３の１７「次と次の次」
ヨーク
「ありがとな。リホのために」
ヨークは急に真顔になり、そう言った。
ミツキ
「……いえ」
ミツキはフードの上の部分をつまみ、俯いた。
ミツキ
「次に行きましょうか」
ヨーク
「悪いな。負担をかけて」
ミツキ
「いえ」
３人は、予約客への訪問を続けた。
夕刻頃、その日予定していた住所を、回り切った。
その後、お気に入りの店で、夕食をとった。
そして、宿へと戻った。
……。
ヨークたちの寝室。
３人は、いつものようにベッドに座り、休んでいた。
作業台の上には、いくつもの計算箱が置かれていた。
リホ
「うぅ……在庫の山っス……」
リホが、売れ残りの計算箱を見て、呻いた。
予約のキャンセルが無ければ、売り切れていたはずの物だ。
ミツキ
「すいません。私の口先では、限界が有りました」
リホ
「ううん。ミツキには感謝してるっス」
ミツキ
「……私のスキルで『収納』しておきましょうか？」
リホ
「お願いするっス」
ベッドに腰掛けていたミツキが、作業台へと移動した。
そして、計算箱を『収納』していった。
その様子をちらりと見てから、ヨークはリホに顔を向けた。
ヨーク
「で、これからどうする？」
リホ
「どうするって……」
ミツキ
「あの……」
『収納』作業をしながら、ミツキは口を開いた。
ミツキ
「リホさんの最終目標は、どこなのでしょうか？」
ヨーク
「クビにした連中に、勝つことだろ？」
ミツキ
「その勝ちの定義とは？」
ヨーク
「相手の会社をぶっ潰すとか？」
ヨークの発想は、根本が武闘派だった。
ミツキ
「…………」
『収納』を終え、ミツキはリホに体を向けた。
ミツキ
「……そうなのですか？」
リホ
「いえ」
リホ
「社長は憎いっスけど、会社の人全部が、憎いわけじゃ無いっスから……」
リホは聖人君子では無い。
だが、交流も無い相手に対し、害意を抱くことは出来ない様子だった。
ヨーク
「それじゃ、社長をぶっ潰すか？」
ヨークは武闘派だった。
リホ
「結構っス」
ヨーク
「分かった。潰そう」
リホ
「潰さなくて良いって意味っス！？」
ヨーク
「でしょうネ」
リホ
「…………」
ヨーク
「それじゃあどうする？」
リホ
「ウチは元々、燃やされた図面たちの、仇を取ってやりたいと思ってたっス」
リホ
「計算箱は、こんな事にはなってしまったけど、価値は認められたっス」
リホ
「だから、他の図面たちも……」
リホ
「ウチは、新作を作りたいっス」
リホの瞳が、真正面を向いた。
今までは、妨害を受けたショックで、沈んでいた。
そこから立ち直った様子だった。
ヨーク
「やるか」
ミツキ
「やりましょう」
リホ
「はいっス！」
リホ
「そうと決まれば、さっそく製図するっス！」
リホはベッドから立ち上がり、作業台に向かった。
入れ替わるようにして、ミツキはベッドの方へ戻った。
そして、リホの方に体を向け、ベッドに座った。
リホは、作業台の椅子に座り、製図用紙を広げた。
そして、定規と鉛筆を手に取った。
リホ
「…………」
部屋の中が、静かになった。
リホが鉛筆を走らせる音だけが、小さく響いた。
製図中、リホは一言も喋らなかった。
淡々と、鉛筆を走らせ続けた。
そのまま、四時間が経過した。
そして、製図用紙を手に立ち上がった。
リホ
「出来たっス！」
ヨーク
「早いな」
ヨークが言った。
最初の頃、リホが図面を完成させるのに、１日以上かかった。
それが、半日もかからないようになっている。
速くなっている。
この速度で図面を完成させることが、どれほど異常なことなのか……。
門外漢のヨークには、分からなかった。
リホ
「集中出来てる時は、こんなもんスよ」
ヨーク
「やはり天才」
リホ
「その通りっス」
ミツキ
「それでは明日、エボンさんに相談に行きましょうか」
リホ
「はいっス」
その日はもう、休むことになった。
３人で、だらだらと遊んで過ごした。
……。
翌日。
３人は、エボンの武器屋を訪れた。
売り場のテーブルで、リホはエボンに図面を見せた。
エボン
「うん。これなら出来るぜ」
ヨーク
「期間は、前と同じくらいか？」
エボン
「ああ。代金もな」
ヨーク
「それじゃ、よろしく頼む」
エボン
「今回は、材料はどうする？」
リホ
「……安い素材でお願いするっス」
魔光銀の請求書は、リホのトラウマになっていた。
ミツキ
「ちっ」
リホ
「えっ？」
エボン
「数は？」
リホ
「１００お願いするっス」
エボン
「分かった。それじゃ任せといてくれ」
ヨーク
「ああ。それじゃ」
……。
宿に帰ると、リホはすぐに、魔石の刻印を始めた。
