3の27「魔弾と標的」
ヨーク
「何をポエム垂れ流してやがる」
ヨークは、平然とした様子のイジューを、睨みつけた。
イジュー
「忠告のつもりだが」
ヨーク
「何が忠告だ」
ヨーク
「俺が散々な目に遭ってんのは、お前のせいだろうが」
イジュー
「恐らく、これでは済まんぞ」
ヨーク
「は?」
イジュー
「光を放つ善には、悪が群がってくるものだ」
イジュー
「そしてそれは、光を喰らい尽くすまで、終わらない」
イジュー
「予見しよう。ヨーク=ブラッドロード」
イジュー
「お前は大切なモノを失って、死ぬ」
ヨーク
「……そろそろぶん殴って良いか?」
イジュー
「好きにしろ」
ヨークは軽く構えた。
そして、あることを思い出し、言った。
ヨーク
「魔導器外せよ。殴れねえだろうが」
イジュー
「チッ」
イジューは指輪を外し、丁寧にポケットにしまった。
イジュー
「これで良いか?」
ヨーク
「行くぞ」
ミツキ
「待って下さい」
イジューを殴ろうとしたヨークを、ミツキが呼び止めた。
ヨーク
「ミツキ?」
ミツキ
「ちょっとそのまま……」
ミツキはそう言って、ヨークの隣に立った。
そして、地面から石を拾い上げ、イジューの方へと投げた。
石は弾かれ、地面へと転がっていった。
障壁は、健在のようだった。
ヨーク
「……………………」
イジュー
「……………………」
ヨーク
「さっきの指輪は?」
イジュー
「アレはただの、念話の指輪だ」
ヨーク
「…………」
イジュー
「分かったか? これが悪だ」
ヨーク
「それっぽい事言って、誤魔化してんじゃねえっ!」
イジュー
「フン」
イジューは左袖をまくった。
そこには、真珠で出来た腕輪と、さらにもう1つの腕輪が見えた。
真珠の色は、ゴールデンパールだった。
イジューは2つの腕輪を外した。
そして、地面へと放り投げた。
イジュー
「ふっ!」
イジューは、真珠の腕輪に対し、靴底を振り下ろした。
真珠の腕輪が壊れた。
繋がりを断たれた真珠粒が、バラバラに散っていった。
ヨーク
「良いのか? 高そうだが」
イジュー
「貰い物でな」
イジュー
「義理で仕方なくつけていたが、悪趣味だと思っていた」
イジュー
「ずっとこうしてやりたいと、思っていたのさ」
ヨーク
「そうかよ」
ミツキ
「…………」
ミツキはまた、石を拾った。
そして、イジューに石を投げた。
石は普通に、イジューの頭に当たり、地面に落ちた。
イジュー
「痛い」
イジューは、石が当たった部分を撫でた。
ミツキ
「でしょうね」
ヨーク
「今度こそ行くぞ」
ヨークはイジューに殴りかかった。
そして……。
障壁が発生した。
ヨーク
「なっ!?」
ヨークの拳が、障壁に弾かれた。
ヨーク
「のわああああああああぁぁあぁぁっ!」
強く弾かれたヨークは、そのままの勢いで、地面を転がっていった。
ミツキ
「……これは?」
ミツキはイジューを睨んだ。
イジュー
「…………」
イジューは右袖をまくった。
右の手首に、魔導器らしき腕輪が見えた。
イジュー
「これが本物の、聖障壁の腕輪だ」
ミツキ
「石が命中したのは?」
イジュー
「一部の魔導器には、一時的に、効果をオフにする機能が有る。知らなかったか?」
ミツキ
「勉強になりました。それでですね……」
イジュー
「うん?」
ミツキ
「パンツ以外全部脱げ。殺すぞ」
イジュー
「アッハイ」
……。
五分後。
イジュー
「……………………」
顔をボコボコに腫らしたパンツ一丁の男が、地面に倒れていた。
その周囲には、衣服や魔導器が散乱していた。
ヨーク
「ふぅ~。スッキリした」
私刑を終えたヨークは、肩をぐるぐると回してみせた。
イジュー
「…………」
イジュー
「もう、服を着ても良いか?」
イジューは上体を起こし、聞いた。
ヨーク
「好きにしろ。オッサンのパンツなんか、見たくもねえ」
イジュー
「だろうな」
イジューは衣服を着用し始めた。
下から。
ヨーク
「これに懲りたら、リホに近付くんじゃねえぞ」
イジュー
「……そうさせてもらおう。私は彼女に近付かない」
ヨーク
「手下なら近付いて良いとか、屁理屈こねんなよ」
イジュー
「悪党のやり方というものが、分かってきたようだな」
ヨーク
「全てに誓え」
イジュー
「誓おう。私も、私の部下も、君たちに危害を加えることは無いと」
ヨーク
「良し」
ヨーク
「それじゃ、帰るか。行くぞ。ミツキ。リホ」
ミツキ
「はい」
リホ
「あっ……」
ヨークは歩きだした。
ミツキはすぐに、ヨークの後に続いた。
