4の3「深層と赤肌の少女」
ミツキ
「同じ狼なのに、おかしいですね」
滑って落ちるミツキが、氷狼を見ながら言った。
ヨーク
「おんぶしてやろうか?」
ミツキ
「はて……」
ミツキは、穏やかに微笑んだ。
ミツキ
「下心が有るのでは?」
ヨーク
「何をアホなこと言ってんだ」
ヨーク
「そんなもん、有るに決まってんだろ」
ミツキ
「はい」
ミツキ
「どうせなら、抱っこでお願いします」
ヨーク
「往来なのだが」
おんぶより抱っこの方が、難度が高い。
ヨークにはそう思われた。
ミツキ
「どうせ、他の冒険者には見切れないでしょう。氷狼の速度は」
ミツキは、見られなければセーフ理論を持ち出した。
ヨーク
「上級者だなお前」
ミツキ
「上級冒険者です」
ヨーク
「来い」
ヨークは氷狼から降り、ミツキを手招きした。
ミツキ
「はい」
ミツキはヨークに、身を寄せた。
その時……。
クリーン
「誰か居ないのですか~?」
2人が居る部屋の入り口に、女の子の姿が見えた。
ミツキ
「っ……」
ミツキはサッと、ヨークから身を離した。
クリーン
「あっ……」
ミツキの挙動不審な様子を、少女はしっかりと見ていた。
少女は咎めるような目つきで、2人に近付いてきた。
ヨーク
(赤い女……!?)
ヨークは驚いた。
少女の肌色は、今朝に見たのと同じ、はっきりとした赤色だった。
それだけでは無い。
服装や、容姿ですら、眼前の少女は、今朝見た少女にそっくりだった。
同一人物に見えた。
ヨーク
(まさか、予知夢か何かだったのか……?)
クリーン
「あなたたち……」
少女は、睨むような目つきで、じっとヨークを見てきた。
ヨーク
「……何だよ?」
ヨークは、心中の動揺を隠し、少女に答えた。
クリーン
「いったい往来で、何をしていたのですか?」
ヨーク
「言うほど往来か?」
ミツキ
「彼女ひょっとして、ヨークのお知り合いですか?」
ヨーク
「え? どうしてだ?」
ミツキ
「だって、深層に一人で来るような方ですよ?」
ヨーク
(どういう理屈?)
ヨーク
「マジで知らん。誰だ?」
ヨーク
(いや、顔だけは見たこと有るけどな)
クリーン
「まずは自己紹介。そういう事なのですね?」
クリーン
「ならば教えてさしあげるのです」
ヨーク
(知りたいような、知りたくないような……)
クリーン
「あのですね、私は……」
クリーン
「迷子の者なのです!」
ヨーク
「なるほど」
ヨーク
「俺はヨーク=ブラッドロードだ」
ミツキ
「ミツキです」
クリーン
「私はクリーン=ノンシルドなのです」
ヨーク
「そうか」
クリーン
「そういうわけで、とっとと私を、地上へ連れていくのです」
ヨーク
「じゃあな。マイゴ=クリーン=ノンシルド」
ヨークは、クリーンの隣を通り、部屋を出ようとした。
クリーン
「待つのです。魔族さん」
クリーンはヨークの袖を、ちまっと掴んだ。
振りほどけるくらいの、掴み方だった。
だが、ヨークは立ち止まった。
クリーン
「私、迷子なのですよ?」
クリーン
「そんな態度を取って、良いと思っているのですか?」
ヨーク
「お前それが、助けを求める側の態度か?」
クリーン
「困っている人を見たら、助けるのが人情では無いでしょうか?」
クリーン
「まあ、あなたは魔族なのですから、人の情など無いのかもしれませんが」
ヨーク
「は?」
クリーン
「それにですね」
クリーン
「私を助けるのは、栄誉なことなのですから、喜んで助けるべきだと思うのです」
ヨーク
「何の栄誉だよ……」
クリーン
「私はですね、聖女になるのですよ」
ヨーク
「聖女……」
クリーン
「はい」
ヨーク
「って何だったっけ?」
クリーン
「えっ?」
ヨーク
「えっ?」
ミツキ
「すいません。ウチのヨークは、モノを知らなくて」
ヨーク
「おっ、嫁気取りか?」
ミツキ
「ダメですか?」
ヨーク
「どんどんやれ」
ミツキ
「はい。それで、聖女というのは、特別な役割を持った神官のことですね」
ヨーク
「役割ってのは?」
ミツキ
「聖なる力で、迷宮を鎮めること。そう言われていますね」
ヨーク
「鎮めると、どうなるんだ?」
ミツキ
「大階段から、魔獣が溢れてくるのを、防ぐのだそうです」
ヨーク
「へぇ。大事な仕事なんだな」
クリーン
「その通りなのです」
ヨーク
「……こいつがその聖女?」
クリーン
「何なのですか?」
ヨーク
「弱そう」
クリーン
「酷いのです!?」
ミツキ
「深層まで来られているのですから、実力は有るのでしょう」
クリーン
「そうなのですよ~」
クリーン
「魔獣なんか、私の拳で一撃なのです」
クリーン
「やあっ! とうっ! えいっ!」
クリーンは、拳を突き出し、次に、蹴りを出そうとした。
だが彼女は、床から突き出た鉱石を、蹴りつけてしまった。
ぐきり。
嫌な音がした。
クリーン
「足があああああぁぁぁ! 私の足があああぁぁぁっ!」
クリーンは倒れ、地面をゴロゴロと、のたうちまわった。
ヨーク
「弱っ」
ミツキ
「治しますか?」
ヨーク
「そうしてやれ」
ミツキ
「風癒」
ミツキはクリーンに近付き、呪文を唱えた。
治癒術が発動した。
クリーンの体が、薄緑の光に包まれた。
痛みが癒えると、クリーンは立ち上がった。
クリーン
「はぁ……はぁ……ぜはぁっ……」
クリーン
「ありがとうなのです……」
ミツキに向き直り、クリーンはお礼を言った。
クリーン
「卑劣な罠で、危うく命を落とすところだったのです……」
ヨーク
「お前、本当に強いのか?」
クリーン
「もちろんなのです。ちょっとあの罠岩が、めっちゃくちゃ硬かっただけなのです」
ヨーク
「罠岩て……」
ここは深層だ。
常人が、立ち入れる領域では無い。
たった1人で深層に居るからには、なんらかの秀でた能力を、持っているはずだ。
だがヨークは、クリーンからそれを感じ取ることが、出来なかった。
ヨーク
(『戦力評価』)
クリーンの資質に疑問を持ち、ヨークは内心で、スキル名を唱えた。
______________________________
クリーン=ノンシルド
クラス 賢者 レベル4
スキル 聖域 レベル128
サブスキル 鼓舞 レベル43
ブラッドラインスキル 不老
SP 2303069
______________________________
ヨーク
(レベル4……?)
