4の16「男湯と女湯」
クリーン
「…………っ!」
黒幕の登場に、クリーンの体が強張った。
ヨークはイーバとは、初対面だ。
なんとなく察しつつも、クリーンに尋ねた。
ヨーク
「こいつは?」
クリーン
「……件のお嬢様なのです」
ヨーク
「こいつが……」
イーバ
「人が声をかけているのに、何をコソコソしているの?」
クリーン
「何か……用なのですか……?」
イーバ
「いえ。別に大したことでは無いけど」
イーバ
「迷宮はどうだった?」
イーバ
「何か楽しいことでも有ったかしら? ふふっ」
クリーン
「っ……」
ヨーク
「こいつ……!」
悪びれないイーバを見て、ヨークは怒りを露わにした。
コソコソと人を陥れるような奴は、ヨークが一番嫌いなタイプだった。
ヨークはクリーンより前に出て、イーバを睨みつけた。
ヨーク
「舐めてんじゃねえぞ……!」
クリーン
「えっ?」
イーバ
「……っ」
ヨークに睨まれたことで、イーバは少しだけ怯んだ様子を見せた。
だが、なるべく表情を崩さないようにして、ヨークに問うた。
イーバ
「……何? あなたは」
ヨーク
「俺は、こいつの守護騎士だ」
ヨーク
「こいつを守るのが、俺の仕事だ」
ヨーク
「今後こいつに何か有ったら、タダじゃおかねえからな。覚えとけよ」
クリーン
「どうしてあなたがキレてるのですか!?」
ヨーク
「は? 別にキレてねえし」
ヨークはクリーンに対しても、不機嫌な顔を見せた。
どちらの敵で、どちらの味方なのか、分からないくらいだった。
クリーン
「そ、そう。そうですよね」
クリーン
「……………………」
クリーン
「頑張れ私」
クリーンは、自らを『鼓舞』した。
そして前に出て、イーバの正面に立った。
まっすぐに、胸を張って、イーバの瞳を見た。
イーバ
「……何よ?」
クリーン
「私、負けないですから」
クリーン
「あなたたちみたいな、汚い手を使う連中には、絶対に負けない」
クリーン
「それでは」
クリーンは、イーバとすれ違うように歩いた。
ヨークたちも、それに続いた。
イーバは振り返り、クリーンたちが去っていくのを見た。
やがて、イーバの視界から、クリーンたちの姿が消えた。
後にはイーバたちが残された。
マギー
「あの魔族の人、かっこよかったですね」
イーバ
「どうでも良いわ」
イーバ
「ちょっと顔が良かったからって、しょせんは魔族でしょう?」
マギー
「……はい」
イーバはすまし顔を崩し、怒りの感情をあらわにした。
イーバ
「それより、まったく懲りてないじゃない……! どういうことなの……!?」
イーバ
「トリーシャ、あなた、ちゃんと言ったんでしょうね? 護衛の騎士に」
トリーシャ
「はい。ちゃんと伝えました」
トリーシャ
「あの女が、試練を受けられないようにして欲しいって」
トリーシャ
「なのに、どうして……」
マギー
「何もされていないということは、無いと思いますが」
マギー
「何かされたからこそ、あのようなことを言ったのでしょうし」
イーバ
「だったら、どうして平気にしているの?」
マギー
「さあ? 実際に彼女が何をされたのかまでは、分からないわけですし……」
マギー
「辱めを受けても動じないほどに、彼女が厚顔無恥なのかもしれません」
イーバ
「厄介ね。恥を知らない田舎娘っていうのは」
マギー
「いかがしましょう?」
イーバ
「もう、小細工は止めよ」
トリーシャ
「それでは……」
イーバ
「聖女の試練でボコボコに負かして、ビービー泣かせてあげるわ」
……。
ヨークたちは、クリーンの寝室に向かって歩いていた。
先頭を歩くクリーンに、ヨークが声をかけた。
ヨーク
「良いのか? 真正面から喧嘩売るようなことして」
嫌がらせが、激しくなるのではないか。
ヨークはそれを危惧していた。
クリーン
