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1.侯爵家への帰還


 美しい白樺の並木道とその向こうに聳え立つ城かと見紛うほどの立派な屋敷は、ノア王国の三大貴族の一角、メルダ侯爵家の象徴である。


 久々に実家を目の前にしたマリアは深呼吸をした。


 ほぼ家出同然で祖父であるテオバルト辺境伯の元へ行ってから約半年。

 祖父に優しく迎え入れられ、愛する人もできた。だからもう両親の態度や妹の言動に傷つく必要はないのだと思っても、やはり体が強張ってしまうのは未だに家族への未練があるからなのだろうか。


 門の前で呼び鈴を鳴らすと出てきた執事のセバスチャンが目を丸くした。


「マ、マリアお嬢様…!よくぞ帰ってきて下さいました。セバスは嬉しゅうございます」


 両目に涙を滲ませてマリアの手を握るセバスにマリアは申し訳ない気持ちになって、小さく微笑んだ。


「ただいま帰りました。セバスも元気そうでよかった」


 マリアが帰ってきたのは正式にこの家を出るためである。祖父の元で出会ったある人との婚約を報告しにきたのだ。


「マリアお嬢様のお帰りです!」


 セバスの声に使用人の数人が集まってくる。


「マリアお嬢様。ご無事だったんですね!」

「またお会いできて嬉しゅうございます」

「お帰りをお待ちしておりました」


 妹のリィナばかりが優遇されるこの家で、マリアを支えてくれた数少ない使用人たち。結婚するときは彼らも連れて行けないだろうかと考えながらマリアは全員と言葉を交わした。


「マリア、マリアなの?」


 使用人たちの後ろから震えた声がする。


「奥様、さようでございますよ。マリア様がお帰りになられたのです」

「ああ、マリア!」


 セバスの言葉に使用人たちがマリアの後ろに下がると母のアトリアが駆け寄ってきて、マリアを抱きしめる。

 

「帰ってきてくれたのね…」


 アトリアは震える手でマリアの頬を包み込み、涙に濡れた瞳でマリアを見つめた。


「顔色は前よりずっと良いわ。お父様が良くしてくださったのね…。本当に帰ってきてくれて嬉しいわ」


 マリアは驚きで固まっていたが、そっとアトリアに手を伸ばそうとする。


「お母様!明日のお茶会のドレスがないわ!」


 和やかな雰囲気を甲高い声がぶち壊した。


「リィナ…」


 そこに立っていたのはマリアの妹のリィナだった。絹のような銀髪に世にも珍しい金色の瞳、類稀な美少女で生まれてからずっと両親に溺愛されてきた妹は、我儘でいつもマリアの物を奪ってきた。ドレスやアクセサリーに始まり、果てはマリアの婚約者であった第二王子まで。

 マリアが突然第二王子のソナから婚約解消を言い渡された時、リィナは甘えるように王子にしなだれかかりながら得意げな顔で微笑んだ。


『地味でお勉強しか取り柄のないお姉様に王子様なんて勿体無いわ。あ、でも第一王子ならお似合いかもね。なんせ"呪われた醜悪王子"だもの』


 くすくすと笑うリィナ、簡単にリィナに籠絡されたソナ、リィナの所業を止めるどころか非難することさえしない両親、全てに絶望してマリアは祖父の元へ家出したのだ。


「あら、お姉様お帰りなさい。急にいなくなってしまうんだもの、私すごく寂しかったのよ」


 リィナは態とらしく萎らしい態度でマリアの手を握った。


「帰ってきて下さって嬉しい!私とソナ様の結婚式には必ず出席してね」

「リィナ!」


 アトリアが悲鳴のような声でリィナを呼ぶが、リィナはこてんと首を傾げた。


「どうしたの?お母様」

「お姉様は長旅で疲れているわ。お話は後にして…そうだ、明日のお茶会のドレスが必要なのよね?」

「そうだったわ!お母様、一緒に選んで」


 上目遣いでアトリアを見つめるリィナに、アトリアは甘やかすような声で応じる。


「さあ、行きましょう」


 その様子をマリアはどこか哀しげな目で見つめていた。


***


 その日の晩、久しぶりに家族全員の晩餐でマリアは自分が帰ってきた理由を明かした。


「実は、結婚したい方がいるのです」


 父親のオリバーは狼狽して持っていたナイフを床に落とした。


「そんな急に…お祖父様の紹介か?」

「いえ、お祖父様の領地でお会いした方ですが、お祖父様の紹介という訳ではありません」


 マリアが今の恋人であるグウェンと出会ったのは、祖父の領地にある池の辺りだった。具合が悪そうなグウェンを、薬草の知識が豊富なマリアが助けたことがきっかけだった。


「身分は確かな方なの?どこのお家の方?」

「それは、私の口からは明かせないのですが…」


 オリバーとアトリアは一気に不安そうな顔になる。


「もしかして、平民なの?」


 リィナは躊躇うことなく聞いてくる。


「ちがうわ。高貴なお方よ」


 リィナは意地悪く笑う。


「本当?お姉様騙されてるんじゃない?お祖父様の領地って山ばかりの辺境じゃない。そんなところに高貴な方が態々来るかしら」

「リィナ、口を慎みなさい」


 オリバーがリィナを叱るとリィナはしゅんと項垂れた。


「ごめんなさい。だってお姉様が心配なんだもの。悪い男性に騙されていたら大変だわ」

「騙されてなんかいないわ」


 マリアは反論したが、両親はリィナと同意見らしい。


「とにかく、その方と一度会ってみないことには結婚も婚約も許可できない」


 オリバーは厳しい顔つきでそう言い放った。


おまけ 登場人物紹介

マリア(19)

メルダ侯爵令嬢

茶髪に若草色の瞳。背が高く、顔立ちは整っている。

王子教育を通常の半分の期間で終わらせるほど優秀。控えめな性格なので妹に対して強く出ることができない。

亡き祖母の影響で薬草に詳しい。


アトリア(38)

メルダ侯爵夫人

金髪に若草色の瞳。

おしゃれ好きでかつては社交界の花だった。

常にリィナの我儘を聞いているので、一部使用人からは訝しげな目で見られている。

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