4の9「夕食とお風呂」
クリーン
「そうですね」
サレン
「ひょっとして、肌の色のことで何か言われましたか?」
クリーン
「分かるのですか?」
サレン
「なんとなく、そんな感じかなと」
クリーン
「……そうですか」
クリーン
「サレンには、私が何族に見えますか?」
サレン
「人族だと思いますよ」
クリーン
「どうしてですか?」
サレン
「この世には、三つの種族が居ると言われています」
サレン
「人族と魔族」
サレン
「そして、第三種族ですね」
サレン
「じっさいには第三種族とは、多数の少数民族の総称ですけどね」
サレン
「第三種族はケモノ族とも言われ、体のどこかに、野の獣の特徴を有しています」
サレン
「そして、魔族は人族と違い、青い肌と、尖った耳を持っています」
サレン
「クリーンさんは、獣の特徴も、尖った耳も持っていない」
サレン
「つまり人族か、あるいはハーフということになります」
サレン
「そして、青い肌でも無いのですから、人族以外にはありえません」
サレン
「これは、聖典に記されている、確かな教義です」
サレン
「神官として、正規の教育を受けた者なら、皆、あなたを人族だと言うと思いますよ」
クリーン
「そうですか……。良かったのです」
クリーン
「けど、イーバちゃんは、私が人族じゃないって言ったのです」
サレン
「お嬢様ですからね。彼女は」
クリーン
「どういうことですか?」
サレン
「……食べ終わってから、部屋で話しましょうか」
クリーン
「えっ? はい」
クリーンは、話の続きが気になっていた。
だが、無理強いできるような雰囲気でも無かった。
彼女は仕方なく、食事を再開した。
クリーン
「…………」
サレン
「…………」
沈黙にむずむずして、クリーンは口を開いた。
クリーン
「黙ってないとダメですか?」
サレン
「他の話題なら、構いませんよ」
クリーン
「良かったのです」
サレン
「ですが、テーブルマナーには気をつけて下さい」
クリーン
「マナー?」
サレン
「細かいことは、教師から教わることになるでしょう」
サレン
「今は、なるべく音を立てないように、上品に食べて下さい」
クリーン
「む……」
クリーン
「聖女候補って、大変なのですね」
サレン
「はい。大変ですよ」
……。
クリーンは、料理を食べ終えた。
それから少しして、サレンも食事を終えた。
2人は椅子から立ち上がった。
そして、並んで食堂を出た。
そのまま廊下を歩き、クリーンの部屋へと向かった。
クリーンとサレンは、いっしょに寝室に入った。
寝室には、木の丸いテーブルが有った。
テーブルの周囲には、椅子が配置されていた。
これらも木製だった。
その椅子に、2人は座った。
2人はテーブルを挟み、向かい合った。
クリーン
「それでは、イーバちゃんの話を、聞いても良いですか?」
サレン
「そうですね」
サレン
「彼女は基本的な教義すら、分かっていない。つまり……」
サレン
「普通の神官ほど真剣に、聖職者としての訓練を、積んでいないということです」
クリーン
「…………?」
クリーン
「聖女候補なのですよね? あの子も」
サレン
「はい。ですが……」
サレン
「彼女の家は、公爵家なのです」
クリーン
「公爵……?」
サレン
「富と権力を持った、貴族の家で、大神殿にも、多くの寄付を納めています」
サレン
「真面目に聖女教育を受けなくても、大神殿を追い出されないのは、それが理由です」
クリーン
「聖女の地位って、お金で買えるのですかね」
サレン
「……本番の試練は、そうはいかない」
サレン
「そう思いたいところなのですがね……」
クリーン
「なにか?」
サレン
「たとえば、財力が有れば、有力な守護騎士を雇うことも出来ます」
サレン
「試験本番においても、お金はものを言う」
サレン
「そうなってしまっているのが、現状のようです」
クリーン
「……そうなのですか」
クリーン
「それはちょっと、困ったのです」
クリーン
「私、お金はあまり、持っていないのですよ」
サレン
「頑張りましょう。正々堂々と」
クリーン
「はい。あの」
サレン
「はい」
クリーン
「サレンはお勉強をしてるから、私が人族だって分かるのですよね?」
サレン
「そうなりますかね」
クリーン
「それなら……」
クリーン
「お勉強をしていない人たちは皆、私が人族ではないと思うのでしょうか?」
サレン
「そんなことは、無いと思いますけど……」
クリーン
「サレンは、ハーフに会ったことはありますか?」
サレン
「はい。それが?」
クリーン
「人族と魔族の子供というのは、本当でしょうか?」
サレン
「それはそうでしょう?」
クリーン
「ハーフというのは、人間なのですか? 魔族なのですか?」
サレン
「どちらでもあり、どちらでもない……」
サレン
「そんな感じなのではないでしょうか?」
クリーン
「初めてハーフに会った時、どう思いました?」
サレン
「どう……というのは?」
クリーン
「そこに魔族が居る」
クリーン
「そうは思いませんでしたか?」
サレン
「それは……そうかもしれませんね」
サレン
「魔族ほどでは無いにしろ、彼らは青い肌をしていますから」
サレン
「魔族が居る。そう思ったかもしれませんね」
クリーン
「私は今日、ハーフの人に会ったのです」
クリーン
「魔族だとしか思えませんでした」
クリーン
「半分は私たちと同じなんて、思いもしなかったのです。それで……」
クリーン
「魔族の人がハーフを見たら、なんと思うのでしょうか?」
クリーン
「人族が居る。そう思うのでしょうか?」
サレン
「そうかもしれませんね」
サレン
「人族がハーフにそう思うなら、魔族も同じ風に思うのかもしれません」
サレン
「……どうしてそのようなことを?」
クリーン
「私は自分のことを、ずっと人族だと思っていたので……」
クリーン
「人じゃないなんて、初めて言われて、びっくりして……」
クリーン
「それで色々と、考えてしまったのだと思います」
サレン
「あなたは人族です」
クリーン
「……はい」
クリーン
「そうですけど……」
……。
雑談をして、サレンは去った。
クリーンは再び、1人の時間を過ごすことになった。
楽しくはなかったが、彼女は我慢した。
やがて、お風呂の時間になった。
メイドがクリーンに、それを知らせに来た。
クリーンは、入浴グッズを持って、大浴場へと向かった。
そして、脱衣場に入った。
脱衣場には、衣服を収めるための棚や、休憩用の椅子などが有った。
クリーンは衣服を脱ぎ、棚に収納した。
そしてタオルと液体石鹸を持ち、浴室の方へと足を向けた。
彼女は、ガラス張りの戸を開き、浴室に入った。
クリーン
(あれ? 私が一番乗りなのでしょうか?)
