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後編

現皇帝ケルビンが皇太子だった時代、彼はアローシェン伯爵令嬢と婚約していた。令嬢はとても優秀で、ケルビンとの仲もとてもよく、国民からも人気の二人であった。

この先二人で支えあって国を守っていくのだろうと思われた。


しかし、そこで事件が起きたのだ。


ケルビンがオールディーシャ学院に入学したと同時に、現側室となったエリスが入学してきた。

ケルビンとエリスは惹かれあうも、エリスは平民だったことからケルビンは距離を置く。しかし、運命は二人を引き離すことはなかった。


少しして、伯爵令嬢がエリスを虐げているとうわさが流れ始めた。

そうして、伯爵令嬢は断罪されエリスとケルビンの愛の物語は国民に大人気となる。


しかし、エリスは平民。

血筋的にも、能力的にも帝国の皇后は困難だと誰もがわかっていた。

そうして白羽の矢が立ったのが、当時傷ついていたエリスに寄り添っていたジョスエル侯爵令嬢のロディエンヌだった。


ロディエンヌは皇后となり、エリスとケルビンのために力となることを誓い、皇后となるべくケルビンと結婚した。


ロディエンヌが身ごもればエリスを側室に迎えられることになったが、ロディエンヌは中々身ごもることができなかった。


そんな時エリスが身ごもってしまう。すでに当時宮廷に住んでケルビンが愛妾としておいていたため、ケルビンの子であることは間違いなかったが、継承権を持たせたいがために、一刻も早くエリスを側室にしようと働きかけたことで、多くの貴族が激怒した。


そもそも、婚約破棄した伯爵令嬢は国内で最も古くからいる貴族であり、代々皇族への忠誠心も強い一族だったことから、貴族たちは簡単に伯爵令嬢との婚約破棄を納得しなかったのだ。

それで納得させるためにジョスエル侯爵令嬢を後釜にしたのだった。


それがケルビンが皇帝になる条件だった。


にも拘らずそれを破り平民の子を皇帝にするわけにはいかない、と考えた貴族たちは急いで皇妃を立てることにした。

皇妃は、皇后に継ぐ地位、皇后に何かあれば代わりを務めることになる。


しかし、帝国内で皇妃になれるほどの高位貴族令嬢は全員結婚していた。


そうして、隣国のエヌオール王国よりシェヘレザードを嫁にもらったのだった。


シェヘレザードはエリスに遅れてすぐ身ごもった。

ケルビンはエリスをすぐに側室に迎え、エリスが産んだ子を第1皇子、シェヘレザードが産んだ子を第2皇子とした。


その後すぐに皇后も第3皇子を身ごもり出産したのだった。



しかしまた、ここで問題が発生する。

第1皇子をかわいがる皇帝は、帝王学を皇子に受けさせ始めた。すでに皇后どころか、皇妃も男児を設け、皇太子になれる皇子とスペアの皇子が揃っていたことから、第1皇子に帝王学など必要なかったのだが、皇帝はそうせずに貴族たちの反対を押し切って帝王学を学ばせたのだった。




