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3の25「聖障壁殺しとリミッター解除」




イジュー

「黒蜘蛛。そのナイフに気をつけろ」


黒蜘蛛

「…………」


ヨーク

「ハッ。コイツがやばいって、バレバレじゃねえか」



 ヨークは、魔石のナイフを構えながら、前に出た。


 そして、軽く牽制し、隙を探った。


 だが黒蜘蛛は、守りに専念してみせた。


 そのおかげで、大きな隙は作らなかった。


 剣の腕は、ヨークの方が上だ。


 それでも、徹底して守られると、短剣で崩すのは難しかった。


 魔剣ナイフは脆い。


 強引な攻めで、損傷するわけにもいかない。


 じりじりとした時間が続いた。



ヨーク

「ずっと、にらめっこしてるつもりか?」



 ヨークは黒蜘蛛に声をかけた。



黒蜘蛛

「…………」



 黒蜘蛛から、返事は無い。


 2人が対峙してからずっと、黒蜘蛛は無言だった。


 沈黙のまま、睨み合うことになった。


 実を言えば、睨み合いの状況は、ヨークにとっては都合が良かった。



ヨーク

(待っていれば、いつかはミツキが来る。今よりも、状況は良くなるはずだ)


ヨーク

(けど……)


ヨーク

「勝ちてえな。お前に」


ヨーク

「お前には、クラスもスキルも無い」


ヨーク

「それに俺が負けたら……」


ヨーク

「それは俺っていう男が、お前に劣ってるってことだ」


ヨーク

「勝ちてえ」



 ヨークは、血の気の多い男子だ。


 勝利への意欲が有った。


 もしミツキに頼っても、負けでは無いのかもしれない。


 だがそれは、勝ちでも無かった。


 ただの妥協だ。


 ヨークは男として、妥協をしたくは無かった。


 自分の実力で、目の前の相手を倒したかった。


 それはどうしようもない、生まれ持っての闘争本能だ。


 雄の本能だ。


 ヨークの全身から、強い闘気が放たれ続けていた。



黒蜘蛛

「…………」



 ヨークの闘志を受けても、黒蜘蛛は揺るがなかった。


 ただ、ヨークの短剣を警戒していた。



ヨーク

「どっちが強いとか、弱いとか……」


ヨーク

「そんなこと、興味ねえか? 金持ちに雇われてる、お前には」


ヨーク

「けどまあ、行くぜ」



 ヨークは魔剣を地面に向けた。



ヨーク

(氷狼……百連)



 ヨークは内心で、呪文を唱えた。


 次々と、氷の狼が、出現した。


 玄関広間を、狼が埋め尽くしていった。



イジュー

「…………?」



 イジューは、疑問符を浮かべた。


 ヨークの意図が読めなかった。


 これだけの狼を作り出すのは、確かに見事だ。


 だが、どんな呪文だろうが、黒蜘蛛の障壁は、全てを無効化する。


 有効打になるとは、思えなかった。



ヨーク

「…………」



 ヨークは、魔剣の剣先を、黒蜘蛛に向けた。



ヨーク

「樹殺界」



 ヨークは唱えた。


 剣先に、魔法陣が出現した。


 魔法陣からは、樹木が現れた。


 奔放に、膨らみうねり、樹木は黒蜘蛛へと殺到した。


 だがそれらは、黒蜘蛛に近付いた先から、障壁に阻まれて、砕け散っていった。



黒蜘蛛

「…………」



 黒蜘蛛はただ立って、砕ける樹木を眺めていた。


 枝先1つ、黒蜘蛛には届かなかった。


 やがて樹木は消えた。


 瞬間。


 樹木の影に潜んでいた、氷狼の群れが、黒蜘蛛に奇襲をしかけた。


 黒蜘蛛は、動かなかった。


 何だろうが、違いは無い。


 木でも、氷でも、同じことだ。


 障壁を貫くことなど、出来ない。


 氷狼たちは、黒蜘蛛の本体に届くことなく、障壁の力で砕け散っていった。


 大きな音と共に。


 ヨークの膨大な魔力が、消費されていった。


 辺りに、大量の氷が飛び散った。


 黒蜘蛛の視界が、氷の破片で埋まった。


 そのとき……。



イジュー

「下がれ!」



 イジューが叫んだ。


 2階のイジューには、戦況が俯瞰出来ていた。


 ヨークの姿が、黒蜘蛛の側面に見えた。


 樹木も、氷の狼も、ただの目くらましに過ぎなかった。


 ヨークは氷の破片に隠れ、気配を消して、黒蜘蛛に忍び寄っていた。


 ヨークは黒蜘蛛を、短剣の間合いに捉えていた。



ヨーク

「シィッ!」



 ヨークは黒蜘蛛の肩を狙い、ナイフを突き込んだ。



黒蜘蛛

「…………」



 黒蜘蛛は、後ろに跳躍した。


 ヨークのナイフは、紙一重で、黒蜘蛛に届かなかった。


 たが、ヨークの手には、何かを裂いた感覚が有った。



ヨーク

(捉えた……!)


