7.ラファエルの幸せ
「アンジェル?浮かない顔だがどうした?」
「お父様…、そろそろ文通を終わりにしようと思います」
その言葉にレイモンは驚いた。ラファエルはいつも文通を楽しみにしているというのに…。
「どういうことだ?何かあったのか!?」
「何もありません。彼は悪くないのです。ただ、私が悪いのです」
後ろに控えているセシルに目を向けると、アンジェルの決断を止められなかったことを悔いているようだった。
「私は代筆代読をしてもらっていると伝えていませんでした。盲目であると伝えていませんでした。その事が私を苦しめてしまったのです。彼の言葉を素直に受け取れなくなってしまいました。彼は私に会いたいそうですが、私は会うことはないと思って文通しておりましたので、ここで終わりにしたいと思います。これが最後のお手紙だとお伝えください」
「…、そうか…。君にそんな顔をさせてしまったのは私だな。すまなかった」
レイモンは自分の行動を悔いた。なぜ相手が誰かを教えなかったのか。なぜ互いのことを知らぬままの文通が面白いなどと言ったのか。盲目の娘の相手にラファエルを選んだのは、長い間聴覚障がいのあるシルヴァンに仕えていたため障がい者への偏見を持たないだろうと考えたからだ。だが文通を始めた二人は、自らを明かすことはなかったのだ。相手が障がいを持つことを知らなければ偏見も配慮もしようがない。ラファエルに対しても確実に身元が証明できる女性を紹介しようと思った。この自分の娘であれば家のしがらみもなく急な婚約などもない。寧ろ家から出すことはないのだから、周りや環境が障害になることはないのだ。シルヴァンのように手の届かぬ場所に行ってしまうことはない。シルヴァンの側という居場所を失ったラファエルの心の穴を埋めてあげられると思った。違う出会わせ方をするべきだったと猛省した。
◇◇◇
「そんな!?」
珍しくラファエルの張り上げた声にフランソワーズは顔を上げた。
ラファエルが第一王子付きになってからは絵本の読み聞かせの名目で、王太子妃の私室にフェルナン王子とラファエルとレイモンが呼ばれ、その時間に手紙をやり取りしていた。いつもならばフランソワーズは壁の花になりきっているのだが、今回はそうもいかなかった。大きな声がした方に目を向けると、ラファエルが青ざめていたのだ。
「どうしたのです?貴方が声を張り上げるなんて珍しいですね」
「…」
衝撃が大きかったのか、ラファエルは放心している。フランソワーズは代わりにレイモンに目配せるとレイモンが答えた。
「文通のお相手から、今回を最後にしたいと手紙を渡されたのです」
「まあ!?どうして!?」
フランソワーズも信じられなかった。あんなに心踊らせていたラファエルからは考えられなかったからだ。
「ラファエル、今すぐお手紙を確認なさって」
ラファエルは言われるがまま手紙を読んだ。
『親愛なるラフ
急なお別れになることをお許しください
私は貴方とお会いすることができません
ここで文通を終わりにしたいと思います
貴方のおかげで外の世界を感じることができました
沢山の贈り物ありがとうございました
どれも貴方との大切な思い出となります
貴方は素敵な人です
私は貴方の横に立てるような女性ではありません
どうか、私のことはお忘れください
この先貴方に相応しいお方との出会いがあることを願っております
アンジーより』
「私が会いたいと願ったのがいけなかったのか…」
ラファエルは文通が終わることが受け入れられなかった。彼女は自分に相応しくないと言っている。何が彼女にそう思わせてしまったのだろうか。
(彼女を忘れる?そんなこと出来るわけがない!)