ルアンは、事前情報でそのことを知り、“そこに何か秘密があるのだろう”と考えた。


母の見た秘密を、母はかたくなに言おうとしない。何かはわからないが、母はルアンと同じく頑固なため、どうしても何を見たかは言いたくないのだそうだ。


ルアンはそれを調べるために、第3皇子と仲良くなろうと思ったが、第3皇子の傲慢さといったらあまりにひどかったため、性格を矯正することにしたのだった。


彼の性格はプライドが高く短気。

幼少期から多くの人々の媚びへつらわれ、母親からはとても厳しくされ、父からは関心すらもらえない、と聞いた。


ルアンが導き出した答えは“構ってほしい症候群”。

なにせ、本心をさらけ出すのは皇族には絶対に許されない。だからこそ、厳しくもされるし、無関心を向けられ、嫉妬や羨望のまなざしを受けるのだ。


彼は寂しかったがために、人を貶め傷つけ害を及ばすことで発散していたのだろう。

許されることではないが。


それを矯正するのが、目下ルアンの目標である。


第3皇子はいろんな意味でルアンに対し強烈な印象を持っただろう。




翌日、学院の門の前で腕を組んで仁王立ちしている少年を見て、ルアンの目はうつろになった。


「・・・こんなにうまくいくなんて・・・どうしよう・・・すごく・・・・面倒そうだな」


緩いパーマのかかった茶髪が風になびき、金の瞳は鋭くルアンを見据える。

「おい!お前!!」


ルアンに向かって指をさしてきた。

しかしルアンは“お前”ではない。

もちろん無視して皇子の隣を素通りする。


「っ!おい!!お前!!」

ロレッソ皇子がルアンの腕を引っ張った。


「痛いです!!」

怒気を含めた大きな声で言うと、ロレッソの手は少し緩められ、ビクリと肩が揺れた。


「あ・・・う・・・。む、無視するな!!僕が話しかけているんだ!!きちんと・・・答えろ!!」


「・・・お前って誰ですか?」

ルアンが冷めた目で言うとロレッソがフンと鼻息荒くした。


「お前のことに決まっている!!」


「私はお前という名前ではありません。」


「貴様!生意気だ「貴様でもありません」」

ロレッソ皇子が話しているのを遮りルアンはすんっ・・・として言う。


「!!この女!僕を誰だと思っている!?」


ロレッソ皇子が顔を真っ赤にして叫ぶ。


「自己紹介しあったこともなければ、友人になったわけでもないし、知人にすらなっていません。この学院に入る前、平民向けの座学では“貴族界では自己紹介しあわない限り知人にはならない”とならいました。よって、私はあなたを“知るよしもなければ”、知る必要がありますか?

