３の２３「鉄人と絶対防御障壁」
とある邸宅の屋上に、ヨークが立っていた。
見知らぬ他人の別荘だ。
物見台の代わりにしていた。
ヨークの視線の先には、イジューの別荘が有った。
ヨーク
（あれが家か……）
ヨーク
（でかいな。金持ちの家ってのは）
今ヨークが居るのは、高級住宅街だ。
辺りに見えるのは、金のかかった家ばかり。
貧相な家など、１軒も見当たらない。
その中でも、イジューの別荘は、さらに大きく見えた。
前庭すらが、広大な敷地を有していた。
本邸にたどり着くのすら、一苦労しそうだった。
猫で乗り入れるのを、前提にしているのだろうか。
ヨーク
（さて、どう攻める？）
ヨークは短く思案した。
そして……。
ヨーク
（ミツキなら、もっと慎重にやるんだろうがよ）
ヨークは、屋上から飛び降りた。
街路に着地。
イジューの別荘へと、駆けた。
ヨークの前方に、格子の門が有った。
別荘の正門だ。
その高さは、３メートルは有る。
門の前に来ると、ヨークは地面を蹴った。
ヨークの体は、軽々と宙に舞い上がった。
あっさりと、ヨークは門を超えていた。
ヨーク
「雑にやらせてもらうぜ」
庭に着地したヨークは、魔剣を抜刀し、構えた。
そして、呪文を唱えた。
ヨーク
「氷狼、二十連」
ヨークの眼前に、氷の狼が出現した。
数は２０。
ヨークは、その中から１体を選び、背に飛び乗った。
またがるのではなく、両の足で、背中の上に立った。
ヨークの体幹はすらりと伸び、揺らがなかった。
ヨーク
（練習したからな）
ヨーク
（今日は、冷たくなんてならねえぞ）
ヨーク
「さあ、行け」
狼の群れが、走り出した。
狼は、ヨークのための露払いとして、敵を探した。
そして前庭で、鉄人形と遭遇した。
狼は、鉄人形に飛びかかった。
押し倒し、抑え込み、無効化するつもりだった。
だが……。
鉄人形
「…………」
鉄人形の体が、赤く輝いた。
爆炎が上がった。
炎は氷狼を、包み込んでいった。
ヨーク
（爆発？ でかいな）
ヨークの視界の端に、爆炎が映った。
炎は天高く伸びていた。
並の魔術では無い。
ヨークはそう考えた。
ヨーク
（高レベルの魔術師が、待ち構えてたってわけか）
爆発の現場で何が起きたのか、ヨークは察知していなかった。
狼の動きは把握している。
だが、敵の攻撃手段までは、今のヨークでは、まだ感じ取れなかった。
ヨークは、存在しない魔術師に、警戒心を募らせた。
そのとき、別の方向からも爆炎が上がった。
二つ、三つ、四つ。
全て、鉄人形の仕業だった。
ヨーク
（多いな）
ヨーク
（流石は金持ち。護衛の人数も十分ってわけだ）
ヨーク
（迂闊に出過ぎるのは、危険か……）
ヨーク
（それなら……！）
ヨークは呪文を唱えた。
ヨーク
「氷狼、２００連」
２００体の氷狼が、ヨークの眼前に出現した。
ヨーク
（流石に壮観だな。これは）
ヨーク
（さあ、対処しきれるか？ 護衛の魔術師ども）
ヨークは『護衛の魔術師』を倒すため、大量の氷狼を放った。
氷狼は、広い庭を、縦横無尽に駆け回った。
あちこちで、爆炎が上がった。
その数は、５０は下らない。
ヨークは、庭の制圧を狼に任せ、自身は館へと向かった。
玄関の方角へ、まっすぐに。
ヨーク
「…………」
ヨークは周囲を見回しながら、玄関へと近付いていった。
玄関への道のりで、爆炎の痕がいくつか見えた。
そして、鉄くずが落ちているのも見えた。
疑問に思ったヨークは、狼から飛び降りた。
そして、鉄くずを拾い上げた。
ヨーク
（何だ？ これは……）
それは、爆散した鉄人形の、破片だった。
鉄人形と交戦していないヨークには、それが何なのか分からなかった。
ヨーク