「館長。文通を続けて貰えるようお願いできませんか?彼女が会えないと言うのであれば、私は一生会えなくても構いません。彼女との繋がりを失いたくないのです」
「ラファエル様…」
「何とかできませんの?私からもお願いしたいわ」
「妃殿下まで…」
レイモンは悩んだ。アンジェルは盲目である自分を隠し通すことに決めたようだ。その彼女にとって文通は苦痛となるだろう。対してラファエルは文通が終わる理由を自分に会いたくないからだと思っている。アンジェルの会えない理由は盲目と知られたくないからだ。しかし、このまま関係が終われば二人はもう前に進むことが出来なくなるだろう。それだけは避けなければならない。
「私もラファエル様もあの小説のある意味当事者ですから、文通で育む愛を知っています。私は互いを知らずに育つ愛があると思っていましたが、シルヴァン様の時と違うことがあると気がつきました。身分などはわからないとはいえお二人は始めに出会っていた。それから文通をされていました。誰かわからぬまま文通を勧めた私が間違っていました。申し訳ありません」
レイモンは頭を下げた。
そしてレイモンが考えた解決策は1点だけだ。ラファエルにアンジェルが盲目であると伝えれば良い。自分はアンジェルとラファエルは相性が良いのではないかと引き合わせたのだから伝えて終わっても良いではないか、ラファエルが知っても尚交流したいと思うのであれば文通でなくてもよくなるから、アンジェルが苦痛になることもない。
「ラファエル様、カスタニエ伯爵邸にお越しください。彼女はそこにいます」
レイモンはラファエルの文通相手を思う気持ちに賭けた。
◇◇◇
翌日、ラファエルがカスタニエ伯爵邸に訪問すると先触れがあり、レイモンはアンジェルとセシルに誰の訪問があるかは伝えず応接室で待つよう伝えた。
10分ほど経っただろうか、応接室に父レイモンが客人と入ってきた気配がした。横ではセシルの息を飲む音がする。一つの足音がセシルの前で止まったかと思うと服の擦れた音がした。
「アンジーは君だね?」
声は父のものではなく、低く優しい響きを含む男性のものだった。それと同時にセシルの忍び泣くような気配がした。
セシルはレイモンと共に入室した男に驚愕した。美しい見目のその男性は今街中で話題のラファエル·デュヴァリエだったからだ。ラファエルがセシルの前に近づき一礼すると、彼の口元が動いた。
『いつもありがとう』
そして横にいるアンジェルに体の向きを変えると優しい笑みを浮かべこう声をかけた。
「アンジーは君だね?」
彼にはわかっていた、伝わっていたことが嬉しくて、セシルは溢れる涙を止めることができなかった。手を口元に持ってくると声を圧し殺し泣いた。
レイモンと共に入室すると、目の前には二人の女性がいた。二人の女性を交互に見やるとラファエルはその瞬間に全てを理解した。
(そういうことだったのか…)
ラファエルは、女性としては背が高く歳は自分と同じくらいであろうが随分と落ち着いた雰囲気のある侍女の前に立った。一礼すると彼女にだけわかるように感謝を伝えた。
そして侍女の横にいる清楚で純粋で穢れを感じない愛らしい令嬢に目を移した。
(彼女だ!)
会えた嬉しさににやけてしまうのを我慢しつつ彼女の方に体を向けた。
「アンジーは君だね?」
侍女は溢れる涙を止めることができず忍び泣いていたが、当の彼女は何が起きているか理解できていないようだった。ラファエルは一歩横に移動するとソファに腰かける彼女に合わせるように跪いた。
それを見ていたセシルは声をかけた。
「お嬢様っ…、お手を前にっ…、どうぞっ」
涙声の指示に恐る恐るアンジェルが右手を前に出すと、ラファエルは両手で優しく包み込んだ。
「私はデュヴァリエ侯爵が次男ラファエルです」
「…私は、カスタニエ伯爵が長女アンジェルです」
互いに名乗ったが、アンジェルの顔に表情がない。会えないからと文通を終わりにしようとした筈なのに、なぜか文通相手が目の前にいることに複雑な心境だった。
「やっぱり君がアンジーだね。会うことができないと言われたのに会いに来てしまってすまない。忘れてくださいとも言われていたが忘れることなんて出来ないんだ。君を手離すなんて私には出来ない。あの手紙では納得出来なかった…」
アンジェルは色々なことに驚きすぎて、状況を整理しつつ話を始めた。
「私はご覧の通り盲目なのです。貴方はやはり高貴なお方でした。まさか私と文通してくださっていたのがあのラファエル様だなんて…。私は代筆代読を横にいる侍女のセシルにお願いしていました。なぜセシルではなく私がアンジーだと?」
会話を始めてくれたアンジェルに安堵しラファエルが立ち上がると、それを見たセシルはアンジェルの横に腰かけるようラファエルを案内した。
「カスタニエ伯爵は文通相手は伯爵邸にいるとだけ教えてくれたんだ。会えない理由が何なのか考えたよ。自分は相応しくないという言葉に身分の違いなのかと思っていたが、君たち二人を見てすぐに理解した。手紙の文字は君の侍女のものだったんだね。彼女を見た瞬間、文字の印象通りに品があって洗練されていて仕事の出来る女性だと思ったんだ。そして自分に似ていると」
「…」
ラファエルとセシルは似ているという言葉に、アンジェルは思った通りだと思った。
「でもね、手紙の内容から受ける人物像は文字の印象とは違ったんだ。清純さを感じたんだ。何にも染まってないまっさらな人なんだろうと。君を見た瞬間衝撃を受けたよ。こんなにもオーラが綺麗だなんて。まるでシルヴァン様のようで…」
