4の19の2「ヨークとクリーンと『聖域』スキル」
ヨークとクリーンは、迷宮へと足を踏み入れていた。
ヨークは、1層の通路を歩いていた。
クリーンは、大きく距離を取って、ヨークについてきていた。
ヨーク
「あまり離れすぎるな」
ヨークは、上半身だけで振り向いて、言った。
クリーン
「命令しないで欲しいのです」
ヨーク
「別に、俺が嫌いなのは構わねえよ」
ヨーク
「迷宮の中でくらい、マジメにやってくれ」
そう言ったヨークに、クリーンは、冷めた視線を向けた。
クリーン
「…………」
クリーン
「そもそも、あなたって必要なのですか?」
ヨーク
「は?」
クリーン
「モフミちゃんを奴隷にして、戦わせて……」
夜の世話までさせている男だ。
恩が有るということは、理解している。
だが、立場を笠に着て、ミツキの肢体を貪っていると考えると……。
クリーンはどうしても、もやもやを抑えることは出来なかった。
眼前に立つ男のことが、気に食わなかった。
クリーン
「私に命令できるような、大層な人間なのですか? あなたは」
ヨーク
「ああ……。なるほど……」
ヨークはクリーンに向き直った。
ヨーク
「喧嘩売ってんだな? お前」
クリーン
「分かりますか?」
にらみ合いになった。
クリーンには、苛立ちを抑えることは、不可能になっていた。
ヨーク
「それで? どうする?」
クリーン
「私が負けたら、何でもあなたの言うことを聞く」
クリーン
「私が勝ったら、モフミちゃんの所有権を私に譲る。どうですか?」
ヨーク
「ミツキを……?」
ヨークの顔色が変わった。
向かいに立つクリーンにも分かる、明確な変化だった。
クリーン
「どうしたのですか? 怖気づいたのですか?」
ヨークの変化を、クリーンは怯えだと解釈した。
……違う。
ヨーク
「…………」
ヨークは魔剣を抜いた。
そして、唱えた。
ヨーク
「氷狼、1000連」
凄まじい物量の狼が、クリーンの周囲に出現した。
通路の先、2人には見えないカドの向こう側までが、狼に埋め尽くされた。
クリーン
「えっ!?」
クリーンは、狼に包囲されていた。
目に見える窮地だった。
そんなとき、クリーンがすることは決まっていた。
クリーン
「が、頑張れ私!」
クリーンは、自身を『鼓舞』した。
そこへ、狼のうちの1体が、襲いかかってきた。
クリーンはそれを、杖で迎え撃った。
クリーンの杖が、狼を叩いた。
鋭い1撃によって、狼は砕けた。
クリーンは、氷狼の撃退に成功した。
だがそれは、1000体居る狼のうちの、たった1体だ。
ヨーク
「潰せ」
ヨークは狼に、そう命令した。
クリーン
「あっ……」
氷狼が、クリーンに殺到した。
自らを『鼓舞』したクリーンは、強い。
だがそれでも、本気のヨークには及ばなかった。
クリーン
「ああああああああああああぁぁぁっ!?」
クリーンの視界が、氷狼の群れに埋め尽くされた。
……。
クリーン
「あ……うぁ……」
五分後。
クリーンは、迷宮の地面に、仰向けで倒れていた。
ヨーク
「生きてるか?」
クリーン
「ぁ……」
クリーンは傷を負っていたが、致命傷では無かった。
ヨークは、キレていたように見えて、手加減をする余裕は有ったらしい。
ヨーク
「悪いな。やりすぎた」
ヨークはポケットから、薬瓶を取り出した。
そして、瓶を開けると、中身をクリーンに飲ませた。
瓶の中身は、最高級の回復ポーションだった。
クリーンの傷が、癒えていった。
ヨーク
「頭に血が上った」
クリーン
「…………」
回復ポーションを飲んでも、クリーンは立ち上がれなかった。
放心状態で、ぼんやりと天井を見ていた。
『鼓舞』の力が有っても負けた。
万全な状態で敗れたのは、ヨークが2人目だった。
ヨーク
「治癒術は使えるか? 無理そうなら、病院に連れていく」
クリーン
「……風癒」
クリーンは呪文を唱え、自身を治療した。
クリーン
「……あなた、強かったのですね」
ヨーク
「深層に潜ってんだ。弱いわけねえだろ」
ヨーク
「とにかく、俺の勝ちだ。言う事は聞いてもらうぞ」
クリーン
「……そうですね」
クリーン
「あなたが最低男でも、約束は守らないといけないのです」
クリーン
「さあ、何でも命令するのです」
ヨーク
「それじゃあ命令させてもらうぞ」
クリーン
「ど、どうぞなのです」
酷い命令が来る。
そう考えたのか、クリーンの体は強張っていた。
ヨーク
「迷宮に居る間は、俺の指示に従え」
クリーン
「……………………えっ?」
ヨーク
「何だよ?」
クリーン
「それだけなのですか?」
ヨーク
「他に何が有るんだよ?」
クリーン
「…………」
クリーン
「別に、無いのですけど」
クリーンは起き上がると、軽く身だしなみを整えた。
