4.そして舞台は整った
自分の出自を知ってからリィナは徐々に我儘になっていった。
勿論、自分が王女だからと言う理由ではない。この家族に嫌われる必要があるからだ。
「お姉様ばっかり大人っぽいドレスでずるい!私このドレスが欲しい!」
「でもそれは私がお父様から貰ったものよ」
「マリア、貴女はお姉さんなんだから我慢してあげて。今度お母様と新しいドレスを買いましょう」
「私お勉強嫌い!歴史なんてどうでもいいわ」
「そうね、リィナは女の子だもの。あまり賢すぎても可愛げがないわ」
「お父様!出張のお土産は毛皮のコートがいい!」
「リィナはまだ子供なんだからそんな大人びたものは…」
「勿論いいぞ。リィナが欲しい物はなんでも買ってあげよう」
時に姉のドレスを奪い、時には無知なフリをして、また時には遠慮を知らない子供を演じた。
嫌なことがあったと泣いて両親を困らせ、無邪気な子供のように仕事を手伝いたいとせがんではまじめに手伝わず使用人の仕事の邪魔をして嫌われた。
「あー、疲れる」
「嘘つけ。結構楽しんでやってるだろ」
12歳になる頃にはソナとリィナはお互いに唯一心が許せる友人になっていた。
リィナはソナの本当の性格を知っているし、ソナはリィナの正体を知っている。お互いに取り繕う必要がないのだ。
「でもどんなに侯爵家に嫌われたって王命がある限りお前は自由になれないぞ」
「そんなこと分かってるし。本番はここから」
ニヤリとリィナは笑った。
「第一王子殿下の呪いを解こう」
***
「こんばんは、貴女がアリエラ王国の忠臣?」
リィナと鉄格子を挟んで向かい合っているのは、灰色の髪、青白い肌に窪んだ目をした20代後半くらいの女性だ。
まずは呪いをかけた張本人に話を聞こうと、ソナが自分に擦り寄りたい貴族を利用して魔女の居場所をつきとめ、魔女に話を聞こうとしたのだがソナが何を聞いても魔女は答えようとしなかったのだ。
仕方がないので、何とかリィナが監視の目を逃れて直接魔女に話をしに来た訳である。
余談だが、リィナは今お忍びで観劇中ということになっており、劇場ではリィナの身代わりとなったソナが銀髪のかつらと顔を隠すヴェールをつけドレスに身を包んで『どうしてこうなった…』と項垂れている。
「エレノア様…?」
「いいえ、エレノアは姉。私は第七王女よ」
魔女は鉄格子にしがみつくと大粒の涙を流した。
「では、リナリア様なのですね…大きくなられて。ああ、陛下によく似ている」
リィナはかがみ込むと魔女と目を合わせた。
「これまで、たくさん苦しい思いをさせましたね。私が生きているのは貴女のおかげ。心より感謝します」
魔女は床に手をついて頭を下げた。
「勿体無いお言葉です。王妃様や殿下方、そして陛下をお守りできなかった私にどうか罰をお与え下さい」
リィナは魔女の頬に両手を添えると、そっと顔を上げさせた。
「罰を与える権利など私にはない…と言うと貴女の気が収まらないのでしょうね。失態は功績で挽回するものだと私は思うの。だから、私を助けてくれる?」
魔女は恍惚とした目でリィナを見る。
「勿論です。王女殿下」
***
「で、呪いの解き方は分かったのか?」
「普通にかけた本人が願えば解けるって」
ソナは目を見開いてリィナを見た。
「じゃあもう呪いを解いたのか?」
「そんな訳ないでしょ、もっと準備が必要だもの。殿下には悪いけど、あと3年は呪われたままでいてもらうつもり」
リィナの言葉にソナはそっと息をついた。
「ソナは第一王子の呪いが解けたらどうするの?」
「そりゃ、王太子には兄貴がなって、俺は適当な爵位と領地貰うじゃねえか?」
驚きの関心のなさである。
「王太子にはならないの?」
「なる気はない。担ぎ上げられそうになったら逃げる」
「なんで?」
ソナはじっとリィナを見つめた。
ソナは基本的には父親が好きだし尊敬している。ただ、父がリィナを見る目だけは好きになれなかった。憎しみと殺意の篭った冷たい目。
アリエラ王国とノア王国の諍いの歴史は長く、特に先代国王の時代には戦争が激化し、ノア王国の国民も沢山亡くなったらしいのでソナの父がアリエラ王家を恨むのも当然かもしれない。
(あれが国のための憎しみなら、俺はそんなもの背負いたくはない)
「国王なんて面倒なだけだろ」
「でも今の馬鹿王子のままだと、爵位すらもらえるか分かんないよ」
「誰のせいだコラ」
リィナはグイッとソナの耳を引っ張った。
「いだだだ!痛い!」
引っ張った耳に口を寄せてリィナは囁く。
「やることないなら、私と心中する?」
***
「マリア!お前との婚約を解消させてもらう!」
ソナがうっかりリィナに流されて心中に同意してから3年後、メルダ侯爵家の応接室ではソナとマリアが向かい合っていた。
「理由をお伺いしてもよろしいですか?」
