4の2「先の目標ととりあえずの目標」
ミツキ
「……………………え?」
ミツキは心底から、驚いた様子を見せた。
ヨーク
「嫌か?」
ミツキ
「嫌とか嫌じゃないとか、そういう話では無くてですね」
ミツキ
「……不可解です」
ミツキは、ヨークから顔が見えないように、彼の胸に、顔を押し付けた。
ヨーク
「何がだよ」
ミツキ
「どうしていきなりそんな話を?」
ミツキ
「唐突です」
ミツキ
「何の伏線もありませんでした」
ヨーク
「伏線は有ったと思うが。昨日とか」
ミツキ
「まさか、責任でも感じていらっしゃるのですか?」
ヨーク
「別に、責任とかじゃねえよ」
ヨーク
「ただ、ラビュリントスが終わるから」
ミツキ
「から?」
ヨーク
「とりあえず、冒険者は一区切りだろ?」
ミツキ
「それで?」
ヨーク
「男の人生の目標ってのは、2つ有るだろ?」
ミツキ
「知りませんけど」
ヨーク
「最近考えた」
ミツキ
「はあ」
ヨーク
「1つは、仕事で何か、大きなことをすること」
ヨーク
「これは殆ど叶った」
ヨーク
「俺は強くなって、計算箱を作るのも手伝って、こんな深い所までも来た」
ヨーク
「俺の大仕事の終わりは、もうすぐそこまで来てる」
ヨーク
「一仕事終えたら、もう1つの目標を、果たさないとな」
ミツキ
「それが結婚ですか?」
ヨーク
「違うが」
ミツキ
「はい?」
ヨーク
「男の人生の目標、その2」
ヨーク
「それは、孫の顔を見ることだ」
ミツキ
「…………」
ミツキは顔を上げた。
ヨークの端正な顔が、ミツキを見下ろしていた。
既に成人だが、まだ17歳でもある。
彼の表情には、無邪気さが残っていた。
ミツキ
「なんとも気長な目標ですね」
ヨーク
「第一の目標が、思ったより早く終わりそうなんだ。仕方ない」
ミツキ
「目標は、子供の顔を見るというのでは、いけないのですか?」
ミツキ
「そっちの方であれば、数年あれば、叶うような気もしますけど」
ヨーク
「子供は怖いぞ?」
ヨーク
「可愛いと思ってたら、すぐに反抗期が来て、お父さん臭いとか言うんだ」
ミツキ
「らしいですね」
ヨーク
「その点、孫は良い。可愛いし、お爺ちゃん臭いとか言わないんだ」
ミツキ
「言うことも有ると思いますけど」
ヨーク
「人の希望を挫くな」
ヨーク
「……とにかくだ。ミツキ」
ヨーク
「俺と一緒に、孫の顔を見ようぜ」
ミツキ
「…………」
ミツキ
「結婚に焦って、手近な女で済ませるのは、感心しませんよ?」
ヨーク
「いや。別に普通だろ」
ヨーク
「村の連中なんか、大体は、家が隣だからとかいう理由で、結婚していったぜ?」
ミツキ
「はぁ。これだから村民は……」
ヨーク
「……嫌なのかよ」
ミツキ
「はい」
ミツキ
「そんな、子作りのついでのようなプロポーズでは、とても」
ミツキ
「私と結婚したいのであれば、もっと情熱的に、愛を囁いて欲しいものですね」
ヨーク
「愛って……どうすんだよ」
ヨークは、拗ねたような困り顔を見せた。
ミツキ
「それくらい、真実の愛が有れば、思い浮かぶものでは無いですかね?」
ヨーク
「真実て」
ヨークは苦笑した。
ミツキ
「……何か?」
ヨーク
「その言葉には、嫌な思い出しか無い」
ミツキ
「えっ?」
ヨークは、メイルブーケの事件のことを、思い出していた。
あの事件では、真実の愛というのは、口実に過ぎなかった。
隠された目的を果たすため、揉め事を起こすための、口実。
陰謀の手段だった。
結果として、マレル家の長子が死んだ。
他にも大勢が犠牲になったことを、ヨークは知らない。
ヨークの知る部分だけでも、後味の悪い、嫌な事件だった。
苦い思い出だ。
だが、ヨークはたまに、事件関係者のことを思い出した。
特に、黒い翼の少女のことを。
ヨークは彼女のことが気になっていた。
どうして気になるのかは、ヨークにも分からなかった。
元気にしているのか、ひと目見たい。
そういう気持ちも有った。
だが、貴族たちとの絶縁を望んだのは、ヨークの方だ。
いまさら会いたいとも、言えなかった。
町中で、メイド服を見ると、目を引かれてしまう。
そしてその背中に、黒い翼が無いか、探してしまっていた。
だが、それがエルだったことは、1度たりとも無かった。
ヨーク
「そもそも、愛って何だよ?」
ミツキ
「哲学ですか」
ミツキ
「3、2、1」
ミツキは唐突に、カウントダウンを始めた。
ヨーク
「…………?」
ミツキ
「ブーブー。時間切れです」
ミツキ
「愛の告白は、次の機会にどうぞ」
ヨーク
「制限時間短っ」
ミツキ
「恋はスピードが肝心ですよ」
ヨーク
「……まあ良いや。なんかキラキラしたの、考えとく」
ミツキ
「キラキラ?」
ヨーク
「ん? 女はキラキラしてるのが好きなんだろ?」
ミツキ
「まあ……そうですかね?」
ヨークは、女性経験が乏しい。
バニやキュレーとは一緒に居たが、恋バナにはならなかった。
アネスとも、あまり踏み込んだ話はしなかった。