校則を破ったのはあなたです。何のために校則があると思っているんですか?あなたがどのような処罰を受けたか知りませんが、自業自得です。自分で蒔いた種です。

自分で蒔いた種は自分で拾ってください。」


ルアンが矢継ぎ早で言い放つ間、ロレッソ皇子は口をポカンと開けてルアンを見ていた。

ルアンは、では失礼します、と言って横を通り過ぎようとすると、また腕をつかまれた。今度は優しく。


ルアンが振り返ると、ロレッソ皇子が顔を真っ赤にして震えていた。

「・・・僕は、ロレッソ=ジョスエル・バール!!!!お前・・・君の友人になってやる!!!!」


すごく至近距離にいるのに、ものすごく大きな声で叫ばれた。

ルアンは耳を塞ぎたいのを我慢して、目を細めて肩を引き上げ首に力を入れた。


耳がキーンとする・・・首に力入れても意味ないけど、勝手に力が入る。


「・・・ありがとうございます。私はルアン=ロシェ。殿下、お願いですからこんな近くで叫ばないでいただけますか?耳が痛いです。」


淡々とルアンが言うと、ロレッソ皇子は赤い顔のまま戸惑った表情で、「あ・・・すまない」とものすごく小声で言った。


極端すぎる。

でも、素直。

育てがいがあるな。



その日から、ルアンは正式にロレッソ皇子の“ご学友”を任命された。

しかも、皇后直々に。


こんなに作戦がうまくいくとは思わなかった。


「ルアン!こっちだ!!」

ロレッソ皇子が手を振ってルアンを呼ぶ。


この皇子。まるで同性にするようなスキンシップが多かった。


今日は学院内の中庭のテラスでランチをとる、とロレッソ皇子に言われ来たしだいなのだが。


なんだかな。

私を女と思わないのは仕方ないけれど、同性だと思われているのも釈然としない。


静かにロレッソ皇子のもとへ向かう。

ロレッソ皇子は笑顔で手を振っているが、ルアンの表情が厳しいのに気づき、手を挙げた状態で徐々に顔色が悪くなる。


「・・・ルアン・・・?僕が呼びつけたから怒っているのか?」


「違います。」


「じゃあ・・・どうして・・・」

目を潤ませながらもじもじしだす。


キャラが変わりすぎている。


「・・・殿下。私は平民といえど、一様は女子です。呼び方は気をつけたほうが良いです。」


「だが、ここには気の置けない友人しかいないぞ?」


「大きな声で呼ばないでほしいってことですよ。」

ロレッソ皇子の後ろから、青に近いグレーの髪で茶色い目をした少年が出てきた。


バール帝国の侯爵令息で、レイナルド=ジャバル。こちらもご学友。


すでにテラスには殿下のご学友が集まっていた。


一番手前から黒に近い朱色の髪に朱色の瞳のヴィクトリア=モーフィスト伯爵令嬢。

左隣のオイスターホワイト色の髪にグリーンの瞳をしたマシュー=ルティオ伯爵令息。

その隣の緋色の髪に黄色い瞳をしたシルヴィオ=ツェーツィオ男爵令息。


王宮のシェフたちが殿下のための食事を並べている。

因みにご学友の分も。

殿下は毒殺を回避するために、必ず王宮のシェフが腕を振るうことになっている。

学園としても、各国の王族に関してだけは例外を認めていた。


寮生活もそう。

近場に屋敷がある人間は家に帰るが、屋敷が遠い人に関しては寮生活になる。

しかし、王族は暗殺の危険があるため、自国の騎士と屋敷を学院近くに与えられる。


ルアンは持ち前のアイディアと知識で、いずれそれもどうにかしようと考えていた。



テラスに用意された席に着き、ルアンは周囲を見回す。

前から思っていた。

ルアンの席はもちろん下座の末席だが、ロレッソ皇子の向かい側に割り当てられており、それはそれでどうかと思う。


「ルアンは浮かない顔ね?・・・もしかして、メイウス様に絡まれていたの?」

ヴィクトリアが無表情のルアンに向かって聞いた。


グレイス=メイウス。

バール帝国の公爵令嬢で、以前ロレッソ皇子がルアンに暴力を振るわれていた時に一緒にいた令嬢だ。


ロレッソがルアンを気に入って一緒にいるようになってから絡まれるようになった。


「いえ・・・彼女は・・・なんて言うか・・・ひよこ?のようなものなんで・・・」

ルアンが答えるとヴィクトリアが顎に手を当てた。


「・・・確かにそうですわね。うるさいですけど、害はありませんものね。今のところは。」


最後の今のところは、が気になるけれど、問題は彼女ではないのだ。


ロレッソ殿下のご学友になった時点で、ある程度の貴族たちに何か言われたりされたりするのは予想していた。

しかし、そんなことに負けるほど弱くはない。


問題は副業をする時間が取れない。


勉強しつつロレッソ殿下たちに呼び出され、お遊びに付き合う。付き合いたくないが。彼らの懐に入るためには仕方ない。


それに()()()が何も言ってこないのがとても気になる。


()()()ならばきっと、母と離れた瞬間から何か言ってくると思っていたのに、何も言ってこないから怖い。逆にとても怖い。


「そういえば、最近上の学年で言われている噂を知っている?」マシューが水の入ったグラスを持ちながら言った。


「何の噂かしら?」

ヴィクトリアの瞳が光る。

貴族令嬢には情報がとても重要。噂は大事な情報の一つだ。


「夜になると町に切り裂き魔が出るらしいよ。」

マシューの何でもないような口調でも、その場にいた全員が驚き、動かしていた手が止まった。


「それは、本当か?」

ロレッソが聞く。


「はい。陛下の命令で、極秘裏に第1皇子殿下が調査しているらしいですけどねえ。」

マシューが答える。


「?秘密裏なのになぜマシューが知っている。」

ロレッソがいぶかし気に聞く。


「・・・秘密裏ではない、ということでしょうか。」

ヴィクトリアが答えた。


「だが、父上が極秘で調査を命じられたなら・・・一体兄上は何を考えておられるんだ。」


「第2皇子殿下は何も?」

レイナルドがロレッソに視線を向けた。


「ジャクソン兄上は元より、父上の命令にも興味がなければ、ティオリア兄上にも興味はないから。知っていたとしても、動かんだろう。」

ロレッソがため息をつきながら言った。



ルアンは思案する。


皇帝の命令で第1皇子が切り裂き魔について調査しているのならば、言われたとおりに秘密裏にしなくてはならない。

しかし、平民であるルアンはまず切り裂き魔についての噂を知らない。

そして、ここにいるマシュー以外も知らないようだ。


しかも、マシューの話し方では、第1皇子が秘密裏に調べていることで知ったような口ぶり。


なぜ彼しか知らないのか。

ヴィクトリアは伯爵令嬢で貴族の間の噂は大体把握している。

レイナルドの父君は武官だ。


ヴィクトリアやレイナルドまでが切り裂き魔について知らないのは少し異常な気がした。

それに、街に出るなら、貴族よりも平民の間の噂として広まりそうなものなのに。


ヴィクトリアがルアンの思案顔を見てクスリと微笑み、その場にいた全員がルアンを見た。


何せルアンは集中すると周囲に視線が行かなくなってしまう欠点があった。


一同はルアンの思案を静かに見守る。


前後に小さく揺れるルアン。


この噂があえて流されていたとしたら?

噂をもとに皇帝が動いたように見えて、実は皇帝も全てを知っていて第1皇子に調査させていたら?

継承権を持たせたくない周囲は、第2皇子か第3皇子を煽ったら?

第2皇子は大丈夫だとしても、ロレッソ殿下は?

彼は煽られたら、素直に聞いてしまうだろう。


学友である私たちがついている間は止められるが、ルアンたちがいなくなった後、王城にいれば、もしかしたら煽られて切り裂き魔について秘密裏に調査するかもしれない。


もしもそれで彼が襲われてけがをしたら?

何か罠を仕掛けられていたら?

これが第3皇子を貶める罠だったら?


