【番外編】リィナの誕生日
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番外編追加しました。
毎年春の終わり頃になるとメルダ侯爵家の使用人は一斉に忙しくなる。
それは、侯爵夫妻が溺愛する次女リィナの誕生日が初夏にあるからだ。
「今年の誕生日も楽しみね、リィナ。プレゼントは何が良い?何個でも買ってあげるわよ」
母アトリアの言葉に今年9歳を迎えるリィナは珍しく口籠った。
「ええっと…どうしようかな」
「ドレス?アクセサリー?」
「決まったら、言う」
それだけ言うとリィナは小走りで自室に戻っていった。
アトリアの顔が暗くなったことに気づいたマリアは声をかける。
「お母様、私がリィナに聞いてくるわ」
「そう?ありがとう、マリア」
マリアは頷くとすぐに踵を返したので、マリアの寂しげな顔にアトリアは気づくことができなかった。
***
自室のベットでリィナは膝を抱えて丸くなっていた。
(私の、誕生日は…)
侯爵家で毎年祝っているのはリィナの本当の誕生日ではない。リィナの出自を誤魔化すために作られたものである。
そして、アリエラ王国の第七王女の誕生日は誰も知らない。戦争の終わりが近かった事もあり、生まれた時にアリエラ王国ですら祝われなかったためである。
(本当の誕生日が知りたい)
誕生日プレゼントを聞かれたとき、そう思ってしまったリィナは咄嗟にいつも通り振る舞う事が出来なくなってしまったのだ。
(知ってどうするの?何の役にも立たないし、調べるリスクの方が大きい)
「リィナ?入っても良い?」
遠慮がちなノックと共にマリアの声が聞こえた。
「うん、いいよ」
リィナは慌ててベットから降りる。
「どうしたの?具合でも悪い?」
「ううん、眠くなっただけ」
マリアの心配そうな顔を見て思い出したのは去年のマリアの誕生日。直前に流行り風邪にかかったリィナのせいで誕生日パーティが開かれず、マリアはとても落ち込んでいた。パーティこそなかったが、当日両親はマリアにプレゼントだけ渡したらしい。
父からは歴代最高の王妃と謳われるセレナ王妃の伝記、母からは落ち着いたデザインのドレスが贈られていた。
子供からしたら期待はずれなプレゼントかもしれないが、両親からマリアへの大きな期待が感じられる贈り物である。特に、母が贈ったドレスは王室御用達の何年も前から予約が必要だというマダム・ロシェのドレスで、流行ものではないがマリアによく似合う、マリアのことだけを考えて作られた一着だった。
メルダ侯爵はこんなに実の娘を愛しているのに、他人の子供のせいで、誕生日を祝ってあげる事もできない。
「そっか。じゃあお母様にそう伝えておくから、ゆっくり休んでね」
(優しくて、打算がなくて、何も知らない、可哀想なお姉ちゃん)
頭を撫でる手にリィナは目を細めた。
本当はリィナだって分かっている。本当に哀れで惨めなのは、ここにいる飼い殺しの寄生虫だと。
***
「ソナ殿下、よくいらっしゃいました」
「ああ、たまたま近くを立ち寄ったからな」
笑顔で出迎えるセバスチャンからは何の感情も読み取れないが、慌てて侯爵夫人に知らせに行った若い使用人の背中には『来るなら先に言えよ!』という感情がビシビシ伝わってくる。
(仕方ないだろ。分かったのが昨日でどうしても今日来なきゃならなかったんだから)
傲慢な王子を演じ始めてもうすぐ一年、ソナの性格もだいぶ図太くなってきた。
「マリアお嬢様は今ダンスのお稽古中でして、支度に時間がかかるかもしれません」
「なら、庭を見てていいか?前から気になっていたんだ」
「畏まりました。ご案内いたします」
侯爵家を適当にウロウロしていればリィナはどこからととなく現れる。今日はリィナに用があったので、邪魔をされないよう、セバスチャンには案内は庭の入り口まで良いと断りを入れた。
