笑う饗宴
≪チリン≫
可愛らしく、心を弾ませる様な軽快な鈴が、鳴る。
彼女は其の両手に…………、何も持って居なかった。得物は皆無。手ぶらだ。
彼女は、ルルン♪と効果音が付きそうな位、軽快なスキップで前へ進んで行く。
襲い掛かって来る大勢の≪幽霊≫の攻撃を物ともせず、眉1つ動かさずに攻撃を躱し、相手の武器を奪い、其の武器で相手を返り討ちにして行く。
相手の武器である錫杖で、相手の足元を攫い、大きく踏み込み過ぎてバランスを崩した相手を錫杖の柄で気絶させる。
其の侭、他の攻撃を易々と受け流し、叩き落とす。そして、怯んだ残りの幽霊達の隙を突き、ポケットから友人から貰った、小袋に入った侭の飴玉を取り出し、投げ付ける。
接近戦で近付いて来た者は返り討ち。その他の者は飴玉攻撃。そうして次々に片付けて行く。
其の度に、何処からか鈴の音が鳴った。≪チリン、リン≫≪チリン、チリリリン≫と、空に波紋を描き、広がって行く様に…―――。
地に黒い血を流しながら、幽霊達が這い蹲る様に横たわる中、ただ1人、鈴が鳴る其の中を、彼女は歩いて行く。
暫く歩いた後、彼女は歩く事を止める。すると、其れに合わせるかの様に、鈴の音が、空気を震わせるのを止めた。
そして、≪チリン……≫と、最後の鈴の音の余韻が完全に消える頃、彼女の前には、1つの影があった。
其の影こそ、彼女が此処で初めて歩く事を止めた要因だ。
「ん?結構、早かったね。」
影の持ち主である、彼は人懐っこい笑みを浮かべて、気軽な口調で喋る。
「Oh!三郎神(仮)ジャマイカ♪」
「そんなダサい渾名付けないでくれる?」(←全国の三郎さんに謝れ)
「ぇ?ヤダ♡」
びゅんッ!と、三郎神(仮)が小さな幼虫の形をした出来損ないの幽霊を、彼女に向かって投げ飛ばす。
其の幽霊は、正に、決死隊の特攻攻撃、其の物だ。ターゲットに体当たりをして、道連れにすると云う自爆攻撃を持った、三郎神(仮)からの攻撃だ。
「…死ね!!」
「NOT thank you!!」
バッコーン!
ドカァンッ!
しかし、其の役目を果たさずに、幽霊は軌道を変えて、バリンッとガラスの天井を破り、其の果てにて、道連れを伴わずに、自爆を果たした。
幽霊が勝手に軌道を変えた訳でも、三郎神(仮)が操作して軌道を変えた訳でも無い。では、何故、幽霊は彼女を道連れにしなかったのだろうか?
其れは、三郎神(仮)の合図の掛け声より、幽霊が役目を果たすよりも速く、彼女が動き、前へ踏み込み、其の場に落ちてた鉄球のハンマーを素早く拾い、直ぐ様、振るって打ち込み、幽霊を斜め天井の外へと叩き出したからだ。
だから、幽霊は、道連れにしなかったのではなく、道連れに出来無かったのだ。
彼女の拒否の意思の表れに因る動作の、≪御断りホームラン攻撃≫を受けたが為に…。
ので、幽霊は、自爆で此の世を去っても、彼女は、ケロリとした表情で御健在だ。此の世で今もピンピンとして居る。
彼女は、全くの無傷だ。幽霊は、彼女には、何の影響も、及ぼさなかった。其れ所か、彼女は、幽霊の攻撃なぞ、初めから無かったかの様に振る舞い、事を、話を、進める。
「チッチッチッ。焦っちゃダメだぜ、三チャン♪」
「誰が三ちゃんだッて?」
意外と自尊心と云うプライドが、非常に高い故に、自身を茶化す言動に対しては、ド短気を発揮する癇癪持ちという厄介極まりなく、気難しく接し難い性格をして居る三郎神(仮)。
そんな彼が、再び、幽霊を投げようとする所に、平坦とした抑揚で、淡々と言葉を紡ぐ声で、制止の言葉が掛けられる。
「御二方、じゃれ合いも程々に。」
「Oops!仙祥っぴじゃねぇかYOぃ☆」
其のド短気さから来る、単調で粗野でお粗末な攻撃パターンに走ってしまう三郎神(仮)を、宥める様に、窘める為に声を掛けた人物は…仙祥だった。
仙祥は、彼女が、ゆるりと瞬きを1つして、次に三郎神(仮)を見た時、其の隣に姿を現して居た。まるで、忍者か、テレポーテーションをして来たのかと思う程の素早い身のこなし様だ。
「僕に逆らうの?」
「そんなつもりはありません。」
「ふ~ん…なら、良いけど。にしても、此の馬鹿な子が僕達の相手かぁ~……ふぅ。」
「………お招き、ありがとうねぃ♪」