そこでルアンはピタリと止まる。


今第3皇子という道を失いたくはない。

第2皇子はルアンの1歳年上だが、何を考えているかわからない笑みは気持ち悪いし。

第1皇子は面倒くさいことこの上ない。

第3皇子が一番ラク。


そこでルアンの思考はまとまり、顔を上げると全員の視線がルアンに注がれているのに気づいた。


全員がほほえましそうに見ている。

ロレッソ皇子だけは少し違う微笑みだが。


「思案は終わった?」

ヴィクトリアの言葉にルアンは固まる。


はっ・・・いけないいけない。商売人としてこんなにわかりやすすぎるなんて。


ルアンは小さく深呼吸してから口を開いた。


「その、切り裂き魔がいるのを私は聞いたことがないのですけれど・・・襲われた人はどのくらいいるんですか?」

マシューがルアンの質問にニヤリと笑った。


「それが不思議なことに不特定多数。数人て言う人もいれば、二桁までもいく、って言う人。すごいよねえ。噂って。」


マシューはきっと、おかしな点に気付いてこの話を今出したのだろう。

本当はロレッソ殿下に気付いてほしかったのだろうが。


ボンクラ殿下は気づくはずもなく・・・まだまだ、教育が足りないわ。


「殿下はどうされるおつもりですか?」

ルアンは聞いた。とりあえず、殿下の意見も聞いてみる。


「うーん。陛下から命じられれば動くけれど、兄上が動いているならばねえ。」


はい、ダメ―。駄目ですー。その答えはNOですー。


ルアンは無表情のまま姿勢を正し、雰囲気を変える。

「殿下。町に切り裂き魔が出たということは一体どういうことでしょうか?」


「?というと?」


「“町”に出たんです。貴族の屋敷や学院周辺ではなく。町。街道でもなく。町。貴族街でもなく、町です。」


とりあえずしつこく“町”を強調する。


どの地域にも貴族たちが買い物をしたり、お茶をしたりする“貴族街”がある。そして、街と町をつなぐ道。学園周辺は貴族の屋敷が連なる。


「うーーん・・・町か・・・平民が襲われた、ということか?」


そう!


「貴族街とかでは出ていないのか?」

ロレッソがマシューに聞く。


「でた、とは聞いたことありません。」


「うーーーーん。」


もう少し。頑張れ!!


「!そうか!平民に犠牲が出たなら、少なくとも学院の平民の生徒が騒ぐはず。ルアンも何かしら聞いたことがあるはず。でも、騒いでないし、ルアンも知らなかったんだな?」


ロレッソの閃きに頷く。


「僕は仕方ないにしても、ヴィクトリアまで知らなかったということは、貴族たちの間にもそこまでの噂は出ていない・・・」


ヴィクトリアも頷く。


「誰かが・・・故意に噂を流した。僕の側近候補でもあるマシューに。これでジャクソン兄上が何も知らないとすれば・・・・・・・・・」

ロレッソがルアンに視線を合わせたまま懸命に考える。


周囲は頑張れ!と祈る。


「・・・僕は誰かに罠を仕掛けられてる?」


「あたりです」


待ちきれずレイナルドが即答した。


「でも、誰が・・・第1皇子・・・まさか・・・」

そこでロレッソも合点がいった。


皇帝、もしくは側室のエリスが故意に噂を流し、ロレッソ、もしくは皇后を陥れようとしている。



ロレッソは馬鹿ではない。

不器用だが、努力家だし、非を認める勇気も持っている。

あとはロレッソを諫められる人が必要なだけだった。


母である皇后は“皇后”として接するため、ロレッソからすれば家庭教師と同じ位置にあった。


学友であったレイナルド達も短気で癇癪を起すロレッソを持て余し、とりあえず他生徒に害を及ぼさないようにする、に留めていた。

何せ、ヴィクトリア以外はロレッソの一学年上。四六時中行動を共にするのは困難。そのため、ロレッソには同級の取り巻きが着いてしまった。


ルアンはロレッソの一つ年上だが、途中編入ということもありロレッソの学年になった。


ルアンとの出会いにより、ロレッソの思考は少しずつ整理されていった。

決して答えを簡単に教えるわけではなく、ロレッソ自身が考えられるように導く。ルアンはそうしてロレッソを育てていった。


レイナルド達はそれに気付き、ルアンに協力するようにしていた。


そうして、ロレッソは徐々に性格の矯正と思考の整理をされていった。



「・・・とにかく殿下はお一人にならないようにしたほうが良いでしょう。それと、誰に何を言われても、流されない。」


レイナルドの言葉に、隣にいたロレッソは食い入るようにレイナルドを見つめる。

「流されない、ってどうしたら良い?」


ロレッソの近さに、レイナルドは手で少し押し出す。

「・・・微笑んで曖昧に返事する。」


レイナルドの言葉にロレッソは練習を始めた。


レイナルドは少し困った様子になりながらも、ロレッソの練習に付き合っている。


マシューは少し離れたところにいたロレッソの従者を呼んだ。


彼はジョシュ。マシューの遠縁で、父親が一代限りの騎士爵を賜った。護衛も兼ねるほどの実力者。時々、じっとルアンを見ている。ルアンも彼を見たことある気がするが、全く思い出せないでいた。