リホは慌て、2人の後に続いた。
3人の足は、正門の方へと向かった。
イジュー
「…………」
イジューは、上着のポケットに手を入れた。
そしてそこから、魔弾銃を抜き出した。
イジューは銃を持ち上げた。
そして、銃口をヨークの背中に向けた。
照準が合わさった。
彼はヨークに聞こえない声で、小さく呟いた。
イジュー
「悪党は、誓いすら守らんのだ」
イジュー
「崇拝する神に誓おうが、家族、愛する者に誓おうが、平気で踏みにじる」
イジュー
「そんなことも分からんとは……なんと……なんと純朴な……」
イジューの人差し指に、力がこもった。
引き金が引かれた。
そして……。
イジュー
「……………………」
何も起こらなかった。
イジューの周囲は、静寂を保っていた。
イジュー
「安全装置を外すのを、忘れていた」
イジュー
「命拾いしたな。小僧」
イジューは魔弾銃を持ったまま、ヨークたちに背を向けた。
そして、別荘へと入っていった。
玄関広間へ。
そこから階段を上り、2階へ。
そして、左側の廊下の先へと進んだ。
イジューは書斎に入った。
そして、黒い文机に備え付けられている、革張りの椅子に腰掛けた。
イジューは魔弾銃を持ったまま、椅子の背もたれに、体重を預けた。
イジュー
「まったく……クソみたいな人生だったな」
イジューは片手で、銃の安全装置を外した。
そして、自分のこめかみへと、銃口を向けた。
硬い金属の感触が、イジューの頭に触れた。
イジュー
「すまなかった」
イジュー
「……さよなら。シホ」
銃声が響いた。
その音は、玄関広間までは届いたが、ヨークの耳には届かなかった。
ヨークたちは、銃声には気付かず、別荘の正門を出た。
そして、その前の通りを、宿屋に向かって歩いていった。
……。
リホ
「あの……」
歩きながら、リホが口を開いた。
ヨーク
「リホ?」
リホは、何か思いつめたような表情をしていた。
リホ
「ウチ……スカウトを受けようと思うっス」
ミツキ
「スガタ魔導器工房ですか?」
リホ
「はいっス」
ヨーク
「……どうしてだ?」
ヨークには、リホの気持ちが分からなかった。
工房で働くということは、今までの生活を捨てるということだ。
ヨーク
「俺は……楽しかった」
リホ
「そうっスね。ウチも楽しかったっス」
リホ
「けど、人生は楽しいだけじゃ、やって行かれないっスから」
リホ
「今までは、ウチには目標が有ったっス」
リホ
「会社をクビになって、社長を見返してやろうと思ってたっス」
リホ
「けど……社長がぶっ飛ばされるのを見て、大方の気は済んだっス」
リホ
「だからそろそろ、安定した人生を歩もうと思うっス」
ヨーク
「駄目なのか。俺たちと一緒じゃ」
リホ
「後ろ盾が欲しいんス」
リホ
「ウチは、狙い撃ちにされたっス」
リホ
「計算箱のこと、それに、今回のこと」
リホ
「ウチがフリーだから、後ろ盾が無いから、やりたい放題にされたっス」
リホ
「もうこりごりっス。ウチは弱いっスから」
リホ
「大企業に守られて、ぬくぬくと暮らしていきたいっス」
ヨーク
「……そうか」
ヨークは強い。
魔石ナイフの助けが有ったとはいえ、リホの奪還は上手くいった。
だが、誘拐を止めることは出来なかった。
敵の狙いがリホの命なら、殺されていたかもしれない。
ただの戦闘能力とは異なる、別種のパワー。
抑止力。
縁故や名声によって産み出される力。
今のヨークには、それが足りなかった。
ヨーク
「ごめんな。守ってやれなくて」
リホ
「ブラッドロードは悪くないっス!」
リホ
「けど……これがきっと最善なんス」
ヨーク
「俺は……」
ヨーク
(お前が見せてくれる、先の景色が見たかった)
ヨーク
「残念だけど、それがお前の意志なら、仕方ねーな」
リホには、彼女自身の意志が有る。
それを阻むことは、ヨークには出来なかった。
今までヨークは、リホの保護者のような立ち位置だった。
だがそれでも、リホはヨークの人形では、無いのだから。
リホ
「……はいっス」
ミツキ
「それでは……壮行会でも開きましょうか」
リホ
「感謝っス」
……その夜。
飲んで食べての、小さな宴が開かれた。
食堂での、ささやかな宴だ。
珍しく、ヨークは深酒をした。
宴が終わり、三人は寝室へ帰ってきた。
酒が回ったヨークは、真っ先にベッドに入った。
そして、すぐに眠ってしまった。
ヨーク
「……………………」
ミツキとリホは、ベッドの端に腰掛けた。
ミツキ
「どうしてですか?」
ミツキは短く、リホに問いかけた。




