鯨の時計
お迎えシスター
「起きてぞよ。」
3人の耳に、届く位の、声の大きさで、静かに呼び掛ける。
しかし、女の前に、横たわる3人は、ピクリとも動かない。
「おいぞよ。」
其の反応に対し、少し不機嫌になったのか、女は眉根を少し寄せ、声を僅かながら低くして、再度、呼び掛ける。
今度は、反応があった。
ピッタリとしっかりと閉じられて居た瞼が、微かに動いたのだ。
女の眼は、其れを確かに見た。
よって………――――、
「起きろぞよ!」
ブミッ
ブミッ
ブミッ
女は、仰向けに寝転ぶ3人の腹を、順番に、右足で踏みつけた。
其の途端、
「グゲッ」
「グコッ」
「ぐえっ」
ケコケコと、求愛の美声を響かせる蛙達とは程遠い、悪声の悲鳴が、あがった。
女に踏ん付けられた御蔭で、浮上した意識の中、直ぐ様、思った事は、3人共、一緒だった。
「「「ゲホゲホッ……っ、ムカつく!」」」
其の思いを、起き抜けに、咳き込みながら、半身を起こして、叫んだ。
其れは、気を失う前に見た、文字に対する心情だ。
目を覚ます、起き上がる、立ち上がる、そして辺りを見回す。
其処は、何時も通りの偽葬殿の入り口付近。
そして……、
「ぞよ?」
3人の発せられた言葉に、先程の少し低い声とは、比べ物にも成らない程の、低くドスの効いた声と、ニッコリと腹黒い笑みを浮かべる、女の姿。
「ね、姉たま!!?」
「げっ、喪花姉!!」
「喪花姉。」
もう1度言おう。
先程の発言は、人外の青年3人に対する感情の現われであって、3人の目の前で、腕を組んで仁王立ちして居る女に対してでは、決してない。
女との付き合いが長ければ長い程、其の笑顔の凶悪振りと腹の中のドス黒さは身に染み付ている。
そんな女に対して、人命(自分)第一の3人が、命を粗末にも、徒花の如く、地獄に投げ打つ様な真似は、絶対にしない。
「剥製にされたいぞよか?」
更にドスを聞かせた声音と、黒い威圧感を醸し出し、笑みを深めながら、脅しに掛かる。
「「「滅相も御座居ません。」」」
「姉たまの事じゃないYO!」
「そうッス!!」
「…宇宙人モドキの事です。」
「……ぞよぉ?」
3人の発言に、意味が分からないと、黒い笑みを打ち消し、素っ頓狂な声を上げる。
彼女の名前は天囃子 喪花と言い、お察しの通り、風鵺の姉だ。
姉妹だけあって、顔立ちも体格も酷似して居る。
此の姉妹の見分け方は、今の所、主に2通りある。髪の長さと、性格。
風鵺はショートヘアーだが、喪花は超ロングヘア―。
どれ位かと言うと、項よりもやや上の方で1つに緩くお団子の様に纏め、残りの髪を太腿までも垂らせる長さの髪である。
まぁ、髪等、本人達の気分次第で、お揃いにも出来てしまうが。
「「絶対、お揃いになんてしない!」」
……だ、そうだが、もう1つの性格は決定的だ。
単純に明暗で分けるのなら、『ポジティブ』の風鵺、『ネガティブ』の喪花だ。
しかし、生まれ持った力関係を例えるなら、火と水。
五行相剋で言う所の、水剋火。
水は火に勝つと言う考え方。
大抵の場合、水の気性を持つ姉の喪花は、火の気性を持つ風鵺に勝って居た。
「でも、口喧嘩とテストの点数では勝てるYO!…ブッ!?」
「死ねぞよ★」
反論した風鵺の片方の頬へと、喪花のストレートパンチが炸裂する。
なので、まぁ、そんなこんなで、大抵と言うか、粗、能動的なトラブルメーカーである妹の風鵺の後始末は、受動的なトラブルシューターである姉の喪花の役目だ。
そして、今、此処に、喪花が居るのも、其の世話係りとしての、せいでも、また、役目でも、あったりした。
「全く、3人して帰って来ないってんで、皆、大騒ぎだぞよ。」
「「「………。」」」
「クジラ クジラ いまなんじ~♪」
風鵺が童謡・唱歌で有名な≪くじらのとけい≫を歌い出す。
「いま9時 いま9時 いま9時ら~♪」
風鵺の歌の続きを歌いながら、袖をまくって腕に付けている腕時計を見る喧花。
「うっわ…朝?」
「モーニング?」
「ぶれっくふぁーすと。」
「「「いや、其れは違う。」」」
「日付が変わってから、もう9時間が経過してるぞよね。ちなみに、君チャンさん達が、家に帰って来ないと、行方不明として、捜索され始めたのは、昨日の夜10時頃からぞよ。」
「「「……寝てない!」」」
3人が、人外魔境である青年3人組と会って居る間の、“此方側”での、騒動の経緯を、喪花が大雑把に説明する。
其れに対して、第一声に飛び出たのは、何とも、呑気で自分本位な言葉だった。
其処は、せめて、夜通し、寝ずに、捜索をしてくれた方々への、謝罪と感謝の言葉であって欲しかった。
まぁ、其れを、此の3人に期待しても、しょうがないと、分かり切って居るので、喪花は、其の事にはツッコミを入れず、3人の発言に対してのみ、ツッコミを入れた。
「今、此処で寝てたでしょうぞよ。」
「「「よし、帰ろう。」」」
「今から学校ぞよ♪」
「「「鬼~~~~~~っ!!!」」」
そう言って、捜索に協力して下さった方々に連絡を入れ、ついでに、学校にも報告をし、嫌がる3人を引き連れて、学校へ向かう喪花だった。
And that's all…?
(それでおしまい…?)