４の２０「『聖域』スキルとレベリング」
ヨーク
「……そうなのか？」
クリーン
「そうなのです」
クリーン
「『聖域』スキルで、迷宮の魔獣を鎮めるのが、聖女のお役目なのですから」
ヨーク
「……はぁ。そういうことか」
ヨークはため息をついた。
安堵が半分。
常識を知らない自分への呆れが、もう半分だった。
ヨーク
（焦った……）
ヨーク
「しかし、どうするかな」
クリーン
「どうしたのですか？」
ヨーク
「レベルってのは、自分より強い魔獣を倒さないと、なかなか上がらないんだよ」
ヨーク
「そういうワケだから、スキルを使うのは止めてもらって良いか？」
クリーン
「えっ？ 無理なのですよ？」
ヨーク
「はぁ？」
クリーン
「『聖域』は、私の周囲を自動的に守るスキルなのです」
クリーン
「意識して範囲を広げることは出来ても、縮めることは出来ないのです」
ヨーク
「『聖域』の範囲は？」
クリーン
「最小で、半径３０メートルくらいですね」
ヨーク
「ちなみに、最大だと？」
クリーン
「さあ？ 測ったことが無いのです」
クリーン
「半径１キロくらいまで広げたら、村を守るには十分だったので」
ヨーク
「マジか？」
クリーン
「どうして嘘つく必要が有るのですか？」
ヨーク
「趣味で」
クリーン
「嫌な趣味ですね」
ヨーク
「…………」
クリーン
「……あの、『聖域』スキルが有ると、レベル上げが出来ないのでしょうか？」
ヨーク
「いや、それは無い」
クリーン
「本当に？」
ヨーク
「考えてみろ」
ヨーク
「聖女候補っていうのは、全員が『聖域』スキルを持ってるんだろ？」
ヨーク
「けど、他の聖女候補はちゃんと、パワーレベリングが出来ている」
ヨーク
「『聖域』持ちだからって、レベルを上げられないわけが無い」
クリーン
「それでは、どうするのですか？」
ヨーク
「要は、聖域の距離外で、敵を倒せば良いんだ」
そう言うと、ヨークは指輪を操作した。
そしてＥＸＰが外へ漏れないよう、結界を張った。
半径３００メートルを超える、大規模な結界だった。
クリーン
「えっ？ 何をしたのですか？」
ヨーク
「この指輪で、周囲のＥＸＰが漏れないようにした」
ヨーク
「まあ、他の冒険者が居たら吸われるだろうが、それは仕方ない」
クリーン
「どうするのです？」
ヨーク
「それはな。……氷狼、１０連」
ヨークは、１０頭の狼を出現させた。
ヨーク
「こいつらに頑張ってもらう」
クリーン
「この前のワンちゃん」
クリーンは、１０頭の内の１頭に駆け寄った。
そして手を伸ばし、頭を撫でてみた。
クリーン
「ちめた」
その感触は、氷そのものだった。
クリーンは、不満そうに手を離した。
クリーン
「全然モフモフしないのです」
ヨーク
「そりゃ、氷だからな」
ヨーク
「さあ、散れ」
ヨークが狼たちに命じた。
狼は獲物を求め、迷宮に散った。
「わあっ！ 青い狼！？」
「うわああっ！？」
遠くから、冒険者の声が聞こえてきた。
ヨーク
「やっぱりこの階層だと、普通に人居るよな」
散会した狼たちは、個々に魔獣を仕留めていった。
敵を倒した狼は、魔石を咥えて帰ってきた。
氷狼は、咥えた魔石をヨークに渡した。
クリーン
「あら、お利口なのですね」
ヨーク
「まあな」
ヨーク
「魔石食うか？」
クリーン
「えっ？」
ヨーク
「ＥＸＰになるぞ」
クリーン
「地面に落ちたモノでしょう？ 汚いのです」
ヨーク
「意外と育ちが良いんだな」
ヨークはポケットから、ハンカチを取り出した。
それで魔石を拭くと、口に入れ、ボリボリと噛んだ。
クリーン
「信じられないのです……」
クリーンは、ヨークに白い目を向けた。
ヨーク
（村だと普通だったんだがな……）
ヨークは内心でちょっと傷つきつつ、魔石を飲み込んだ。
ヨーク
「レベルの方はどうだ？」
クリーン
