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6.アンジェルの後悔

アンジェルは返事がもらえない日々が続いた。予め手紙に記されていたため気にしていないといえば嘘にはなるが、ルクリアの香りは安心を与えてくれた。


レイモンは日に日に多忙を極めるようになってきた。理由は大流行中の小説のためだ。実話が元になっておりその舞台となっている王立図書館に人が集まっているのだ。アンジェルはレイモンが手に入れたその小説をセシルに読み聞かせてもらっていた。登場する第一王子は生まれつき聴覚障がいを持つが、最愛の人に出会い障害を乗り越えて幸せになる。レイモンに実際のシルヴァン殿下の話を聞いていたため、小説の内容に驚きはしなかったが改めて素敵な物語だと思った。障害を持ちながらも幸せになって良いのだと、盲目である自分にもそんな未来があるかもしれないと考えさせられた。


そんなある日、レイモンが手紙を持ち帰った。



『親愛なるアンジー


返事が遅くなってしまってすまない


素敵なハンカチをありがとう

いつも胸元に携えているよ

君を近くに感じられて嬉しく思う


急激に冷え込む日が増えてきたね

ブランシュールに雪の季節がやってくる

白い街並みは美しい

私はあの白銀の街が好きだ

特にステンドグラスの色が映える雪景色はお気に入りだ

君はどの景色を好むだろうか?

いつか君と散策したいものだ


ラフより』



…ズキン


アンジェルは胸に痛みを覚えた。


「…」


久しぶりの手紙を喜ぶのも束の間、セシルが読み終えるとアンジェルの様子がおかしい。


「いかがなさいましたか?アンジェル様」


「…、大したことじゃないのだけど、もうすぐ雪は降り始めるの?」


「はい。まだ積もるほどではありませんが、ちらつき始めましたよ」


「セシルは雪を美しいと思う?」


「そうですね、深々と降る雪は寂しさを覚えますが、ブランシュールの街並みは雪が積もることで美しさを増すように思いますよ」


「…そうなの」


「…」


アンジェルが浮かない顔をしている理由をセシルは悟った。だからこそ簡単に言葉をかけられなかった。質問されたことに対して真摯に答えることしか出来なかった。



◇◇◇


また別の日の手紙。


『親愛なるアンジー


寒い日が続いているが、風邪などひいていないだろうか


君はあの流行中の小説を読んだんだね

巷では王立図書館と並び、文通も流行り始めたそうだ

一足先に君と文通を始められたことは幸いだ


近々配属先が変わる予定だがその前にと休暇をもらった

雪がちらつき霞む街に寂しさを感じたが、私の心は温かい。街の工房で君への贈り物を頼んであったのだ。今回の手紙に添えられて良かった。身につけてもらえると嬉しく思う


ラフより』



…ズキン


またアンジェルは胸に痛みを覚えた。


セシルはアンジェルの様子に不安を感じた。しかし今回の手紙には贈り物が添えてある。


「まあ!素敵ですよ!アンジェル様。お手を…」


アンジェルが手を出すと、セシルは掌の中に握らせた。


「これは、ブローチ?えーっと、お花の形かしら?もしかして…ルクリア?」


「はい。そのようですね。ブランシュールの工芸品であるガラス細工です。…花弁がそれぞれ違う色で色付いてますよ」


「…」


「…」


セシルは曇るアンジェルの顔に困惑した。しかし嘘をつくことも出来ない。透明なガラス細工ではなくステンドグラス細工だ。おそらくこのブローチは特注品で、彼がアンジェルを想い作らせたものであろう。特別なものだということだけは伝えたかった。


「アンジェル様。このブローチはおそらく一点ものだと思います。ルクリアの花を長持ちさせる為に花屋に話を伺いましたら、ルクリアは今年から他国より入荷した花なのだそうです。その花をモチーフにしたブローチが存在するのは、きっと特注品なのだと思いますよ。ラフ様がアンジェル様の為に用意したものなのだと思います」


「…本当に、私の為かしら?」


「え!?」


「ルクリアの花言葉は何ですか?」


「『清純な心』と『しとやか』あとは『優美な人』でしょうか」


「…そう」


アンジェルの顔は晴れなかった。


(私はなんてことを…。醜い嫉妬だわ。雪に対する彼とセシルの感性が同じだと思ってしまった。雪は私にとってただの冷たい物としか思えない。ルクリアは私に似合わない)



◇◇◇


文通は続く。


しかし、セシルがなかなか読み上げようとしない。


「どうしたの?」


「あ、いえ」


セシルの声色から不都合なことがあるのだろうと悟った。


「セシル。私は大丈夫だからそのまま読んで」


かしこまりましたとセシルは読み上げた。




『親愛なるアンジー


君の字はいつも美しくどこか上品な柔らかさを感じる

ルクリアの持つしとやかさは君のイメージに合うと思ったのだが花の時期は終わったのだね

ブローチが生花のルクリアの代わりになったようで良かった


ブランシュールに新しい王子が誕生したね

あれだけ沢山の大きな花火ならば街中どこからでも見ることが出来ただろう

祝いの花火は見たかい?