マシューはジョシュに片時もロレッソから離れないように伝え、ジョシュも重々しく頷いていた。


その日からロレッソは毎日「トイレまでついてくるんだけど・・・」とぼやくことになった。



2週間ほどが立ち、事件が起きた。


第1皇子が切り裂き魔を捕まえたそうだ。そして、その切り裂き魔はロレッソの命令で動いていたそうだ。



「僕は知らない!どうして・・・」

ロレッソは皇帝から謹慎を言われ、部屋に閉じ込められていた。

皇后から特例として、学友のレイナルドとヴィクトリアのみが会いに来ていた。


「・・・やられましたわね。元々、殿下を犯人に仕立てるつもりだったのでしょう。」


「マシューの話では物的証拠が出ているらしい。」


「!僕は何もしていない!!」


「わかっています。落ち着いてください、殿下。今、マシューがいろいろと調べまわってくれています。」


マシューの生家ルティオ伯爵家は、元々情報収集に長ける一族であった。

近年、皇后と皇妃を追い落としたい皇帝が冷遇しているが、コネクションを失っているわけではない。


「しかし、どうやって無実を証明する!?ジョシュも捕まって、尋問とういう名の拷問を受けている。助け出したいのに何もできない・・・それに・・・どうとは言えないが、進行具合が異常に早くて・・・」


「確かに、調査の時間や事実確認の時間を考えると、随分早急な気がいたしますわ。」


三人は押し黙った。




最初に言葉を発したのはヴィクトリアだった。


「・・・ミストに・・・連絡を取ってみますわ。」


その言葉にレイナルドもロレッソも驚く。


「ヴィクトリア!君はミストに連絡を取れるのか!?」

レイナルドが驚きながら聞く。


「・・・少し、伝手がございまして。」


“ミスト”とは、貴族だけではなく平民でも最近有名な万屋であった。

正体は誰も知らない。

ミストが求めるものを与えれば、願いを叶えてくれる。

だが、どこにいるかわからず、現れるのはミストの気まぐれ。

お願いを聞いてくれるのも気まぐれ。


願いの対価は、とても不思議なものばかりだった。



三人は面会の時間が終了を告げたことで、そのまま解散となった。

ヴィクトリアは馬車の御者に行き先を告げた。


「・・・こんなに早く頼るつもりはありませんでしたが・・・」



ヴィクトリアが向かった先は、オールディーシャ学院の貴族街にあるタティファ商会。



入口から中に入ると、受付がある。

人々が入り乱れヴィクトリアはヴェールで顔を隠したまま案内板を見る。


“装飾組合”

“流通組合”

“開発組合”

“建設組合”

“保全組合”

“警備組合”

