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４の４「古い教えと新しい教え」

ヨーク

「んじゃ、とっとと行くか」

　ヨークはクリーンに、背中を見せた。

　そして、しゃがみ込んだ。

クリーン

「何なのですか？」

ヨーク

「おぶされよ」

ミツキ

「えっ」

ヨーク

「レベル４じゃ、まともに走れねえだろうが」

ヨーク

「乗せてやるから、さっさとしろ」

クリーン

「嫌なのです」

ヨーク

「は？」

クリーン

「魔族の体にベタベタ触ったら、この身が穢れてしまうのです」

ヨーク

「お前な……」

　ヨークはクリーンに対し、苛立ちを見せようとした。

　だが、ミツキがそれを、押しとどめた。

ミツキ

「ヨーク。抑えて」

ヨーク

「…………」

ヨーク

「それじゃあ、どうするんだよ？」

ヨーク

「チマチマ歩いてたら、夜中になっちまうぞ」

ミツキ

「ヨークではなく、私がおんぶすればどうでしょうか？」

クリーン

「あなたは魔族じゃないのですか？」

ミツキ

「……そうですね」

ミツキ

「あまり、言いふらさないでもらえますか？」

クリーン

「……？　はい」

　ミツキは、ローブのフードに手をかけた。

　そして、めくり上げた。

　フードが、背中側に落ちた。

　ミツキの顔が、露わになった。

　頭頂に有る、狼の耳も。

クリーン

「…………！」

　クリーンの目が、ミツキの獣耳に、釘付けになった。

ミツキ

「ご覧の通り、私は月狼族です」

ミツキ

「魔族ではありませんが、あなたの価値観では、第三種族は……」

クリーン

「か……」

ミツキ

「か？」

クリーン

「可愛いのですうううううううううううぅぅぅっ！」

　クリーンは、赤い頬をさらに紅潮させ、ミツキに飛びかかった。

　クリーンの動きは、それほど鋭くは無い。

　しょせんは、クラスレベル４の動きだ。

　だが、予想外の事態に、ミツキは動けなかった。

　クリーンの両手が、ミツキの両耳に触れた。

ミツキ

「えっ？　えっ？」

クリーン

「いやああああぁぁぁっ！　もふもふふさふさつやつやきらきらっ！」

　クリーンはミツキの耳に、もふもふ攻撃をしかけた。

　ミツキは、されるがままになった。

　ミツキのふさふさの耳が、クリーンにもみくちゃにされた。

　少しそうしていると、ミツキにも、状況が把握できてきた。

ミツキ

「あの、止めてもらえませんか？　攻撃しますよ？」

　耳を揉まれながら、ミツキは抗議した。

クリーン

「尻尾は！？　尻尾は有るのですか！？」

　ミツキの言葉が、耳に入っていないのか。

　クリーンは、抗議への返答は無しに、問いをぶつけてきた。

ミツキ

「有りますけど」

クリーン

「触っても良いのです！？」

ミツキ

「嫌ですけど」

クリーン

「ありがとう！」

　クリーンは、ミツキの耳から手をはなした。

　そして、ミツキの後ろに回りこむと、ローブの裾をまくりあげた。

　そこには、獣耳に負けず劣らずの、毛並みに優れた尻尾が有った。

クリーン

「ふへ……ふへへへへ……」

　クリーンは、右手で裾をまくったまま、左手を尻尾に伸ばした。

　そのとき……。

　ごきゃりと。

　ミツキの膝蹴りが、クリーンの顎を捉えた。

クリーン

「へぶっ！？」

　クリーンは吹き飛ばされ、地面に転がった。

　そして白目を剥いて、失神した。

ヨーク

「お、おい……！」

　ヨークは慌て、クリーンに駆け寄った。

　一方、ミツキは平然として、口を開いた。

ミツキ

「大丈夫です。すぐに治療すれば、命は助かりますよ」