「……逃げたくなかったのです」
ヨーク
「どうする? 殺し屋とか送られてきたら」
クリーン
「…………」
クリーン
「あなたが守ってくれるのでしょう?」
そう言って、クリーンは微笑んだ。
素直な笑みだ。
それがヨークに向けられるのは、初めてかもしれなかった。
ヨーク
「え……」
ヨークは戸惑い、少し目を見開いた。
クリーン
「そうですよね? モフモフちゃん」
クリーンは微笑んだまま、ミツキに向き直った。
ヨーク
「へ?」
ヨークの顔が、間の抜けた表情で固まった。
ミツキは少し笑いをこらえ、それから口を開いた。
ミツキ
「……まあ、最低限の仕事はしますけどね」
クリーン
「可愛いあなたが居れば、百人力なのです。さ、お部屋に案内するのです」
クリーンは、ミツキの手を引いた。
そのまま少し歩いた。
それから足を止め、ヨークの方へ振り返った。
クリーン
「何してるのですか? 早く来るのです」
ヨーク
「良いのか?」
クリーン
「仕方ないから、後ろについてくるくらいは、許してあげるのです」
ヨーク
「へいへい」
ヨークは苦笑した。
3人は、クリーンの部屋へと入っていった。
……。
夕食を済ませ、お風呂の時間になった。
クリーン
「お風呂に行きましょう。モフモフちゃん」
寝室で、クリーンはミツキをお風呂に誘った。
モフモフちゃん
「ミツキです」
クリーン
「そう。行きましょう。モフミちゃん」
モフミちゃん
「はぁ」
二人は、椅子から立ち上がった。
少し遅れて、ヨークも腰を上げた。
ヨーク
「俺も行くか」
クリーン
「ちょい青あなた、男湯の場所は分かっているのですか?」
ちょい青
「ヨークです。知らんけど」
クリーン
「案内してあげるのです。来るのです」
ヨーク
「ドーモ」
3人は、大神殿の廊下を歩いた。
そして、男湯の前へとたどり着いた。
クリーンは、男湯の入り口を背に、ヨークに話しかけた。
クリーン
「ここが男湯なのです。それでは、私たちは行くのです」
ヨーク
「ああ」
クリーンはミツキを連れ、去っていった。
男湯と女湯の間には、それなりの距離が有るようだった。
2人を見送ると、ヨークは脱衣所へと入っていった。
脱衣所に、人の姿は無かった。
棚に一揃え、脱ぎ捨てられた衣服が有った。
ヨーク
(先客が居るのかな)
1番風呂でないのは、残念だ。
ヨークはうっすらとそう考えながら、服を脱いだ。
服を棚に置くと、浴室へと入っていった。
ヨーク
「あ」
湯船には、見慣れた男の姿が有った。
ニトロ
「やあ。少年」
ニトロ=バウツマーだった。
ヨーク
「……どうも」
ヨークは軽く頭を下げた。
ヨーク
「ニトロさんも、ここのお風呂を使ってるんですね」
ニトロ
「聖女の試練が終わるまでだけどね」
ヨーク
「はあ」
ニトロ
「どうかしたかな? ちょっと固くなっているように見えるが」
ヨーク
「こういう広いお風呂って、馴染みが無いんで」
ニトロ
「そうかい」
ヨーク
「なんか気まずくないですか? 他の人とお風呂に入るって」
ニトロ
「慣れだよ。慣れ」
ヨーク
「そうですか」
ヨーク
(まあ、ミツキとは一緒に入ってるけどさ……)
ニトロ
「湯船につかる前に、体を洗うんだよ?」
ニトロ
「それが礼儀だ」
ヨーク
「はい」
ヨークは、シャワーに向かった。
ヨークの背中が、ニトロの方へと向いた。
ニトロはヨークの背中を見た。
ニトロ
「君、背中に傷が有るね」
ヨークの背中には、肩甲骨のあたりに、小さな傷が有った。
ヨーク
「そうみたいですね」
ニトロ
「みたい?」
ヨーク
「身に覚えが無いんで。小さい頃に出来たみたいなんですけど」
ヨーク
「背中って、あんまり見ないですしね」
ニトロ
「そう」
ニトロ
「その傷は、あまり人に見せない方が良いよ」
ヨーク
