その6「飛躍と失敗」
ヨークは親の仇というものにあまり関心が無かった。
顔も知らない親。
どうやら自分が物心つく前に死んだらしい。
その仇と言われても、あまりピンと来なかった。
だが、ドンツを誤解させたままの方が、話がしやすいかもしれないと思った。
ヨーク
「ドンツさんは、主について何か知ってますか?」
ドンツ
「別に」
ドンツ
「家よりもでかいスライムの化け物。それくらいお前だって知ってるだろ?」
ヨーク
「はい。まあ」
ヨーク
(知らなかったけど)
ヨーク
「ドンツさんは反対ですか? 俺が主を倒したいって言ったら」
ドンツ
「いや」
ドンツ
「親の仇を取りたいってのを、他人の俺が止められるかよ」
ドンツ
「けどな、それで自警団の仕事を疎かにされちゃ困るぜ」
ドンツ
「それに、簡単に死ぬような真似をされても困る」
ドンツ
「お前はこの自警団の有望な若手なんだからな」
ヨーク
「言われなくても、死ぬつもりは有りませんよ」
ドンツ
「そうは言うがな……」
ドンツ
「お前、今日危なかったろ」
ヨーク
「そうですね」
ヨーク
「自分が思ってた以上に弱くなってました」
ドンツ
「大丈夫かよ?」
ヨーク
「はい」
ヨーク
「さっき、レベルが3まで戻ったんで」
ヨーク
「戦士でレベルが1だった頃くらいには戦えると思います」
ドンツ
「なら良いけどよ」
ヨーク
「心配御無用です」
ヨークは不敵な笑みを浮かべてみせた。
ドンツ
「言ったなコイツ」
ドンツはヨークの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
ヨーク
「ははは」
ドンツ
「帰るか」
ヨーク
「はい」
自警団一行は村へと足を向けた。
ヨークは歩きながら考えた。
ヨーク
「…………」
ヨークの思考は、先程の戦いに向けられていた。
ヨーク
(相手がレベル4でも……崖から落としたら殺せた)
ヨーク
(頭を使うんだ)
ヨーク
(工夫次第で、俺はもっともっと強くなれる)
それからヨークは、魔術師のクラスでも赤狼と戦えるよう、体を慣らした。
やがて、十分に赤狼と戦えるという自信がついた。
ある日の夜。
ヨークは崖を利用したレベル上げを試してみることにした。
10本ほどのロープを持って、家を抜け出した。
ヨークは村を遠く離れて、赤狼を探した。
そして、死なせないように狩り、生け捕りにした。
何体も赤狼を倒し、縛る。
レベル3の魔術師には大変な作業だったが、やり遂げた。
その後、赤狼の群れを引きずって、崖に向かった。
崖に到着し、ヨークは遥か下方を見下ろした。
そして、縛り上げた赤狼へ向き直った。
ヨーク
(弱いもの苛めは好きじゃないが……)
ヨーク
「強くなるって決めたんだ。悪いな」
ヨークは脚を縛った狼を一体、崖へと放り投げた。
そして、高速でスキル名を唱える。
ヨーク
「『敵強化』『戦力評価』」
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赤狼 レベル5
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レベル5にまで強化された狼が、崖を落下していった。
ヨークは目を閉じた。
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ヨーク=ブラッドロード
クラス 魔術師 レベル4
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レベルが上がったことで、狼の死が分かった。
ヨークは無傷のまま、強化された赤狼を倒すことに成功していた。
ヨーク
(やった……!)
ヨーク
(このやり方は正解だ……!)
ヨーク
(どんどん行くぞ)
ヨークは同様のやり方で赤狼を倒していった。
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ヨーク=ブラッドロード
クラス 魔術師 レベル10
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数分後、ヨークのレベルは10にまで上昇していた。
ヨーク
(レベル10……あっという間だったな)
ヨーク
(この方法を続けていたらバジルにも追いつけそうだ)
ヨーク
(これなら……魔術師になる必要も無かったかな?)
捕獲した赤狼は残り一匹になっていた。
ヨーク
(今日はコイツで最後か)
ヨークは最後の一匹を崖へと放り投げた。
ヨーク
「『敵強化』『戦力評価』」
繰り返しの作業の終端。
ヨークはそう思っていた。
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赤狼 レベル12 耐性 炎(大) 弱点 雷
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ヨーク
(耐性……?)
ヨーク
(また『戦力評価』がレベルアップしたのか?)
ヨークは崖から少し離れ、目を閉じた。
ヨーク
(今のステータスは……)
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ヨーク=ブラッドロード
クラス 魔術師 レベル10
サブスキル 戦力評価 レベル3
効果 対象の名称、レベルを判別する
追加効果1 対象のスキル、所有EXPを判別する
追加効果2 魔獣の耐性を判別する
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ヨーク
(やっぱり、サブスキルのレベルが上がってるな)
ヨークはのんびりとした気持ちでそう考えた。
だが……。
ヨーク
「っ……! 待てよ……!?」
そのとき、嫌なことに気付いてしまった。
ヨーク
(クラスレベルが上がってない……! 10のままだ……!)
今までは、自分よりレベルが2高い魔獣を倒した時は、確実にレベルが上がっていた。
それが、今回は上がっていない。
ヨーク
(レベル10になって、必要なEXPが激増したのか?)
