5.心強い味方
レイモンに手紙を渡してから1ヶ月が経とうとしている。はじめこそ穏やかに勤めていたラファエルだったが、最近ではその表情も暗い。
「ラファエル…、このお仕事は辛いですか?」
さすがにフランソワーズも自慢の専属騎士の浮かない顔を懸念した。
「いえ、そのようなことはございません。妃殿下にお仕えできること嬉しく思っています」
ラファエルはフランソワーズを不安にさせてしまったことを悔いた。
「では、何に気を病んでますの?この私に教えてくださいまし」
この王家の者はラファエルのことを家族のように大切に扱っている。フランソワーズはアドリアンの影響を大きく受けている。それに加え聡明でいて人の懐に入るのが得意だ。そもそも妃殿下のお願いは断われない。ラファエルは打ち明けることにした。
「この職につく前に休暇を頂きましたが、その間王立図書館に通うのが日課になっていたのです。この1ヶ月足を運ぶことが出来なかったものですから…、集中力が欠けてしまいご心配おかけしました。申し訳ございません」
「王立図書館ですか…。開館時間内に貴方の自由時間はございませんでしたものね…。何か気になるものがございますの?小説の続きかしら?」
「いえ、書籍ではなく館長に会う為なのです」
「館長?たしか、カスタニエ伯爵ね」
フランソワーズは何やら考えている。
「…、わかったわ。エレアーヌ」
専属侍女のエレアーヌを近くに呼ぶと、何やら確認と指示を出している。
「では、そのように。ラファエルと一緒にお待ちしてるとお伝えしてね」
エレアーヌは退室していった。
「さて、ラファエル?ここにカスタニエ伯爵をお呼びしますわ。今、王立図書館に貴方と向かう訳にはいかないのです。エレアーヌの話では巷で大流行中の小説の為、図書館内に人がごった返しているそうなの。私と一緒にいれば職務中でもお会いできるでしょう?カスタニエ伯爵にはこちらに来ていただきますね」
自分の為に手配してくれたフランソワーズに感謝した。
「あの、人がごった返しているというのはいったい何なのですか?私が1ヶ月前に訪れた際にはそのような様子は見受けられませんでしたが…」
「そのちょうど1ヶ月前に出版された恋愛小説の主人公がとある王国第一王子と隣国のとある貴族令嬢なのだそうですよ。二人は王立図書館で出会い、文通で愛を育み、政略結婚をし、国を建国します」
「まるでシルヴァン様とソフィア様ではないですか!?」
「うふふ。そうなのです。ほぼ実話なのです。そのおかげで貴族令嬢の間では王立図書館は出会いの場になるのではと人気なのです。そんな場所に貴方が顔を出してごらんなさいな。戻ってこられませんわ」
自分が目の当たりにした二人の大恋愛が小説になっているという。その小説を読みたいと思うと同時に、自分宛の釣書の山を思い出し寒気がした。
「存じ上げませんでした。妃殿下は小説をお読みになられたのですか?」
「いえ、私はエレアーヌからあらすじを聞きましたの。完売になっていて増刷待ちなのだそうよ」
「そうなのですね。しかし一家臣である私にこのように対応してくださらなくても」
「良いのです。貴方は国の宝なのですから。そんな貴方の待遇を悪いものには出来ませんわ。それに私は貴方の穏やかな微笑みが好きなのです。私の横ではいつでも素敵なラファエルでいてくださいまし」
隠しもせず、真っ直ぐに伝えられた言葉がくすぐったかった。
「ところで?カスタニエ伯爵にお会いしていた理由を伺っても?」
「…、たった今、実話がモデルになった小説が流行っていると聞いたところで大変申し上げにくいのですが、私はカスタニエ伯爵を窓口にして文通をしているのです」
「文通?ご令嬢と?」
「…はい」
「まあ、まあ、まあ!?……」
顔を真っ赤にし令嬢と文通をしていると認めたラファエルに、フランソワーズは大層驚いた。
「そんなお相手がいらしたのですね!カスタニエ伯爵を窓口にということは、伯爵にお会いしないと文通が出来なかったのですね?」
「はい。そのようなお約束でしたので。直接郵送すれば良いのでしょうが、お互い何処の誰かを知らずにやり取りしてまして…」
「あらまぁ!まるで小説の物語のようなお話ですわね!」
フランソワーズは目を輝かせてラファエルを見つめた。
そこにエレアーヌがレイモンを連れてきた。
「カスタニエ伯爵、どうぞお顔をおあげになって」
入室とともに挨拶を済ませたレイモンに促した。
「突然のことで驚いたことでしょう。ラファエルが私の専属騎士に配置されてから自由時間を与えていませんでしたので、日課にしていたことを私のお側に置いたままではありますがしてくださいまし」
レイモンはそれはそれは驚きの顔を見せている。
「申し訳ございません、館長。お手数をおかけして」
「いや、こちらこそ。私の都合で私を文通の窓口にしてもらっていましたから、直接やり取りなさればこんなに間が空いてしまうこともなかったでしょう。それにまさか妃殿下がご存知だとは…」
「これはたった今事情を説明させていただいたところで…」
「本当は秘め事でしたのでしょう?お相手も知らず文通をしてるなんて。私は壁の花になりましょう。さあどうぞ」
これほどまでに目立つ花はない。しかし紅茶を飲みながら澄ました顔をしている妃殿下の心遣いに感謝しつつ、二人は目的である手紙の受け渡しをした。
「こちらを預かっておりました。お受け取りください。それと、今回はこちらも渡して欲しいと預かっておりますよ」
レイモンの手には1通の手紙とハンカチがあった。
「これは?…ありがとうございます」
手紙を読んで確認したかったが、今は職務中であるため確認せずやり取りを終わりにしようとしていると、