ラファエルは包み込んだままだったアンジェルの手を、さらに優しく握った。
「私がですか?」
ラファエルは第一王子シルヴァンの侍従兼側近であったと有名だ。そしてそのシルヴァン王子はとにかく美しいと有名であった。見目だけでなく心の美しさも滲み出ていたのであろう。そんなシルヴァンに似ていると言われたことは信じられなかった。
「実はカスタニエ伯爵から文通を勧められたのは、私がシルヴァン様のお側にいる役目を終え心に空いた穴を埋めるためだったんだ。友人もほとんどいない私とって繋がる人を作る目的でもあった。ところが文通を始めてなぜか私は君に尽くしたいと思ったんだ。君を守りたいし君の為なら何でもしてあげたいと。気が付けば毎日君のことしか考えられなかった。いつの間にか愛しい想いでいっぱいで。それなのに君は文通を終わらせてしまったからこの世の終わりかと思ったよ。なぜ終わりにしようとしたんだ?私が会いたいと言ったからか?」
「私は見えぬ知らぬ相手との文通という事に甘え、貴方を騙していたのです。目が見えぬことを黙っていました。その事実が私を苦しめるようになりました。今さら伝えることも出来ずましてやお会いすることなんて…」
「君は騙してなんかいなかったじゃないか。私は言いたくないことは言わなくても良いとはじめに伝えた。君はそれに従っただけだ。君は音楽を趣味とし、刺繍ではなく編み物をする、花は香りを楽しみ、紅茶を嗜む。そのように教えてくれた。どれも偽りではなく真実だろう?私の方こそ残酷であっただろう。君を苦しめてしまったのは私のせいだ。雪景色もそこに映えるステンドグラスの彩りも理解に苦しんだであろう。ましてやステンドグラスのブローチなどもっての他だ」
「いえ、確かに私は生まれた時から視力がありませんので色の理解はできませんが、ブローチは形がわかりますから…、ルクリアの花でしたよね?」
「ああ。ルクリアの甘い香りと愛らしさ、花言葉にある『清純な人』は君にぴったりだと思ったんだ。それにしてもなぜ君が私に相応しくないと思ったのだ?」
「私はしてもらうばかりで貴方に何もしてあげることができません。何もお役に立てませんもの。そんなお荷物の私がいて良いことなんてありません。私が貴方を幸せにして差し上げることができませんもの」
「私の幸せを勝手に決めないでもらいたいな。かつてシルヴァン様に生涯を捧げる覚悟で仕えていたが、君と交流し知ったことがある。私は愛する人が幸せと感じることをしてあげることに幸せを感じる。私は尽くされるより尽くしたい。愛されるより愛したいのだ」
「それでしたら私でなくても…。貴方の愛なら沢山の方が欲していらっしゃいますわ」
ラファエルはやれやれと大きく溜め息をついた。
「君は私の話を聞いていたかい?愛する人に尽くすことが幸せなんだ。つまり、君の為に尽くしたい。わかるかい?」
アンジェルを愛してるのだと伝えたかった。
ここまで静観していたレイモンはここでようやく発言した。
「ラファエル様。娘に愛を囁いてくださったところで申し訳ないのですが…」
思えばこの部屋に二人きりではなく、仲介してくれたレイモンとアンジェルに仕えるセシル、それに伯爵邸の執事もいる。レイモンの前置きにラファエルもアンジェルも頬を赤く染めた。
「文通を始めるにあたり、ご結婚など考えていらっしゃらないことを確認させて頂いたかと思います。私は盲目の娘をどちらかに嫁がせるつもりはありませんでした。娘もそのつもりでおります。改めてラファエル様のお考えをお教え願えますでしょうか」
ラファエルは改めて姿勢を正しレイモンに向き直ると、真っ直ぐに気持ちを伝えた。
「私は生涯独身を貫く覚悟でおりました。次男ですから家督を継ぐわけではありませんし、父も私の政略的な結婚は考えていないと言っています。結婚に関しては私がしたいと思ったら相談すれば良いと。今までそのようなことを考える相手がいませんでしたから簡単に生涯独身でいると考えていましたが、アンジェル嬢を知った今は結婚し伴侶を得る未来も頭にあるのです。カスタニエ伯爵、大切に守っておられたお嬢様と出会わせていただいたこと感謝します。彼女も受け入れてくれるのであれば私と彼女の結婚を考えてくださいませんでしょうか」
レイモンはこれ以上ない相手からの娘への婚約申し入れに喜びと困惑の複雑な思いを抱いた。
「ラファエル様は娘が視覚障がいを持っていると知ってもお気持ちは変わらないのですね?」
「もちろんです。それも含めて彼女ですから」
「婚約結婚に関しては簡単に答えは出せません。娘ともしっかり相談した上で決めさせていただきます。アンジェルはどうかな?」
「私は…」
誰かと添い遂げる未来など考えもしなかったアンジェルには今回の話は青天の霹靂であった。言い淀むアンジェルにラファエルは畳み掛けた。
「君という存在を知った以上、私の中に君と生きる未来を選択肢に加えても良いだろうか?君の中にも私と生きる未来を選択肢に入れてもらえたら嬉しい」
「…はい。熟考させていただきます」
今すぐと急かさず、しっかりと向き合う時間を与えてくれたレイモンとラファエルに感謝した。
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次回最終回です。
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