と書かれた案内板を順番に見ていく。


ヴィクトリアは最後に目に入った“組合統括部”という方向に向かう。


受付に座っている女性が、微笑みの仮面をつけてヴィクトリアを迎える。

「いらっしゃいませ。お客様。どういったご用向きでしょうか。」


「・・・ミストさんにお会いしたいのだけれど?」


受付の女性は表情を変えることなく答えた。

「ミスト、という職員はこちらにはいませんが?ご用向きを教えていただければ、お客様が必要とされる場所をご案内しますが。」


「そう・・・では、いいかえるわ。ティアを呼んでくださる?それとも・・・ルアンといったらよいかしら?」

ヴィクトリアが微笑みながら言うと、受付嬢は貼り付けていた微笑みを深くし、纏っていた雰囲気が一層冷たくなる。


ヴィクトリアは目の前の受付の女性の雰囲気の変化に少しだけ動揺してしまう。

彼女の、視線を浴びると、呼吸が苦しくなった。まるで、視線だけで射殺せるような。視線だけで石に変える能力をもっているような。


女性の視線が一瞬だけそれた。すると、女性は雰囲気を一新させた。

「わかりました。ご案内いたしますわ。」


女性の案内で、受付の奥の階段へ向かう。

階下へ降りると、ヴィクトリアは目隠しをされた。気づけば侍女が後ろにいない。


ヴィクトリアは動揺することなどめったにないが、さすがに動揺した。


女性に手を引っ張られるまま進む。

どのくらい時間が立ったのか、どこをどちらに曲がったかもわからないまま、女性が停まった。


目隠しを外されると、目の前には庭園がった。

後ろを振り返ると真っ暗な洞窟のような場所なのに、目の前に広がるのはきれいな花々。


その真ん中にはテーブルとイスが置いてあり、椅子に座っているのは白いドレスを纏ったルアンと、黒ずくめの男だった。


ルアンはヴィクトリアを振り返り、苦笑した。

少しずつヴィクトリアに近づくルアン。

そしてヴィクトリアもルアンに近づく。


「やっぱりヴィクトリア様は気づいていたんですね。」


「わたくし、一度だけミストを見たことがあるのよ。」


ルアンはヴィクトリアの言葉に驚いた。

ルアンが“ミスト”として行動するときは夜ばかり。

夜に貴族令嬢が外を出歩くはずない。


「・・・誘拐事件で、あなた、少年を助けたでしょう?その子はわたくしの異母弟だったの。」


ヴィクトリア曰く。

弟が誘拐されるも、両親は不貞の子であったことから助けずに放っておくことにしたそう。

しかし養父母もヴィクトリアもそれは嫌だった。

心配になったヴィクトリアは、秘密裏に騎士を数人つれ異母弟の養父母のもとへ行くと、異母弟を助けたミストがいるのを見たそうな。


「でも、普段の私とは違ったはずなのに、良く気づきましたね。」


「以前、あなたが医務室で医官の先生とお話されているとき魔法が解けて、その髪の色が出たでしょう?珍しい色だし、わざと隠しているんだと思ったのよ。」

ヴィクトリアがルアンのピンクグレージュの髪の毛をさした。


ルアンは自分の髪に触れる。


「・・・前から思っていましたけど、ヴィクトリア様は観察力が素晴らしいですね。」


「ありがとう。・・・わたくしがここに来た理由、あなたならわかっているのではないの?」


ヴィクトリアの言葉にルアンは真顔になる。



ルアンのもう一つの顔。

それは“万屋ミスト”。

何でもする。対価が欲しているものなら、それと交換に相手の願いを叶える。


それは時に何かの開発だったり、探偵業だったり、何かの情報だったり、・・・誰かを罠にはめたり。








「・・・殿下を罠にはめたのは・・・あなたね?」

ヴィクトリアの言葉にルアンは微笑んだ。


ルアンは首をかしげる。

「ただでは無理です。ヴィクトリア様は私に何をくれますか?」


「・・・あなたは何が欲しいの?」


「あら。私は答えは“教えません”。」


「・・・殿下?」


ルアンの表情は変わらない。


「お金?」


ルアンは微動だにしないまま微笑んでいる。


「・・・誰かの命?」


ルアンの様子は変わらない。


ヴィクトリアはルアンの求めているものがわからず、口をつぐんだ。


ルアンはクスリと笑う。


「ヒントを差し上げます。」


「ヒント・・・?」


「はい。ヒントです。」


「それは?」


「それは・・・賢帝と賢妃」


その言葉にヴィクトリアは息を呑む。



現在の皇帝は政治に関しては優。

しかし後継者指名など、後宮関係に関しては不可。

これでは、賢帝とは言えない。


そして、賢妃。

皇后は正直何を考えているのか分からない。

第3皇子への教育は“期待”の域越している。ストレスの発散のようにも見えるレベル。

ロレッソの帝王学の成績も気にする風ではない。ただ厳しく接するだけ。愛情を見せたこともない。


皇妃は元々、ほとんど帝国に脅されて嫁いできたため、帝国の未来など気にもしていない。第2皇子は皇妃のそう言うところを色濃く受け継いでいた。