ソナの隣にピッタリとくっついて腰掛けるリィナをチラリと見てマリアは尋ねる。
「ふん、白々しいな。お前も分かっているだろう、嫉妬に駆られて妹を虐めるような者は王太子妃には相応しくない!」
「虐め?なんの話ですか?」
「リィナに聞いたぞ!お前は茶会で周りに聞こえるようにリィナを誹謗中傷したり、リィナのアクセサリーを盗ったりしたらしいな」
実際はちょっとマナーの注意をしたのと、リィナが盗んだマリアのネックレスを取り返そうとしただけである。
マリアは当然やっていない事には反論したが、婚約解消についてはあっさりと応じ、応接室を出ていった。
「…罪悪感がすごい」
ソナがげっそりとした顔で項垂れているとリィナがバシンと背中を叩いた。
「このまま婚約続けててもお姉様は王太子妃にはなれないんだから、今解消するべきでしょ。それより、第一王子殿下はちゃんとお祖父様の領地に行ったんだよね?」
自然な成り行きで呪いを解いて、残った問題を解決する方法としてリィナが選んだのが『真実の愛作戦』だった。要するにマリアとグウェンがくっついたタイミングで魔女に呪いを解かせ、『真実の愛』で呪いが解けたことにして、お払い箱になったリィナとソナを消してもらうという作戦である。
「ああ、一昨日向こうに着いたらしい。それより兄貴は恋愛経験皆無だぞ。上手くいくのか?」
「お姉様は容姿で人を判断するような人じゃない。今まで避けられてきた男が初めて可愛い女の子に優しくされたらコロッと落ちるでしょ」
「お前、基本大人のこと馬鹿にしてるよな」
ソナは呆れていたが、リィナの予想通りグウェンとマリアは恋に落ちた。
魔女が仕込んでくれた使い魔のカラスから情報を得たソナはあまりに事がうまく進むので、逆に不安になった。
「あとは横領の痕跡を捏造っと…あの大臣結構派手にやらかしてんな」
既に目星をつけていた第二王子派の中のクズ貴族の横領をソナの指示であるかのように偽装する。
リィナがアリエラ王家の人間だということは一応極秘事項なので、国王が正式に裁きやすいように罪を捏造する必要があるからだ。真実味を増すために、リィナにはここ一か月豪遊をさせている。そのせいでソナの懐はもう空っぽである。
『ソナはなぜそこまで王女様に協力するの?何か目的が?』
そう聞いてきたのはどうやらリィナに、というかアリエラ王家に心酔しているらしい魔女だった。
『ああ、協力する代わりに見返りをもらうからな』
魔女は訝しげにソナを見た。
『見返り?王女様に不埒なことをする気ではないでしょうね?』
『そんなんじゃないって』
ソナはあの日リィナと取引をした。
『お前と一緒に死んでやる。その代わり、父とノア王国のことを許してやってくれ』
ノア王国には未だアリエラ王家が滅ぼされたこと納得していない元アリエラ国民は大勢いる。リィナが王家の生き残りとして復讐の旗印を掲げれば、それこそ戦争が起こるかもしれない。
リィナには明晰な頭脳も人を惹きつけるカリスマ性もある。自分も兄も王としての資質ではリィナに敵わないだろうとソナは気づいていた。
ソナは父も兄も嫌いじゃない、ノア王国は好きだ。だからといって、リィナを切り捨てることもできなかった。
『わかった、陛下やノア王国に復讐するのは止める。絶対手を出さないって約束する』
(やっぱ復讐する気あったんだな…)
ソナは自分の判断を自分で誉めてやることにしたのだった。
***
グウェンは呪いが解けた理由を探る中でリィナがアリエラ王家の生き残りだということに気づいた。そして、魔女の元へ呪いが解けた理由を問いただしに行き、そこで魔女の死体と呪いに関する覚書を発見した。覚書には『この呪いは真に純真な者の愛によってのみ解ける』と記されており、グウェンはマリアのおかげで呪いが解けたのだと確信した。
その後、国王に呪いが解けたことを報告したグウェンはソナの横領の証拠を掴み、立太子が内定した。
その足でメルダ侯爵家に向かい、横領の容疑がかかったリィナを捕らえたのである。
「無礼者!離しなさいよ!私は何も悪いことはしてないわ!」
そして、断罪劇の幕は上がる。
「静粛に。貴女には横領、及び王家への反逆罪の容疑がかかっています」
リィナの思い描いた通りに。
おまけ 登場人物紹介
魔女
見た目は若いが、アリエラ王国の建国にも携わった超おばあちゃん。
幼い頃にアリエラ王国の初代国王に助けられてから、アリエラ王家を崇拝している。特にリィナは初代国王に似ているらしい。
ノア王国に捕まってからは窓のない塔に幽閉されていた。唯一外と繋がっているのが水を汲み上げるための小さな井戸で、ソナとリィナはそこから出入りしている。
その気になれば外へ出られたが、自分が殺されていないことからアリエラ王族の生き残りがいると信じ、自分が動くことでノア王家を刺激しないように大人しくしていた。