それから１０日後。
作業台の上に、小さな魔石が大量に並べられていた。
リホ
「魔石完成っス！」
ヨーク
「えっ？ 早くない？」
リホ
「今回は、計算箱よりは作りがシンプルっスからね」
リホ
「それと、刻印に慣れてきて、早く出来るようになってきたっス」
ヨーク
「てんさ～い？」
リホ
「てんさ～い」
ミツキ
「いぇ～い」
ヨーク＋リホ
「いぇ～い」
三人はハイタッチした。
ヨーク
「それじゃ、明日は久々に、一緒に迷宮に行くか？」
リホ
「あっ。遠慮しておくっス」
ヨーク
「何かするのか？」
リホ
「次の図面を引くっス」
ヨーク
「もう次をやるのか」
リホ
「はいっス」
リホ
「特別なフレームが無くても、動くやつを作ってみるっス」
リホ
「それで、なるべく色の良い魔石を、六つほど取ってきて欲しいっス」
ヨーク
「分かった。成長したな。リホ」
リホ
「特になんでもないことで、感動されてる気がするっス」
ヨーク
「弱かったからなぁ。お前」
リホ
「今も、普通に弱いっスけどね」
リホ
「……でも、分かってきたっス」
ヨーク
「何が？」
リホ
「ブラッドロードは、絶対にウチを見捨てないっス」
ヨーク
「いや？」
ヨーク
「お前が死ぬ代わりに、全人類が助かるスイッチが有ったら押すけど」
リホ
「ふふっ。それは仕方ないっス」
見捨てると言われたのに、リホはニコニコと笑っていた。
ヨーク
「えっと……それじゃあ……」
ヨーク
「巨乳で金髪で、スタイルの良い、水着のお姉ちゃん」
ヨーク
「それとお前」
ヨーク
「二人が崖から落ちそうになってたら、俺は巨乳のチャンネーを助ける」
リホ
「ウチも胸だけは、そこそこ有るっスよ？」
ヨーク
「背ぇ低いのにな」
リホ
「不思議っスね」
リホ
「きわどい水着を着たら、ウチの勝ちってことにならないっスかね？」
ヨーク
「仕方あるまい」
リホ
「チャンネーに勝ったっス」
ヨーク
「ん……他には……」
次の案を考えるヨークを見て、リホは苦笑した。
リホ
「もう。どんだけウチを見捨てたいんスか？」
ヨーク
「目の前に大量の金貨を積まれたら、見捨ててしまうな。うん」
リホ
「それは嘘っスね」
ヨーク
「いや、金貨のパワーは凄いぞ？」
ヨーク
「どすんと金貨１００１枚積まれたら、見捨ててしまうだろうな」
そう言って、ヨークはうんうんと頷いた。
リホ
「なんスかその端数」
ヨーク
「回文である」
リホ
「数字だけひっくり返せても、回文とは言わないと思うっス」
ヨーク
「えっ？ そうなの？」
リホ
「知らないっスけど」
……。
翌朝。
ヨークたちは、３人で、大階段へ移動した。
迷宮に潜るのは、ヨークとミツキの２人だけ。
リホは見送りだった。
大階段まで同行する必要は、無い。
ただ、リホが２人と居たい。
それだけの話だった。
リホ
「気をつけるっスよ。ブラッドロード。ミツキ」
ヨーク
「そっちも、気をつけて帰れよ」
ヨーク
「油断してると、変質者にさらわれるぞ。ちっこいからな」
リホ
「大丈夫っスよ。こう見えて、レベルも上がったっスからね」
リホ
「その辺の変質者なんか、ちょちょいのちょいっス」
ヨーク
「そうか。図面頑張れよ。強いリホ」
リホ
「はい。ストロングリホ、頑張るっス」
ヨークとミツキは迷宮へ、リホは宿へと足を向けた。
ヨークたちは、夕刻まで迷宮を探索すると、宿に帰還した。
リホ
「遅いっス」
２人が寝室に戻ると、リホがそう言った。
作業台の椅子が、出口側を向いていた。
リホはその上で、足をぶらぶらとさせていた。
リホは椅子に座ったまま、ヨークと向き合う形になった。
ヨーク
「いつも通りだが？」
リホ
「本当っスか？ 怪しいっス」
ヨーク
「時計見ろよ」
ヨーク
「で？ 新しい図面はどうしたんだ？」
リホ
「とっくに完成っス。魔石待ちっスよ」
ヨーク
「…………」
ヨークはミツキに視線を向けた。
ミツキ
「はい」
ミツキは、スキルで魔石を取り出した。
そして、椅子の前まで歩き、リホに手渡した。
ミツキ
「どうぞ」
リホ
「ありがとうっス。相変わらず良い色っスね」
リホは大きめの６つの魔石を、作業台に置いた。
ミツキ
「たった６つで良かったのですか？」
リホ
「はいっス」
リホ
「これは、ウチたち三人の分っス」
リホ
「商売に使うつもりは、無いっスから」
ミツキ
「どうしてですか？」
リホ
「今になって考えると、こいつは強力すぎるっス」
リホ
「世の中に出回らなくて、良かったのかもしれないっス」
ミツキ
「それほどの物なのですか？ いったい……」
リホ
「それは、完成してのお楽しみっス」
