4の10「お風呂とギラついた少女」
前回までのあらすじ:やべーぞ
クリーン
「むぅ~~~~~~~っ!」
クリーン
(声が出せない……!)
クリーン
(応援が……出来ないのです……!)
『鼓舞』のスキルを発動すれば、逆境を跳ね返すことも出来る。
そのためには声を出し、応援をする必要が有る。
口をふさがれた現状では、不可能だった。
イーバたちは、クリーンのサブスキルを知らない。
口にタオルを詰め込んだのは、成り行きだった。
彼女たちは偶然に、クリーンを無力化していた。
イーバ
「ふふっ。無様ね」
イーバは笑みを保ったまま、クリーンの体をじろじろと見た。
クリーンの乳房の体積は、イーバと比べ、軽く3倍は有った。
イーバ
「それにしても本当に……牛みたいな体ね」
イーバ
「ああいやらしい。なんていやらしいのかしら」
イーバはそう言って、はぁはぁと息を荒げた。
トリーシャ
「あのぉ……イーバ様?」
イーバ
「何よ? いいところなのに」
トリーシャ
「イーバ様は、制裁のために、このような事をしておられるのですよね?」
トリーシャ
「決してイーバ様が、ゲイのサディストだとか、そういうことでは無いですよね?」
イーバ
「そんなの当たり前じゃない」
イーバ
「仮に私がレズだったとして、こんな人外オンナに欲情すると思う?」
マギー
「そうよ。あなた、イーバ様に失礼だわ」
トリーシャ
「……申し訳有りません」
イーバ
「私だって本当は嫌なのよ? こんな人外」
イーバ
「ああ気持ち悪い気持ち悪いおぞましい」
イーバ
「けど、誰かがしなくてはいけないことだから。ふふふふふふっ」
マギー
「イーバ様、ご立派です!」
マギー
「さあ、早くこの淫売を痛めつけてやりましょう! 早く!」
マギー
「早く!」
トリーシャ
「……………………」
イーバは、クリーンの両膝に触れた。
そして、足を強引に開かせると、その間に膝をついた。
イーバ
「さて……どこから可愛がってあげようかしら?」
イーバは両手の指を、リズミカルに動かした。
クリーン
「む…………」
クリーン
「んぅ~~~~~~~~~~~っ!」
クリーンは、口にタオルを詰められたまま、声にならない悲鳴を上げた。
そのとき……。
がらがらと、浴室の戸が開いた。
イーバ
「……!?」
イーバたちは、戸の方へ視線を向けた。
アシュトー
「…………」
出入り口から、一人の少女が入ってくるのが見えた。
少女は、イーバたちとは交流が無い。
だが、聖女候補の1人に違いなかった。
彼女は背の高い、赤髪の少女だった。
その赤は、クリーンの鮮やかな赤髪と比べると、少しくすんでいた。
その体は、イーバたちの柔らかそうな体と比べ、筋肉質だった。
まるで、歴戦の戦士のような肉体だった。
アシュトー
「……?」
少女はイーバたちに、ちらりと視線を向けた。
アシュトー
「…………」
そして何事も無かったかのように、体を洗いはじめた。
クリーンがどうなろうと、特に関心は無いらしかった。
イーバ
「あ……」
イーバ
「あなた、何なの!?」
イーバは思わず、平然とした少女に声をかけた。
少女はイーバを見返した。
アシュトー
「……俺か?」
イーバ
「そう! 何のつもり!?」
アシュトー
「風呂に入りに来ただけだが」
アシュトー
「……テメェこそ何のつもりだ? マーガリート」
アシュトー
「俺とやりたいのか?」
少女はそう言うと立ち上がり、好戦的な笑みを浮かべた。
イーバ
「やるって……何を?」
アシュトー
「決まってんだろ。良いぜ俺は。風呂場でも」
イーバ
「そんなこと……」
イーバは戸惑った。
イーバは戦いを好むタチでは無い。
剣よりも花や詩を好む、良家のお嬢様だ。
メリットの無い真剣勝負など、御免だった。
対する少女からすれば、イーバの心情など、知ったことではなかった。
少女は一瞬で、イーバへの距離を詰めていた。
イーバ
「えっ!?」
少女の手が、イーバの首に伸びた。
イーバ
「ぐっ……!」
イーバは首を掴まれ、宙に吊り上げられた。
トリーシャ
「イーバ様!?」
取り巻きの2人は、イーバを助けようと動いた。
遅い。
少女はイーバの背中を、浴室の床に叩きつけた。
イーバ
「ひぐうっ!?」
衝撃に、イーバが悲鳴を上げた。
床のタイルが砕け、破片が宙を舞った。
少女は、イーバから手を放し、背筋を伸ばした。
そして、イーバを上から見下ろした。
イーバ
「あぐ……」
イーバは呻いた。
反撃に出る元気は無かった。
アシュトー
「……なんだ。ザコかよ。マーガリートってのは」
アシュトー
「殺す価値もねえな」
けらけらと、少女は嘲笑った。
トリーシャ
「イーバ様……! 風癒!」
トリーシャは、イーバのそばにしゃがみ込むと、回復呪文を唱えた。
イーバの体が癒やされていった。
イーバ
「っ……」
イーバは上体を起こすと、じりじりと後ずさった。
そして、少女から距離を取り、立ち上がった。
イーバ
「こんなことして……ただで済むと……」
アシュトー
「お? 奥の手が有るのか?」
アシュトー
「見せてみろよ。そうでなきゃ、やりがいがねえ」
アシュトー
「来いよ。つまんねぇモン見せたら、殺すぜ?」
イーバ
「~~っ!」
イーバ
「覚えてなさい!」
イーバは壁に背を向けながら、浴室の出口に向かった。
そして、更衣室へと逃げていった。
トリーシャ
「イーバ様!?」
