その３「『敵強化』とその真価」
ヨークは赤狼に向かってスキル名を唱えた。
スキルを発動するのに、必ずしもスキル名を口に出す必要は無い。
発動に必要な条件はスキルによって異なる。
スキル名を口に出すことが必須のスキルも有った。
『敵強化』は違う。
必要とされているのは別の条件だ。
スキルを唱えることは発動の条件にはならない。
だが、口に出した方が気合が入る。
ヨークはそう思っていた。
ヨークがスキル名を唱えると、赤狼の体が光に包まれた。
ヨーク
（効いた……のか……？）
ヨーク
（サブスキル、『戦力評価』）
ヨークは心中でサブスキルを発動させた。
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赤狼 レベル２
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ヨークのスキルは相手のレベルを測ることが出来る。
魔獣以外にも、人間のレベルを知ることも出来た。
ヨークの知覚に赤狼のレベル情報が飛び込んできた。
ヨーク
（赤狼の元のレベルは１……。確かに強くなってる）
ヨーク
（戦ってみるか。つーか、逃がしてくれそうにもねえしな）
赤狼はあからさまな殺意をヨークへと向けていた。
ヨークのスキルを受けたからでは無い。
生まれつき、人間への殺意を持っている。
それが魔獣という生物だった。
ヨークがスキルを使う前と、向けられる殺意は変わらない。
だが、少し迫力が増した。
ヨークにはそのように感じられた。
ヨークは剣を構えた。
彼の体はバジルによって痛めつけられている。
治癒術師の治療を受けることも無く、村を出てきてしまった。
万全の動きは出来ないはずだ。
だが、ヨークは少し体が軽くなっているような気がした。
『敵強化』スキルという未知を前に、気分が高揚していた。
様子を見ていたヨークに対し、赤狼が飛びかかった。
いつもより速い。
だが、回避出来ないほどのスピードでは無かった。
ヨークは敵の攻撃の隙に、剣撃を入れた。
赤狼
「ぎゃうっ！」
一撃では致命傷にならなかった。
ヨークはさらに追撃をしかけ、二撃目が赤狼の体に届いた。
二度の攻撃によって、ようやく赤狼は絶命した。
赤狼の体が消え、魔石が落ちた。
魔石はほんの少しだけ、いつもより大きくなっているように思えた。
ヨーク
（これがレベル２か。手強くはなってたが、倒せないほどじゃないな）
ヨーク
（次はレベル３……行ってみるか）
ヨークは魔獣を探してうろついた。
探知スキルを持つ味方が居ないので、運試しのようになっていた。
魔獣は中々見つからない。
ヨーク
（魔獣ってのは、出てきて欲しい時は出てこないもんだな）
ヨーク
（仕方ない……）
ヨーク
（あんまり楽しいやり方じゃ無いが……）
ヨークは剣を拭ってなるべく綺麗にした。
そして自分の腕を傷つけた。
ヨーク
「つっ……」
ヨークの腕から地面へと血が垂れた。
ヨーク
（赤狼は血の匂いを嗅ぎつける）
ヨーク
（これで連中に襲われる可能性は上がるはずだ）
ヨーク
（問題は、囲まれる可能性が上がることだが……）
ヨーク
「ま、なんとかなるだろ？」
血の匂いを漂わせながら、ヨークはうろついた。
やがて、二体の赤狼が現れた。
赤狼は牙をむき出しにして、ヨークを睨んだ。
ヨーク
（効果覿面だな）
ヨーク
（血に飢えてやがる）
ヨーク
「ふっ！」
ヨークは即座に前に出た。
回避を許すことなく、狼の片方を斬り捨てた。
胴に深い一撃を受けた狼は、地面へと倒れ伏した。
ヨーク
（二体一はキツイからな……）
スキルを試すなら一対一が良い。
そう考えた。
ヨーク
「『敵強化』！ 『戦力評価』！」
レベル３にまで強化する。
ヨークは明確なイメージと共にスキル名を唱えた。
直後に唱えたサブスキルによって、強化の結果が知らされる。
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赤狼 レベル３ ＥＸＰ １６
