４の５「サレンとクリーン」
ヨーク
「……誰だ？」
ヨークは声の方を見た。
そこに、少女が立っていた。
少女の髪は、薄紫。
瞳は緑色だった。
体には、銀の鎧をまとい、腰には長剣を帯びていた。
ヨークはその鎧に、妙な既視感をおぼえた。
ヨーク
（この鎧……）
少女はヨークたちを、睨みつけた。
そして、大声で言った。
サレン
「私はサレン＝バウツマー！」
サレン
「聖女を目指す者です！」
ヨーク
（また聖女……？）
ヨーク
（ってか、バウツマーって……）
ヨークは、少女の名字に、聞き覚えが有った。
だが、深く考える前に、少女が言葉を重ねてきた。
サレン
「婦女子をかどわかすなど、言語道断！ 覚悟して下さい！」
少女の声は明白に、ヨークたちを糾弾していた。
ヨークたちは、少女を手籠めにする悪人。
銀鎧の少女、サレンは、そう信じているようだった。
そう誤解されるように振る舞ったのは、ヨーク自身だ。
予測できる結果ではあった。
だが、誤解されっぱなしというのは、気持ちの良いものでは無い。
犯罪者になるつもりも、無かった。
ヨーク
「いや。俺たちは……」
なんとか誤解を解けないか。
そう思い、ヨークは口を開いた。
だがそこへ、ミツキが口を挟んだ。
ミツキ
「ち～。誰か人を呼びやがったな～」
ミツキは、小悪党めいた口調で、言った。
声音も、普段とは違う。
少年のようだった。
ヨーク
「ミツキ？」
ミツキ
「しっ。彼女にあの女を押し付けて、このまま逃げますよ」
ミツキはヨークに、体を寄せた。
そして、ヨークにだけ聞こえるように、小声でそう言った。
ヨーク
「あ、ああ……」
逃げれば、誤解を放置することになる。
だが、手っ取り早いのも事実だった。
ヨークはミツキに、従うことに決めた。
２人はサレンに背を向けた。
そして、素早く走り出した。
サレン
「あっ！ 待ちなさい！」
サレンはヨークを、追おうとした。
だが、ヨークたちの脚は速い。
あっという間に、姿を消してしまった。
サレン
「逃げ足の速い……。ニンジャですか……？」
相手が皮装備の卑劣なニンジャであれば、逃げられても仕方がない。
サレンはそう考え、追跡をあきらめた。
そして、残されたクリーンへと、歩み寄った。
サレン
（赤い……？）
クリーンの赤い肌を見て、サレンは一瞬、ぼうっとしてしまった。
だが、すぐに正気に戻ると、クリーンに声をかけた。
サレン
「っと、大丈夫ですか？」
クリーン
「はい……」
クリーンは、ヨークに対して、常に無礼だった。
だが、サレンに対しては、悪感情を見せなかった。
彼女が人族だったからだ。
サレン
「安全な場所まで、お送りしましょう」
サレンは微笑を浮かべた。
クリーンを安心させるためだ。
サレンにとって、クリーンは哀れな被害者だった。
クリーン
「どうもです。あの……」
クリーン
「実は私、迷子なのです」
クリーンは、少し言いづらそうに、そう言った。
サレン
「そうでしたか」
サレン
「それでは目的地まで、お送りしましょう」
クリーン
「ありがとうございます。私はクリーンなのです」
サレン
「サレンです。あの悪党たちには名乗りましたが」
クリーン
「悪党……」
クリーンは、ヨークたちが去った方を見た。
サレン
「何か？」
クリーン
「いえ」
サレン
「目的地は？」
クリーン
「大神殿なのです」
サレン
「行きましょう。大神殿はこちらです」
サレンは、ヨークたちが消えた方へ、足を向けた。
クリーン
「そっちなのですね」
クリーンは、サレンに続いた。
サレン
「はい」
クリーン
「私、あの大きな階段が、大神殿かと思ってしまったのです」
クリーン
「それで入って行ったら、魔獣が居て、びっくりしたのです」
サレン
「ラビュリントスの階段ですか？ よくご無事でしたね」
クリーン
「魔獣は大丈夫だったのです。スキルが有ったので」
クリーン
「けど……道が分からなくなってしまって、大変だったのです」
サレン
「広いですからね。ラビュリントスは」
サレン
「無事に、出口を見つけられたようで、何よりです」
クリーン
「自力では、見つけられなかったのです」
サレン
「冒険者の方に、助けていただいたのですか？」
クリーン
「……そうですね」
サレン
「金銭を要求されたりは？」
クリーン
「そんなことは無かったのです」
サレン
「運が良かったですね」
クリーン
「えっ？」
サレン
「冒険者には、荒くれが多いですから」
サレン
「誠実な冒険者と出会うというのは、運が良いことです」
クリーン
「……はい。その……」
サレン
「何ですか？」
クリーン
「サレンは……神話には詳しいのですか？」
サレン
「勿論です。私は神殿騎士ですから」
クリーン
「神殿騎士！」
サレン
「……クリーンさん？」
クリーン
