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4の6「サレンと手合わせ」



クリーン

「そんなこと聞いてないのですけど!?」



 クリーンの表情には、心の動揺が、ありありと表れていた。



サレン

「……でしょうね」



 サレンは、田舎から出てきたという少女に、同情の視線を向けた。



クリーン

「私、聖女になれないのですか?」


サレン

「今のままでは」


クリーン

「そんな……」


クリーン

「村の皆、もう私が聖女になるものって思っているのです」


クリーン

「このまま村に帰ったら……」


クリーン

「とっても恥ずかしいのです!」



 クリーンは、真っ赤な顔を、両手で覆った。



サレン

「でしょうね」


クリーン

「ですけど、今のままではということは……」


クリーン

「頑張ったら聖女になれる。そういうことですよね?」


サレン

「可能性は有ります」


クリーン

「どうすれば良いのです!? 教えて欲しいのです!」


サレン

「はい。ですが……止めておいた方が、あなたの為かもしれませんよ?」


クリーン

「どうしてなのです?」


サレン

「危険な道のりですから」


クリーン

「聖女になるというのは、そんなに危ないことなのですか?」


サレン

「はい」


サレン

「聖女になるためには、聖女の試練を、受ける必要が有ります」


クリーン

「試練? それだけですか?」


サレン

「簡単ではありませんよ」


サレン

「聖女の試練は、聖女候補どうしの、蹴落としあいです」


サレン

「候補の中で、自分が最も優れている」


サレン

「そう証明しなくては、聖女に選ばれることは出来ません」


サレン

「試練は苛烈で、命を落とす候補すら、居るということです」


クリーン

「命……」



 クリーンの表情が、固くなった。


 たかだか役職のために、命をかける。


 それは、村育ちのクリーンには、過激すぎる話のように思われた。



クリーン

「聖女を選ぶのに、そこまでしないといけないのですか?」


クリーン

「適当に、くじ引きとかで決めては、いけないのでしょうか?」


サレン

「いけません」



 サレンは、生真面目な表情で、そう答えた。



クリーン

「ちぇっ。私、くじ運は良い方なのですけど」


クリーン

「……どうしてもダメですか?」


サレン

「どうしてもダメです」


クリーン

「危ないこと、するのです?」


サレン

「聖女の名には、それだけの価値が有るいうことです」


サレン

「十年に一人の、選ばれし役職ですし……」


サレン

「王都をラビュリントスの脅威から守る、重要な役割ですから」


クリーン

「ほぇ~」


サレン

「それに、聖女になることが出来れば……」


サレン

「大神殿から、グッズが販売されることになります」


クリーン

「ほぇ?」


サレン

「聖女グッズは、お土産として大人気」


サレン

「王都の経済を支える産業の、一つになっています」


サレン

「そして、グッズの売り上げの10%は、ロイヤリティとして、聖女の取り分になります」


サレン

「その収入は、孫の孫の代まで遊んでくらせるほどと、言われています」


クリーン

「へぇ……」


クリーン

「……案外俗っぽいのですね」


クリーン

「けど、良いですね」


クリーン

「お金が手に入ったら、おばあちゃんに、立派な猫を買ってあげるのです」


サレン

「試練を受けるおつもりですか?」


クリーン

「はい」


サレン

「過酷な試練ですよ?」


クリーン

「けど、やってみないと分からないでしょう?」


サレン

「それはそうですが……」



 サレンは、クリーンが聖女を目指すことに、乗り気では無い様子だった。


 試練の過酷さの一端を、伝え聞いているのだろう。



サレン

「あの、失礼ですが、あなたのレベルは?」


クリーン

「4の賢者です」


サレン

「4……」



 クリーンのレベルを聞いたことで、サレンの表情が、険しくなった。



クリーン

「あなたは?」


サレン

「42です」


クリーン

「えっ。凄い」


サレン

「凄くはありません。これが普通なのです」


サレン

「正規の神殿騎士であれば、全員、この程度のレベルは有ります」


サレン

「見習いの時期に、先輩騎士から、パワーレベリングを受けるからです」


クリーン

「パワー……?」


サレン

「レベルが高い人に、強い魔獣を倒してもらい、そのEXPを吸収することです」


クリーン

「へぇ~」


サレン

「クリーンさんは、お一人で王都に参られたのですか?」


クリーン

「そうですね。途中までは、おばあちゃんと一緒だったのですけど」


サレン

「強力な守護騎士が、居るわけでも無い……と」


クリーン

「守護騎士?」


サレン

「試練の間、聖女候補の身を守る、言わば用心棒です」


クリーン

「へぇ」


サレン

「……クリーンさん」


クリーン

「何ですか?」


サレン

「手合わせをしましょうか」


クリーン

「手合わせって……勝負ですか?」


サレン

「はい」


サレン

「私が勝てば、試練を受けるのは、諦めていただきます」


クリーン

「えっ!? 急にどうしたのです!?」


サレン

「無謀だからです」


サレン

「聖女の試練に参加するのは、その日のために、腕を磨いてきた者ばかり」


サレン

「そんな中に、素人が紛れ込めば、本当に命に関わります」


サレン

「そんなことになる前に、この私の手で、手折らせていただきます」


クリーン

「そうですか……」


クリーン

「私を、心配してくれているのですね」


サレン

「……申し訳有りません」



 サレンは強張った表情で、謝罪した。


 クリーンの参加を止めるのは、善意の行動ではある。


 だが、人の夢を挫くというのは、心地良いものでは無い。


 彼女は自身の行いを、心苦しく思っているようだった。



