『敵強化』スキルを笑われて幼馴染に置いていかれた俺のレベルが有頂天でおさまる所を知らないので、助けたケモミミ美少女奴隷とイチャイチャしながら迷宮の最深層目指すことにした～神魂のニルヴァーナ～

聖女の試練と滅びの日

４の１８「ミツキとユウヅキ」

　ミツキは、部屋の窓を軽く叩いた。

　反応は無かった。

　音が小さくて、部屋の中の人物に、聞こえなかったのだろうか。

　だが、あまり大きな音を、出すわけにもいかなかった。

　ミツキはひたすらに、窓をこつこつと叩き続けた。

　すると……。

「ん……？」

　部屋の中から、声が聞こえた。

　ミツキは、さらに窓を叩いた。

「誰か居るの？」

　足音が、窓の方へ近付いてきた。

　ミツキはそのまま、足音の主がやって来るのを待った。

　室内の人物が、窓の外を見た。

「えっ！？」

ミツキ

「…………」

　その人物と、ミツキの目が合った。

ユウヅキ

「姉上……！？」

　部屋の中に居たのは、１０代半ばの少年だった。

　彼の首には、奴隷の首輪がはめられていた。

　彼はミツキと同じ髪色をして、同じ耳と尻尾を持っていた。

　……。

　かつて、まだミツキの首に、奴隷の首輪が無かった頃。

　ミツキの故郷の王城。

　彼女は私室でくつろいでいた。

　そこは畳間だった。

　ミツキは座椅子に体を預け、のんびりと、窓から外を眺めていた。

　突然に、部屋の襖が開いた。

　ミツキは、窓の反対側に視線をやった。

　そこに、ユウヅキの姿が有った。

　今よりも、ずっと小さい。

　ユウヅキは、その小さな腕に、絵本を抱えていた。

ユウヅキ

「あねうえ。ごほん読んで」

ミツキ

「良いですよ」

　ユウヅキはてくてくと、ミツキの隣へ駆けてきた。

　ミツキはユウヅキを抱え上げ、自分の腿の上に乗せた。

　それから本の始めのページを開き、朗読を始めた。

　本の内容は、ありふれた神話だった。

　神様と月狼族の少女、その約束の物語。

　いつか神様が、月狼族を救いにくる。

　そんな他愛の無い、約束の話。

　夢物語だった。

　子供向けの絵本のページは、そう多くは無い。

　三十分もせずに、ミツキは絵本を読み終わってしまった。

　ミツキは絵本を閉じ、座椅子の隣に置いた。

　そしてユウヅキの、ふわふわの髪を撫でた。

ユウヅキ

「ねえ、あねうえ」

　ミツキに体を委ねながら、ユウヅキは口を開いた。

ミツキ

「はい」

ユウヅキ

「かみさまって、いつ来るのかな？」

ミツキ

「さて。尊い神様のこと、私などには分かりません」

ユウヅキ

「そっか。早く来ると良いね」

ミツキ

「そうですね」

ユウヅキ

「どうしたら、すぐに来てくれるかな？」

ミツキ

「…………」

ミツキ

「どうすれば良いのでしょうね。私たちは」

　月狼族は、島に隠れ住んでいた。

　島での暮らしは、そこまで悪いものでは無い。

　大陸には無い文化を、独自で発展させていた。

　かつて島にたどり着いた人数を考えれば、めざましい進歩だと言えた。

　だが、大陸から逃げてきたことに対し、劣等感を抱いていた。

　いつか、大陸を取り戻したい。

　そんな気持ちが、月狼族たちの根底に有った。

ミツキ

（私は大陸というものに、そこまで興味は有りませんが……）

ミツキ

（他種族に完敗している状況が、気に食わないのも事実）

ミツキ

（その雪辱を神に祈るほど、おめでたくもなれませんが）

ユウヅキ

「ひょっとしたらさ」

ユウヅキ

「かみさまは、お寝坊してるのかもしれないね」

ミツキ

「寝坊……ですか？」

ユウヅキ

「うん。だからさ」

ユウヅキ

「僕がかみさまを、お寝坊から起こしてあげるんだ」

ユウヅキ

「お～い！　起きろ～！　って」

ミツキ

「届くと良いですね。ユウヅキの気持ちが」

