思わせるアイスブルー。
透き通るような白い肌。
少女らしい瑞々しい均整の取れたスタイル。
あらゆる美がそこにあった。
一瞬で心を奪われた。
胸が苦しい。心臓がバクバクする。
こんな、こんな綺麗な人が現実に存在するのか。
いったい彼女は誰なのだろう? 彼女の名を知りたい。
見つめていると、一瞬、目が合った。
だが、彼女はフイと目を逸らすと最前列に向かう。そしてソフィアと二言三言、笑顔で何かをしゃべると並んで座った。最前列に躊躇なく座るということはやはり大貴族の娘なのだろう。
見つめていたが、入学式が始まったので、そちらに意識を向ける。
式は前世の学校での入学式と似たようなプログラムで進んだ。まあ、この辺、オリジナリティが求められるものでもないのだろう。
まず学院長の挨拶があり、続いて来賓挨拶として、近衛騎士団長と魔法士団長の挨拶があった。
近衛騎士団長は絵に描いたようなイケメン騎士で、この世界が乙女ゲー世界なら間違いなく攻略キャラだったに違いない。何人もの女子生徒がうっとりと見つめていた。
対して魔法士団長は見るからに陰鬱と言うか、学者肌と言うか、そんな感じの人だった。話を聞いていると何回かこちらに視線を向けてくるのが気になるが、とりあえず無視する。
在校生の迎えの言葉に続いて、新入生代表による挨拶に移る。例年、この挨拶は首席合格者によるものらしい。誰だろうと思っていると名前が呼ばれる。
「それでは新入生代表挨拶、カーライル公爵家ご息女、ソフィア・アナベラル・カーライル殿」
ソフィアが壇上に向かう。
やはりソフィアだ。それにしても家柄も良く、性格も良く、頭もいいって何その完璧超人。
さて、挨拶が終わり、ソフィアは席に戻ったが、それで終わりでは無かった。
「それでは、もう一方、フェルナース辺境伯家ご息女、セーシェリア・フィオナ・フェルナース殿」
「はい」と言って立ち上がったのは、あの銀の髪の少女だった。
あれ、二人挨拶ということは首席合格者が二人?という疑問も、少女の名前を知れたことに比べれば些細なことだった。そうか、あの娘はセーシェリアと言うのか、綺麗な名だと思っていると彼女が壇上に上がる。
その瞬間、生徒だけでなく、教師や来賓からも、ほう、というため息が漏れた。
それほどまでに彼女の美しさは圧倒的だった。
彼女は壇の前に立ち、堂々と声を上げる。
「先生方、先輩方、そしてご来賓の皆様、この佳き日に新入生を代表してご挨拶申し上げる機会をいただきましたこと、感謝申し上げます……」
銀の鈴を転がすような、涼やかな声が講堂の中に響き渡っていった。
次回は第10話「セーシェリア」です。お楽しみに。
よろしければ、ブックマーク、評価をお願いいたします。




