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３の２０「遠話箱と黒鎧」

　ヨークたちは、エボンの工房を訪れていた。

　エボンは以前のように、魔導器のフレームを組み上げていった。

　やがて、新作の魔導器、その試作品が完成した。

エボン

「組みあがったぜ」

リホ

「じゃじゃ～んっス！」

　工房の机の上に、いくつもの小箱が並べられていた。

　平べったい金属のフレームに、複数の穴が空いていた。

　穴からは、小さな魔石が飛び出していた。

　その見た目は、ものすごく計算箱に似ていた。

リホ

「どうしたんスか？　反応薄いっスね」

ヨーク

「いや……。なんつーか……」

ミツキ

「前と見た目が、変わらないような気がするのですが……」

リホ

「全然違うっス。これだから素人はっス」

ミツキ

「……試作品なのに、いくつも作ったんですね」

リホ

「これは、１つだと意味が無いんスよ」

ヨーク

「…………？」

ヨーク

「何する道具なんだよ？　それは？」

リホ

「むっふっふ～。これはっスね～」

リホ

「なんと、『遠話箱』っス！」

エボン

「えん……？」

ヨーク

「つまり、何？」

リホ

「えっと……ブラッドロードの知能に合わせて、説明をするとっスねぇ」

リホ

「ブラッドロードは、念話の指輪は知ってるっスか？」

ヨーク

「それくらいなら知ってる」

　バジルたちと再会したとき、ドスに貰った。

　そのおかげで、彼らの窮地を救うことも出来た。

　指輪は今も、ヨークの指にはめられている。

　もう何ヶ月も、それは機能していない。

リホ

「この遠話箱はっスね、それの発展型みたいな感じっスね」

ミツキ

「具体的には？」

リホ

「念話の指輪は、ペアになった指輪相手にしか、連絡が出来ないっス」

リホ

「けど、遠話箱はっスね、話す相手を、切り替えることが出来るんス」

リホ

「それに、念話の指輪じゃ無理なくらい、遠くの相手にも連絡が出来るっス」

ヨーク

「遠くって、どのくらいだ？」

リホ

「実際に試したわけじゃないっスけど、５０００キロメートルくらいなら、余裕だと思うっス」

ミツキ

「それは凄いですね」

ヨーク

「数字が凄すぎて、逆によく分からんな」

リホ

「そうっスか？」

　ヨークの村から王都ですら、１０００キロメートルも無い。

　相当な距離だと言えた。

リホ

「それで、お客さんに売る前に、きちんと動くかテストする必要が有るっス」

ヨーク

「そうだな。これ、どうやって使うんだ？」

　ヨークはそう言って、遠話箱を手に取った。

リホ

「これらの遠話箱の一つ一つに、番号が振り分けられているっス」

リホ

「箱の裏の、シールに書いてあるのが、それっスね」

リホ

「別の遠話箱で、話したい遠話箱の番号を入力すると、会話が通じるようになるっス」

ヨーク

「さっそくやってみるぞ」

リホ

「どうぞっス」

リホ

「番号を入れる前に、いちばん大きな魔石を押すっスよ」

ヨーク

「分かった」

　リホは、遠話箱を手に取った。

　そして、遠話箱の裏面を、ヨークに見せた。

　裏面に、シールが貼られているのが見えた。

　ヨークはそれを見て、シールに記された番号を入力した。

ヨーク

「……押したが」

リホ

「もう会話出来るっスよ」

ヨーク

「そうか？　分かりにくいな。これ」

　会話が可能な状態と、そうでない状態。

　箱の外見からは、区別がつかなかった。

リホ

「言われてみれば、そうっスね」

ヨーク

「音が出るとか、光るとか、なんか分かりやすくした方が、良いんじゃねえの？」

ヨーク

「光れ」

リホ

