4の14「帰還と弁明」
ヨーク
「どういうことだ?」
クリーン
「私の肌、ちょっと赤っぽいでしょう? それで……」
クリーン
「…………」
クリーン
「……まあ、ありがとうございました。それでは」
クリーンは、ヨークたちから離れようとした。
孤独な背中を見て、ヨークは彼女を呼び止めた。
ヨーク
「一人で行く気かよ」
クリーン
「私は、一人でここに来ました」
クリーン
「だから、一人で帰るのです」
ヨーク
「送る」
クリーン
「そこまでしてもらう理由、無いと思うのですけど」
ヨーク
「殊勝になってんじゃねえよ」
ヨーク
「最初の頃の、えらっそうな態度はどうした?」
クリーン
「悪かったですね。えらっそうで」
クリーン
「それと、勘違いしないで欲しいのですけど」
クリーン
「別に、遠慮してるわけじゃないのです」
クリーン
「あなたと一緒に居たくないだけなのですから」
ヨーク
「そうかよ」
クリーンは、再び歩き始めた。
ヨークはクリーンのことが心配だった。
だが、素直にそう言ってみせるのは、どうにも嫌だった。
ヨーク
「道間違ってるぞ」
ヨークはからかうような口調で、そう言った。
クリーン
「っ! 知ってるのです!」
ヨークに指摘され、クリーンは逆側に歩き始めた。
ヨーク
「ちなみに」
ヨーク
「道が間違ってるってのは嘘だ」
クリーン
「えっ?」
ヨーク
「最初の道が正解だ。……それで」
ヨーク
「何を知ってるって?」
クリーンは、赤い顔をさらに赤くして、ヨークを睨んだ。
クリーン
「あなたは……本当に最ッ低なのです!」
ヨーク
「穢れた魔族だからな」
クリーン
「まだ……怒ってるのですか?」
ヨーク
「それはもう。たっぷりと」
クリーン
「…………」
何か思うところが有ったのだろう。
クリーンは黙り、動かなくなった。
ヨークは、クリーンに近付いた。
そして、彼女を強引に抱え上げた。
クリーン
「あっ……! 何するのです!? 離すのです!」
クリーンは、ヨークから逃れようと、もがいた。
だが、力に差がありすぎた。
ヨークの腕から抜け出すことは、不可能だった。
ヨーク
「嫌がらせだ」
ヨーク
「お前はこうされるのが、一番嫌なんだろ?」
クリーン
「~~~~~っ!」
クリーン
「最低! 変態! 痴漢!」
腕力で敵わないクリーンは、口でヨークを攻撃した。
だがヨークには、ダメージを受けた様子は無かった。
ヨーク
「仰るとおりでございます」
ヨーク
「氷狼」
ヨークは氷狼を出現させ、その背に飛び乗った。
そして、ミツキに声をかけた。
ヨーク
「ミツキ。乗れよ」
ミツキ
「痴漢の背中はちょっと……」
ヨーク
「置いてくぞコラ」
ミツキ
「今回は走っていきます」
ヨーク
「なんで?」
ミツキ
「とっとと行きましょう。ヨーク」
ヨーク
「分かった」
ヨークを乗せたまま、氷狼が走り出した。
クリーン
「あううううっ……!」
クリーンは、悲鳴のようなうめき声を上げた。
……。
氷狼はぐんぐんと、地上へと近付いていった。
その途中、迷宮の上層。
帰還途中のケーンたちの傍を、ヨークたちが通過した。
リナリ
「今……何か通らなかった?」
リナリは自分の近くを、何かが通過するのを感じた。
だが、早すぎて、その正体までは掴めなかった。
ケーンの方も、似たようなものだった。
ケーン
「そう見えたが。魔獣か?」
リナリ
「魔獣がそんなに早く動ける?」
ケーンもリナリも、鍛えられた神殿騎士だ。
そのレベルは、50を超えている。
猛者だ。
だからこそ、パワーレベリングという重要な任務にも選ばれた。
そこいらの魔獣の動きを、見逃すはずが無かった。
それに、魔獣であれば、人を襲うはずだ。
2人が見逃される理由は無かった。
ならば、人だったと見た方が、自然だろう。
リナリはそう考えた。
ケーン
「それなら、メイルブーケの連中かもな」
リナリ
「迷宮伯?」
ケーン
「ああ。今年は跡継ぎが、迷宮に潜ってるらしい」
リナリ
「そう……。もし戦いになったら、勝ち目は無いわね」
さっき通った何かは、速すぎた。
アレに殺意が有れば、防御すら許されなかったに違いない。
リナリはそう感じ、体を震わせた。
リナリ
「怖いわ。エリートって」
……。
ヨークを乗せた氷狼が、地上へと到達した。
ヨークは氷狼から飛び降り、広場の地面を踏んだ。
そして、氷狼を消滅させ、腕の中のクリーンを見た。
ヨーク
「大丈夫か? 顔色悪いぞ」
クリーン
「あ、あああ、あなたのせいでしょうが!?」
クリーンの声は震えていたが、か細くは無かった。
生命力に溢れていた。
ヨークは彼女の様子を見て、少し安心した。
ヨーク
「元気そうだな」
ヨーク
「お前、家は?」
クリーン
「ししし、知らないのです!」
ミツキ
「大神殿まで送れば良いのでは?」
