2.文通相手は…
「これは、ラファエル様、ご無沙汰しておりましたね」
「館長…、ご無沙汰しておりました。ずいぶん長いことこちらには足を運ぶことが出来ませんでした」
「本日のご用件は何でしょうか?」
「…、少しまとまった休みを頂きましたのでなんとなくこちらに伺っただけです。特に目的はないのです」
「左様でしたか。では、私と少しお話でもいかがですか?ちょうど休憩を取るところだったのですよ」
「では、ご一緒させてください」
かつて毎日足を運んでいたラファエルは、久しぶりに王立図書館に訪れたのであった。旧知の仲である館長ことレイモン·カスタニエ伯爵に誘われ、ティータイムを同席することになった。
「お忙しい日々を送られているようですね。環境には慣れましたか?」
「いえ。実はまた配置転換が…。シルヴァン様の侍従兼側近から近衛騎士になりましたが、つい先ほど王太子妃殿下付きの騎士に移動し、お子様が誕生したらその騎士になるようにと」
「これまたずいぶんと…。王家からは大切にされてますね。ラファエル様はそれでよろしいのですか?」
「良いも何も王命では逆らえません」
「それもそうでした。デュヴァリエ侯爵は何か仰っていらっしゃるのですか?」
「父はあの通り野心のない人ですから、私の立場が不利にならない限りは受身です」
「そうですね。だからこそ陛下とご友人でいらっしゃるのでしょうね」
ラファエルの父であるナタナエル·デュヴァリエ侯爵はブランシュール王国国王グラシアンの友人だ。ナタナエルは穏やかな人柄で気も合う二人は親友という関係だ。グラシアンは決してナタナエルを宰相や側近にはさせなかった。政治を絡めたり主従の関係にはなりたくなかったのだ。ナタナエルはグラシアンが不利になるような事に気付けばちょっとだけ進言をする、それがグラシアンにとって都合が良かったこともあるが、その距離感も心地よかった。
当時王太子だったグラシアンに第一王子シルヴァンが生まれると、2年早くデュヴァリエ侯爵家に生まれたラファエルを将来シルヴァンの友人という存在になれるよう配慮した。しかしシルヴァンに聴覚障がいがあることが発覚すると、その関係は見直された。これがラファエルに並々ならぬ努力を強いることになる。シルヴァンの全てを支える人物となれるよう教育を始めた。後に第二王子アドリアンが誕生すると、グラシアンはアドリアンを王太子に据えることを決断し、シルヴァンの障害を王家以外に知られることがないよう病弱の為と偽り離宮に隔離したのだ。とはいえ、本来健康な第一王子のシルヴァンには王家を影で支えられるよう王太子教育を含む教育を施すことになる。シルヴァンが王子教育を始める7歳までに、ラファエルは読み書きと手話を覚え、一般教養を学んだ。シルヴァンの王子教育が始まるとラファエルはその教育の通訳を担当した。座学はもちろん、剣術は共に学び切磋琢磨した。シルヴァンを隔離している関係でシルヴァンの存在を知るものを絞るために、ラファエルは専属侍従の仕事もこなした。読書が一番好きだったシルヴァンの為に、毎日王立図書館へ護衛も兼ねて帯同していた。そこでシルヴァンとラファエルは王立図書館館長を務めるレイモンとは二人の存在を知る数少ない者として関係を築くことになるのだ。
「陛下も侯爵様もラファエル様の価値をよく理解していらっしゃる…」
「え?」
「あ、いや。そういえば、シルヴァン様とは交流はあるのですか?」
「直接お会いすることはありませんが、文通は時々…。本日ここへ来たのも、少し想いを馳せに…」
「想いですか?」
「はい。シルヴァン様はお手紙に私の幸せを願うといつも添えてくださるのですが…、私の幸せはシルヴァン様の横にあることでした。シルヴァン様が不自由なく笑顔でお過ごしになること、それだけが望みでしたから。私は自分の生涯をシルヴァン様に捧げる覚悟で仕えていました。それが叶わぬ今、心にぽっかりと穴が空いているのです。ここはシルヴァン様との思い出がつまっている場所です。今の私が足を運ぶことが出来るシルヴァン様との記憶がある唯一の場所だったので…」