ミツキ

「多分」

ヨーク

「多分て。血ぃ吐いてんぞ」

ミツキ

「おぞましかったので、つい」

ヨーク

「気持ちは分かるが」

ヨーク

「……お前、耳から何か出てんの？」

ヨーク

（変態を惹き寄せる、匂い的なモノが）

ミツキ

「割と」

　ミツキは、クリーンに歩み寄った。

　そして、呪文を唱えた。

ミツキ

「風癒」

　ミツキの治癒術が、クリーンを癒やしていった。

ミツキ

「またうるさくなる前に、地上に運んでしまいましょう」

ヨーク

「そうだな。……っと」

　ヨークはクリーンを、抱え上げた。

　クリーンは、お姫様抱っこの体勢になった。

ミツキ

「あっ……」

ヨーク

「ん？」

ミツキ

「結局、私は歩きですか？」

ヨーク

「しょうがねえだろ。手が塞がってるんだから」

ミツキ

「おんぶして下さいよ」

ヨーク

「ん。落ちんなよ」

　ヨークはミツキに、背中を見せた。

ミツキ

「レベル３００の握力を、お見せしましょう」

　ミツキは両手を上げて、握っては広げてを繰り返した。

ヨーク

「４０くらいで頼む。ほれ」

ミツキ

「はい」

　ミツキは、ヨークの背に飛びついた。

　ミツキの体重は、衣服を入れて、５０キログラム程度だ。

　ヨークはびくともしなかった。

　ヨークは２人を乗せたまま、氷狼の背に飛び乗った。

ミツキ

「重くないですか？」

ヨーク

「レベルいくつだと思ってんだよ」

ミツキ

「……少しゆっくり行った方が、良いかもしれませんね」

ヨーク

「え？」

ミツキ

「私たちには当たり前の速度でも、彼女の体は、耐え切れないかもしれませんから」

ヨーク

「流石に、移動で死んだりはしないと思うが」

ミツキ

「念のためです」

ヨーク

「分かった」

クリーン

「ん…………」

　ヨークの腕の中で、クリーンが身じろぎをした。

ヨーク

「やべ。目ぇ覚ますかも」

ミツキ

「面倒な事になる前に、出発しましょう」

クリーン

「う……」

　ヨークの危惧のとおりになった。

　クリーンが、目を開いた。

　彼女とヨークの目が、合った。

ヨーク

「ダッシュ」

　面倒が起きる前に、ヨークはそう言った。

クリーン

「えっ？」

　氷狼が、高速で走り始めた。

クリーン

「ひっ！？」

クリーン

「ひやああああああああああぁぁぁっ！？」

　ヨークにとっては、慣れた速度だ。

　手加減をしてさえいる。

　だが、クリーンにとっては、未知の速度だった。

　叫ぶクリーンを乗せたまま、狼が走り回った。

　ダンジョンのそこかしこで、絶叫がこだました。

　それは、冒険者たちを恐れさせた。

　やがて、ヨークたちは地上に着いた。

　氷狼が、大階段の上の、広場の地面を踏んだ。

　ヨークは、腕の中のクリーンを見た。

クリーン

「う……うぅ……」

　クリーンは、半分力尽きて、気絶したようになっていた。

ヨーク

「到着っと」

　ヨークは、氷狼から飛び降りた。

　念じることで、狼を消滅させた。

　そして、腕の中のクリーンを、容赦なく地面に落とした。

クリーン

「げぶっ！？」

　お尻を強く打ち、クリーンは呻いた。

　ヨークは、それを気にした様子を見せず、ミツキに話しかけた。

ヨーク

「それじゃ、エボンさんの所に行くか」

ミツキ

「そうですね」

　ミツキは、ヨークの背からおりた。

　二人は歩き始めた。

クリーン

「待つのです！」

　クリーンは、ヨークを呼び止めた。

　だがヨークたちは、無視して去ろうとした。

クリーン

「待てって言ってるのです！？」

ヨーク

「何だよ」