マジメに色恋の話をした相手は、デレーナくらいだった。
なので、ヨークの女性観の何割かは、デレーナによって構築されていた。
ヨーク
「考えとく」
ミツキ
「はい」
ヨーク
「……さて」
ヨーク
「まずは、ラビュリントスの攻略だな」
攻略が済めば、ミツキと結婚する。
ヨークの中では、それは確定事項だった。
今までは、迷宮を踏破したいという気持ちは、それほど強くは無かった。
ゴールとは、お終いの合図でもある。
冒険者としてのゴールを迎えた時、自分はどうしたいのか。
明確な将来のビジョンが、ヨークの中には無かった。
リホが新しい道を、示してくれるかもしれない。
そう考えたことも有った。
だが、リホは去った。
ヨークは再び、宙ぶらりんになった。
そのはずだった。
だが、ミツキと睦み合うことで、ヨークの中に、はっきりとした気持ちがうまれていた。
彼女とずっと歩んでいきたい。
ミツキが居てくれるなら、迷宮はもう、終わらせて良い。
ミツキ
「攻略の前に、まずは武器ですよ」
ヨーク
「そうだった」
探索を再開しようか。
ヨークはそう考えた。
だが、なんとなく名残り惜しくて、ヨークは動けなかった。
ミツキが腕の中に居る。
心地良かった。
ミツキも、ヨークに体重を預けたまま、動けない様子だった。
ミツキの腕が、強くヨークを抱きしめていた。
ヨーク
「……………………」
ミツキ
「……………………」
2人は抱き合ったまま、動かなかった。
段々と、時間が経過していった。
ミツキ
「行かないのですか?」
ヨークをぎゅっと抱きしめたまま、ミツキが尋ねた。
ヨーク
「実はな」
ミツキ
「はい」
ヨーク
「おっぱいが当たっている」
空気を壊すため、ヨークは冗談を口にした。
ミツキ
「でしょうね」
ミツキは苦笑して、ヨークを押しのけた。
ヨーク
「あぁ……マイおっぱい……」
ミツキ
「違いますが」
ミツキ
「これは、赤ちゃんの為のモノですよ」
ヨーク
「マジかよ知らなかった」
ミツキ
「ふふっ。一つ賢くなりましたね」
ヨーク
「んで」
ヨーク
「剣の素材は? 足りてる?」
ミツキ
「普通のサイズの剣ならば、十分に足りるような気がしますね」
ミツキ
「ですが、大きいのが欲しいので、もう少し頑張ってみても、良いかもしれませんね」
ヨーク
「狩るか」
ミツキ
「はい」
2人は歩き出した。
ヨークはミツキの、右側を歩いた。
2人の距離は近い。
手が触れ合いそうな距離だった。
ミツキ
「ところで爺さんや」
ヨーク
「何ですかのう。婆さんや」
ミツキ
「婆さんなどという女子は、存在しません」
ヨーク
「どうしろってんだよ」
ミツキ
「ミセス、マダム、あるいは雌豚とお呼び下さい」
ヨーク
「それで、何ですかのう。雌豚」
ミツキ
「あの、止めてもらえませんか? その呼び方」
ヨーク
「お前が呼ばせたんだろ!?」
ミツキ
「なんか、思った以上でした」
ヨーク
「そこは我慢しろよ。お前がネタ振ったんだから」
ミツキ
「ままなりませんね」
ヨーク
「んで、結局何なんだよフロイライン」
ミツキ
「手でも繋ぎませんか?」
ヨーク
「ん……」
ヨークはミツキの手に、左手を伸ばした。
手を見ずに、感触だけで、相手の手を探った。
ミツキも同じ風にした。
ぎこちなく探り合った手が、やがて繋がった。
ヨークはぎゅっと、ミツキの手を握った。
柔らかい手だった。
ミツキも、ヨークの手を握り返してきた。
ヨーク
「……敵出たらどうする?」
ミツキ
「ヨークを抱えながらでも、戦えますよ。私は」
ヨーク
「やだよ格好悪い」
ヨークはその光景を想像し、苦笑してしまった。
2人はそのまま、迷宮内を探索した。
戦闘は、ヨークの魔術で済ませることになった。
魔剣を向け、呪文を唱えれば、魔獣は絶命した。
現れる魔獣を、瞬殺しながら、目当てのゴーレムを探した。
……。
ダークゴーレム
「…………」
何体目かのダークゴーレムが、2人の前に出現した。
ヨークは雑に、魔剣をゴーレムに向けた。
ヨーク
「『アイテムドロップ強化』」
ヨーク
「輝壊」
ダークゴーレムが、眩しい光に包まれた。
ゴーレムは、粉々になって崩れ、消滅した。
ゴーレムが消えた場所に、魔石と金属塊が落ちていた。
ヨークたちは手を繋いだまま、ドロップアイテムの所へ歩いた。
ミツキは屈み、ドロップアイテムを回収し、スキルで収納した。
ミツキ
「けっこう集めた気がしますね」
ヨーク
「足りるかな?」
ミツキ
「多分……」
ヨーク
「今日は帰るか」
ミツキ
「はい」
ヨークはミツキから、手を離した。
ミツキ
「あっ……」
ヨークは魔剣を、前方の地面に向けた。
ヨーク
「氷狼」
2人の前方。
氷の狼が、1体出現した。
ヨークは軽く跳び、狼の背中に乗った。
こうした方が、ヨークが走るよりも速い。
これが今の、ヨークの移動手段だった。
ミツキ
「私だけ走るの、なんだか理不尽感有りません?」
ヨーク
「お前、滑って落ちるじゃん」
ミツキ
「…………」