クリーン

「それで、どう勝負するのですか?」



 クリーンは、穏やかにそう尋ねた。


 サレンの行動に対し、負の感情を、抱いていないようだった。



サレン

「え……?」



 サレンは意外そうに、クリーンを見た。



クリーン

「どうしたのです?」


サレン

「私と戦うつもりですか?」


クリーン

「そっちが言ったのでしょう? 勝負しようと」


サレン

「それはそうですが……」



 いきなり戦いを挑まれ、こうも平然としていられるものなのか。


 飄々としすぎている。


 サレンは、不思議に思わざるをえなかった。



クリーン

「やるのですか? やらないのですか?」



 クリーンには、サレンの動揺は分からない。


 急かすように、そう聞いてきた。



サレン

「……やりましょう」



 サレンはそう決めた。


 クリーンを止めるということは、理と義によって決めたものだ。


 そうすることが、正しいと思った。


 相手の雰囲気が、妙だからといって、覆す理由は、無かった。


 たとえ、クリーンが泣くことになっても、止めたりはしない。



クリーン

「はい。ルールは?」


サレン

「素手での決闘。先に倒れた方を、負けとしましょう」



 サレンは腰に、剣を帯びていた。


 一方のクリーンは、武器を所持しているようには、見えなかった。


 サレンだけが、剣を使うというのは、アンフェアだ。


 それに、この決闘の目的は、クリーンを護ることだ。


 ルールは、安全な方が好ましい。


 一応、治癒術を用いれば、多少の刀傷は治せるだろう。


 だが、クリーンの美しい肌を、刃で傷つけたいなどとは、サレンは思わなかった。



クリーン

「オッケーなのです」



 クリーンはそう言って、肩を回した。



クリーン

「その鎧は、着たままですか?」



 クリーンは尋ねた。


 普段着のクリーンに対し、サレンは銀の鎧を、身にまとっている。



サレン

「脱ぎましょうか?」



 たしかに、防具を着ていては、卑怯かもしれない。


 サレンはそう考えた。


 だが、クリーンはこう言った。



クリーン

「そちらが良いのなら、別に構わないのですよ」


クリーン

「動きにくくはないのかと、思っただけなのです」


サレン

「動きやすいですよ。これは」


サレン

「良い鎧ですから」


クリーン

「そうなのですね。なら、良いのです」


サレン

「…………」


サレン

(レベル4の方に、装備の心配をされてしまうとは……)


サレン

(私はそんなにも、頼りなく見えるのでしょうか……?)


クリーン

「いつ始めるのですか?」


サレン

「いつでもかかって来て下さい」


クリーン

「オッケーです。それでは……」


クリーン

「頑張れ私。私は出来る。私は強い子」



 クリーンは突然、自身に言い聞かせるように、そう言った。



サレン

「あの……?」



 奇妙な言動だった。


 サレンは少し心配になり、クリーンの様子をうかがった。



クリーン

「気にしないで欲しいのです。これはただの……」


クリーン

「おまじないですから」


サレン

「……!」



 クリーンの気配が、変質した。


 ただの少女から、得体の知れない怪物のモノへ。


 ぞくりと、サレンの全身が震えた。



サレン

「~~~ッ!?」



 サレンの手足が、反射的に動いた。


 眼前の驚異から、身を守ろうとしていた。


 反射的な動きが、100点の結果を出すことは、少ない。


 この場合も、彼女の行動は、大した意味をなさなかった。


 サレンの視界から、クリーンの姿が消えた。



サレン

「!!!」



 気がつけばクリーンは、サレンの隣にまで移動していた。


 サレンから見て、左に立ったクリーンは、そのままサレンの右肩をつかんだ。


 そして、力任せに押し倒した。



サレン

「がっ!」



 技としては、粗末なものだった。


 だが、膂力に差が有りすぎた。


 サレンは、立っていられなかった。


 あっという間に体勢を崩し、地面へと倒れていった。


 サレンの鎧が、地面に叩きつけられた。


 背中に、衝撃が走った。


 肺が、酸素を強く吐き出した。



クリーン

「私の勝ち……ですよね?」



 クリーンは、サレンを見下ろし、そう言った。


 サレンは、クリーンを見上げた。


 逆光。


 クリーンのシルエットが、人では無い何かに見えた。



_____________________________




クリーン=ノンシルド



クラス 賢者 レベル4+232



SP 2303072



______________________________





サレン

「あ……」


サレン

「聖女……様……?」



 サレンは、打ちのめされた心地になり、そう呟いた。



クリーン

「…………?」


クリーン

「何を言っているのです? 頭を打ったのですか? ごめんなさいなのです」


サレン

「いえ……」



 サレンは上体を起こし、地面に手をついて、立ち上がった。


 そして、体についた土埃を、ぱんぱんと払った。



サレン

「特に問題はありません。行きましょうか」


クリーン

「……なんだかジロジロ見られてる気がします」



 クリーンはそう言って、周囲を見た。



サレン

「でしょうね」



 人々はいつだって、娯楽に飢えている。


 いきなり喧嘩を始めれば、見られるのは当然だった。


 多くの視線が、2人に向いていた。


 2人は、大神殿に向かって、歩きはじめた。


 もう、何も起きないと分かると、人々は関心を失っていった。


 サレンは、歩きながら言った。



サレン

「私の完敗です。その……」


サレン

「狐につままれたような気分です」


サレン

「あなたは本当に、レベル4なのですか……?」




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