4の19の1「月狼族と真昼の月」
ミツキ
「は…………?」
ユウヅキ
「正妻の血を引いた僕が、目障りだったんだろうね」
ミツキ
「月狼族が、同胞を売ったというのですか?」
ユウヅキ
「そうだね。それも、僕が最初というわけでも無い」
ユウヅキ
「僕たちが小さかった頃、町の子が、消えたことがあっただろう?」
ミツキ
「何日も探しても見つからなくて、神隠しと言われていましたね」
ユウヅキ
「あの時の子も、実は僕みたいに売られてたらしいんだよね」
ミツキ
「……確かなのですか?」
ユウヅキ
「奴隷商の人に聞いたからね。僕に嘘をつく理由は、無いと思う」
ユウヅキ
「つまり……」
ユウヅキ
「月狼族の権力者たちは、しばしば同族の子供を売って、小銭稼ぎをしているのさ」
ミツキ
「……………………」
ミツキ
「あなたは……」
ミツキ
「かみさまを探しに来たのでは……無かったのですね」
ユウヅキ
「かみさま?」
ユウヅキは、きょとんとした顔で、ミツキを見た。
彼女が何を言っているか、分からないようだった。
だが、少しすると、ミツキの言葉の意図に、思い当たったらしい。
ユウヅキ
「…………あぁ」
遠い目をして、ユウヅキは頷いた。
ユウヅキ
「そんな子供のころの話、よく覚えてたね」
ミツキ
「記憶力は、良い方なので」
ユウヅキ
「うん。そうだったね」
ユウヅキ
「それで、家出をしたと思って、姉上まで城を飛び出して来たんだ?」
ミツキ
「それは……置手紙も有ったので」
ユウヅキ
「ちゃんと筆跡も調べた?」
手紙を見つけたとき、ミツキの行動は、衝動的だった。
周囲が止めるのも聞かず、あっという間に家を飛び出していた。
ミツキ
「あの時は……慌ててしまって……」
ユウヅキ
「それで捕まって、奴隷になったと」
ユウヅキ
「……詐欺に合うタイプだね」
ユウヅキは、呆れ顔を見せた。
ミツキ
「……悪かったですね」
ユウヅキ
「別に、悪くは無いけどね」
ユウヅキ
「美しい姉上が、あの国に居たら、どうせ、政略結婚の道具にされてただろうし」
ユウヅキ
「肥え太った権力者の慰み者になるのと、ここで奴隷になるのと、どっちがマシなんだろうね?」
ミツキ
「奴隷に決まっています」
ミツキは、真顔で言い切った。
ユウヅキ
「そう」
ユウヅキ
「それなら、癒しの力のことを隠し通せたのは、僥倖だった」
ユウヅキ
「もし知られれば、兄上は絶対に、あなたを逃がさなかっただろうから」
ミツキ
「べつに、大した力では無いと思いますが」
ユウヅキ
「自己評価が低いのも、考えものだね」
ミツキ
「…………」
ユウヅキ
「とにかくもう、夢を見る年でも無いよ」
ユウヅキ
「月狼族は、救いようが無い」
ユウヅキ
「平気で仲間を売るような一族が、救われて良いわけが無い」
ユウヅキ
「僕たちを救ってくれる神様なんて、居なかったのさ」
ミツキ
「……そうでしょうか?」
ユウヅキ
「どうしたの? 姉上」
ユウヅキは、眉をひそめた。
姉らしくない言葉が出た。
そう思ったからだ。
ユウヅキ
「奴隷にされたショックで、信心が目覚めたのかな?」
ミツキ
「そうかもしれませんね」
ユウヅキ
「本気?」
ミツキ
「私のことは良いでしょう」
ミツキ
「あなたはこれから、どうしたいのですか?」
ユウヅキ
「どうもこうも、割とどうしようも無いよね」
ミツキ
「今の私なら、あなたをここから逃がすことも出来ます」
ユウヅキ
「逃げても、その先が無い」
ユウヅキ
「僕を売った兄上の所には、帰りたくない」
ユウヅキ
「それに、この国に居ても、奴隷商人に狙われるだけだ」
ミツキ
「……私たちは、王都を出るつもりです」
ミツキ
「ご主人様と一緒に、私と彼が、穏やかに暮らせる場所を探します」
ミツキ
「私と一緒に来ませんか? ユウヅキ」
ユウヅキ
「考えておくよ」
ミツキ
「……三ヶ月後、必ずあなたを迎えに来ます」
ミツキ
「その時までに、答えを出しておいて下さい」
ユウヅキ
「分かった」
ミツキはフードを、深く被った。
ユウヅキに背を向け、窓から外へ出た。
そして、見張りに見つからないように、素早く庭を抜けた。
塀を飛び越え、敷地の外へ。
通りへ。
そのとき……。
コジロウ
「姫」
通りに立ったミツキの眼前に、見知った男が現れた。
年は60ほど。
髪は短い銀髪で、背の低い、がっしりとした体格の男だった。