中級冒険者ですら無い。
クリーンのクラスレベルは、見習いのそれだった。
ヨーク
「お前弱っ」
ヨークは思わず、そう口にしてしまった。
クリーン
「失礼すぎるのです!?」
ヨーク
「レベルが低すぎる」
ミツキ
「いくつなのですか?」
ヨーク
「4だって。駆け出しのレベルだ」
クリーン
「別に低くなんか無いのです。普通なのです。むしろ高いのです」
ヨーク
「冒険者じゃないなら、そうかもしれんが……」
ミツキ
「待って下さい」
ミツキ
「レベル4でどうやって、深層まで辿り着いたというのですか?」
ヨーク
「ひょっとして、『聖域』ってスキルの力か?」
クリーン
「聖女のことは知らないのに、私のスキルは分かるのですか?」
クリーン
「というか、どうして私のレベルが……」
ヨーク
「俺は『戦力評価』ってスキルを持ってるんだ」
ヨーク
「これを使うと、相手のスキルとか、クラスレベルが分かる」
クリーン
「えっ? 気持ち悪いのです……」
ヨーク
「え」
クリーン
「勝手に人のレベルを、じろじろ見ないで欲しいのです……」
ヨーク
「置いてくぞコラ」
クリーン
「うぅ……。やはり魔族は非情なのです……」
ヨーク
「そもそも俺はハーフだ。魔族じゃねえ」
クリーン
「ハーフ……」
クリーン
「って何なのですか?」
クリーンは首を傾げた。
ヨーク
「は?」
予想もしない質問に、ヨークは固まった。
ヨークの代わりに、ミツキがクリーンに尋ねた。
ミツキ
「ハーフを知らないのですか?」
クリーン
「知らないのです。私の村には、そんなの居なかったのです」
ヨーク
「村。お前も村民か」
クリーン
「悪いですか? 私の村は、良い所なのです」
ミツキ
「差別意識が凄そうですが」
クリーン
「良いから、教えて欲しいのです」
クリーン
「ハーフって何なのですか? 魔族と何が違うのですか?」
ミツキ
「ハーフとは、二つの種族から産まれた人のことですよ」
クリーン
「????」
ミツキ
「たとえば、人族と魔族の間に子が産まれたら、その子は人と魔のハーフということになります」
クリーン
「ふっ……ふふふふふっ」
ミツキの言葉を受けて、クリーンは笑い出した。
ヨーク
「…………?」
なぜ彼女は笑うのか。
ヨークには、理解が出来なかった。
クリーンは、笑みを浮かべたまま言った。
クリーン
「そんなこと、起きるわけ無いじゃないですか。おバカさんなのですか?」
クリーン
「人族は聖なる者。魔族は邪なる者なのですから、交じり合うわけが無いでしょう?」
クリーンは堂々と言った。
彼女の表情には、一片の曇りも無かった。
彼女の中で、それは、疑いようのない常識のようだった。
ヨーク
「ミツキ……。こいつ何言ってるんだ……?」
ヨークは若干の恐怖を感じながら、ミツキに尋ねた。
ミツキ
「文化が違うということです」
ヨーク
「…………?」
ミツキ
「住む世界が違うのです。無理に交わらない方が良いでしょう」
ヨーク
「よく分からんが……分かった」
ヨークには、クリーンを理解出来ない。
どうすれば良いのかも、分からなかった。
だから素直に、ミツキの言葉に従おうと決めた。
ミツキ
「クリーンさん。あなたを地上まで送りましょう」
クリーン
「やっとその気になったのですね」
クリーン
「ハーフだとか、変なこと言ってないで、最初からそう言えば良かったのです」
ミツキ
「ですが」
ミツキ
「それきりです。私たちには、あなたと友好を深める意図は、有りません」
ミツキ
「それさえ分かっていただけるなら、あなたを無事に送り届けることを、約束します」
クリーン
「はい。もちろん構わないのです」
クリーン
「私にも、魔族と仲良くなるつもりは、無いのですから」
ヨーク
「ハーフだって……」
ミツキ
「無駄です」
訂正を望んだヨークの言葉を、ミツキはバッサリと切り捨てた。
ミツキ
「これ以上のやり取りは、時間の浪費だと思われます」
ミツキ
「さあ、地上に向かいましょう」




