3の22「鉄と爆炎」
イジュー
「破壊しなかっただけ、慈悲深い」
イジュー
「そう思ってもらいたいものだが」
リホ
「思うわけ無いっス」
リホ
「ここは……社長の家っスか?」
イジュー
「そうだが?」
リホ
「そうなんスね。ここは……社長の家の、地下牢」
イジュー
「…………待て」
イジュー
「不合理だ」
イジュー
「今……そういう会話の流れだったか?」
リホ
「……なんの話っスか?」
イジュー
「お前に、人を騙す才能は、無い」
リホ
「はぁ。それが?」
イジュー
「さっきの箱は、本当に計算箱か?」
リホ
「…………」
イジュー
「黒蜘蛛、箱を奪え」
黒蜘蛛
「…………」
黒蜘蛛は、リホに歩み寄った。
イジューの命令どおりに、リホから箱を奪おうとした。
リホは抵抗しなかった。
どうせ、黒蜘蛛には勝てない。
呆気なくさらわれた時点で、それは分かっていた。
黒蜘蛛は、遠話箱を手中に収めた。
イジュー
「寄越せ」
黒蜘蛛
「…………」
黒蜘蛛は、イジューに箱を差し出した。
イジューは箱を、受け取った。
そして、顔に近付けて、観察した。
イジュー
「遠話箱というやつか」
リホ
「…………!」
イジュー
「お前の図面に有った」
イジュー
「まさか……実用化されているとはな」
リホ
「ウチの図面、ちゃんと読んでたんスね」
イジュー
「仕事だからな」
イジューは、遠話箱の魔石を押した。
ヨークたちとの遠話が、断たれた。
イジュー
「……それで?」
イジュー
「ここの場所が分かっても、衛兵は動かんぞ」
リホ
「端から衛兵なんて、当てにして無いっス」
リホ
「ブラッドロードは、ウチを決して見捨てないっス」
イジュー
「ブラッドロード?」
イジュー
「商会……。いや……」
イジュー
「ヨーク=ブラッドロードか。マレル家の長子を、殺したという」
リホ
「マレル? ちょっと前に騒動を起こした、公爵家っスか?」
リホ
「……ううん。それよりお前、ブラッドロードを知ってるんスか?」
イジュー
「噂程度にはな」
イジュー
「まさか……付き合っているのか? その男と」
リホ
「別に……。ただのお友だちっス」
イジュー
「……そうか」
イジュー
「それで? その男が、今からここに来ると?」
リホ
「そのとおりっス」
イジュー
「豪気なものだな」
イジュー
「ただの友人を助けるために、死にに来るとは」
リホ
「ブラッドロードは強いっス! お前なんかに、負けないっス!」
イジュー
「なるほど。それは怖い」
イジュー
「それなら、話してもらおうか」
イジュー
「ヨーク=ブラッドロードという人物の、手の内を、弱点を」
イジューは首輪を手に、リホに近付いて行った。
リホを、奴隷にするつもりだった。
イジューの手中の首輪が、リホの首へと伸びた。
リホ
「嫌っ……!」
嫌悪感から、リホは両手で、イジューを突いた。
リホの手の平が、イジューの胸を打った。
イジュー
「ぐあ……!?」
イジューは吹き飛ばされ、地面に転がった。
それを見た黒蜘蛛は、即座にリホに、手を伸ばした。
黒蜘蛛
「…………」
リホ
「あうっ……!」
リホの手首が、掴まれた。
リホは、腕を背中側に回され、拘束された。
イジュー
「ぐっ……ごほっ……」
イジューは、苦しそうに立ち上がった。
イジュー
「サザーランド。回復を」
クリスティーナ
「…………」
クリスティーナは、不機嫌そうな顔で、イジューに歩み寄った。
そして、無言でイジューに触れた。
クリスティーナ
「風癒」
クリスティーナは、呪文を唱えた。
イジューは、薄緑色の光に、包まれた。
イジューの体が、徐々に癒えていった。
体調を、取り戻したイジューは、リホの前へと歩いた。
リホは、黒蜘蛛にしっかりと拘束され、動けなかった。
イジュー
「驚いた。大した力だ」
イジュー
「パワーレベリングを、してもらったというわけだ。ブラッドロードに」
リホ
「まさか」
リホ
「ウチの、魔導器の力が有れば、迷宮くらい、ちょちょいのちょいっスよ」
イジュー
「まったく……。ただの泣き虫だと思っていたのが、逞しくなったものだ」
リホ
「気持ち悪いこと、言わないでもらえるっスか?」
リホ
「それよりも……」
リホ
「コイツ、何スか?」
リホは体をひねり、視線を背後に向けた。
リホの視線が、黒蜘蛛へと向けられた。
イジュー
「何……というのは?」
リホ
「コイツの手足の動き、人間じゃ無いっス」
リホ
「上手く似せてるけど、別物っス」
リホ
「アンタら……いったい何を作ったんスか……?」
クリスティーナ
「…………」
イジュー
「お察しの通り、ソレは魔導器だ」
イジュー
「サザーランドの、最高傑作といったところかな」
リホ
「なるほど」
リホ
「相変わらず、ウチの理解の、遥か上を行く女っスね」
リホ
「サザーランド……」
リホ
「せんぱい」
リホ
「ウチは……お前に勝ちたかったっス」
クリスティーナ
「…………」
イジュー
「無駄話は、そこまでだ」
イジューはリホに、首輪を嵌めようとした。
今度は、黒蜘蛛のせいで、抵抗出来なかった。
がちりと。
リホの首に、奴隷の首輪が嵌められた。
リホ
「っ……!」
イジュー
「話してもらうぞ。ブラッドロードとやらのことを」
……。
ヨークとミツキは、ドミニ魔導器工房の、正面口から出てきた。
