表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

2.呪われた王子


「セバスさん!大変です!屋敷に大量の届け物が」


 マリアが帰ってきた2日後に、まだ若い使用人のベンが慌てた声でセバスを呼んだ。


「大声を出さない、足音を立てて走らない」


 セバスはいつものように窘めながら屋敷の外に出ると、目の前の光景に驚きで腰を抜かしかけた。


 屋敷の前に並んでいたのは高級そうな黒塗りの馬車が三台。その全てに贈り物らしき荷物が詰め込まれていた。


「これは一体」

「我が主人からマリア様と侯爵夫妻への贈り物です」


 御者の男が恭しくそう言った。


「まあ、すごい贈り物!もしかして、殿下から?」


 いつの間にか外に出てきていたリィナはウキウキとした様子で荷物に触れようとするが、御者の一人がそれを制した。


「失礼ですがお嬢様、こちらは貴方宛の荷物ではありません」

「はあ?こんな豪華なモノ殿下以外の誰から届くというの?」


 御者は冷たい目でリィナを見下ろした。


「たしかに送り主は殿下ですが、宛先はマリア様でございます」

「ならきっと使用人が間違えたのね。殿下の婚約者は私だもの」


 再び荷物に手を触れようとするリィナの手を何者かが掴み捻り上げた。


「痛い!なにするのよ!」

「それは俺がマリアに贈ったモノだ。手を触れるな」


 表での騒ぎにアトリアとマリアも屋敷の外に出てきた。


 リィナの手を捻り上げていたのは、長身で黒髪の男性だった。サファイアのように美しい瞳は冷たくリィナを睨みつけているが、そんな険しい表情ですら絵画のように様になる美青年。


「グウェン!」


 マリアの言葉に青年は振り返り、先ほどまでの表情がウソのような優しい微笑みを浮かべた。


「久しぶりだな、マリア」


 マリアはグウェンに駆け寄ると心配そうにその顔を覗き込んだ。


「体は大丈夫?」

「ああ、もう大丈夫だ。詳しくは後で話すが全て解決した」


 マリアが男性を呼んだ名を聞いてアトリアは青褪める。その名はノア王国第一王子の名だったからだ。


「お初にお目にかかります。お姉様のご友人ですか?」


 アトリアが止める間も無く、リィナがグウェンに近づき上目遣いで話しかけた。グウェンは冷たい目でリィナを見下ろす。


「私が何者か知らぬようだな?」

「失礼いたしました。メルダ侯爵が次女、リィナと申します。第一王子殿下にお目にかかれまして光栄ですわ」


 リィナが大人しく挨拶をしたのでアトリアはホッと息をついた。


「でも、驚きましたわ。殿下はご病気だと伺っておりましたので…こんなに素敵な男性だとは思いもよりませんでした」


 リィナの明け透けすぎる発言にアトリアは再び心臓が止まる思いをする。


「ああ、呪われた醜悪王子だったからな。君の姉君に救われたんだよ。そういえば、リィナ嬢とマリアは随分似ていないな…本当に血が繋がっているのか?」


 グウェンの言葉にアトリアは顔を白くして膝から崩れ落ちた。


「お母様!」


 リィナとマリアはアトリアに駆け寄る。


「この話の続きは屋敷の中でさせてもらおうか」


***


 応接室の中は緊張した空気が漂っている。

 貧血で倒れ、部屋で休んでいるアトリア以外の侯爵家の三人とグウェンの四人が応接室で向かい合っていた。


「グウェン殿下、今の季節は薔薇が見頃ですわ。お話が終わりましたら私がお庭をご案内しますね」


 そして、リィナが不用意な発言をするたびに部屋の温度は下がっていく。


「案内ならマリアにしてもらう。リィナ嬢、少し黙っていてくれないか?」


 むぅ、と音がしそうな顔をしながらリィナは渋々口を閉じた。


「殿下、態々お越しいただいたのはどのような御用件でしょうか?」


 オリバーが恐る恐る切り出すと、グウェンは居住まいを正した。


「メルダ侯爵に、御息女―マリア嬢との婚約を許可いただきたく、お願いに上がりました」


 オリバーはポカンと口を開ける。


「私が一昨日申し上げた結婚したい方とは、グウェン殿下なのです」


 マリアが少し顔を赤らめて言う。


「それは…その、大変光栄なお話ですが、陛下のお許しは…」


 あまりの衝撃に、オリバーはしどろもどろになりながら答える。


「勿論、話は通してあります。息子の呪いを解いてくれた聡明なマリア嬢なら大歓迎だと仰ってました」


 グウェンが『呪われた醜悪王子』と呼ばれていたのには理由がある。

 15年前、ノア王国は隣国のアリエラ王国と戦争をしていた。最終的にノア王国は勝利し、アリエラ王家を全員処刑したのだが、その際にアリエラ王家に長年仕えてきた魔女が当時まだ5歳だったグウェンを呪ったのだった。

『アリエラ王家が全滅する時、それは王子が死ぬ時だと思うがいい!』

 魔女の言葉がノア王国に届いたのは、アリエラ王家の処刑が終わった後だった。グウェンの身体には黒いアザが浮かび上がり、その激痛に苦しみ始める。

 国王は世界中から魔女を集め、解呪に当たらせたが魔女たちにできたのはこれ以上症状を悪化させないことだけだった。

 誰もグウェンを助けることはできず、貴族たちも気味悪がってグウェンには近づかない。王太子の座は第二王子のものとなり、ただ苦しみながら死を待つだけのグウェンを救い出したのがマリアだった。