「えっ？ ええと……」
クリーンは、目を閉じた。
そうしてレベルを確認した。
クリーン
「あっ、レベル５になったのです」
ヨーク
「今のやり方で、正解だったみたいだな」
ヨーク
「それでこれから、もっと下の階層まで降りるぞ」
クリーン
「７層に行くのでは、無いのですね？」
ヨーク
「目立つみたいだからな。俺のやり方は」
ヨーク
「一気に、人が居ない階層まで行く」
クリーン
「はい。２０層くらいですか？」
ヨーク
「いや。６０層まで降りる」
クリーン
「えっ？ だいじょうぶでしょうか？」
ヨーク
「普通の冒険者なら、危険な階層だ」
ヨーク
「けど、だいじょうぶだ」
ヨーク
「俺が守ってやる」
クリーン
「止めておきましょう」
ヨーク
「俺が守ってやる」
クリーン
「止めておきましょう」
ヨーク
「守ってやるって言ってんだろ！？」
クリーン
「信用出来ないって言ってるのです！」
ヨーク
「知るか。だいたいお前、もっと深い階層で迷ってただろ」
クリーン
「そういえばそうでしたが……」
ヨーク
「行くぞ」
ヨークは、クリーンを強引に抱え上げた。
クリーン
「ひゃああっ！」
クリーンの悲鳴を見て、ヨークは少し、傷ついた様子を見せた。
ヨーク
「…………」
ヨーク
「そんなに汚いと思うか？」
魔族は穢れている。
そう言われたことを、ヨークは覚えていた。
クリーン
「あっ……」
クリーン
「べべ、別に……」
クリーン
「い、いきなり変なこと、するからなのですよ？」
ヨーク
「変って」
クリーン
「こここんな……お姫様……抱っこなんて……」
ヨーク
「それじゃ、おんぶにするか？」
クリーン
「……そっちの方が良いかもしれないのです」
ヨーク
「分かった」
ヨークはクリーンを下ろした。
そして、彼女に背中を向けた。
ヨーク
「ほら」
クリーン
「はい」
クリーンは、素直にヨークにおぶさった。
クリーン
「あっ……」
彼女は何かに気付いたかのように、短く声を上げた。
ヨーク
「どうした？」
クリーン
「どうって……」
クリーン
「き、気にならないんのですか？」
ヨーク
「何を言ってるのか分からんが……」
ヨーク
「背中に当たる、柔らかい２つの膨らみのことなら、１ミリも気にならんな」
クリーン
「おおお思いっきり気になってるのです！？」
ヨーク
「気のせいだ。行くぞ」
ヨークはクリーンを背負ったまま、氷狼に飛び乗った。
ヨークが念じると、氷狼は走り出した。
クリーン
「びやあああああああああぁぁぁぁっ！？」
以前と同じように、クリーンは悲鳴を上げた。
……。
２人は、６１層に到達した。
その階層では通路が、ふわふわの雲で形作られていた。
床は有るが、壁は無い。
もし通路から落ちれば、７０層まで真っ逆さまだ。
遠方には、偽りの空が見えた。
ここは屋内であり、広さには限界が有る。
実際は、空など見えるはずが無い。
だが、ヨークの目では、本物の空との区別はつかなかった。
メルヘンチックな階層だが、ここは深層のはじまりだ。
魔獣の強さは増し、凡人には踏破困難だと言われている。
危険な階層だった。
魔獣
「クケーッ！」
そのとき、上方から、鳥の魔獣が襲いかかってきた。
ヨーク
「…………」
ヨークは、上段回し蹴りで、魔獣を蹴り殺した。
そして、大した危機感も見せず、背中のクリーンに声をかけた。
ヨーク
「おい、着いたぞ」
クリーン
「……………………」
クリーンは、ぐったりとして答えなかった。
ヨーク
「なんだ。寝てるのか」
クリーン
「起きてますけど！？」
ヨーク
「起きてるなら、返事くらいしろ」
クリーン
「……………………」
ヨーク
「下ろすぞ？」
クリーン
「ころすぞ？」
ヨーク
「急に何？ こわっ」
クリーンは、ヨークの背から降りた。
ヨークは指輪を操作した。
そしてＥＸＰの結界を、広げていった。
