４の２３の１「門と鍵」
そこは、溶岩の地層だった。
つまり、９１層からの風景と、大した変わりも無い。
地形が多少異なるだけで、見慣れた眺めだと言えた。
並の冒険者にとっては、驚異的な地形ではある。
だが、それだけだった。
ミツキ
「…………」
ミツキ
「普通の溶岩地帯みたいですね？」
ヨーク
「ああ……」
何か無いかと思い、ヨークは周囲を見回した。
だが、特筆すべきものは、見つからなかった。
ヨーク
「普通に探索してみるか……？」
ミツキ
「一応は、警戒して行きましょう」
ミツキ
「ＥＸＰとかは良いですから、３人離れないように」
クリーン
「分かりました」
ヨークたちは、９９層の探索を開始した。
念のため、危機感を強め、辺りに警戒をしながら歩いた。
だが、特に驚異らしい驚異も、見当たらなかった。
出現する魔獣も、９８層と大差無い。
今はクリーンの『聖域』スキルを、惜しみなく使っている。
おかげでミツキにとっては、９８層よりも楽だと言えた。
ヨークは、拍子抜けさせられながらも、探索を継続した。
……。
クリーン
「門……？」
やがて３人は、迷宮の壁に、今までには無い門を発見した。
それは高さが６メートルは有る、金属製の大きな門だった。
門は黒光りして、実に頑丈そうだった。
ミツキ
「初めてですね。この溶岩地帯では」
ヨーク
「そうだな」
迷宮に、金属製品は少ない。
皆無では無いが、木々や岩などの方が、遥かに多かった。
このような立派な門は、今までには見られなかった物だ。
これまでとは、何かが違う。
ヨークには、そのように感じられた。
ヨーク
「９９層で終わりってのも、ただの噂じゃなかったってことか？」
ミツキ
「開けますか？ 何か起きる可能性が高いですが」
ヨーク
「それは……」
ヨーク
「先にマッピングを終わらせよう」
クリーン
「そうしますか？」
ミツキ
「分かりました」
ヨークたちは、９９層の探索を、再開した。
他に、めぼしい物は見つけられなかった。
溶岩と岩と魔獣。
ヨークの目に映るものは、それだけだった。
特に苦戦をすることも無い。
いつも通りの散策だった。
やがて、全体のマッピングが終わった。
３人は、門の前に戻ってきた。
ミツキ
「やはり……この門が鍵のようですね」
ヨーク
「……どうする？」
クリーン
「開けるのではないのですか？」
ヨーク
「危険かもしれねーぞ？」
クリーン
「そうかもしれませんけど」
クリーン
「私たちなら、きっと大丈夫ですよ」
ヨーク
「左様か」
ヨークは、門の真正面に移動した。
ヨーク
「押すぞ」
クリーン
「はい。頑張って下さい」
ヨークの手が、門へと伸びた。
そのとき……。
ヨーク
「ぐ……！？」
手は、門に触れた瞬間に、ばちりと弾かれてしまった。
この門は、人間に触れられることを、歓迎していない様子だった。
クリーン
「大丈夫ですか！？」
ヨーク
「平気だ」
そう言って、ヨークは自分の手を見た。
少しヒリヒリしたが、目立つ傷などは無かった。
ヨーク
「けど、この感じは……」
ミツキ
「代わりましょうか？」
ヨーク
「良いけど、たぶん無理だと思うぞ」
ヨークは門から離れた。
入れかわりに、ミツキが門の前に立った。
その両手には、大剣の柄が握られていた。
ミツキ
「行きます」
ミツキは、大剣を振り上げた。
そして大上段から、思い切り振り下ろした。
刃が門にぶつかった。
ミツキ
「あうっ！？」
剣が、勢いよく弾かれた。
ミツキの体が、宙に浮いた。
ヨーク
「っと」
ヨークは走って跳んだ。
空中で、ミツキの体をキャッチした。
そしてそのまま、地面に着地した。
ヨーク
「危ないぞ。溶岩あるからな」
ミツキ
「すいません……」
ミツキは申し訳無さそうに、ヨークの腕を下りた。
ヨーク
「何にせよ、ミツキで無理なら、誰にも壊せそうに無いな」
ミツキ
「私、そこまでですか？」
ヨーク
「一応、こっちも試してみるか」
ヨークは小走りに、門から離れた。
ミツキもその後に続いた。
十分な距離が出来ると、ヨークは魔剣を抜いた。
門の近くには、クリーンが立っていた。
ヨーク
「クリーン！ ちょっと横にどいてくれ！」
ヨークが大声を出して、クリーンに呼びかけた。
クリーン
「分かったのです～！」
クリーンは、数歩門から離れた。
それを見て、ヨークは魔剣を天井に向けた。
そして、呪文を唱えた。
ヨーク
「氷竜」
上方に、巨大な氷の竜が出現した。
ヨークは魔剣を、門の方へ向けた。
氷竜は、門へと突進した。
クリーン
「ひゃあああああああっ！？」
クリーンの眼前を通過したそれは、門に近付くなり、粉々に砕け、消えていった。