「分かったっス。その辺は、後で調整するっス」

リホ

「まずは、遠話がちゃんと出来るか、チェックするっす」

ヨーク

「チェキダウ。どう話せば良いんだ？」

リホ

「箱の上側の穴から、相手の声が出るっス。下側の穴に向かって話すっス」

リホ

「こうやるっスよ」

　リホは遠話箱を、顔の側面に添えた。

　それを見て、ヨークも同じようにした。

ヨーク

「あーあーあー。聞こえるか～？」

リホ

「はい。聞こえるっスよ」

　前方から、リホの声が届くのと、ほぼ同時。

　遠話箱からも、リホの声が聞こえてきた。

ヨーク

「うおっ！？　穴から声が来た！？」

　耳を、くすぐられるような感覚。

　ヨークの体が、びくりと震えた。

リホ

「ふふっ。そういう魔導器だって、言ってるじゃないっスか」

ミツキ

「…………」

　仲の良い２人を、ミツキは物欲しそうに見た。

ヨーク

「ミツキ、お前も使うか？」

ミツキ

「アッハイ」

ミツキ

「色んな人がテストした方が、良いと思いますしね」

リホ

「それじゃ、ウチはエボンと代わるっス」

ミツキ

「えっ？」

エボン

「どうした？」

ミツキ

「初めての相手が、オジサンというのはちょっと……」

エボン

「つれねえなオイ！？」

ヨーク

「まあまあ。遠話箱は、まだ有るからさ」

　ヨークはそう言って、机の上の遠話箱を、エボンに渡した。

ヨーク

「俺とやろうぜオッサン」

エボン

「おう」

ミツキ

「…………」

リホ

「それじゃ、ミツキはウチとっスね」

ミツキ

「……はい」

　ミツキは、遠話箱を手に取った。

　そして、裏のシールをリホに見せた。

　リホは、ミツキの遠話箱の番号を、入力した。

リホ

「準備オッケーっス」

リホ

「ミツキ～。行くっスよ～」

ミツキ

「はい」

　ミツキは、遠話箱を顔に当てた。

リホ

「テストテストっス」

ミツキ

「ひゃっ！？」

　リホの声が、ミツキの耳をくすぐった。

　ミツキの体が、びくりと震えた。

リホ

「ふふっ。ブラッドロードと同じ反応っスね」

ミツキ

「む……」

リホ

「ちなみに、もう１度この魔石を押すと、遠話は止まるっス」

ミツキ

「ソウデスカ」

リホ

「次は、ミツキの方から遠話するっスよ」

ミツキ

「分かりました」

　……。

　テストは続いた。

　全ての遠話箱が、きちんと機能することが確認された。

リホ

「とりあえずは、問題が無いみたいっスね」

ヨーク

「これで完成なのか？」

リホ

「いいえっス」

リホ

「次は、遠話可能距離の、テストをするっスよ」

エボン

「……何のテストだって？」

リホ

「距離が離れても、遠話が途切れないか、テストするっス」

ヨーク

「分かった。どうすれば良い？」

リホ

「遠話箱で話しながら、王都の端まで移動するっス」

リホ

「それと、ウチが自分で確認したいっスから、ウチとあと１人でやるっス」

ヨーク

「それなら、俺が行くか」

リホ

「それで良いっスか？　ミツキ」

ミツキ

「はい」

リホ

「それじゃ、留守番をお願いするっス」

ミツキ

「了解しました」

　……。

　リホとヨークは、武器屋を出た。

　そして、それぞれが、反対方向へと歩いた。

　ヨークは南へ。

　リホは王都の通りを、北へと歩いていった。

　彼女の手には、遠話箱が、ずっと握られていた。

リホ

「ブラッドロード。ヨーク＝ブラッドロード。聞こえるっスか？」

ヨーク

「ああ。聞こえるっスよ。けどな」

リホ

「なんスか？」

ヨーク

「隣に誰も居ないのに、一人でブツブツ喋ってるヘンタイだと思われてる。辛い」

リホ

「えっ？」