「そうでしたか…」
◇◇◇
時を遡ること1ヶ月前、ここはオルヴェンヌ公国公邸だ。
『カスタニエ伯爵、ご協力感謝します』
「大公陛下の…いえ、お二人のお役にたてて何よりです」
オルヴェンヌ公国では、国立図書館を造ったのだ。その監修としてレイモンに協力を依頼していた。
オルヴェンヌ公国女大公ソフィアと大公シルヴァンの出会いの場であったブランシュール王立図書館館長に協力を仰いだのだ。
発声障がいを持つソフィアと聴覚障がいを持つシルヴァン、二人の通訳は彼らの側近が務めてくれる。
『貴方のおかげで素敵な図書館が完成したわ。それに商会の紹介も感謝します。たくさんの書物を揃えることができました』
「いえ、これは大きな取引になりますから、商会からも感謝してもしきれないとの言葉を頂いてますよ」
『ところで伯爵、ラファエルは元気にやっているか?』
「ラファエル様ですか?とても良い評判を聞いてますが、噂しか…。といいますのも、大公陛下がブランシュールを出てからはお会いしておりません」
『会ってないのか…。図書館には顔を出してないということか?』
「はい」
『実は…、私たちの旧知の仲である貴方に相談がある』
「私にですか!?」
『私たちは文通している。今では親友として交流しているつもりなんだが、様子がおかしい気がして。私はラファエルには幸せになってもらいたいんだ。今まで本当によく尽くしてくれた。感謝してもしきれない程に。だから私は彼が幸せであることを願っているんだ。でも、ラファエルは自分で自分自身の幸せを全く望んでいないように感じる。自分の将来を描くことも全く。だからこそ、どうにかしたい。彼に気付いて欲しい。自分を犠牲にする人生ではなく、意志を持って自分の為に歩む未来もあることを』
レイモンはシルヴァンの熱い想いを聞き、胸が熱くなった。
『だから、伯爵には彼を導いて欲しいんだ。ラファエルが幸せを感じる未来に』
とても大きな依頼にレイモンは唸った。
話を傍らで聞いていたソフィアも加わった。
『ラファエル様は今何をされているのです?婚約者様はいらっしゃるの?』
「今は近衛騎士団に所属してます。婚約はされてませんが…、デュヴァリエ侯爵の元にはラファエル様宛の釣書が大量に届いているそうですよ」
『ラファエル様は侯爵家次男でいらっしゃいましたね。侯爵が国外に出ることを許可しなかったとお聞きしましたが、侯爵家の存続に必要なのですか?政略結婚をするとか?』
それを聞いたシルヴァンはその問いに答えた。
『いや、実は違うんだ。デュヴァリエ侯爵は野心のない人だから、ラファエルの兄上のサミュエル様もいらっしゃるし侯爵家は安泰なんだよ。デュヴァリエ侯爵も父もラファエルの価値に気付いている。だから国外には出さなかったんだ』
その答えにレイモンも頷いていた。
『ラファエル様の価値ですか?』
ソフィアはまだ理解が難しかった。
『ああ。私の置かれた環境は特殊だったね?王太子となったのは第二王子アドリアンだ。そして私はアドリアンのスペアとして存在し、私もまた王太子教育を受けることになるのだが、ブランシュールには私たち二人の他にもう一人、結果として王太子教育を受けたものがいる。誰だかわかるかい?』
『もしかして、ラファエル様ですか!?』
『ああ。私が十分な教育を受けられるよう、私の教育が始まる前に読み書きと手話を学び、私の教育中はラファエルがずっと通訳を担当した。そして毎日私が怪我をしないように剣術の相手をし護衛もこなした。さて、1番優秀なのは誰だろうか?』
その事実にソフィアは驚愕した。
『国がラファエルを手離す訳がない。手離せないのだ。私がブランシュール内に留まっていたら、ラファエルは第一王子側近として存在し続けただろう。今は近衛騎士団に所属していると言ったな。本当にその配置で良いのか?宝の持ち腐れだな』