庭を歩き回っていると薔薇の生垣の側で水色の丸い物体を見つけた。
「リィナ嬢?何をしてるんだ?」
そこにいたのは膝を抱えて丸くなっているリィナだった。
「薔薇の枝に髪が引っかかってしまったのです」
不貞腐れた様子でリィナが答えるので、ソナは吹き出しそうになった。
「そ、それは大変だな」
ソナは後ろに控えていた護衛を振り返って命じる。
「屋敷に戻ってリィナ嬢の侍女を呼んで来い。僕らみたいな男に女性の髪の扱いは難しいだろ」
「しかし…」
「僕はリィナ嬢を見てるから。ここから動かないと約束する」
「承知いたしました」
護衛が姿を消すとソナは笑いを堪えるのをやめた。
「髪が引っかかったのはわかったけど、何でそんな丸くなってるんだよ?ボールみたいだ」
「うるさい」
何かがツボにハマったらしく目尻に涙を浮かべて笑いながら、ソナはリィナの髪にそっと触れる。
どうやら薔薇から髪を外そうとしてくれているらしい。
「今日はリィナに用があったんだ」
リィナがむすっとして答えないので、ソナは苦笑した。
「ごめん、笑いすぎた。一昨日、リィナの誕生日パーティの招待状が来たから、ふと思いついて調べたんだ。君の本当の誕生日」
「え?」
リィナが驚いて振り返ろうとするので、ソナは慌てて
「動かないで」と頭を押さえた。
「ノア王国がアリエラに派遣した密偵の報告書に書いてあった。あっ、取れた」
リィナはやっと頭が自由になったので、ソナの方を見ようとしたが、ソナはリィナを自分の顔とは反対側を向かせた。
「髪ボサボサだからちょっと待ってて」
どうやらソナはリィナの髪を整えてくれるらしい。
男子にそんなことできるのかと疑問に思ったが、リィナの髪はサラサラのストレートヘアなので、梳かすだけなら簡単だろう。
「リィナの誕生日、今日だったんだ。調べるのが遅くなってごめんね」
「今日…」
突然、知りたかった誕生日が明らかになったのにスッキリしないのはなぜだろう。
ソナは器用にリィナの髪をハーフアップにしてポケットに入れていた青いリボンで結んだ。
「はい、できた。うん、やっぱりこの色は銀髪に映える」
「どうなってるの?」
髪の後ろを触りながらリィナは首を傾げる。
「ちょっと結んだだけ。この前衣替えで服を新調したんだけど、その中にリィナに似合いそうなリボンがあったから」
リィナは髪の後ろを行き来させていた手をぴたりと止める。
その様子に気づかずソナは少し照れたように口を開く。
「誕生日おめでとう。君は色々思うところがあるかもしれないけど、僕はリィナに出会えて良かったよ」
一粒の涙が、リィナの頬を伝う。
「え、リィナ?ごめん、強く結びすぎた?」
リィナはブンブンとかぶりを振って強引に手で涙を拭う。
「目にゴミが入っただけ!」
「本当?」
心配そうにリィナに伸ばされたソナの右手をリィナは両手で強く握った。
「ありがとう。本当の誕生日が分かって嬉しい」
ここに、少なくとも一人は自分の誕生日を祝ってくれる人がいる。それがリィナは嬉しかった。
***
「むふふ」
その後、夕飯までの3時間余りの間ずっとリィナは自室のドレッサーの鏡の前に腰掛けて、ソナが結ってくれた髪とリボンを眺めていた。
『やっぱりこの色は銀髪に映える』
ソナが自分のために選んでくれたリボン、あの綺麗な手で結んでくれた髪。
「うひゃー…」
幸いにも、枕に顔を押し付けて奇声を上げるリィナを見た者はいなかった。
その後丸3日は頭がお花畑状態になったリィナは、再びアトリアに誕生日プレゼントを聞かれて『なにもいらない…』と答え、屋敷中が大変な大騒ぎになってしまったのだった。
リィナはソナに一目惚れをしたところもありますが、こういうソナの無自覚なジャブの積み重ねでKOされてしまいました。
ソナは馬鹿王子を演じてなかったら相当モテたと思います。