ミツキ
「穏便に話してもらえて、良かったですね」
ミツキはスキルを用い、大剣を『収納』した。
彼女は工房の人たちに、ちょっとした事情聴取を行っていた。
彼らは快く、ミツキの質問に答えてくれた。
ヨーク
「ああ」
ミツキは、王都の地図を、ヨークに見せた。
そして、2点を順番に指し示した。
ミツキ
「ここが、イジュー=ドミニの本邸」
ミツキ
「そして、こちらが別荘です」
ミツキ
「どちらへ向かいますか? ヨーク」
ヨーク
「そうだな……」
ヨーク
「二手に分かれるってのは、どうだ?」
ミツキ
「分かりました。私はどちらを担当しましょうか?」
ヨーク
「本邸を頼む」
ヨーク
「別荘の方が、クサい気がする」
ミツキ
「クサい……ですか?」
ヨーク
「リホは、地下牢に居るって言ってただろ?」
ミツキ
「はい。それが?」
ヨーク
「ちょっとでも、良心とか危機感が有るなら、自宅に地下牢なんざ、作りたくない気がするんだよな」
ミツキ
「良心と危機感が有るのなら、誘拐などしないと思うのですが」
ヨーク
「かもな」
ヨーク
「とにかく、俺は別荘に行く」
ミツキ
「了解しました。本邸はおまかせ下さい」
ヨーク
「無理はするなよ? 危ないと思ったら、俺と合流しろ」
ミツキ
「こちらのセリフなのですが?」
ヨーク
「そうか? 行くぞ」
ミツキ
「はい」
二人は、魔導器工房の屋根に、跳躍した。
そして、別々の方向へと、跳び去っていった。
……。
数分後。
ミツキは、イジューの本邸に、辿り着いた。
慎重に、気配をうかがいながら、敷地へと侵入していった。
やがてミツキは、玄関が見える位置にまで来た。
庭木の裏から、ミツキは邸宅を、観察した。
玄関前に、一つの人影が見えた。
その人物は、ミツキと同じく、フード付きローブを身にまとっていた。
そして、大きめのフードを、深めにかぶっていた。
そのせいで、顔はよく見えなかった。
ミツキ
(見張り……)
ミツキ
(まずは……あれを落とす)
ミツキは、側面から素早く、人影に襲い掛かった。
そして、背後へと回り込んだ。
そのまま首に腕をかけ、絞め落とそうとする。
その時……。
ミツキ
「なっ!?」
逆に相手の方が、ミツキの腕を掴んできた。
凄まじい握力だった。
ミツキは、首を絞めた体勢のまま、動けなくなった。
ミツキ
(この感触……人の体では無い……!?)
ミツキがもがくと、相手のフードが外れた。
現れたのは、人間の顔では無かった。
デッサン人形のような、のっぺらぼうの頭部だった。
ミツキが人だと思っていたのは、人では無かった。
鉄の人形だった。
そして……。
鉄人形が、赤く輝いた。
ミツキ
(不味い!?)
ミツキは、鉄人形から離れようとした。
だが、腕をがっしりと掴まれて、動けなかった。
ミツキ
「…………!」
閃光。
そして、爆発。
鉄人形を中心に、爆炎が広がった。
炎はミツキの全身を、包み込んだ。
ミツキ
「ぐ……ぁ……」
爆炎が消え、ミツキの姿が現れた。
彼女は、軽い火傷を負っていた。
この程度で済んだのは、高いクラスレベルのおかげだろう。
その証左として、純白だったローブは、見る影もなく焼け焦げていた。
下の衣服にまで穴が空き、乳房や太腿が、姿をのぞかせていた。
自爆した鉄人形は、粉々に、爆発四散していた。
だが、ミツキを掴んだ手だけが、その姿を残していた。
ミツキは、腕にくっついている鉄の手を、引きちぎった。
そして、強く地面に叩きつけた。
鉄人形の手は、粉々に砕け散った。
ミツキ
「よくも……」
ミツキはボロボロになったローブを見て、言った。
ミツキ
「よくもよくもよくもよくも……!」
ミツキ
「ご主人様に買っていただいた……私のローブを……!」
ミツキの顔が、憤怒に染まった。
だが……。
ミツキ
「…………違う」
ミツキは理性をもって、その怒りを抑え込んだ。
ミツキ
「私程度のことは、どうでも良い。冷静にならないと」
ミツキは深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。
そして、邸宅の方を見た。
爆発のせいで、玄関周りはボロボロになっていた。
ミツキ
「…………」
ミツキは歪んだ扉を、蹴破った。
そして、玄関ホールの様子をうかがった。
中に、人影らしきものは、見えなかった。
ミツキは呪文を唱えた。
ミツキ
「命視」
生き物の反応を、探知する呪文だった。
ミツキの呪文では、邸宅の中に、人の気配は感じられなかった。
ミツキ
(こっちはハズレでしょうか……?)
そう考え、ミツキは、鉄人形の破片を、見下ろした。
ただの警備に用いるような、代物では無い。
侵入者を予期し、殺害を意図して、配置された物。
ミツキには、そのように見えた。
ミツキ
(この対応……。敵は、こちらがやって来ることを、既に知っている)
ミツキ
(早く、ご主人様と合流しなくては)
ミツキ
(ご主人様は……私よりも脆い)
ミツキは急ぎ、焼けた衣服を脱いだ。
裸になると、スキルで着替えを取り出して、着用した。
そして、脱いだ衣服を、スキルで『収納』した。
着替えが終わると、ミツキは駆けた。
ヨークと合流するため、イジューの本邸から離れた。
後には、鉄クズだけが残されていた。