側室は論外。



現在の帝国には“賢帝”も“賢妃”もいない。


ヴィクトリアはルアンの微笑みに恐怖感をいだいた。






遡ること半年前―-

入学式を終え、1週間がたったころ。

毎日のようにロレッソに付きまとわれ、さすがに暴言を吐きそうになるのをぐっとこらえ続けたせいで、毎日疲れていたルアンは油断していた。


寮の部屋に入り、一人部屋なのに人の気配がすることに全く気づくことなくベッドに横になった。

そうして目をつぶっていると、急に首が苦しくなる。


カッと瞼を開け、抵抗するも、魔力封じまでされ、両手を抑えつけられていた。

目の前には真っ赤な瞳を楽しそうに細める美少女がいる。


ルアンが意識を手放しそうになる寸前手を離された。


ゲホゲホっとせき込み首に手を当て、涙目で目の前の女性を睨む。


「・・・っ・・・少しは手加減してください。」

声が変になっている。


「油断しているあなたがいけないのだわ。」


目の前の女性は美しい白髪の髪を後ろに一つにまとめ、ベッドに腰掛けルアンに向き直る。


「あの方が、学院に入る前にあいさつに来るはずだったのに、どういうことだ、ですって。とーーってもお怒りだったわ。」


「・・・試験合格から入学までがあっという間でうかがう隙がなかったんです。時間を作り次第行きます。」

ルアンが怒ったように言うと女性が微笑んだまま、怒気を含んだオーラをまとう。


「時間を作る?あなたの時間はすべてあの方の者よ?勘違いなどしないで頂戴?」


「・・・申し訳ありません。」


ルアンが下唇をかんでうつむくと、女性はクスリと笑った。

「・・・忘れてはいけないわ。誰のおかげで、開発や研究をできているか。莫大な資金と人員をあの方が貸してくださっているのよ。あなたは、その恩を返さなくては。」


ルアンは床に片膝をついた。


「・・・ご用命は?」


「あの方が皇帝を見限ったわ。次の皇帝を選出するのに試験をしたいのですって。」


「試験・・・ですか・・・」


「ええ。そうよ。万屋ミストとしてあなたはその試験問題を継承者たちに振りなさい。」


「・・・試験問題とは?」


女性の瞳が残忍に光る。

「・・・第1皇子を殺しなさい。」


その言葉にルアンは固まる。


「・・・メイラ様・・・」

「メイラお姉さま?」


「・・・メイラ・・・お姉さま・・・」

「なあに?」


「万屋ミストもルアン=ロシェも・・・ルクレティアナも、人を殺害したり致しません。」

「・・・言うと思ったわ。」


メイラお姉さまと呼ばれた女性がため息をつく。


「・・・あなたは誰が皇帝に向いていると思う?」

メイラの質問にルアンはうつむいたまま答える。


「今はまだ。良く分かりません。」


「そう。では、一番いらない皇子を葬って。皇子としてね。そして、皇帝と皇后を見つけなさい。」


その言葉とともに、メイラは目の前から消えた。


その部屋に一人残されたルアンはため息の嵐だった。




それからルアンは、第1皇子と第3皇子の派閥に切り裂き魔の噂の情報をだした。その情報に踊らされた第1皇子派は、すぐさま皇帝に噂を告げた。


皇帝は第1皇子を皇太子にしたいがためにすぐに切り裂き魔を捕まえるように指示。

第3皇子派は静観を貫く。しかし、用意されたのは第3皇子の命令を受けたという切り裂き魔。あろうことか第1皇子を襲ったのだ。


しかし、実際は犯人を見つけられないどころか、切り裂き魔の噂も真偽が疑わしくなってきた。


第1皇子派としては、噂に踊らされて皇帝に報告し、挙句騎士たちを使って公開した状態の“秘密裏の調査”を行っていた。

これが知られれば、帝国民の第1皇子への支持率は下落。何せ皇帝のスキャンダルから月日はたっていようとも、帝国民は忘れていない。


3人の女性の犠牲のもと、皇帝は恋愛を成就させたのだから。



第1皇子派は保身のため切り裂き魔を用意したのだった。







「では、万屋ミストさん?それとも・・・ルアン?」

ヴィクトリアがルアンを見据える。


「この格好の時は“ミスト”で。」

ルアンが微笑んだ。


「ミストさん。私が責任を持って第3皇子ロレッソ様を賢帝に育てましょう。そして、その妃にはわたくしが。それが、あなたが求めていることですか?」


ヴィクトリアの言葉にルアンは頷く。




この半年間、ロレッソとヴィクトリアを見てきた。

ロレッソはいわば白いキャンパス。これからやりようによっては変わる可能性のある人物。

そして、皇后。これにはルアンも悩んだのだ。


元々ロレッソの婚約者候補は、ブレイス公爵家の令嬢かソーマ侯爵家の令嬢があがっていた。公爵家の令嬢は家にしばりつけられ、父の言いなり。ソーマ侯爵家は論外。


そこで学友の一人であったヴィクトリアがルアンの中で引っかかった。

伯爵家の令嬢。

高位貴族だけど、低位貴族に近い高位貴族。厳格でありながら、観察力に優れ、情を持って人を導く能力がある。冷静で物事を客観的見れる人物。