浴室に、クリーン以外の姿は無かった。
浴室内には、広い湯船が有った。
そして、左右には、シャワーと椅子が備え付けられていた。
出入り口の近くには、桶が積まれていた。
クリーン
(ええと……)
クリーンは、シャワーの方へ向かった。
それを使って、まずは体を洗うことにした。
クリーンは、シャワーのレバーを持ち上げた。
するとお湯が、シャワーヘッドから流れ出した。
湯は魔導器によって、適温に温められていた。
クリーンはお湯を浴びて、赤い肌を湿らせた。
そして、手持ちのタオルにも、お湯を染み込ませた。
タオルがぐちょぐちょに濡れると、クリーンはシャワーを止めた。
彼女は、きめ細やかなタオルに、液体せっけんを垂らした。
ごしごしとこすり合わせ、泡立てていった。
タオルが泡だらけになると、それを体にこすりつけた。
クリーンが家から持ってきたせっけんは、泡立ちが良かった。
クリーンの全身が、あわあわになっていった。
夏の盛りは終わっているが、浴室は十分に温かい。
クリーンは、上機嫌になった。
クリーン
(こんな大きなお風呂を一人占めなんて、とっても贅沢なのです)
クリーン
「ふんふんふ~んふふ~ん」
クリーンは楽しそうに、鼻歌を歌った。
そのとき、がらりと音がした。
浴室の戸が、開く音だった。
クリーン
「あっ」
クリーンは、気まずくなって、鼻歌を止めた。
そしてシャワーを使って、体の泡を流した。
「あら」
少女の声が聞こえた。
聞き覚えの有る声だった。
イーバ
「あなた、どうしてここに居るの?」
問われ、クリーンは振り返った。
そこに、イーバ=マーガリートが立っていた。
夕食前に、クリーンを責めた少女だった。
その後ろには、2人の取り巻きの姿も有った。
イーバは、白いタオルを持って、体の前を隠していた。
クリーン
「……イバちゃん?」
イーバ
「誰がイバちゃんよ。それよりあなた……」
イーバ
「聖女候補を、辞退しろと言ったの、聞こえなかったのかしら?」
クリーン
「だってそれは……」
イーバ
「何? 口答えするのかしら?」
クリーン
「辞退しろと言うのは、私が人族じゃないと、思っているからでしょう?」
クリーン
「けど、私は人族なのです。サレンがそう言ってくれたのです」
クリーン
「だから、私が辞退する理由なんて、無いのですよ」
クリーンは堂々と、巨大な胸を張って言った。
心の中では、外見ほどは、堂々としていなかった。
人に責められることには、それほど慣れてはいない。
だが、怖がってはいけないと思った。
イーバ
「トリーシャ、マギー」
イーバは、さらけ出されたクリーンの体を見ながら、取り巻きに声をかけた。
トリーシャ&マギー
「はい」
具体的な指示も無いのに、2人の取り巻きは、同様に動いた。
イーバよりも前に出て、クリーンの方へと向かってきた。
クリーン
「えっ……!?」
2人は、クリーンに掴みかかった。
そしてそのまま、地面に押し倒した。
2人の方が、クリーンよりも、力が強かった。
クリーンのレベルは、たった4だ。
対する2人のレベルは、2桁は確実だろう。
レベルの差が、力の差になっていた。
クリーンは抗えず、風呂場の床に転がった。
クリーン
「止めてください……!」
力で勝てないクリーンは、言葉で抗議をした。
だが、それが聞き入れられることは、無かった。
イーバ
「黙りなさい」
イーバの言葉を聞いて、取り巻きが動いた。
クリーン
「むぐっ……!」
クリーンの口に、布が突っ込まれた。
その質感は、滑らかだった。
体を洗うためのタオルのようだった。
イーバ
「口で言って分からないのなら、体で分からせてあげるわ」
イーバはそう言うと、口の端をつりあげた。