 マリアは呪いの症状一つ一つに近しい病気を探し出し、薬草でその苦痛を和らげようと試みたのだ。

 皆が『呪い』だと思っていたので、薬で救おうとはしなかった中、この試みは一定の成果を上げた。黒いアザは消えなかったが、痛みは少なくなり、呪いのせいですさんだグウェンの気性も穏やかになった。

 そして、二人はごく自然に恋に落ち、想いが通じ合った月夜の晩、グウェンの呪いは解けた。顔にまで侵食していたアザはすっかり消え、呪いの放つ瘴気も無くなっていた。


 グウェンは呪いが解けた理由を探る中で()()()()に気づき、それを国王に問いただした。


「そしてもう一つ、国王陛下からの伝言です」


 グウェンは懐から出した手紙をオリバーに手渡す。内容を読んだオリバーは手を震わせた。


「これは…」

「はい。メルダ侯爵家に与えていた極秘任務を解くと。そして、リィナを横領罪で捕らえます」


 突然自分にとんでもない話題を振られたリィナは慌てて口を開く。


「待ってください!横領罪ってなんの話ですか?私は何もしておりません」

「実は今城で俺の弟である第二王子のソナも尋問を受けているんだ。リィナ嬢、何か心当たりは?」


 リィナは顔を青くした。


「ありません…全く…」

「話は陛下とソナの前で聞こうか。捕らえろ」


 グウェンの言葉と同時に応接室に騎士が一斉に突入し、リィナの身柄を拘束した。


「嫌!放して!お父様、助けて…!」


 リィナは泣きながらオリバーに助けを求めるが、オリバーは動かない。


「ああ、伝え忘れていたな。メルダ侯爵は君の父親ではない」

「そんな訳ないでしょ!私は生まれた時からこの家で…」

「それが王命だったからだ。君という危険分子を監視し、真実を隠し通すことがな」


 リィナはもう一度オリバーを見るとオリバーは重い口を開いた。


「その通りだ。リィナ、お前は私とアトリアの子ではない。今までお前を育ててきたのは王命によるものだ。騎士の方々、連行してください」

「お父様!」


 リィナがジタバタと暴れながら騎士に連行されるのを見送った後、オリバーはグウェンに頭を下げた。


「申し訳ありませんでした、殿下。リィナ王女の暴走を止められなかったのは全て我々の不徳の致す所、どのような罰も受ける所存です。ですが、マリアは何も知らなかったのです…どうかそれだけは信じてください」


 リィナは亡きアリエラ王国の第七王女だったのだ。

 ノア王国の国王はアリエラ王家を全員処刑しようとしたが、まだ生まれたばかりだった第七王女を哀れに思った王妃が匿った。

 そして、アリエラ王家処刑の後、魔女がグウェンを呪ったという知らせが届いたのだ。アリエラ王家は滅びたはずなのに、王子が生きていることに疑問を持った王に王妃は第七王女が生きていると白状した。

 グウェンを生かすため国王は第七王女を信頼できる貴族に預けて生かすことにした。それがオリバーだった。


『よいか、第七王女に自身の出自を知られてはならん。侯爵家の娘だということを片時も疑われてはならん。そして、決して死なせるな』


 それが、国王からの密命であった。


 グウェンは鋭い目でオリバーを見つめた。


「謝る相手が違うのではないですか。ご夫妻が私のためにご苦労なさったことは知っています。でも、なにも知らない、なんの責任もない自分の娘がどれだけ悲しい思いをしてきたかご存知ですか?」

「それは…」


 マリアがグウェンとオリバーの間に割って入った。


「グウェン殿下、私は気にしていません。お父様達の判断は正しかったと思います。リィナが何も疑わずにこの侯爵家にいてくれたから、殿下の命が助かったのです。これ以上望むことはありません」


 オリバーは再び深々と頭を下げた。


「マリア、今まで本当にすまなかった。お前を蔑ろにしたかった訳ではないのだ。ただ、私は弱かった。あの日のような失態をもう一度してしまうのではないかと、今度こそ最悪な事態を引き起こしてしまうのではないかと恐れて、ただリィナの言いなりになるしかなかった」


 オリバーの目から落ちた涙が床を濡らす。


「私は、もちろんアトリアも、お前を愛している。私たちの娘はマリアだけだ」


「お父様、私もお父様とお母様が大好きです」


 父と娘はそっと抱きしめ合った。

 その様子をグウェンと部屋に置かれた聖母子像の肖像画だけが優しく見守っていた。






「めでたし、めでたし?まだ終わるには早いでしょ」


 連行される馬車の中で、ロケットペンダントの中に映る仲睦まじい父娘の姿を見ながらリィナはそっとほくそ笑んだ。


登場人物紹介

グウェン(20)

ノア王国第一王子

呪いのせいで全身に醜いアザがあり、心も蝕まれていたため気性も荒く『呪われた醜悪王子』と呼ばれていた。

潜在能力が高かったので、呪いの苦しみに耐えながらにも関わらず、王子教育の成績はとても優秀。剣術や馬術でも10年に一人の天才と言われる実力の持ち主。

マリアを溺愛している。


オリバー(40)

メルダ侯爵

アリエラ王国との戦争で活躍した英雄。

しかし、アリエラ王国の魔女を捕らえる際に上官が魔女に操られ戦っている隙に魔女がグウェンへの呪いを発動させてしまった。

妻とは大恋愛の末に結婚した。


世界観紹介

魔法・魔女について

・人間は魔法を使えない。

・魔女は人間とは全く別の生き物。数百年もの寿命を持ち、魔法や呪いを使うことができる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