マギー
「置いてかないで~!」
取り巻きの二人も、イーバを追い、浴室を出て行った。
アシュトー
「チッ……。ヘタレやがったか」
クリーン
「…………」
浴室には、少女とクリーンの2人が残された。
クリーン
「あの……」
クリーンは立ち上がり、少女に声をかけた。
少女はクリーンを見た。
アシュトー
「何だ? 俺とやるか?」
クリーン
「やりませんけど」
アシュトー
「チッ」
クリーン
「……ありがとうございます」
アシュトー
「あ? 何がだ?」
クリーン
「何って、助けてくれたのでしょう?」
アシュトー
「助けるわけねえだろ」
クリーン
「えっ?」
アシュトー
「てめぇも聖女候補だろうが」
クリーン
「はい」
アシュトー
「だったら俺の敵だ。助けるかよ」
クリーン
「敵……?」
アシュトー
「分かってんのか? 聖女になれるのは、たった一人だ」
アシュトー
「だったら……敵だろうがよ」
クリーン
「敵では無いと思いますけど……」
アシュトー
「あ?」
クリーン
「敵では無くて、ライバルだと思うのです」
アシュトー
「腑抜けてんのか?」
アシュトー
「他の候補どもを、ギタギタに叩き潰さなきゃ、聖女にはなれねえ」
アシュトー
「敵だろうが」
アシュトー
「本気で聖女になる気、有んのかよ?」
クリーン
「なりたいのです」
アシュトー
「なりたいとか、なりたくないとかじゃねえんだよ」
アシュトー
「俺は……聖女になるんだ」
少女はシャワーに向かい、大雑把に体を洗った。
そして、湯船に入った。
クリーン
「…………」
クリーンも、湯船に入った。
そして、少女の隣に座った。
アシュトー
「死ぬか?」
少女はクリーンを、睨みつけた。
クリーン
「死なないですど」
クリーンは微笑を浮かべ、少女に話しかけた。
クリーン
「私はクリーン=ノンシルドなのです。あなたは?」
アシュトー
「敵に名乗る名前はねえ」
クリーン
「……そうですか」
クリーン
「それなら、名無しちゃんで」
アシュトー
「誰が名無しちゃんだ」
クリーン
「だって、名前が分からないのです」
アシュトー
「……アシュトーだ」
アシュトー
「次に変な呼び方したら、殺すぞ」
クリーン
「そう。アシュトーですね」
クリーン
「アシュトーは、どうして聖女になりたいのですか?」
アシュトー
「敵に話すと思うか?」
クリーン
「そうですか」
クリーン
「私はですね、おばあちゃんに、猫を買ってあげるのです」
クリーン
「頑丈なダガー猫なのです」
アシュトー
「……知るかよ」
アシュトー
「つーかお前、早く出ろよ。殺すぞ」
クリーン
「私はお風呂には、じっくりつかる方なのです」
アシュトー
「知らねえよ」
アシュトーは立ち上がった。
水面が、ざぶりと揺らいだ。
アシュトー
「……出る」
クリーン
「そうですか」
アシュトーはざぶざぶと、湯船から出た。
そして、手に持っていたタオルを絞り、ごしごしと体を拭いた。
ある程度の水気を取ると、彼女は浴室の出口へと向かった。
クリーン
「本当にありがとうなのです」
立ち去るアシュトーに、クリーンは礼を述べた。
アシュトー
「助けてねえっての」
クリーン
「それでも、助かったのです」
クリーン
「あなたが来なかったら私は、大変な目にあってたと思うのです」
クリーン
「髪の毛を抜かれたり、ほっぺたをひっかかれたりしてたと思うのです」
アシュトー
「……ソーダナ」
クリーン
「負けないのです。あなたも試練頑張るのですよ」
クリーンは、アシュトーを『鼓舞』した。
アシュトー
「……っ!?」
アシュトーの全身が、緊張に強張った。
クリーン
「アシュトー?」
クリーン
「っ!?」
アシュトーの姿がブレた。
そう思った次の瞬間には、アシュトーの姿は、クリーンの眼前に有った。
アシュトー
「おい……何だこりゃあ……」
アシュトー
「俺に何しやがった……! 化け物!」
アシュトーは片手で、クリーンの首を掴んだ。
そして、つるし上げた。
クリーン
「ばけ……もの……?」
クリーンの気管と動脈が、アシュトーの手に圧迫された。
クリーン
「くる……し……はな……し……」
クリーン
「や……だ……死……たく……」
その剛力は、クリーンの命を脅かすには、十分だった。
クリーンの顔色が、みるみると悪くなっていった。
クリーン
「おばぁ……ちゃ……」
アシュトー
「……!」
アシュトーは、クリーンを放り投げた。
クリーンの体が、水面を打った。
湯船から、水柱が上がった。
クリーン
「か……ぁ……ひ……は……」
クリーンは、湯船に仰向けに浮かんだ。
そして、空気を求めて喘いだ。
アシュトー
「甘ったれたこと言ってんじゃねえ!」
アシュトー
「何なんだよ……てめぇは……」
アシュトー
「何なんだ……」
アシュトーは、クリーンに背を向けた。
脚をぐっしょりと濡らしたまま、ふらふらと浴室を出て行った。
浴室には、クリーン1人が残された。
彼女はぷかぷかと、お湯の上で揺らいでいた。
クリーン
「わたしは……ばけ……もの……?」
クリーンは、腕を天井へ伸ばした。
自身の腕が、視界に入った。
真っ赤な腕だった。
クリーン
「赤いだけ……でも……」
クリーン
「あの人も……ちょっと青い……だけだったのに……」
すぐに他の聖女候補が、クリーンを発見した。
彼女は保護されて、治療を受けた。