雪もだいぶ深まったね

体を冷やさぬよう、こちらを贈ります

淡いピンクがルクリアを連想させて、君にぴったりだと思ったんだ

使って貰えると嬉しい


ラフより』



もう、軽い胸の痛みでは済まなかった。

はっきりと彼は述べている。筆跡から人柄をイメージしたと。言葉選びはアンジェル自身だが、セシルが代筆をしている。彼が思うアンジーはセシルだと思った。


「あの、アンジェル様。今回の贈り物も素敵ですよ」


セシルから渡されたのはブランケットだった。


「すごく上質な物のように感じるけど…」


「はい。オルヴェンヌ産のブランケットですね。オルヴェンヌ柄がデザインされています」


「…」


アンジェルには編み込まれてしまった柄はわからない。刺繍であれば辛うじて凹凸を感じるためわかるが、色彩で施されているものは理解できない。オルヴェンヌ産の服飾品はブランド品だ。簡単に手に入る物ではない。この国では貴族がステータスとして身に付けている。肌触りで上質な逸品であることは理解した。


「あの、おそらくこちらのブランケットは今流行している有名な物だと思います」


「有名?」


「はい。オルヴェンヌ公国ソフィア女大公陛下が身につけてブランシュール城下町を散策していたことで、一気に拡がりました。すでに国内では売り切れていて手に入れるには入荷を待つか隣国へ出掛けないといけないようですよ」


「そんな稀少なものを?」


(彼はまず高位貴族でしょうね。贈り物の質が高く手に入りにくい物ばかりだもの。それに配置換えや配属されるお仕事だからきっと高貴なお仕事をされている。ただでさえ一伯爵令嬢が交流して良い方ではないかもしれない…。それなのに、私は障害もある。相応しくないわ)


とてもじゃないがこの贈り物が自分に相応しいとは思えなかった。

受け取ったブランケットを傍らに置き、アンジェルは俯いてしまった。


「アンジェル様?」


「花火は綺麗でしたか?」


「はい。小さい花火から徐々に大きいものが上がっていき、最後の大輪の花火は窓からはっきりと見えましたよ」


アンジェルは花火の美しさがわからない。火薬の爆発音が恐かった。今回の花火は前触れもなく突然上がった為、戦が始まったかと勘違いしたほどだった。


「セシルから見た彼の字の印象は?」


「そうですね、一切乱れのない文字ですので生真面目な方という印象です」


「貴女は彼をどう思う?」


「誠実で素敵なお方だと思いますが」


「そう…」


アンジェルは少し考えると、ブローチとブランケットを並べた。


「こちらは貴女が貰って、セシル」


「え!?それはできません!これはラフ様からアンジェル様への贈り物です!」


「ちがうわ。アンジーへの贈り物よ」


どういうことだろうとセシルは困惑した。


「そもそも彼と文通しているアンジーは、私と貴女の二人よ。でも、彼の中にいるアンジーはセシル、貴女だわ。私じゃない。ルクリアは貴女をイメージして贈られた物よ。だから、鉢植えもブローチもブランケットも貴女が相応しい」


「いえ!貰えません!こんなに特別な物頂くことなんてできません。私はアンジェル様の目となり読み書きを代わりに務めただけにございます。私はルクリアの花はまるでアンジェル様のようだと思いました。お手紙のやり取りだけでご理解なさるなんてラフ様は見る目のある方だと思いました」


「…もう、終わりにしましょう」


「アンジェル様!?」


「今回はセシルがお返事して」


「それは致しかねます!」


「…」


アンジェルもこんな不義理をしてはならないと頭ではわかっているのだが、いろんな葛藤から心を落ち着かせることが出来なかった。


「ごめんなさい。今日はもうお返事できない。日を改めるわ。出ていって」


「…かしこまりました」


セシルは退室した。

アンジェルのモヤモヤは晴れなかった。


10日後、何とかセシルと手紙を書き上げレイモンに渡した。


◇◇◇


アンジェルからの手紙はすぐに渡り、間もなく返事がきた。




『親愛なるアンジー


ブランケットを気に入ってもらえたようで良かった

吹雪く日が続いたから、温まることができたのなら嬉しい

この2日ほどは晴れて、早朝のダイヤモンドダストは美しかった

キラキラ輝く景色を見るとブランシュールに生まれて良かったと思うよ


でもね、大好きな街の景色より私の心は君でいっぱいだ

君は何色の髪で何色の瞳を持つのだろう

どんな顔で笑い、どんな声で話すのだろう


君に会いたい


ラフより』



アンジェルは溢れる涙を拭った。自分だって知りたいし会いたい。彼がどんな顔でどんな声なのか。でも瞳と髪の色は理解できない、笑顔さえわからないのだ。


「…、もう潮時ね」


「アンジェル様!?」


「会えないわ…」


「ですが、お会いして全てをお話されてからでも良いのではないですか?」


「素敵なアンジーのままで終わりたいの。本当は自然な形で終わりたかった。ここで終わるのは彼にとって辛いことでもあるかもしれないけれど、私はお会いしないからこそ文通を始めたわ。彼が私に会いたがっているのもわかっていたけど、私もずるいわね。彼という存在を手離せなかった。私は文通を始めたことは後悔してないの。ただ悔いるとすれば、なぜ始めに盲目であることを伝えなかったのかということよ。私が代筆代読をしてもらっていると伝えていれば、ルクリアが私に相応しい花だと思わなかったかもしれない。徐々に増えてきた色彩の話に憂うことなどなかったかもしれない。セシルは言ってたわね。偽らないでって。もう、はじめから偽っていた、騙していたのよ。生真面目で誠実な彼に今から打ち明けて悲しい思いをさせるくらいなら、ここで終わりにしたい」


アンジェルの苦悩と意志が伝わった。セシルは納得出来なかったが、アンジェルの中ではもう文通を続けないことになっている。


「…アンジェル様、わかりました。最後のお手紙を書きましょう」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


作者のモチベーションに繋がりますので、評価いただけると嬉しいです。

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