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プロローグ.深窓の令嬢アンジェル

「アンジェル、君は外へ出たいと思うかい?」


突然の問いに、アンジェルは驚いた。


「外へですか?興味はありますが、出たいとは思いません。恐ろしくてその勇気はないのです」


「そうか…」


その答えに父であるレイモンは残念な思いもありつつ、安堵をした。


「突然どうしたのですか?父上がアンジェルを外へ出そうとお考えになるなんて…」


すかさずアンジェルの兄ジョエルは口を挟んだ。


「いや、まあ、いろいろ感化させられてな…」


レイモンが濁しているためジョエルは躊躇ったものの、今までの考えを一転させる発言は放っておけなかった。


「感化させられたとは何にですか?私はアンジェルを外に出すのは反対です。ずっとこのカスタニエ伯爵邸にいれば良いではありませんか」


カスタニエは、レイモンが当主となる伯爵家だ。夫人のリゼット、嫡男のジョエル、長女のアンジェルが暮らしている。伯爵家としては中流中の中流だろう。邸内には最低限の使用人らが仕えており、争いもなく穏やかな毎日を過ごしている。今はカスタニエ家の晩餐中だ。


「ええ。そうですわ。もしかしてジョエルの結婚が近づいていることを憂いてますの?大丈夫ですわよ。ミュリエルはアンジェルのことを本当の妹のように可愛がってくれていますし、悪いことをする方ではありませんわ」


「それなら私も保証します。父上が早くから婚約を結んだおかげで、ミュリエルとは家族のようにお付き合いできています。私も彼女の人となりに惹かれ、この婚約が政略的なものであったとしても私は彼女が相手で良かったと思っておりますから」


ミュリエルは同じく伯爵家の令嬢だ。まだ幼いうちにジョエルとの婚約を両家で結んだ。同じ年頃であったこと家格も同等であったこと、そして何より人柄を重視した。なぜならば、深窓の令嬢アンジェルごとカスタニエを大切にしてくれる者をジョエルの妻に迎えたかったからだ。


「いや、ミュリエル嬢のことは心配していないよ。本当にアンジェルを思ってくれる良いお嬢さんだ。ただ、アンジェルの気持ちを考えてはいなかったのではと、私たちの都合で閉じ込めたままで良いのかと思ってな。アンジェルももうすぐ成人だ。もし外に出たいという考えがあるならば早い方がいいだろうと考えたのだ」


「お父様、私も同じ立場でしたら閉じ込めたと思いますよ。間違いではないと思います。私はお父様が借りてくる書物のおかげでたくさんの世界や知識を得ることができています。知れば知るほど外に出たい気持ちと同じくらい、外に出たくない気持ちも湧くのです。私は誰かを支えることは出来ないでしょう。嫁いで女主人なんて務めることは出来ません。お荷物でしかないですから。年頃であることは理解しています。世間体もあるかもしれませんが、結婚することは望んでおりませんから、その心配はなさらないでください」