ヨーク
(いや……)
音が聞こえた。
石が転がる音、そして、狼の吠え声。
ヨークは崖へと振り返った。
血塗れの赤狼がヨークを睨んでいた。
赤狼は、生きていた。
生きてヨークへと殺意を向けていた。
ヨーク
(死なないのか……!?)
ヨーク
(レベル12の赤狼は……崖から落ちても死なない……!)
ヨークは自分の計画が早くも破綻したことを知った。
だが、そんなことよりもまず、眼前の驚異を倒さなくてはならなくなった。
赤狼のレベルはヨークよりも2高い。
さらに、ヨークのクラスは貧弱な魔術師。
戦士で言えばレベル3か4程度の身体能力しか無かった。
ヨーク
「っ……!」
ヨーク
「死にかけの狼に負けられるか!」
ヨークは恐れを閉じ込めた。
最初から、逃げることは許されていない。
死ぬか殺すかだ。
狼が動き出した。
ヨーク
(魔術だ)
ヨーク
(魔術師の剣じゃ、レベル12の赤狼には勝てない)
ヨーク
(赤狼は素早い……だが、範囲の大きい呪文なら……!)
ヨークは杖を狼へと向けた。
ヨーク
「炎嵐!」
炎嵐は、赤破や炎矢といった魔術よりも魔力の消費が大きい。
その代わり、広い範囲への攻撃が可能だった。
狼の脚力でも回避しきれるものでは無い。
炎の渦が狼を包み込んだ。
だが、狼は炎を突破して向かってきた。
減速は無い。
ヨーク
(あれの直撃を受けて平気なのか!?)
ヨーク
(見た目ほど弱って無かった……?)
ヨーク
(違う!)
ヨーク
(『炎耐性』大! こいつには炎が殆ど効かないんだ!)
ヨーク
(思い出せ……! こいつの弱点は……!)
ヨークは押し倒された。
ヨークの肩に、赤狼の牙が食い込んだ。
ヨーク
「ぐううううっ!」
ヨークは怯まずに、杖先を赤狼に向けた。
ヨーク
「穿雷!」
ヨークの杖から雷が放たれた。
雷は狼を直撃した。
狼と密着していたヨークもその余波を受けた。
ヨーク
「がああっ!」
自身の雷の威力で、ヨークは呻いた。
狼は魔石を残して消滅した。
弱っていたとはいえ、一撃で赤狼を仕留められた。
弱点というだけのことはあったようだ。
ヨーク
「はぁ……はぁ……」
ヨークは痛みに耐えて立ち上がった。
その肩からは血が流れていた。
ヨーク
「痛ぇな……クソが……」
ヨーク
「ん……」
ヨークは肩に牙が残っているのに気付いた。
ヨーク
(牙……。ドロップアイテムってやつか)
魔獣は死後に自身の体の一部を残すことが有る。
それらはドロップアイテムと呼ばれ、重宝された。
ヨーク
(赤狼のドロップじゃ、大した価値はねえが……)
ヨーク
「俺が勝った……。貰っとく……」
ヨークは牙をポケットに入れた。
ヨーク
(あぁ……)
ヨーク
(痛ぇ……)
ヨークは傷の応急処置を済ませると、ふらふらと村へと歩いていった。
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ヨーク=ブラッドロード
クラス 魔術師 レベル11
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ヨークは神殿に帰宅した。
正面から礼拝堂に入ると、アネスの姿が有った。
普段は寝ている時間だ。
ヨークの不在に気付き、心配していた様子だった。
ヨーク
「ただいま……」
アネス
「ヨーくん。今までどこに……」
そう言って、アネスはヨークの怪我に気付いた。
アネス
「ヨーくん!?」
アネスはヨークに駆け寄った。
ヨーク
「ごめん……」
ヨーク
「ちょっと……しくじった……」
ヨークは倒れた。
……。
ヨーク
「ん……」
次に目覚めた時、ヨークの目に見慣れた天井が映った。
アネス
「気がついた?」
ヨークのベッドの脇に、アネスの姿が有った。
ヨーク
「うん……」
ヨークは肩に意識を移した。
少し痛むが、傷は塞がっている様子だった。
アネス
「治癒術を使ったから、怪我はもう大丈夫」
ヨーク
「ありがとう」
アネス
「ごめんなさいは?」
ヨーク
「ごめん……」
アネス
「いったい何したの?」
ヨーク
「赤狼狩り」
ヨーク
「途中までは順調だったんだけど、最後でちょっとしくった」
アネス
「どうして一人で行ったの?」
ヨーク
「パーティだとレベル上げの効率が悪いんだ。周りにEXPを吸われるから」
アネス
「そんなにレベルが大事?」
ヨーク
「大事だよ」
ヨーク
「どんだけ奇麗事や建前を並べたってさ……」
ヨーク
「レベルが高い奴は低い奴を笑うんだよ」
ヨーク
「それが当然の権利だって、心の底では皆思ってる」
アネス
「そんなことないよ」
ヨーク
「……どうかな?」
アネス
「…………」
アネス
「これで懲りたでしょ? もう無茶なことしちゃダメだよ?」
アネスはそう言い残し、部屋から出ていった。
ヨーク
「…………」
ヨーク
「ごめん」
ヨーク
「それは無理だ」
たとえ危険でも、男が一度決めた道だ。
引き返すことは無い。
そう思っていた。