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強化はヨークのイメージ通りにいった。
だが、見慣れない情報がヨークの知覚へと飛び込んできた。
ヨーク
（何だ……？ ＥＸＰ……？）
赤狼
「ガウッ！」
考える暇も無く、狼が攻撃してくる。
ヨーク
「チッ……！」
ヨーク
「考えるのは後だな……！」
……。
先程よりも苦戦して、ヨークは赤狼を倒した。
ヨーク
「はぁ……はぁ……」
手傷は負っていないが、ヨークの呼吸は荒くなっていた。
ヨーク
（レベル３……強いな……）
ヨーク
（そういえば……さっきＥＸＰってのが表示されてたが……？）
ヨークは目を閉じ、自身の能力を確認しようとした。
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ヨーク＝ブラッドロード
クラス 戦士 レベル４
スキル 敵強化 レベル１
効果 敵のレベルを上昇させる
サブスキル 戦力評価 レベル２
効果 対象の名称、レベルを判別する
追加効果 対象のスキル、所有ＥＸＰを判別する
ユニークスキル ニューゲームプラス
効果 全てをやり直す
ＳＰ ？？？＋１１２４
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クラスレベルからサブスキルレベルまでが、ヨークに認識された。
ヨーク
（サブスキル、『戦力評価』のレベルが上がってる……）
ヨーク
（スキルは使い続けるとレベルが上がるって聞いたことあるな）
ヨーク
（つまり、『敵強化』にも『先』が有るってことか？）
ヨーク
（使いまくって、とっととレベル２にした方が良いかもしれねえな）
ヨーク
（それにしても……ＥＸＰってのは何だ……？）
赤狼
「ぐるる……」
考えを巡らせるヨークの耳に、小さなうなり声が聞こえた。
ヨーク
「ん……？」
ヨークは声の方を見た。
ヨークが最初に倒した狼が、弱々しくうなっていた。
ヨーク
（最初に倒した方か。まだ息が有ったか）
ヨーク
（そりゃそうか。魔獣は死んだら魔石になるもんな）
ヨーク
「ん……」
ヨーク
（死にかけなら丁度良いな）
ヨーク
（もし強くなっても楽に倒せる）
ヨーク
（こいつのレベルを４まで上げてみるか）
ヨークは倒れた狼に手のひらを向けた。
そして、明確なイメージと共に唱えた。
ヨーク
「『敵強化』『戦力評価』」
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赤狼 レベル４ ＥＸＰ ３４
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狼の体が輝いた。
それはいつもどおりだ。
だが……。
赤狼
「ぐぅぅ……！」
ヨーク
「ッ！？」
ヨークの眼前で、赤狼の傷が癒えていく。
そして、傷は完全にふさがった。
ヨーク
（全快した……！？）
ヨーク
「嘘だろ……！？」
ヨークは狼狽した。
手負いだと思っていたから、レベルを４にまで上げたのに。
４といえば、自分のクラスレベルと同等だ。
弱いはずが無い。
計画が完全に狂ってしまった。
赤狼
「がうううっ！」
動揺したままのヨークへと狼が飛びかかった。
ヨークは攻撃への対処をしくじった。
狼の牙がヨークの腿に突き刺さった。
ヨーク
「ぐああああああああぁぁぁっ！？」
ヨークの悲鳴が上がった。
痛烈な一撃だ。
クラスの加護が無ければ、脚を切り離されていただろう。
だが、このまま食われるほどヨークは軟弱では無かった。
ヨーク
「このっ……！」
ヨーク
「死ねっ！」
自身の体を餌にして、ヨークは上方から剣を突き下ろした。
剣は狼の首へと突き刺さった。
ヨーク
「死にやがれっ……！」
狼の顎から力が抜けた。
狼は絶命して魔石に転じた。
ヨーク
「ぐ……」
腿から大量に出血していた。
ヨークは立っていられなくなって倒れた。
そして目を閉じた。
ヨーク