ユウヅキ

「探すよ」

ミツキ

「え？」

ユウヅキ

「遠くから呼んでも、きっとかみさまには届かないから」

ユウヅキ

「絵本の女の子みたいに、僕がかみさまを見つけるんだ」

　それは他愛の無い、子供の戯言だ。

　ミツキはユウヅキの言葉を、そう受け取った。

　……。

　数年後、ユウヅキは姿を消した。

『旅に出ます。探さないで下さい』

　そんな置手紙が残されていた。

　そして……。

ミツキ

「…………」

　ミツキは、檻の中に居た。

　がたごとがたごとと、檻を乗せて、猫車は進んだ。

　弟を追い、ミツキは島を出た

　羽猫に乗り、なんとか大陸に辿り着き、その後、あっけなく捕らえられた。

　欲に目が眩んだ商人に、説得など通じなかった。

　強引に首輪を嵌められ、ミツキは商品になった。

　その場で純潔を奪われなかったのは、ただの幸運だった。

　自分を陥れた商人が、女だった。

　ただそれだけの話だった。

　商人が男であれば、ミツキはあっけなく散らされていただろう。

　商品だから手を出さないと言えるほど、ミツキの美貌は安っぽくは無かった。

　ミツキは何も出来ず、檻の中で、ただ膝を抱えていた。

ミツキ

（無力ですね……）

ミツキ

（私はただの……世間知らずの小娘だった……）

ミツキ

（少し考えたら、分かることなのに）

ミツキ

（このまま金持ちの変態にでも売られて……）

ミツキ

（それが……私の人生……）

ミツキ

「そんなの……嫌だ……」

　ミツキは喉の奥から、悲痛な声を絞り出した。

　そのとき。

　猫車の外から、大きな声が聞こえた。

「狼だ！」

「こいつ……手強……！　ぐああっ！」

「えっ！？　ちょっと！　何やって……」

「いやああああああああああぁぁぁぁっ！」

　悲鳴。

　そして何かを砕くような音が、外から聞こえてきた。

　それから、ぐちゃぐちゃという咀嚼の音。

　商人たちに何かが起きたのは、明らかだった。

　それはきっと、良い事では無いだろう。

ミツキ

「っ……！」

　ミツキは恐怖から体を丸め、縮こまった。

ミツキ

「たすけて……たすけて……たすけて……」

ミツキ

「かみさま……」

　ミツキは、うまれて初めて、神に縋った。

　無力な者には、それくらいしか出来ることは無いのだと、ミツキは知った。

　本当の弱者には、抗うことすら許されないのだ。

　やがて、軽い物音がして、外が静かになった。

　ミツキはただ、下を向いて震えていた。

　そして……。

　猫車の出口から、光が差し込んできた。

　ミツキは光の方を見た。

　人影が見えた。

　逆光で、顔ははっきりと見えなかった。

ヨーク

「人……？」

　人影が、声を発した。

　若い男の声だった。

　ミツキにはそれが、何よりも神聖なものに思えた。

ミツキ

「…………」

ミツキ

「……かみさま？」

　かみさまと、出会った。

　そのときのミツキには、そう思えたのだった。

　……。

　今。

　ミツキはついに、弟との再会を果たした。

　ユウヅキは間違いなく男のはずだが、女性向けのドレスを着せられていた。

　成人前の少女が着るような、フリフリのドレスだった。

　ピンクだった。

ミツキ

「ええ。私ですよ。愚かな弟よ」

ユウヅキ

「どうしてここに！？」

ミツキ

「どうしてって、決まっているでしょう」

ミツキ

「あなたを探しに来たのです。ユウヅキ」

ミツキ

「……とりあえず、中に入れてもらえますか？」

ユウヅキ

「っ、うん」

　ユウヅキは、窓を全開にした。

　ミツキは窓枠に手をかけ、室内に踏み込んだ。

　窓は広い。

　ミツキの体格なら、軽々と通れた。

　ミツキが中へ入ると、ユウヅキは窓を閉めた。

　そして、彼女に問いかけた。

ユウヅキ

「本当に、姉上なの？」