月狼族だが、その頭には、狼の耳は無い。
腰のしっぽも無かった。
彼の服装は、王都にすっかり馴染んでいるようだった。
男の名は、コジロウ=コバヤカワ。
ユウヅキの世話役を、務めていた男だった。
ミツキが彼と会うのは、ユウヅキの家出事件以来だった。
ミツキ
「じいや」
知り合いとの、久しぶりの再会だ。
だが、ミツキの顔に、笑顔は無かった。
冷ややかな視線が、コジロウへと向けられていた。
ミツキ
「ユウヅキの見張りですか?」
ミツキ
「せっかく排除したあの子に、国に戻られては困りますからね」
コジロウ
「……お迎えにあがりました」
コジロウ
「さあ、国へ帰りましょう」
ミツキ
「お断りします」
コジロウ
「わがままを言わないで下さい」
ミツキ
「わがまま?」
ミツキ
「弟を売った外道ども。その意に逆らうことが『わがまま』なのですか?」
コジロウ
「…………」
コジロウ
「第三種族は、王都ではまっとうには生きられません」
ミツキ
「なるほど」
ミツキ
「だから耳を取ったというわけですか」
ミツキ
「戦で失ったというのも、嘘だったのですね」
コジロウは、両耳としっぽ、その全てを、付け根から綺麗に失っていた。
そして、それ以外には、大した外傷も無い。
戦場での偶然と言い張るには、いささか不自然だった。
だが、盲目的だった以前のミツキは、そんなことにすら気付けなかった。
ミツキ
「その頭は、人族のふりをして、小銭稼ぎをするための変装だった」
ミツキ
「ずっと、守るべき民を裏切っていた。そうですね?」
コジロウ
「……国を守るには、犠牲も必要です」
月狼族の国は、小さな島国にしては、とても豊かだった。
それが、同族の犠牲の上に、成り立っていたというのなら……。
ミツキにとっては、唾棄すべき事実でしかなかった。
ミツキ
「びっくりです。強欲と無能を棚に上げると、そんな言葉が出てくるのですね」
ミツキ
「あなたの身のこなし、クラスの力を得ていますね?」
ミツキ
「それも、かなりレベルが高い。50程度ですか?」
ミツキ
「民には穢れた力だと言って、下々の力を、抑え込んでいたというわけですか」
ミツキ
「……けがらわしい」
コジロウ
「姫……」
コジロウ
「どうしても、国に帰ってはいただけませんか?」
ミツキ
「そんなに私の純潔を、高く売りつけたいのですか?」
ミツキ
「ですが、残念でしたね」
ミツキ
「私はもう、身も心もご主人様の所有物です」
ミツキ
「全て、あの方にさしあげました」
ミツキ
「いえ。貰っていただきました」
ミツキ
「値をつけられる純潔など、もう有りませんよ」
コジロウ
「…………!」
ミツキ
「去りなさい。じいや」
ミツキ
「今ならまだ、見逃してあげます」
コジロウ
「…………」
コジロウ
「ご無礼を、お許し下さい」
コジロウは、素手のまま構えた。
生娘で無かろうが、ミツキほどの美貌なら、いくらでも使い道は有る。
そう考えたのだろうか。
コジロウは、ミツキを組み伏せようと、前に出た。
コジロウ
「…………!」
コジロウの顔が、驚きで満ちた。
彼の腕を、ミツキの小さな手が、掴んでいた。
そして……。
何かが砕ける音がした。
コジロウ
「ぐうううっ!?」
コジロウは、苦悶の声を上げた。
ミツキの手が、コジロウの腕の骨を、握り砕いていた。
ミツキのレベルは、コジロウの6倍は有る。
猛獣と子ウサギほどに、膂力に差が出来ている。
やろうと思えば、腕を引き千切ることも出来た。
そうしなかったのは、身内に対し、1片の情が残っていたからだろうか。
ミツキ
「ご主人様の、奴隷であるこの私に、あなた如きが敵うわけが無いでしょう」
ミツキ
「二度と私の前に、現れないで下さい」
ミツキ
「また、下らない理由で顔を見せれば……」
ミツキ
「次は、首の骨を砕きます」
ミツキは、コジロウに背を向けた。
もう彼に対し、何の興味も無いようだった。
ミツキは振り返らず、歩き出した。
ミツキ
(もう、帰る場所も無い)
ミツキ
(ご主人様。私はいつまでも、あなたの傍に)
ミツキは、強く地面を蹴った。
ミツキの体が、王都の空へと舞い上がった。
風圧が、ミツキのフードをめくり上げた。
長い銀髪が、月のように輝いた。
コジロウの視界では、真昼の月を追うことは、出来なかった。
ただ、ミツキの姿が消えたようにしか、見えなかった。
その後、2人が出会うことは、2度と無かった。