ロレッソを支える能力と優しさと厳しさを持つ。

ルアンとしては彼女が皇后に向いていると思ったのだ。




「契約成立ですね。もしも不履行されれば、私は構わずあなたとあなたの周囲を全て堕とします。」

ルアンは冷めた瞳を光らせたまま微笑んだ。






ヴィクトリアはルアンから貰ったロレッソの無実の資料となるものを持って王城へ向かっていた。

すでにルアンが町にその資料のコピーをばらまいていた。


皇帝と皇后両陛下への謁見を求め、数時間。謁見の間に通されたヴィクトリアは顔色の悪い皇帝と、無表情の皇后の前で淑女の挨拶をする。


皇帝の後ろにいた宰相に資料を渡し、ロレッソの無実を伝える。

皇帝はため息をつき最初に口を開いたのは皇后だった。


「では、陛下。ロレッソの謹慎は終了ということで。モーフィスト伯爵令嬢はお疲れ様でした。後日改めてお茶の時間をとりましょう。

ティオリアと側室のエリスに関しては陛下にお任せします。」


皇后はそう言って表情を変えることのないまま、その場を後にした。

宰相も表情を変えることなく、皇帝の言葉を待つ。


少しして皇帝派ため息をつきながら額に手をあてた。


「ティオリアは1か月謹慎・・・・」

そこで宰相が咳払いをする。


「さ・・・三か月の謹慎。エリスは・・・皇子の監督不行き届きとして同じく三か月の謹慎に、減俸。」

その言葉に宰相と周囲の臣下たちが礼をしてその場を去った。一人残される皇帝は深いため息をついた。


ヴィクトリアも異様な光景に戸惑いながらその場を後にする。




謁見室を出ると、父である伯爵が待っていた。

「ヴィクトリア・・・」

父である伯爵は誰よりもヴィクトリアのことを理解していた。


ヴィクトリアが表立ってロレッソを助けたということは。

ロレッソの婚約者候補に名乗りを上げたことになる。


後宮の争いに身を投じることになる。


伯爵は娘の方を優しく抱いて帰路についた。







ロレッソの謹慎が解け、2週間。学院生活は通常に戻っていた。

ヴィクトリアは他の婚約者候補とともに王城に上がり妃教育を受け始めた。

昼のランチはヴィクトリアはそのまま参加しているが、婚約者候補が二人が追加された。

学友であるルアンたちは少し離れた席に座って成り行きを見ていた。


ヴィクトリア以外の婚約者候補はルアンを無視している。マシューが気を使ってルアンのそばにいてくれているが、逆に婚約者候補たちはそれが気に入らないようだ。

よく注意される。


まあ、ルアンは全く意に返さないため、令嬢たちはより一層ルアンへの怒りを増しているのだが。








それから3年がたった。

ルアンは15歳になり、ヴィクトリアとロレッソは14歳。レイナルド、マシュー、シルヴィオは16歳になった。

この3年間で新しい出会いもあった。




「ルアンさん!」

ルアンは声のほうを振り返った。


紫がかった銀髪の美少女はルアンのほうに向かって走ってきた。

彼女が新しい出会いの最たるもの。


「ベス様。大丈夫ですか?」

美少女はそれでさえ透き通るような色白がより一層白くなり、ものすごく顔色が悪かった。


「助けて頂戴!!わたくし・・・わたくし・・・」

美しいスカイブルーの瞳から涙が流れ始めた。


「どうされたのですか?」


「・・・わたくし・・・第1皇子殿下の婚約者にされそうなの・・・」


彼女はエリザベス=アローシェン。帝国の公女。現皇帝の弟である大公の令嬢。

そして何より、皇帝の婚約破棄した伯爵令嬢を母に持つ。


エリザベスの言葉にルアンは目を見張る。


大公である皇帝の弟は、とても優秀だった。スペアだったのにも関わらず、誰もが彼が皇帝になることを望むほど優秀だった。


そんな彼の継承権を剥奪するために、何者かが大公と大公妃に薬を盛り、大公は大公妃を妻に迎え、継承権を放棄せざる得なかった。



なぜ、継承権を放棄しなくてはいけなかったか?

傷物の令嬢が皇后になるのは法律上も建前上も良くなかった。彼女と結婚するということは大公に皇帝になる資格はないということ。

そして、大公は帝位のためにいたいけな令嬢を貶めるような人間ではなかった。

大公となり、兄を支える方を選んだのだ。



辛い思いをした令嬢の娘をなぜ娶るというのか。

彼らは何をしたいのか。



ルアンは拳を握りしめた。ハラハラ泣くエリザベスを慰める。


少し離れたところで、ヴィクトリアが悲し気にエリザベスを見ていた。

ヴィクトリアの表情で、王城で何かあったのだと、ルアンは感じた。


ルアンは無表情で髪をいじる。本来の色ではない髪を。


ルアンは個人的にエリザベスを気に入っているし、気になっている。

ルアン自身は気づいていないが、すでにルアンの表情は”万屋ミスト”の表情になっていた。

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