「その素敵なハンカチーフはどちらのものですの?」
壁の花になっていたはずのフランソワーズが目を輝かせて近づいてきた。
さすがにここで手紙を読むわけにもいかず困っていると、
「私も野暮でしたわね。何かわかりましたら今度教えてくださいまし」
フランソワーズはニコニコと着席した。
「しばらくは私がカスタニエ伯爵をお呼び出しいたします。図書館は今秘め事には向きませんし、何より私のラファエルをご令嬢の中に放り込む訳には参りませんから。構わないかしら?」
「こちらこそよろしいのですか?」
「ええ。伯爵もそのように。その代わり、そちらのハンカチーフの事をわかる範囲で教えてくださいまし」
余程目をひいたのだろう。フランソワーズは文通相手よりもハンカチのことが気になるようであった。ちゃっかり『私のラファエル』としている辺りで、ラファエルを贔屓にしていることをカスタニエ伯爵に示したのだ。
◇◇◇
侯爵邸の自室に戻ると、さっそく手紙を読んだ。
『親愛なるラフ
素敵な鉢植えをありがとう
ルクリアの花の香りは、優しく私を包み込んでくれ、貴方を側に感じれる気がします
貴重な休暇を私に費やしてしまわれたのではないですか?お身体に無理がないか心配です
貴方へお手紙が渡るのにお日にちがかかりそうでしたので、私も貴方に贈り物を用意しました。
本当ならば刺繍が出来たら良かったのですが、私は編み物を嗜みますので、レースのハンカチーフをご用意しました
貴方のお側に置いてくだされば嬉しく思います
アンジーより』
レースのハンカチーフは彼女の手作りだった。胸が温かくなるのと同時に嬉しさから笑みが溢れた。
(フランソワーズ様の前で読まなくて良かった…)
どう考えても自分はにやけているだろう。ラファエルは気を落ち着かせるのに時間がかかった。
それから約1ヶ月定期的にフランソワーズがレイモンを呼び出した。もう出産間近ということもあり、赤ちゃんに読み聞かせ出来る絵本を見繕うという名目で。実際に何冊かは気に入り妃殿下の手元に置いた。
◇◇◇
ブランシュール王国王太子殿下夫妻に男児が誕生した。誕生当日は王城から花火が打ち上がり、国民は祝福ムード一色となった。
2週間後、知らせを受けたオルヴェンヌ公国大公夫妻がお祝いの為来訪した。王子から見れば叔父夫妻となる。
『この度はおめでとう。少し落ち着いたか?』
『ありがとうございます、大公陛下』
『いや、今回は兄として訪問した。公式訪問はまた改めてさせていただくよ』
『わかりました、兄上。私も兄上に会えて嬉しいです。お元気そうで何よりです』
久しぶりの兄弟の再会に喜びを分かち合った。
『フランソワーズ様、お身体の具合はいかがですか?』
大公夫妻の通訳は、ソフィアの側近フレデリックが務めた。
「だいぶ落ち着きました。お世話も乳母がしてますし、私はたくさん休ませてもらってます」
そこへ、顔見せに乳母が王子を抱え入室した。その横には第一王子フェルナンの専属騎士となったラファエルがいた。
『愛らしいお顔ですね。フェルナン様はまるで天使です』
ソフィアはニコニコとフェルナンを見つめていた。
ラファエルに気付いたシルヴァンは立ち上がると近づいた。
『ラファエル、久しいな。顔色も良さそうだし、安心したよ』
『大公陛下、ご無沙汰しております』
『先ほどアドリアンにも伝えたが、今回の訪問は甥の誕生を祝いに叔父として来たんだ。名前で呼んでくれ』
『では失礼して、シルヴァン様。ご心配おかけしていたようですね。館長からお聞きしました。私は充実した日々を過ごさせてもらってますのでご安心ください』
『そうか。今はフェルナン様の護衛か?』
『はい。王太子殿下の第一子が男児でしたので、今後は第一王子フェルナン様付きの騎士としてお仕えいたします』
『なるほど。お前なら安心だな。良かった』
久しぶりの二人の交流を、アドリアンとフランソワーズは温かく見守った。
『今回は出産祝いにこちらをお贈りします。フェルナン様にお使いいただけるおくるみと、同じデザインの肩掛けとしてもお使いいただけるブランケットをフランソワーズ様に』
「まあ!?素敵です。こちらはオルヴェンヌ柄の逸品ですわね。今までに見たことないのですが新作ですか?」
『はい。この後城下町を散策してから帰国する予定ですが、散策の際には私も使います。これがこの新作のブランシュールお披露目となります』
オルヴェンヌ公国は銀細工と服飾産業で成り立っている。美しい大公夫妻は自国の産業品を身に付けることで自らを広告塔としているのだ。
「それでは、このブランケットはこれからの流行になりますわね。先取りでいただけたこと嬉しく思います」
フランソワーズが手にしているブランケットにラファエルの目は釘付けになった。
視線に気がついたフランソワーズは何か思い当たったのかソフィアに質問した。
「こちらのブランケットはどちらで手に入りますの?これから取引が始まるのですか?」
『既にブランシュールに出入りしている商会と取引してあります。卸している店ではもう取り扱っているかもしれません。オルヴェンヌ国内ではいつでも手に入りますよ』
「なるほど、ブランシュール国内で流行るのは時間の問題でしょうから、すぐに売りきれるかもしれませんね。今ブランシュールではお二人をモデルにした小説が大流行ですの。ソフィア様が街を歩くものなら人だかりになるでしょうね」
フランソワーズはラファエルと目が合うとウインクした。ラファエルは自分の考えが妃殿下には筒抜けであることが恥ずかしく頬を赤く染めた。
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