（分からん）
ヨークは、鉄くずに興味を無くし、放り投げた。
そして、玄関扉の前へと歩いた。
ヨーク
（……攻撃は来ない。狼たちがやってくれたか）
ヨーク
「さて……」
ヨークは扉に向けて、鋭い中段蹴りを放った。
貴重な高級木材が、木屑となって散らばっていった。
ヨークは堂々と、玄関から邸宅に侵入した。
玄関扉の奥は、広いホールになっていた。
ホールの奥側には、隣接する部屋への扉。
少し手前の左右には、二階への階段。
さらに手前には、左右に伸びる廊下が見えた。
ホールに人の姿は無かった。
ヨーク
「…………？」
ヨーク
（庭にあんだけ人を集めて、中の警備は無しか？）
ヨーク
（リホは……地下だったか）
ヨーク
（地下牢への入り口なんて、どうせ分かりやすい場所には、ねえんだろうな）
ヨーク
（面倒ッくせえな）
ヨーク
「ブチ抜くか？」
面倒くさくなったヨークは、魔剣を下へと向けた。
床に大穴を開ければ、地下へのショートカットになるかと思った。
だが、リホを巻き込んでしまうかもしれない。
それだけが気がかりだった。
イジュー
「それは困るな」
男の声が聞こえた。
ヨークは、声がした方を見た。
上だ。
ホールに有る階段の先、二階通路に、イジューの姿が見えた。
それに、リホとクリスティーナの姿も。
リホ
「…………」
ヨーク
（リホ……！）
イジュー
「この別荘は高かった。あまり傷をつけないで欲しいものだ」
ヨーク
「上かよ」
ヨーク
「地下に隠れてるんじゃ無かったのか？」
イジュー
「お前が来ることは、分かっていた」
イジュー
「館の主人らしく、出迎えてやろうと思ってな」
ヨーク
「上から目線か？」
ヨーク
「えらっそうだな。金持ちって連中は」
イジュー
「偉いのだから、仕方が無い」
ヨーク
「けど、人さらいは偉くねえな」
イジュー
「そうだな」
イジュー
「だが、許される」
イジュー
「最大手の、魔導器工房の、社長」
イジュー
「その肩書きが有れば、許される」
イジュー
「パワーとは、そういうものだ」
ヨーク
「許さねえよ？」
ヨーク
「パワフルだからな。俺は」
イジュー
「なるほど」
イジューはそう言って、ヨークの全身を観察した。
イジュー
「見事なまでに、無傷だな」
イジュー
「出来損ないの鉄人形など、相手にならなかったというわけか」
ヨーク
「鉄人形？ 何だそりゃ？」
イジュー
「あの程度の防衛網など、無いに等しい。そういうことか」
ヨーク
「…………？」
ヨーク
（魔術師連中のことか？ コイツ、自分の部下を、人形とか呼んでんのか？）
ヨーク
（捻じ曲がってやがるな。ホントに）
ヨーク
「まあ良い」
ヨーク
「待ってろリホ。今助けてやるからな」
リホ
「ブラッドロード……」
リホ
「今すぐここから逃げるっス」
ヨーク
「は？」
ヨーク
「せっかく助けに来てやったのに、なんだよその態度は」
ヨーク
「はぁ……。やる気無くすぜ」
リホ
「冗談で言ってるんじゃないっス！」
リホ
「今のあいつには、絶対敵わないっス！」
イジュー
「命令する」
イジュー
「ミラストック。余計なことは話すな」
イジューの命令を受けて、リホの首輪が光った。
リホ
「う……」
リホの口が閉じられた。
ヨーク
「首輪かよ」
イジュー
「そうだ」
ヨーク
「外道が」
ヨーク
「車椅子くらいは、覚悟しとけよ。お前」
イジュー
「そうか。部下に良い物を作らせなくてはな」
ヨーク
「行くぜ」
ヨークはイジューに戦意を向けた。
だが、イジューには一片の闘志も無かった。
イジュー
「黒蜘蛛」
イジューはただ、そう呟いた。
ヨーク
「……！」
二階から、影が飛び出した。
それは、黒鎧の討ち手。