そして、ヨークへと向き直った。
ヨーク
「さて……。お前今、レベルいくつだ?」
クリーン
「4ですけど?」
ヨーク
「……4?」
クリーン
「はい。それがどうしたのですか?」
ヨークの見立てでは、クリーンのレベルは200を超えていた。
氷狼を砕いたからだ。
ヨークの氷狼の強さは、レベル200の戦士を上回る。
その1体を、容易く倒した。
それがレベル4というのは嘘だろう。
そう思えたが、いまさらレベルを偽る理由が、考えつかなかった。
クリーンの表情も、嘘をついているようには見えなかった。
ヨーク
「いや……」
ヨークは、内心に困惑を残しつつ、先へ進むことに決めた。
ヨーク
「それじゃ、まずは6層まで行くか」
クリーン
「……分かったのです」
……。
2人は、6層へ移動した。
ヨークは、緑狼などの魔獣を倒していった。
10体ほど魔獣を倒したところで、ヨークは口を開いた。
ヨーク
「なあ」
クリーン
「……何なのです?」
クリーンは、そっぽを向きながら尋ねた。
ヨーク
「せめてこっち向いて喋れや」
クリーン
「つ~ん」
ヨーク
「デレッ」
クリーン
「何の擬音なのです!?」
ヨーク
「それで、レベルはどうだ?」
クリーン
「えっと……」
クリーンは目を閉じ、自身のレベルを確認した。
そして、目を開いた。
クリーン
「4のままですけど」
ヨーク
「は……?」
クリーン
「どうしたのですか?」
ヨーク
「本当に、4のままなのか?」
クリーン
「そうですけど……?」
ヨーク
(どうなってる……?)
ヨークは混乱した。
1対1であれば、レベル6の魔獣を1体倒せば、レベルは上がるはずだ。
ヨークがEXPを吸っている事を考えても、3体も倒せば十分なはず。
レベルが4のままというのは、あり得ないことのように思えた。
ヨーク
「お前……」
ヨーク
「ひょっとして、レベルが上がりにくい体質だったりするのか?」
ヨークは、自身の推論を口にした。
クリーン
「知らないのです。そんな体質有るのですか?」
ヨーク
「……俺も知らん」
クリーン
「何なのですか? ハッキリしないのです」
ヨーク
(今回は、使う気は無かったが……)
ヨーク
(俺のスキルで、経験値を盛ってみるか)
ヨーク
「もう少し、頑張ってみよう」
クリーン
「ええ。頑張りなさい」
ヨークは再び、6層を歩き回った。
すると、すぐに緑狼を発見した。
ヨーク
(居た……)
緑狼
「…………!」
緑狼も、ヨークに気付いた。
ヨークを食い殺そうと、駆けてきた。
ヨークは、狼に指輪を向け、魔力をこめた。
ヨークとクリーン、狼を囲む結界が、展開された。
EXPを逃がさないための結界だった。
クリーン
「これは何なのですか……!?」
クリーンは結界を見て、驚いた様子を見せた。
初めて見るらしい。
ヨークは、クリーンの疑問には答えなかった。
ヨーク
「…………」
ヨークは手のひらを、緑狼に向けた。
そして心中で、スキル名を唱えた。
ヨーク
(『敵強化』、『戦力評価』)
___________________
緑狼 レベル1
___________________
ヨーク
「……………………」
ヨーク
「は……?」
ヨークは、向かってきた緑狼を、斬り倒した。
そうして落ちた魔石を、呆然と見つめた。
ヨーク
(どうなってる? 俺のスキルが……)
ヨーク
(『敵強化』が効いてない……?)
ヨーク
(そもそも6層に、レベル1の魔獣が出るってのがおかしい)
ヨーク
(緑狼の平均レベルは、6のはずだろ?)
ヨーク
(どういうことだ? 何が起きてる?)
クリーン
「ちょっと! 無視しないで答えるのです!」
ヨーク
「あ? 何が?」
クリーン
「聞いていなかったのですか? 戦っていたから仕方ないですけど……」
ヨーク
「悪い。何が聞きたいんだ?」
クリーン
「さっきの壁みたいなのって、何なのですか?」
ヨーク
「ああ。あれはこの指輪の力だ」
ヨーク
「結界の中から、EXPを逃がさないようにしてくれる」
クリーン
「そうなのですね?」
ヨーク
「そんなことより……」
クリーン
「えっ? どうかしたのですか?」
ヨーク
「それは……」
ヨーク
(こいつに言っても、仕方がない気もするが……)
クリーン
「黙らないで欲しいのです。不安になるのです」
ヨーク
「そのだな……」
ヨーク
「弱いんだ。敵が。いつもより」
クリーン
「……えっ? そんなことですか?」
ヨーク
「そんなことって……」
クリーン
「まったく。守護騎士のくせに、そんな調子で大丈夫なのでしょうか?」
ヨーク
「……何なんだよ?」
クリーン
「あのですね、『聖域』スキルというのは、魔獣を無力化するスキルなのですよ」