やがて、氷竜の全身が消滅した。
後には変わらぬ姿の門が、残されていた。
傷１つ無い。
クリーンは、腰を抜かして尻餅をついた。
ヨーク
「やっぱり駄目か」
クリーン
「いっいいいきなり何するのです！？」
ヨーク
「いや。どけって言っただろ」
クリーン
「当たったらどうするのですか……」
ヨーク
「大丈夫だ」
ヨーク
「ミツキが治してくれる」
クリーン
「１回死にますか！？」
ヨーク
「冗談だ」
ヨーク
「いまさら魔術の制御を、ミスったりはしねえよ」
クリーン
「怖かったんですけど？」
ヨーク
「だろうな」
クリーン
「えっ？」
ヨーク
「しかし……呪文でも駄目となると、お手上げだな」
ミツキ
「あそこに台座のような物が見えますが」
ミツキは、門の右脇を指差した。
そこに、高さ９０センチほどの台座が有った。
重厚な門と比べると、こぢんまりとしている。
ヨーク
「ああ。そうだな」
クリーン
「気付いてたのですか？」
ヨーク
「ああ。後回しで良いと思って」
クリーン
「……普通は最初に、台座を見るものではないのでしょうか？」
ヨーク
「壊した方が簡単だろ。普通は」
ミツキ
「その通りですね」
クリーン
「……ゴリラ」
ミツキ
「オオカミ」
ヨーク
「えーと……ドラゴン」
クリーン
「何が？」
３人は、台座の周りに集まった。
ヨークが台座の正面に立ち、ミツキは右側、クリーンは左側に立った。
ミツキ
「これは……」
直方体の、石造りの台座の上に、複雑な形状の窪みが見えた。
クリーン
「何でしょうか？ この窪みは」
ミツキ
「鍵穴……でしょうね」
ミツキ
「この窪みに、鍵をはめることで、門が開く仕組みなのでしょう」
クリーン
「鍵って感じでは無いと思うのですけど？」
クリーンは、疑問を呈した。
台座の窪みは、鍵穴と言うには、形が複雑すぎた。
その形は、鍵と言うよりは、何かの装飾品のようだった。
ミツキ
「ええ。普通の鍵では無く、魔導器の類なのだと思います」
クリーン
「わざわざ魔導器を鍵にするなんて、中には凄いお宝が有るのでしょうか？」
ヨーク
「それじゃ……」
ミツキ
「はい」
ヨーク
「帰るか」
ミツキ
「そうですね」
クリーン
「えっ？ 帰っちゃうのですか？」
ヨーク
「他にすること有るか？」
鍵が要る。
だが、鍵が無い。
ここで出来ることは、もう残っていない。
そのことは、クリーンも理解していた。
クリーン
「それはそうですけど……」
クリーン
「せっかくここまで来たのに、そんな簡単に諦めてしまうのですか？」
ヨーク
「仕方ないさ」
クリーン
「悔しくないのですか？」
ヨーク
「仕方が無いんだ」
妙に物分かりの良いヨークを見て、クリーンの表情は曇った。
クリーン
「むぅ……」
クリーン
「もっと、諦めが悪い人だと思っていました」
ヨーク
「そりゃな」
ヨーク
「たとえば、超強い魔獣が居て進めないってんなら、なんとかしたさ」
ヨーク
「今まで迷宮は、冒険者に平等だった」
ヨーク
「強ささえ有れば、誰だって先に進むことが出来た」
ヨーク
「だから俺たちは、胸を張ってここまで来た」
ヨーク
「けど、鍵が有るってことは、その奥に有るものは、鍵の持ち主のものってことだ」
ヨーク
「平等じゃ無くなったんだ」
ヨーク
「だから後のことは、資格を持ってる奴に任せるさ」
クリーン
「資格を持ってる人なんて、居るのでしょうか？」
クリーン
「この門を作った人だって、大昔の人でしょう？」
クリーン
「もう誰にも、資格なんて無いのかもしれないのです」
ヨーク
「だったら良かったんだがな」
ヨーク
「……とにかく、今は帰ろう」
クリーン
「分かったのです」
クリーン
「けど、もし鍵が見つかったら、また来ましょう？」
ヨーク
「そうだな」
ヨーク
「鍵の持ち主が、快く譲ってくれたらの話だが」
クリーン
「そうですか。だけど、大丈夫だと思うのですよ」
ヨーク
「うん？」
クリーン
「だって、私は聖女様になるでしょう？」
ヨーク
「運が良かったらな」
クリーン
「なるのです！」
クリーン
「それで、聖女の私が鍵を貸して下さいと言えば、きっと貸してもらえると思うのです」
ヨーク
「運が良かったらな」
クリーン
「えいっ！」
クリーンは、ヨークの足を軽く蹴った。
ヨーク
「いてっ」
クリーン
「とにかく、私が聖女パウワーで、鍵を見つけてみせるのです」
クリーン
「その時は、また３人でここに来ましょう」
ヨーク
「……………………」
ヨーク
「気が向いたらな」
クリーン
「絶対ですから！ 約束ですよ？」
ヨーク
「……ああ」
クリーン
「モフミちゃんも、約束です」
ミツキ
「はい」
ミツキ
「約束です」