ミツキ

「他の誰に見えますか？」

　ミツキはフードを外した。

　獣耳と髪、奴隷の首輪もあらわになった。

　ユウヅキの視線が、首輪に釘付けになった。

ユウヅキ

「それって……！」

ミツキ

「何ですか？」

ユウヅキ

「何って……姉上も奴隷にされちゃったの……！？」

ミツキ

「ああ……。これですか？」

ミツキ

「気にしないで下さい。私のご主人様はお優しい方ですから」

ユウヅキ

「ご主人様？」

ユウヅキ

「あのプライドの高い姉上が……ご主人様だなんて……」

ユウヅキ

「いったい何をされたの……！？」

　噂に聞く、調教というものだろうか。

　そう考え、ユウヅキの顔から、血の気が引いた。

ミツキ

「下衆な勘繰りは、止めなさい」

ミツキ

「私のご主人様は、そこいらに居る下賤な金持ちとは違います」

ユウヅキ

「それじゃあ、そいつにエッチなことされたりはしてないんだね？」

ミツキ

「えっ？」

ユウヅキ

「えっ？」

ミツキ

「……………………」

ミツキ

「私は平気です」

ユウヅキ

「何の間！？」

ミツキ

「別に冗談です安心しなさい」

ミツキ

「ご主人様は、嫌がる相手に無理やり迫るような、わるわるご主人様ではありません」

ユウヅキ

「そっか。それなら安心だね」

ミツキ

「はい。完全に安全で安心でセーフティです」

ミツキ

「むしろご主人様より私の方が、危険なくらいですね」

ユウヅキ

「良かった」

ユウヅキ

「けど……ここまで一人で来たの？」

ミツキ

「はい。ですが、問題はありません」

ミツキ

「今の私は、ハイレベルですから」

ミツキ

「屋敷の警備程度に、捕まるようなヘマはしませんよ」

ユウヅキ

「邪神の加護を受けたんだ？」

ミツキ

「はい」

ユウヅキ

「本当に変わったね。姉上は」

ミツキ

「あなたは格好が変わりましたね」

　ミツキは、フリルフルなドレスを見ながら言った。

ユウヅキ

「僕の趣味じゃないからね！？」

ミツキ

「隠さなくても、私は気にしませんよ」

ユウヅキ

「違うから！」

ミツキ

「どうですか？　ここでの暮らしは」

ユウヅキ

「どうって……」

ミツキ

「家の主人に、虐待などを受けてはいませんか？」

ユウヅキ

「見ての通り、性的虐待を受けてはいるけどね」

ユウヅキ

「ただ、僕みたいな奴隷は、高級品らしいんだよね」

ユウヅキ

「僕一人を買うお金で、何件も家が建つ」

ユウヅキ

「だから、無闇に使い捨てるようなことは、しないみたい」

ユウヅキ

「殴る蹴るとかは無いし、ご飯も美味しいよ」

ミツキ

「そうですか。安心しました」

ミツキ

「……三ヵ月後、今請け負っている仕事が終わります」

ミツキ

「あなたを買い戻して、故郷へと連れて帰ります」

ユウヅキ

「高いよ？　僕は」

ミツキ

「なんとかします」

ユウヅキ

「ありがたいけどね。姉上」

ユウヅキ

「僕は、あの国に帰りたいとは思わないよ」

ミツキ

「これだけ痛い目を見ても、まだ懲りないのですね」

ユウヅキ

「懲りる？　何に？」

ミツキ

「何って……」

ミツキ

「奴隷になったことを、後悔していないのですか？」

ユウヅキ

「後悔？」

ユウヅキ

「まるで僕が、好きで奴隷になったみたいな言い草だね」

ミツキ

「自業自得でしょう」

ユウヅキ

「何が？」

ミツキ

「あなたが無計画に家出なんてするから、そんな目に遭っているのでしょうに」

ユウヅキ

「ああ……。何か話が噛み合わないと思った」

ユウヅキ

「姉上の中では、僕は家出をしてきたことになっているんだね」

ミツキ

「……………………」

ミツキ

「違うのですか？」

ユウヅキ

「全然」

ユウヅキ

「僕は兄上に売られて、ここに居るんだよ」