ヨーク

「炎矢!」



 ヨークの剣先から、火線が放たれた。


 それは、後退した黒蜘蛛を追った。


 障壁の力は、働かなかった。


 炎の矢は、黒蜘蛛を打った。


 黒蜘蛛の胴体で、爆炎が上がった


 空中に居た黒蜘蛛は、体勢を崩し、右肩から地面へと落ちた。



ヨーク

「捕らえろ!」



 ヨークが、残りの氷狼に命じた。


 狼は、黒蜘蛛にのしかかろうと、飛び掛っていった。


 だが……。


 再び障壁が、狼を阻んだ。


 同時に飛びかかった二体の狼は、以前と同様に、砕け散ってしまった。



ヨーク

(直ったのか。壁が)



 ヨークの短剣は、確かに壁を払った。


 だが、時間さえ有れば、1度無くなった障壁も、復活してしまうらしい。


 黒蜘蛛が、ふらりと立ち上がった。



ヨーク

(どうやら、このナイフが一瞬だけ、相手の壁を裂く)


ヨーク

(呪文1発分の、一瞬だ)


ヨーク

(……十分だ)


ヨーク

(ケンカになるなら、十分だ)



 勝機が見えた。


 そう感じたヨークは、闘志をみなぎらせた。



ヨーク

「どうした。来いよ。続きをやろうぜ」


黒蜘蛛

「…………」



 黒蜘蛛は、杖を片手に、ゆっくりとヨークに近付いた。


 そのとき……。



「ヨーク」



 ふっと。


 ヨークの前に、小さな背中が現れた。



ミツキ

「お待たせしました」



 ミツキは右手を上げた。


 スキルによって、大剣が出現した。


 ミツキの手が、大剣の柄を握った。


 ミツキは片手で、巨大な剣を持ち、ヨークへと振り向いた。



ヨーク

「着替えた?」



 別れた時と、ミツキの服装が変わっている。


 ヨークはそれに気がついた。



ミツキ

「ヨーク。デリカシーが無いですよ?」


ヨーク

「えっ?」


ミツキ

「今、傷を治療しますね」


ヨーク

「今、ノーダメージなんだが」


ミツキ

「……? 何を言っているのですか? アホなのですか?」


ヨーク

「色々あんだよ。男の子には」


ミツキ

「なるほど?」



 知ったことでは無かった。


 ミツキは剣を持たない方の手で、ヨークの脇腹に触れた。



ヨーク

「あっ……! ノーダメージなのに……!」


ミツキ

「はいはい」



 ミツキの手が、淡く輝いた。


 ヨークの傷が、癒えていった。



イジュー

「聖騎士が来てしまったか」


イジュー

「さらには、聖障壁殺しが、敵の手の内に有る」


イジュー

「残念だが、潮時だな」


ヨーク

「ギブアップか?」



 ヨークは2階のイジューを見上げた。



イジュー

「いや」


イジュー

「黒蜘蛛。リミッターを解除しろ」


ヨーク

「リミ……?」



 イジューの言葉に、黒蜘蛛がこくりと頷いた。


 そして……。




黒蜘蛛

「リミッター解除」




 黒蜘蛛が、初めて言葉を放った。


 高い声だった。


 次の瞬間……。


 室内が、赤い閃光に満たされた。



ヨーク

「…………!?」



 ヨークは思わず、腕で自身の目を覆った。


 やがて、閃光は収まった。


 ヨークは黒蜘蛛を見た。


 黒蜘蛛の鎧、その隙間から、赤い光が漏れ出しているのが見えた。



ヨーク

「何だ……?」



 黒蜘蛛に、何かが起きた。


 それが何なのか、ヨークには予想がつかなかった。



黒蜘蛛

「…………」



 黒蜘蛛の体が、少し前に傾いた。



ミツキ

「ヨーク!」



 ミツキがヨークを、突き飛ばした。



ヨーク

「っ!?」



 気付いた時には、黒蜘蛛が、ミツキのすぐそばに、迫っていた。


 今までよりも、格段に速い。



ミツキ

「…………!」



 黒蜘蛛の杖が、ミツキを襲った。


 ミツキは杖を、大剣で受けようとした。


 杖が、剣の腹を打った。


 そして……。



ミツキ

(剣が……!?)