ヨーク

「お前の方が、こういうの苦手だと思ってたけど、タフになったようで安心したわ」

リホ

「…………」

　ヨークの言葉を受けて、リホは周囲を、キョロキョロと見た。

　確かに、周囲からの視線が感じられた。

リホ

「気付かなかったっス。良く見ると、めっちゃ見られてるっス」

ヨーク

「余計なこと言ったな。悪い」

リホ

「……気分が悪くなってきたっス」

ヨーク

「大丈夫か？」

リホ

「ギリギリセーフっス」

ヨーク

「帰ってミツキと代わるか？」

リホ

「いえ」

リホ

「仕様通りに動いているかは、作った自分にしか、分からないっスから」

ヨーク

「そうか。頑張れよ」

リホ

「はいっス。頑張るっス。頑張れるっス」

ヨーク

「大した意気込みだな」

リホ

「……それなりっスね」

　リホは、ヨークと下らない話をしながら、延々と歩いた。

　北へ。

　ヨークとは反対側へ。

　王都の北端には、巨大な世界樹が有る。

　それが徐々に、大きく見えてきた。

リホ

「あれ……？」

　気がつけば、リホが歩く道が、狭くなっていた。

ヨーク

「どうした？」

リホ

「だいぶ人通りが、少なくなって来たっス」

ヨーク

「そうか。こっちは相変わらず、ガン見されてるが」

リホ

「ご愁傷様っス」

　リホがそう言った次の瞬間……。

リホ

「……えっ？」

　黒い何かが、リホの眼前に降り立った。

ヨーク

「リホ？」

　リホの異常を察知し、ヨークが疑問の声を上げた。

リホ

「くあっ……！？」

ヨーク

「リホ！？　どうした！？　リホ！？」

リホ

「……………………」

　リホは答えなかった。

　いや、答えられなかった。

　黒い鎧を着た何者かが、リホの体を抱きかかえていた。

　リホの目は、閉じられていた。

　意識が無い様子だった。

黒鎧

「…………」

　黒鎧の人物が、跳んだ。

　リホを抱えたまま。

　黒鎧は一飛びで、建物の屋上に着地した。

　手練れの冒険者のような脚力だった。

　黒鎧は屋上を駆け、何処かへと去っていった。

　……。

　リホの連絡が途絶えてから、五分後。

　ヨークは、エボンの工房に駆け込んだ。

ヨーク

「ミツキ！」

ミツキ

「ヨーク……！？」

　ヨークの様子は、ただごとでは無い。

　ミツキは彼を心配し、そばに駆け寄った。

エボン

「どうしたボウズ。血相変えて」

ヨーク

「リホからの連絡が、途絶えた……！」

ミツキ

「遠話箱に、不具合が出たのですか？」

ヨーク

「それなら良いが、様子がおかしかった」

ヨーク

「何かの事件に、巻き込まれたのかもしれない……」

ミツキ

「リホさんは、レベルだけなら、既に５０を超えています」

エボン

「えっ？　すげえな」

ミツキ

「まあ」

ミツキ

「とにかく、今のリホさんは、そこらのゴロツキに手を出せる相手では、無いということです」

ヨーク

「相手はプロか？」

ヨーク

「やばい連中が、リホを……」

ミツキ

「落ち着いて下さい」

ミツキ

「まだ、襲われたというのが、確定したわけでも無いのですから」

ヨーク

「……けど、チンタラしてたら、手遅れになるかも……」

ミツキ

「王都は広い。闇雲に探しても、見つかるとは限りません」

ミツキ

「それよりも、遠話箱から、注意を逸らさないようにして下さい」

ミツキ

「無事であれば、遠話箱で連絡してくる可能性が、高いですからね」

ヨーク

「……分かった」

　まだ、ヨークの遠話箱は、リホのものと繋がっていた。

　ヨークは、遠話箱から聞こえてくる音に、耳をすませた。

ヨーク

（リホ……）

　フレームの小さな穴からは、雑音しか聞こえなかった。