それにはレイモンが唖然とした。
『ラファエルはこれからも国の駒となり続けるだろう。でも自身の幸せも諦めて欲しくない。今は侯爵家次男という立場だから結婚はなくても問題がないだろう。だが、彼を理解し支える者を傍に置いて欲しい。彼が休める場所を作りたい。ラファエルが私に望んだように、私も彼にその存在を望む』
「ラファエル様に心休める存在を…ということでしょうか…?」
『そういうことだ』
レイモンは少し考えると、顔を上げた。
「私に勤まるかわかりませんが、何か策を講じてみましょう。まずはラファエル様にお会い出来れば良いのですが…」
『そうだったな。図書館に来ていないと言っていたな。機会があればお願いしたい。伯爵が負担になるようなら無理することはないから』
「かしこまりました」
◇◇◇
そして今に至る。レイモンはラファエルにようやく会えたのだ。
シルヴァンと話をした時と変わったことはラファエルの配属先だ。王太子妃付き騎士になっている。より王家に近い存在となった。いずれ誕生する王子もしくは王女付きを予定しているということは、ラファエルが国にとって重要な人物であると把握していることの表れだろう。
「ラファエル様にはシルヴァン様以外でご友人はいらっしゃるのですか?」
「いえ、いません」
「では、幼少の頃からラファエル様をよく知る人物は?」
「家族と王家、離宮に仕えた皆さん、あとは貴方だけです。それが何か?」
レイモンは一呼吸おくと、提案した。
「その心の穴を埋めてみませんか?」
「穴を埋める?」
「はい。貴方と利害関係もなく、肩書きなども関係なく、少しでもあなたを支えてくれるようなお方を増やしてみるのはいかがでしょうか。心の支えとして」
どこかで聞いた台詞だと思った。自分がシルヴァンに説いた言葉に似ていると気付くのにそう時間はかからなかった。
「シルヴァン様から何か?」
「おや、お気付きになりましたか?大変心配なさっていますよ?」
はははとラファエルは困ってしまった。自分の苦悩を感じ取られていたとは。
「あの、ちなみにラファエル様は婚約は?」
「してません。父と兄が釣書と睨みあってますが、進展はしておりません。何より私自身結婚は望んでおりませんので、侯爵家に余程の利益が無ければ私は受け入れるつもりはありません。王太子妃付き騎士という名誉な職についておりますから、貴族籍から抜けても生活に困ることもありませんし、跡継ぎを必要とする立場でもありませんから」
結婚に興味がないラファエルであれば、やはり1人の人として関係を築いていけるとレイモンは判断した。
「それでしたら、とある令嬢と文通はいかがでしょうか?」
「ご令嬢と文通ですか?」
男女で文通と聞いて、シルヴァンとソフィアが頭に浮かんだ。
「はい。お立場など何も知らず、考えず、ただ姿が見えぬ友人としてお話してみるのはいかがかと…」
「しかし、互いのことを知らぬままで害はないのですか?」
「ラファエル様は結婚など考えていないと仰った。そういった意味では害は全くないお相手です」
「もうお相手は決まっているのですか?」
「ラファエル様にお会いできたら提案しようと思っていましたので、お相手になる方には見えぬ相手との文通について確認済みです」
「そうですか…」
少しの間ラファエルは考え、答えを出した。
「わかりました。文通をしてみたいと思います」
ラファエルは文通することを決めた。シルヴァンとソフィアの文通を見ていたからだ。良くも悪くも自分の人生に彩りを添えてくれるだろう経験をしておくのも悪くない。
「良かった。では早速。何かお書きになりませんか?」
「早速ですか!?どんな方なのです?」
「それは文通を通してお知りになってください」
「そうか。それもそうですね」
そしてラファエルは1通の手紙を認めた。
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