「私、神殿騎士って初めて会ったのです」
サレン
「別に、珍しいものでは無いと思いますが」
クリーン
「私にとっては珍しいのです」
クリーン
「サレンはドラゴンと、戦ったことは有るのですか？」
サレン
「ドラゴン？」
クリーン
「騎士と言えば、ドラゴンなのです」
サレン
「ははは。ドラゴンは無いですねえ」
クリーン
「そうなのですか？」
サレン
「ドラゴンというのは、伝説上の魔獣です」
サレン
「あるいは、トカゲ系の魔獣の話が、大げさに伝わった物という説も、有るくらいです」
サレン
「ラビュリントスで、ドラゴンを見たという話もありますが、眉唾ですね」
サレン
「もし実在するのなら、迷宮伯が放ってはおかないでしょう」
クリーン
「そうなのですか。残念です」
サレン
「まあ今はともかく、神々の時代のことは、誰にも分かりませんから」
サレン
「居たかもしれませんよ。大昔には、ドラゴンが」
クリーン
「そうですね」
クリーン
「昔のことは……分からない……」
サレン
「はい」
クリーン
「それで、サレンは……新しい神話というのは、知っているのですか？」
サレン
「新しい教えですか？ 当然です」
サレン
「正しく教義を学ばなくては、神殿騎士にはなれませんよ」
クリーン
「そうですか……。正しく……」
クリーン
（おばあちゃん……）
クリーン
（ここは……王都は……）
クリーン
（私が知ってる世界と違うのです……。おばあちゃん……）
クリーンは俯き、無言になった。
２人は黙ったまま、しばらく北に歩いた。
やがてサレンは、前方を指差した。
サレン
「クリーンさん。あれが大神殿ですよ」
２人の前方に、白い大きな建造物が見えた。
その建築様式は、王都の他の建物とは異なる。
柱が太く、ガラス窓が存在しない。
何百年も昔のデザインだ。
大神殿は、今の王都の人々が産まれるより前から、そこに建っていた。
クリーン
「おっきぃのです！」
クリーンは、大神殿の威容に、感嘆の声を上げた。
サレン
「なにせ、大神殿ですから」
サレン
「小さくては困ります。小神殿になってしまいますから」
クリーン
「ふふっ。それもそうですね」
サレン
「……お元気になられたようで、良かったです」
クリーン
「えっ？」
サレン
「俯いておられたので、暴漢の件を引きずっていたのかと」
クリーン
（あの人は、別に暴漢じゃないのですけど……）
クリーン
（……いえ）
クリーン
（あの男は、勝手に私を抱き上げたのです）
クリーン
（魔族なのに）
クリーン
（やっぱり、暴漢なのです。でも……）
クリーン
「私、立ち直りは早い方なのです」
サレン
「良いことです」
サレン
「王都へは観光に？」
クリーン
「違うのです」
クリーン
「私、王都には、聖女になるために来たのです」
サレン
「おや。ライバルでしたか」
クリーン
「ライバルですか？」
サレン
「実は私も、聖女の試練を受けるつもりなのです」
クリーン
「…………」
クリーン
「試練って何なのですか？」
サレン
「えっ？」
クリーン
「えっ？」
サレン
「……試練を受けるのでは、無いのですか？」
クリーン
「だから、試練って何なのです？」
サレン
「あの……どうして聖女になろうと思ったのですか？」
クリーン
「力が有るからですけど」
サレン
「『聖域』スキルのことですか？」
クリーン
「はい。そうなのです」
クリーン
「レアスキルと言うのでしょうか？」
クリーン
「スキルを授かったとき、村の皆が、こんなスキルは聞いたことが無いと言ったのです」
クリーン
「それでおばあちゃんに、何のスキルなのか、教えてもらったのです」
クリーン
「おばあちゃんは物知りなので、何でも知っているのですよ」
クリーン
「当然、スキルのことも知っていたのです」
クリーン
「それで私のスキルは、聖女の力だって分かったのです」
クリーン
「だから、聖女になるために、王都に来たのです」
サレン
「あの……」
クリーン
「はい」
サレン
「なれませんよ」
クリーン
「はい？」
サレン
「その……ですから」
サレン
「『聖域』スキルを持っていても、聖女にはなれませんよ？」
クリーン
「え？」
クリーン
「だって、おばあちゃんが……」
サレン
「確かに、聖女になるには『聖域』スキルが必要です」
クリーン
「でしょう？」
サレン
「ですが……」
サレン
「『聖域』スキルを持つ若い女性は、判明しているだけでも、１００人以上居るのです」
クリーン
「…………えっ？」
サレン
「ですから……」
サレン
「『聖域』スキルを持っているだけでは、聖女にはなれません」
クリーン
「……………………」
クリーン
「え……」
クリーン
「ええええええええええええええぇぇぇぇっ！？」
クリーンの叫びが、神殿前に響き渡った。