「ミツキにも、同じこと言われました」
ヨーク
「やっぱ見苦しいですかね?」
ニトロ
「……少しね」
ヨーク
「それじゃ、隅っこの方へ」
ヨークは1番端のシャワーへ移動した。
背中が見えないような位置取りで、全身を洗った。
体を洗い終わると、湯船に入った。
ヨーク
「広い……」
ヨークは、湯船の広さに感心した。
宿の風呂とは、比べ物にならなかった。
あそこは、ミツキと2人で入ると、ぎゅうぎゅうになってしまう。
ニトロ
「たまには良いものだろう? こういうお風呂も」
ヨーク
「そうですね。けど、ここだと券が……」
ニトロ
「券?」
ヨーク
「……いえ」
ニトロ
「そう言えば、追加報酬が欲しいという話だったけど」
ヨーク
「ああ、はい」
ヨーク
「ニトロさんって、冠婚葬祭とかに詳しいですよね?」
ニトロ
「神官だからね。こう見えても」
ヨーク
「結婚式について、色々教えて欲しいんですけど……」
……。
一方のミツキたちは、女湯の脱衣所に居た。
クリーンは、衣服を脱ぎ終わると、ミツキの方を見た。
ミツキも既に、全裸になっていた。
ミツキは体の前側を、申し訳程度に、タオルで隠していた。
クリーン
「あなた、それ……」
クリーンの視線が、ミツキの首に引き寄せられた。
そこに、金属製の首輪が有った。
ミツキはクリーンと行動するとき、フードを被っていることが多い。
首輪をはっきりと見るのは、これが初めてだった。
クリーン
「奴隷の首輪……ですよね?」
ミツキ
「はい。それが何か?」
クリーン
「何かって……!」
クリーンは衝動に駆られ、ミツキの首輪に手を伸ばした。
ミツキは手首を掴み、クリーンを止めた。
ぎりぎりと。
ミツキの手が、クリーンの手首を締め付けた。
骨が砕けても構わない。
それほどの、強い力だった。
クリーン
「痛っ……!」
クリーンは呻いた。
ミツキ
「失礼」
ミツキは冷めた顔で、クリーンから手を離した。
ミツキ
「ご主人様以外の方に、首輪に触らせるつもりは無いのです」
クリーン
「ご主人様って、ちょい青のことなのですか?」
ミツキ
「確かに、ご主人様はちょっと青いですけどね」
クリーン
「あいつの奴隷だったのですね」
ミツキ
「はい」
ミツキ
「私はあのお方の所有物です」
クリーン
「奴隷を買うような奴だったのですね……」
クリーン
「酷いことされてないのですか? あいつに」
ミツキ
「酷いこととは?」
クリーン
「乱暴されたり、エッチなこととか……」
ミツキ
「ご主人様は、奴隷に暴力をふるうような方ではありません」
ミツキ
「性生活に関しては、人に話すようなことでは無いと思います」
ミツキはそう言うと、軽く下腹を撫でた。
クリーン
「っ……!」
クリーンは、顔がかあっと赤くなるのを感じた。
自分の恩人が、奴隷として、男に抱かれているかもしれない。
その想像は、強い衝撃を伴った。
だが、どこか遠くの出来事のようにも思えた。
クリーンの瞳に映るミツキは、とても美しい。
神秘的ですらある。
清らかな存在にしか見えなかった。
下衆な男に良いようにされているとは、信じられなかった。
だが、それを明確に否定する材料も無い。
クリーン
「モフミちゃん……!」
ミツキ
「はい?」
クリーン
「何でも言って下さいね! 力になりますから!」
ミツキ
「はぁ。ありがとうございます」
ヨークとの関係に関して、何か勘違いされているようだ。
ミツキはそう気付いていたが、あえて釈明はしなかった。
ミツキ
「あっ、そういえば……」
ミツキ
「一度だけ、酷いことをされましたね」
クリーン
「何をされたのですか……!?」
ミツキ
「ご主人様は、勝手に剣を捨てたのです」
クリーン
「剣……? 良く分からないですけど……」
クリーン
「やっぱり酷いやつなのですね」