　嫌々ながらに、ヨークは立ち止まった。

クリーン

「穢れた魔族が……よくも私の体に触ってくれたのです……！」

ヨーク

「おい！」

　ヨークは真剣な表情になり、クリーンへと怒鳴った。

クリーン

「何なのです？　本当のことを言われて、気に障ったのですか？」

　その時……。

　大柄な魔族の男が、クリーンの前に立った。

　格好から、冒険者らしいことが推測出来た。

冒険者

「魔族が何だって？」

　魔族の冒険者は、正面から、クリーンを睨みつけた。

クリーン

「えっ……」

冒険者

「もういっぺん言ってみろよ。ガキ」

　冒険者は、クリーンに掴みかかろうとした。

　そこへ、ヨークが割って入った。

ヨーク

「待ってくれ」

冒険者

「あ？」

　その冒険者は、ヨークよりも背が高かった。

　ヨークは彼を見上げ、言った。

ヨーク

「ケンカを売られたのは俺だ。ここは俺に預けてくれよ」

ヨーク

「二度と舐めた口がきけないよう、たぁっぷりと話し合っておくからさ」

　ヨークは、軽薄な笑みを作った。

冒険者

「チッ……」

冒険者

「ちゃんと話し合っておけよ」

ヨーク

「分かってる。話し合いは得意だ」

　ヨークはそう言って、クリーンの腕を掴んだ。

ヨーク

「来い。女」

クリーン

「あっ……」

　ヨークは、クリーンの腕を引いて、歩いていった。

　クリーンは、雰囲気に逆らえず、ヨークについていった。

　ミツキもそれに続いた。

　３人は、ひとけの無い、狭い路地へと入っていった。

ヨーク

「…………はぁ」

　ヨークは立ち止まり、ため息をついた。

　クリーンは、怯えるような目を、ヨークに向けた。

クリーン

「わ……私に何を……」

ヨーク

「何もしねえよ」

クリーン

「えっ？」

ヨーク

「……このアホッ！！！！！」

　ヨークはクリーンを、怒鳴りつけた。

クリーン

「ひっ……！」

　クリーンはびくりと震えた。

ヨーク

「広場であんなこと言うなんて、何考えてやがる！」

ヨーク

「相手が俺だったから良いが……ブッ殺されてもおかしく無かったんだからな？」

クリーン

「だって……だって……」

クリーン

「神様の教えなのです……」

ヨーク

「……神？」

ミツキ

「『古い教え』ですね」

　ミツキが口を挟んだ。

　ヨークは困惑の表情を、ミツキへと向けた。

ヨーク

「…………？」

ミツキ

「かつて、神と邪神、そしてその子供たちの、戦いが有りました」

ミツキ

「神の子が、人族」

ミツキ

「そして、邪神の子が、魔族です」

ミツキ

「やがて、聖なる神が、邪悪なる神を討伐し、この世には平穏が訪れました」

ミツキ

「ですが、邪神が倒れても、その子供である魔族は、この地上に残されました」

ミツキ

「残された魔族は、人族より劣った、穢れた者なので、人族によって支配されなくてはならない」

ミツキ

「これが、かつての大神殿の教義。古い教えです」

ヨーク

「古い教えってことは、『新しい教え』も有るんだな？」

ミツキ

「その通りです」

クリーン

「え……？」

ミツキ

「神は、罪を贖った魔族を許し、その穢れを祓い、人族と対等の立場を与えた」

ミツキ

「これが、神殿の最新の教義。新しい神話です」

ヨーク

「ふーん……」

ヨーク

（神殿育ちなのに、何にも知らんな俺。なんでだ？）

ヨーク

（じいちゃんとかアネスさんが、教えてくれても良かったのに）

クリーン

「そんなの……」

　クリーンが何かを言おうとした、そのとき……。

？？？

「そこまでです！」

　通りの方から、女の声が聞こえてきた。