（俺のスキルは……敵を回復させる……？）
ヨーク
（強くするだけじゃ……無いのかよ……）
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ヨーク＝ブラッドロード
クラス 戦士 レベル５
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ヨーク
（レベルが……上がった……？）
ヨーク
（今日……レベル４になったばっかりなのに……）
ヨーク
（ＥＸＰ……そうか……）
ヨーク
（魔獣を殺すと手に入る力が有る……）
ヨーク
（それが……俺達のクラスレベルを上げてくれる……）
ヨーク
（その力をＥＸＰって呼ぶんだ……）
ヨーク
（敵のレベルが上がると……手に入るＥＸＰも増える……）
ヨーク
（それが俺のスキルの価値……）
ヨーク
（『敵強化』が存在する意味なんだ……けど……）
ヨーク
（脚がズタズタで立てない……）
ヨーク
（やっと入り口に立てたのに……ここで……死ぬのか……）
ヨーク
「チク……ショウ……」
ヨークが諦めかけたその瞬間……。
「風癒」
男の声がした。
次の瞬間、ヨークの体は心地良い風と、薄緑の光に包まれていた。
治癒呪文、風癒。
治癒術師に最も好まれている治癒術の力だった。
ヨークの脚が楽になった。
ヨーク
「え……？」
驚きと共にヨークは上体を起こした。
ニトロ
「大丈夫かい？ 少年」
声の方を見ると、白銀の鎧を着た男の姿があった。
ヨークは立ち上がり、鎧姿の男と向き合った。
ヨーク
「あんたは……？」
ニトロ
「案じることは無い。私は君の味方さ」
男はヨークと目を合わせてそう言った。
その口元は、余裕の有る笑みを浮かべている。
言葉の通り、敵では無いのだろう。
ヨークはニトロの瞳を見てそう感じた。
ヨーク
「こんな時間に、こんな場所に。いったい何者だ？」
ニトロ
「私はニトロ＝バウツマー。神殿騎士さ」
ニトロは背筋をしっかりと伸ばして答えた。
身長はヨークより２センチ高い程度。
年齢は３０半ばに見える。
青い髪をオールバックにして、瞳は赤い。
面長で、眉は細くきりりとして、少し垂れ目だった。
腰からは２本の剣をさげていた。
ヨーク
「神殿騎士……？」
田舎に住むヨークにはあまり馴染みのない職業だった。
ヨークは狼に噛まれた脚を見た。
傷は完全に塞がっていた。
村の治癒術師とはレベルが違う。
見事な治癒術だ。
命の恩人には違いない。
ヨークはそう思った。
ヨーク
「助かった……ました。ありがとう……ございます」
ヨークは頭をタメ口用から敬語用に切り替えようとした。
ニトロ
「どういたしまして」
ヨーク
「ニトロさんはどうしてここに？」
ニトロ
「この近くに村が有るだろう？ ハインスっていう村だ」
ヨーク
「はい。俺もそこに住んでいます」
ニトロ
「私が若かった頃、あの村で世話になってね」
ニトロ
「だから、たまに様子を見に行くことにしている」
ヨーク
「貴方のこと、村で見た事がありませんが」
ニトロ
「うん。気付かれない程度に、遠巻きに見守ることにしているんだ」
ニトロ
「……私の事は村の皆には内緒にしてくれよ？ 恥ずかしいからね」
ヨーク
「はぁ」
ニトロ
「少年はどうしてここに？」
ヨーク
「ヨークです。ヨーク＝ブラッドロード」
ニトロ
「そうか。少年の名はヨークというんだね。少年」
ヨーク
「…………」
ニトロ
「それで、ここで何をしていたんだい？」
ヨーク
「赤狼に食われかかってました」
ニトロ
「こんな時間に一人で魔獣退治かい？ そもそも……」
ニトロ
「君はレベル４だろう？ レベル１の赤狼に苦戦するなんて……不自然だな」
ヨーク
「分かるんですか？ レベル」
ニトロ
「そういうスキルも有るんだよ」
ヨーク
「まあ、そうでしょうね」
ヨーク
「……実は俺は、自分のスキルを試していたんです」
ニトロ
「スキル？」
ヨーク
「はい。俺のスキルは……」
ヨーク
「敵を強化するスキルなんです」