黒蜘蛛と呼ばれる戦士だった。
黒蜘蛛は、黒い杖を手に、ヨークに向かって飛びかかった。
ヨーク
（こいつが用心棒か……！）
ヨーク
（舐めやがって……！）
ヨーク
（どんな奴でも、落ちるスピードはトロいって、相場は決まってんだよ！）
ヨーク
「樹縛！」
ヨークは呪文を唱えた。
床に、魔法陣が出現した。
魔法陣からは、細い樹木が現れた。
樹木は、黒蜘蛛を捕らえようと伸びた。
通常であれば、避けられないはずだった。
だが……。
ヨーク
「ッ！？」
樹木は、黒蜘蛛から５０センチほどの距離で、弾け飛んだ。
迎撃の呪文は、不発に終わった。
黒蜘蛛は、ヨークに対し、細身の杖で殴りかかった。
ヨーク
「くっ！」
ヨークは杖を魔剣で受け、後ろに下がり、距離を取った。
ヨーク
「チッ……！」
ヨークは魔剣を構えながら、思案した。
ヨーク
（今のは防護呪文か……？）
ヨーク
（それなら、こいつのクラスは、治癒術師か、聖騎士……）
ヨーク
（『戦力評価』！）
ヨークは心中で、スキル名を唱えた。
黒蜘蛛のクラスとスキルが、表示される。
そのはずだった。
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クラス なし レベル０
スキル なし レベル０
ＳＰ １０７０
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ヨーク
「…………！？」
黒蜘蛛には、クラスもスキルも無い。
ヨークのスキルが、そう告げていた。
ヨーク
「嘘だろ……！？」
ヨーク
「クラスもスキルも無い奴が、どうして……！」
黒蜘蛛は、再びヨークに襲いかかった。
ヨーク
「冒険者とマトモに戦えンだよッ！」
魔剣と杖とで、打ち合いになった。
お互いの武器が、火花を散らした。
パワーはほぼ互角だった。
だが、技量や経験では、ヨークが勝っていた。
ヨーク
（隙ッ！）
黒蜘蛛の隙を見て、ヨークが打ち込んだ。
だが、届かない。
黒蜘蛛の防御が、間に合ったわけではない。
ヨークの呪文を防いだ、謎の力。
その力によって、ヨークの剣は弾かれてしまった。
ヨーク
「何されてんだよ！？ 俺はッ！」
苛立ちから、ヨークが怒鳴った。
イジュー
「知りたいか？」
ヨーク
「ああ！ 頼むねっ！」
イジュー
「魔導器の力だ」
ヨーク
「そんなデタラメな魔導器、聞いたことがねえよ」
イジュー
「そうだろう。世に出回っては、いないからな」
イジュー
「その鉄人、黒蜘蛛は、クリスティーナ＝サザーランドの最高傑作」
イジュー
「そして、絶対防御障壁は、リホ＝ミラストックの最高傑作だ」
ヨーク
「リホの……！？」
ヨーク
（そういやアイツ……何か作ってやがったな）
強力すぎる。
リホは自分の作品に対して、そんな風に言っていた。
何を大げさに言っているのか。
その時のヨークは、そんな風にも考えていた。
だが、決して大げさなどでは無かったらしい。
この魔導器は、不味い。
イジュー
「レベル２００を超える魔術師が来ると言うのでな。少し拝借させてもらったよ」
イジュー
「眉唾だったが、剣で黒蜘蛛を圧倒する、呪文使いとはな」
イジュー
「この目で見れば、信じる他無い」
イジュー
「その若さで、本当に、大したものだ」
イジュー
「あと何年か腕を磨けば、あの大賢者にすら届くかもしれん」
イジュー
「素晴らしいな。ヨーク＝ブラッドロード」
ヨーク
「……俺のファンかな？」
イジュー
「立場が違えば、そうなったかもしれんな。だが……」
イジュー
「私には目障りだ。その強さは」
イジュー
「消えてもらう」
イジュー
「冒険者よ。お前の未来を絶つ」