 頑丈なはずの剣が、杖の圧に負け、折れて砕けた。



黒蜘蛛

「…………」


ミツキ

「が……っ!?」



 続く2撃目が、ミツキの腕をえぐった。


 ミツキの体が宙に浮いた。


 そして、広間の壁へと吹き飛ばされた。


 壁の建材が砕かれた。


 広間に大穴が開いた。


 ミツキは、壁向こうの部屋へと、転がり込んだ。



ヨーク

「ミツキ!」


ミツキ

「う…………」



 ミツキは立ち上がった。


 そして、よろよろと広間に帰還した。


 スキルを使って、剣を1本取り出した。


 最初の剣よりも小さい。


 予備の剣だった。


 ミツキは剣を片手に、黒蜘蛛に向かっていった。


 黒蜘蛛は即座に、ミツキの間合いに踏み込んだ。


 そして、杖を剣へと叩きつけた。


 2本目の剣は、1本目より脆かった。


 容易く砕かれた。


 ミツキは無防備になった。


 そして、追撃。


 黒蜘蛛の杖が、ミツキの胸を打った。



ミツキ

「はぐ…………っ!」



 ミツキの体が、宙高く打ち上げられた。


 天井すれすれまで飛び、頭から地上へと落下していった。



ヨーク

「っ……!」



 ヨークは駆けた。


 落ちるミツキの体を、ヨークが受け止めた。



ヨーク

「大丈夫か? ミツキ」



 ヨークはミツキを抱きかかえたまま、彼女に声をかけた。



ミツキ

「ヨーク……。下ろして……ください……」


ミツキ

「私は……まだやれます……」


ヨーク

「うん。分かってる」


ヨーク

「……けど、暴れたい気分なんだ」


ヨーク

「悪いが、譲ってくれ」


ミツキ

「……はい」



 ミツキは、まぶたを閉じた。


 ヨークは、抱きかかえたミツキを、部屋の隅に下ろした。


 そして、ポケットに有ったポーションを、彼女の口に流し込んだ。



ミツキ

「…………」



 ミツキの呼吸が、少し穏やかになった。


 それを見ると、ヨークは黒蜘蛛に近付いていった。



ヨーク

「てめぇ……」



 ヨークは黒蜘蛛を、睨みつけた。


 その表情には、明らかな怒りが有った。


 ミツキを痛めつけられたから……。


 それだけでは、無かった。



ヨーク

「力を、隠してたワケだ」


ヨーク

「この俺を、舐めてやがったワケだ」



 ヨークは半分は、自分自身に怒っていた。


 相手の全力を、引き出せなかった自分に。



黒蜘蛛

「…………」


ヨーク

「なあ」


ヨーク

「お前にそれだけの力が有るなら、こっちも手加減は出来ねえ」


ヨーク

「次からの攻撃は、全力で撃つ」


ヨーク

「もし当たれば、お前は死ぬかもしれねえ」


ヨーク

「俺が負けたら、あのオッサンは、俺たちを生かしちゃいないだろう」


ヨーク

「つまり、どっちかが死ぬわけだ」


ヨーク

「あの金持ちに、いくら貰ってんのか知らねえけどよ……」


ヨーク

「馬鹿馬鹿しいと思わねえか?」


黒蜘蛛

「…………」



 黒蜘蛛は、まっすぐに構えた。


 ヨークの言葉に、耳を貸すつもりは、無いようだった。



ヨーク

「そうかよ」


ヨーク

「外でやろうぜ。ここは狭い」



 ヨークはミツキを、ちらりと見た。


 ヨークが全力を出せば、ミツキにも危険が及ぶ。



イジュー

「…………」



 イジューは渋い顔で、ヨークを見ていた。


 外での戦いを、許可するべきなのか。


 それを悩んでいる様子だった。



ヨーク

「心配すんなよ」


ヨーク

「人質が居んのに、逃げたりはしねえ」


ヨーク

「行こうぜ」


黒蜘蛛

「…………」



 ヨークは、壊れた玄関扉に向かった。


 イジューはそれを、止めなかった。


 ヨークと黒蜘蛛は、外へと出た。


 イジューたちも、それに続いた。


 広い庭で、ヨークと黒蜘蛛は、向かい合った。



ヨーク

「俺はヨーク=ブラッドロードだ。お前は?」


黒蜘蛛

「…………」


ヨーク

「……無愛想な奴だな。まあ良い」



 ヨークは魔剣を構えた。



ヨーク

「真剣勝負だ。死んでも恨むなよ」



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