ヨーク
「そうか」
ヨークは、クリーンを腕に収めたまま、歩き始めた。
クリーン
「ちょ……ちょっと……!」
ヨーク
「ん~?」
クリーン
「このまま大神殿まで行くつもりなのですか!?」
ヨーク
「どうだ? 恥ずかしいだろう?」
クリーン
「当たり前でしょう!? 離すのです!」
ヨーク
「や~なこった」
クリーン
「この……! 犯罪者! 人さらい!」
ヨーク
「おい。あんまり騒ぐと……」
クリーン
「えっ?」
ヨークは周囲を見た。
クリーンも、つられて周りを見た。
剣を持った衛兵たちが、駆けて来るのが見えた。
クリーン
「あっ」
ヨーク
「……ダッシュ」
ヨークは全力で、広場から逃げ去った。
……。
それから少しして、ケーンたちが大神殿に帰還した。
ケーンたちは、ニトロの部屋に直行した。
聖女候補の護衛は、重要任務だ。
それをしくじった。
大切な護衛対象を、死なせてしまった。
そのことを、大神官に知らせる必要が有った。
一応の言い訳は、考えてあった。
たとえ申し開きしても、罰則からは逃れられないだろうが。
失うよりも多くのものを、既に受け取っていた。
ケーンはそう考えながら、執務室の前に立った。
ケーン
「失礼します」
2人は大神官の執務室に、入室した。
後に入ったリナリが、部屋の出入り口を閉めた。
ニトロ
「うん。いらっしゃい」
室内には、ニトロの姿が有った。
彼は、部屋の奥側の椅子に、腰をかけていた。
ニトロの視線は、ケーンたち2人に向けられていた。
ニトロ
「それで……」
ニトロ
「いったいどんな言い訳を、聞かせてくれるのかな?」
ケーン
「え……?」
リナリ
「…………?」
ケーンは固まってしまった。
ニトロの口から漏れた言葉が、予想外のものだったからだ。
2人が動けないでいると、出入り口の扉が開いた。
2人は振り返った。
扉の向こうに、クリーンとヨークたちの姿が見えた。
クリーン
「…………」
殺したはずの女が、固い表情で、ケーンたちを見ていた。
ケーン
「っ!?」
リナリ
「どうして……!?」
リナリは、驚きの声を上げた。
ニトロは、淡々とした声で告げた。
ニトロ
「聖女候補は、迷宮を探索していた冒険者によって、保護された」
ニトロ
「さて……聖女候補の殺害容疑に関して、申し開きを聞こうか?」
リナリ
「ケーン……」
計画とは、完全に違ってしまっていた。
リナリは不安げな瞳を、ケーンへと向けた。
自分がなんとかするしかない。
そう感じたケーンは、大きく口を開けた。
ケーン
「誤解です!」
ケーン
「神殿騎士である自分が、聖女候補様を殺めるはずがありません!」
ニトロ
「そうかな? だけど、本人の証言が有る」
ケーン
「その女は嘘つきです!」
ケーン
「迷宮なんて嫌だと言って、出会った冒険者を口説き、さっさと帰ってしまったのですよ!」
ケーン
「その責任を、俺たちに押し付けようとして……! その赤い女は、聖女ならぬ魔女です!」
ニトロ
「なるほどなるほど」
ニトロ
「君はそこの冒険者たちも、彼女と共犯だと言うんだね?」
ケーン
「はい。分かってもらえましたか」
ニトロ
「はぁ~……」
ニトロは、深くため息をついた。
その動作は、芝居がかっていた。
ケーン
「大神官様……?」
ニトロ
「ケーン=ペライくん……」
ニトロ
「そこの少年は、私の友人だ」
ケーン
「えっ!?」
ニトロ
「ついでに言えば、私は彼の、命の恩人でも有る」
ニトロ
「彼は私に、深い恩義を感じているということだ」
ニトロ
「そんな彼が、私を騙そうとしている……」
ニトロ
「そういう侮辱だと受け取っても、良いのかな?」
リナリ
「そんな……」
ケーン
「お許し下さい!」
もう、罪を隠蔽することは出来ない。
そう考えたケーンは、深く頭を下げた。
ケーン
「このことは……私たちの意思では無いのです!」
ニトロ
「それでは、誰の意思だと言うのかな?」
ケーン
「マーガリート聖女候補です」
ケーン
「彼女に命令され、仕方なく……」
ニトロ
「そう」
ニトロ
「けどそれって、罪を許す理由になるかな?」
ケーン
「え……!?」
ニトロ
「確かに、マーガリート聖女候補は、ある程度のワガママを許されている」
ニトロ
「神官長と仲が良いからね。マーガリート家は」
ニトロ
「神官長は、マーガリート家が作るクッキーが、お気に入りだから」
ニトロ
「それで……」
ニトロ
「それが君が、聖女候補を殺して良い理由になるのかな?」
ケーン
「私は……神官長の意思を汲んで……!」
ニトロ
「つまり、ノンシルド聖女候補を殺害することが、神官長の意思だと?」
ケーン
「それは……」
ケーン
「いえ……」
ニトロ
「神殿騎士は、マーガリート家の下僕じゃない」
ニトロ
「それが分からなかったとは、残念だよ」