「しかし…恋愛をしたいとも思わないか?」


「「「!?」」」


レイモンの口から恋愛という言葉が出たことに3人は驚いた。


「父上…、そもそも感化とは一体何にですか?」


「はははっ。いい年したおじさんが発する言葉ではなかったな」


ジョエルの反応が面白かったのか、レイモンは笑った。


「…感化されたのは、シルヴァン様の初恋にだよ」


「「!」」


「第一王子殿下ですか!?」


「ああ。もう王子殿下ではなく隣国の大公陛下だがな」


リゼットとアンジェルはレイモンの口から次々に出てくる言葉に驚くあまり、何も言えずにいた。質問を続けるのはジョエルだけだった。


「シルヴァン様は図書館の麗人様だったというのは今では有名な話ですよね?ということは父上はシルヴァン様のことをよくご存知なのですか?」


「今となっては時効だろうか。ここだけの話にしてくれよ?私だけが彼が第一王子殿下であると知らされていたんだ。殿下が図書館にいる間にトラブルがあっては困るからな」


レイモン·カスタニエ伯爵は王立図書館の館長を務めている。ジョエルもいつか受け継げるよう司書になるべく勉強中だ。


「あの、シルヴァン様の初恋のお相手というのは?」


「もちろんソフィア様だよ。オルヴェンヌ公国女大公陛下だ。素敵だろう?」


「「「!?」」」


まさか父が馴初めを知っているとは、再び唖然とした。


「お二人は政略結婚ではないのですか?」


「いや、政略結婚だと思うよ?」


「?」


「結婚は政略だ。だが二人の出会いは図書館だよ。とても素敵だった。本当にお二人のお姿はただひたすら素敵だったとしか表現できないよ」


書物に囲まれる毎日を過ごすレイモンの1番の好みは恋愛小説だ。心のうちは人一倍乙女である。


「まるで小説の世界だったのね、あなた」


ふふふとリゼットは夫を理解した。


「ああ。そう思ったらな、アンジェルにもこの素晴らしい経験をしてもらいたいと思ってしまってな」


「恋…ですか…」


「私とリゼットは貴族に珍しく恋愛結婚だった。ジョエルには政略結婚をしてもらうことになってしまったが、先程の話ではミュリエル嬢のことを愛しているようだし…」


コホンとジョエルは照れ隠しに咳払いをした。


「でも、どうやって?私は社交に出ておりませんから、出会いなどございませんよ?」


「ああ。だから、文通はどうかな?」


「文通ですか?」


「実はな、シルヴァン様は文通をしていらしたんだ。それで愛を育んでらっしゃった。お会いできなくても想いを交わしていらっしゃったのだよ」


「…」


アンジェルは黙ってしまった。


「しかし、父上。お二人が聴覚や発声障害をお持ちとはいえ、シルヴァン様とソフィア様の文通には全く影響はなかったはずです。これがアンジェルでは話が違ってきます。アンジェルは字を読むことも書くこともできません。








…目が見えないのですから」








そう。アンジェルは盲目であった。それが故に外には出さず隠すように大切に育ててきた。アンジェルの身を守るためであった。不要に近づく輩からアンジェルを守るためだ。アンジェルが出来ることといえば、歌を歌い、ピアノやバイオリンを演奏し、コンサートを鑑賞するなど音楽を楽しむこと、時々編み物をし、花やお茶の香りを嗜むことくらいだ。レイモンが用意していた書物はレイモンや侍女のセシルが読み聞かせてくれていた。


「では文通するとして代読や代筆をしてもらうということですか?」


「まあ、そうなるな」


「プライバシーも何もないですね」


「だが検閲もできる。君の危険には察することができるぞ」


「父の管理下で愛を囁くなんて…」


「何もすぐにどうこうというわけではないよ。友人を作ってみても良いのではないか?と思うのだ。家族の者以外で交流のある人物がいても良いのではと」


アンジェルは考え込んだ。


「父上、誰か目ぼしい人でもいらっしゃるのですか?アンジェルの文通相手に相応しいと思う方が」


ジョエルが先を促した。


「ああ。だが、互いのことは知らぬまま交流するのも面白いと思うのだ。彼にはまだ文通してくれるか確認していないが、私が2人の仲介をするというだけで、互いの正体については私からは明かさないようにしようと思うのだよ。私のことは郵便受けもしくは郵便配達員と思えば良い」


「しかし、仮にアンジェルがその方を気に入ったとして、問題のない人物なのですか?」


「ああ。そこは心配ないよ」


「「「…」」」


今まで真面目に生きてきたレイモンの挑戦的な考えに問題がないか不安に思った。



「わかりました。挑戦してみようと思います」


「「アンジェル!?」」


リゼットとジョエルはアンジェルの決断に驚いた。


「少しだけ、外の世界を感じてみようと思います。お会いするわけではありませんし、問題があれば文通を終わりにすれば良いだけですから」


「でも、貴女が傷付く可能性だってありますのよ?」


「守られ過ぎも良くないと思いますわ。何事も経験です。私の人生には明らかに経験が不足しています」


「「アンジェル…」」


レイモンとリゼットは、とても前向きに捉えている娘の成長を嬉しく思った。


「何かあればすぐに言うんだぞ。私は君の見方だ!」


ジョエルも兄として大切な妹を守ろうと誓った。


「ええ。私の挑戦を応援してください。お父様、提案していただきありがとうございます。私も頑張ってみます」




後日、レイモンは1通の手紙を持ち帰ってくることになるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


誤字脱字が多いかと思いますが、報告の受付は致しませんので脳内変換にてお楽しみくださいませ。

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