「「!?」」
2人が、風鵺の纏う雰囲気から、異色の何かを感じ取り、臨戦態勢を取った。
「遊園地式パーティーに招待してくれてSA☆☆」
「「全然違しぃいいいイイイイーーーッッツ!!!!!」」
しかし、風鵺の発言に因り、其の態勢は一瞬にして、崩された…。
「御蔭で、悠遊自適に遊べるYO!まぁ、1番は“早く帰りたい”だけど…ま、いっか♪」
「だから違うって言ってんだけど!君の目は節穴?遊具なんて何処にも存在し無いよ。」
「Ouch!惚けちゃって♪あるじゃん☆…君達だよ。」
「「!!」」
今度は違った。先程のは勘違いなんかじゃ無い。風鵺から、確かに感じ取れる捕食者の気配。
邪気無しの無邪気さに、アットホームを感じさせる親しみある陽気さの、馬鹿げた能天気さ具合を醸し出す砕けた雰囲気の隙間の中に、確かにソレは“居た”。
其の気配を見付け、標的として其の目を向けられて居る2人は、素早く先程崩された態勢を、再度、立て直す。
「皆お待ちかね!ワーイ(喜)なモノはLove and Peace!☆イヤーン(嫌)なモノはHate and war!★そんなドキドキ☆フレンドリーな天囃子 風鵺ちゃんに因る素敵に無敵フィスティバル☆は~じま~るよ~ん♪」
「人の話を聞けぇえええエエエエエエェエエエエエエエエ!!!!!!!後、其のウザ過ぎるテイション捨ててくれるッツ!!」
「HEY!HEY!HEY!You達も名乗って名乗って!say、say、saaaaaaaay!!イェア☆」
「ウザーーーーッ!!!!」
「ちょっとノリに付いて行けないかな?ねぇ…」
安心して良い。風鵺の、此のハイテイションに付いて行けるのは、コイツと同類(馬鹿)な奴だけだ。と、仙祥は悟る。
其れを三郎神(仮)へと伝え様とすると、仙祥の言葉は、大音量で発せられた三郎神(仮)の台詞に因り、掻き消された。
「大っ嫌いな君如きに名乗る名なんて、高貴な僕は持ち合わせて、無・い・ね・ッ!此の人間粗悪品野郎がぁああアアアッツ!!」
馬鹿が2匹。
仙祥が軽蔑の感想を持った瞬間で有り、自分と馬鹿2匹との距離感を表す様に、遠い目をした瞬間であった。
「そう言えば、仙祥っぴは、“どうして”そっち側に居るのん?」
「ッ!そ、れは…」
「君には関係の無い事だよ。」
言い難そうに、口をもごもごさせ、言葉を濁す仙祥。
其れを遮る様に、三郎神(仮)が台詞をスパッと打ち切る。
「ハッ!!ま、まさか、Bぇ…」
「「断じて、違う!!」」
「チッ!…O~K~ぃ。そいじゃ、Let's Get It Started!!」(訳:盛り上げて行こうじゃないか!!)
そう言って、口許をゆっくり歪めた。
其処に、悪しき色は、無い。ただ、悪戯っ子の様な無邪気さがある。
「うざぃ。糞うざぃ。マジうざぃ。こんなに虫唾が走るのは久々だよ。」
「(此れは、邪魔しない方が良さそうだ。付いて行けそうにも無いし。)」
イイ勝負だ、ある意味で。この2人。
そんな2人を横目に、仙祥は、ヒートアップする馬鹿達に付き合い切れないから、見るだけにしようと、完全に傍観者の役割に回る事を決めて、壁に寄り掛かった。
「簡単に飲み込まれないでねぃ?ゲストとして、盛り上げ役を買って出たムードメーカー風鵺ちゃんの、遊び心に★」
仙祥が舞台から観客席へと移動し終わったと同時に、2人は啖呵を切り合った。
「悪酔いする程に僕が相手してあげるよッッ!!!」
片方は、其の瞳のヘリオドールに、自信と悪意に満ち溢れたアグレッシブな耀きを烈々と宿しながら、天衣無縫の如くの笑みを浮かべて。
「いただきマンモス★」
片方は、其の瞳のヘリオドールに、太陽や月や星々にも負けない位に煌々と爛々と耀く力強い光を宿しながら、天真爛漫な笑みを浮かべて。
2つ目の、饗宴が始まったよ!
(逢って、笑う、笑う。)
自分に似て、自身を決して偽る事の無い真っ正直で傑作な獲物を見て、彼女は、笑う。其の顔は、大抵、笑って居る。
笑う時は何時も≪破顔≫と言う言葉を、其の侭、表したかの様に、ニコニコと屈託なく笑う。だからこそ、禍々しく映る笑みを浮かべて、童心を擽る獲物へ、牙を剥く…。
And that's all…?
(それでおしまい…?)