ヨーク
（ここまで来たら、他の冒険者は少ないはずだ）
ヨーク
「さあ、行ってこい」
ヨークは６１層に、氷狼の群れを放った。
……３０分後。
ヨーク
「ロイヤルビッチストレートフラッシュ」
二人は、カード遊びに興じていた。
クリーン
「うう……また負けたのです……」
クリーンは、肩を落とした。
ゲームはヨークの方が、優勢のようだった。
ヨーク
「精進せよ」
クリーン
「あなた強すぎないですか！？ ズルしてるのではないのですか！？」
ヨーク
「はっはっは。そんなこと……」
ヨーク
「してるに決まってるだろ？」
クリーン
「えっ？」
ゲームに一区切りついたので、ヨークは周囲を見回した。
ヨーク
「おっ」
ヨークの隣にこんもりと、魔石の山が出来ているのが見えた。
氷狼たちの戦果だった。
ヨークは魔石の１つを手に取り、ハンカチで拭いてからかじった。
ヨーク
「うましうまし」
クリーン
「えぇ……」
うまそうに魔石を食べるヨークに、クリーンは引いた様子を見せた。
ヨーク
「大分狩れてるな。レベルは？」
クリーン
「えっと……」
クリーンは目を閉じ、レベルを確認した。
クリーン
「６２なのです」
ヨーク
「まあまあだな」
ヨーク
「それじゃ、帰るか」
クリーン
「えっ？ もうなのですか？」
クリーンは、ちらりとカードを見た。
まだ遊び足りない様子だった。
ヨーク
「十分だろ。６０も有れば」
クリーン
「……そういうものなのでしょうか？」
ヨーク
「そういうものなのです」
クリーン
「意外と簡単なのですね。レベル上げって」
クリーン
「……移動の方が大変だったのです」
ヨーク
「行くぞ」
ヨーク
「おんぶか抱っこか選べ」
クリーン
「…………おんぶ」
ヨーク
「ほれ」
クリーン
「はい」
クリーンは、ヨークにおぶさった。
そしていつものように、氷狼で移動した。
クリーン
「あれ……？」
クリーンが、意外そうな声を上げた。
ヨーク
「どうした？」
クリーン
「前みたいに怖くないのです」
ヨーク
「声震えてんぞ」
クリーン
「えっ！？ 嘘なのです！？」
ヨーク
「まあ嘘だが」
クリーン
「…………」
ヨーク
「レベルが上がったから、スピードに耐性がついたんだろうな」
クリーン
「……そうですか」
クリーン
「大きいですね。背中」
ヨーク
「そりゃ、男だからな」
クリーン
「……はい」
２人は迷宮を出た。
ヨークはクリーンを下ろし、太陽を見上げた。
日は高い。
時刻は正午に近かった。
ヨーク
「昼飯時だな」
クリーン
「はい」
ヨーク
「どこで食う？」
クリーン
「私、王都のお店は詳しくないのです」
クリーン
「どこかオススメのお店を、紹介するのです」
ヨーク
「分かった」
ヨーク
「お前、バッタとか好きだよな？」
クリーン
「いきなり何言ってるのです！？」
ヨーク
「ちなみに俺は嫌いだ」
クリーン
「殴って良いですか？」
クリーン
「というか、結局どこで食べるのですか」
ヨーク
「好きな店なら有る」
クリーン
「だったら行きましょうよ。とっとと」
ヨーク
「一つ問題が有る」
クリーン
「何なのです？」
ヨーク
「他の客が、イモムシとか食ってる」
クリーン
「……そんなお店の、どこがオススメなのですか？」
ヨーク
「俺とミツキが、同じテーブルでご飯を食べられる」
王都の人間は、意外と第三種族に優しい。
だがそれは、愛玩動物に向ける感情に近い。
対等に扱ってくれるという意味では無かった。
レストランで食事をしようとすると、難色を示されることが有った。
さらに言えば、魔族が立ち入り禁止な店も有る。
門前払いにされるのは、気持ちの良いものでは無い。
ヨークはサトーズに聞いて、安心して食事出来る店を、見つけてあった。
クリーン
「……そうですか」
クリーン
「そこに行きましょう」
