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3の14「天才と天才」




リホ

「ちっちちちちちちちっ違うっス!」



 リホは慌て、少女の言葉を否定した。


 その頬と耳が、血色を増していた。


 全身の筋肉が強張っていた。



ヨーク

「ん~。どっちかと言うと保護者だな。俺は」



 のほほんと、ヨークが言った。


 リラックスしている。


 リホとは正反対の様子だった。



リホ

「……悔しいけど、言い返せないっス」



 リホは、がくりと肩の力を落とした。


 リホはヨークに対して、恩しか無い。


 対等で無いということは、理解していた。



クリスティーナ

「保護者? どういうことだい?」



 桃髪の少女は、訝しげに目を細めた。



クリスティーナ

「……ああ、孤児院の人?」


リホ

「孤児院は関係無いっス。えっと……」


リホ

「今のウチは、ブラッドロードの部屋に厄介になってるっス」


クリスティーナ

「っ……!」



 少女は一瞬、目を見開いた。


 そして、右頬の筋肉を歪めた。



クリスティーナ

「不潔だよ。ミラストックさん」



 少女は侮蔑の感情を隠さず、そう言った。



ヨーク

「別に、邪推されるような関係じゃ無いんだが……」


ヨーク

「そもそも、お前の方こそ誰なんだよ」


クリスティーナ

「ボクはクリスティーナ=サザーランド」


クリスティーナ

「そこのミラストックさんとは、この学校の、主席卒業生の座を争った間柄さ」


ヨーク

「主席……頭良いんだな」


クリスティーナ

「えっ? まあね」



 素直な称賛に、クリスティーナは意表を突かれた様子だった。


 きょとんとして、今までの敵意を霧散させてしまっていた。


 そのとき、校長のティートが口を開いた。



ティート

「……それよりも、観衆が勝負を待ちわびていますよ」


ティート

「熱が冷めるまでに、始めませんか?」


クリスティーナ

「なんですか? 勝負というのは」


ティート

「算数の勝負です」


ティート

「私が出題した問題を、どちらが早く解けるか……」


ティート

「こちらの計算箱のお兄さんと、勝負していただきます」


計算箱のお兄さん

「うむ」


ティート

「勝てば景品が手に入ります。いかがですか?」


クリスティーナ

「計算箱というのは?」


ティート

「魔導器ですよ。ミラストックさんが発明した」


クリスティーナ

「彼女が……?」


クリスティーナ

「良いだろう。その勝負、受けて立つよ」



 クリスティーナは不敵な笑みを見せた。



リホ

「帰って欲しいっス……」



 そんなリホの嘆きを、聞く者は居ない。


 彼女の味方のはずのヨークも、やる気満々だった。



ヨーク

「良し! 勝負だ!」


ヨーク

「俺はこの箱のボタンを押すだけだけどなッ!!!!!!」


クリスティーナ

「何の自慢だい? それは」


ヨーク

「なにも自慢出来るところが無いから、声だけは出すようにしてるのさ」


クリスティーナ

「侘しいね」


ヨーク

「ハハッ。寂しいこと言うなよ」



 辛辣なツッコミに、ヨークは逆に笑ってしまった。


 妙な笑いのツボに入ってしまった様子だった。



ティート

「出題を始めて良いですか?」



 ニヤニヤとしたヨークに、ティートが声をかけた。



ヨーク

「アッハイ」



 ヨークは頬を揉んで、表情を真顔に戻した。


 ティートは、クリスティーナの方を向いた。



ティート

「計算用紙とペンは、あそこの挑戦者台に用意してあります」


クリスティーナ

「紙とペン?」


クリスティーナ

「馬鹿にしているのですか?」


ティート

「いえ。それでは所定の位置へどうぞ」


クリスティーナ

「…………」



 クリスティーナとヨークは、それぞれの台の前に移動した。



ティート

「出題をさせていただきます」


ティート

「計算が終わったら、手を上げて下さい。それでは……」



 ティートが計算式を口にした。


 ヨークは、言われた通りの数字を、計算箱に打ち込んでいった。


 一方、クリスティーナは静かに目を閉じていた。



クリスティーナ

「…………」



 ヨークより早く、クリスティーナが手を上げた。



ティート

「どうぞ」


ヨーク

「えっ!?」



 箱の操作に夢中だったヨークが、クリスティーナの挙手に気付いた。


 ヨークは彼女に意識を向けながら、計算箱をポチポチと押した。


 彼女が間違えれば、ヨークに回答の権利が来る。



クリスティーナ

「37564」



 クリスティーナは、毅然と背筋を伸ばし、そう答えた。



ティート

「ん~……」


ティート

「んっ……んんんん……………………」



 ティートは無駄に間を置いた。



ヨーク

「早く言えよ!?」


ティート

「正ッ解……! 勝者、挑戦者のお姉さん!」



 今までにないテンションで、ティートがそう告げた。


 ヨークの完敗だった。



ヨーク

「ぐわあああああああああっ!?」



 ヨークの体が吹き飛んだ。



クリスティーナ

「えっ?」



 ヨークは、ゴロゴロと舞台を転がった。


 どうして吹き飛んだのか、ヨーク自身にも分からなかった。


 敗者の末路。


 勝ちを手中に掴めなかった者の宿命。


 おそらくは、そのようなモノだったのだろう。



ヨーク

「ぐぅ……!」


ヨーク

「この俺が負けた……!? いや負けたというか特に何もしてないけど……うん……?」



 ヨークはヨロヨロと立ち上がった。


 妙なテンションの自分自身に、疑問を抱きながら。


 特にダメージは無いのだが、なぜか素早くは立てなかった。



クリスティーナ

「見たかい? ミラストックさん。ボクの勝ちだ」



 クリスティーナは、挑発的な笑みをリホへと向けた。



リホ

「…………」



 リホは不服そうな表情をしていた。


 だが、何も言い返すことは出来なかった。


 負けは負けだ。


 それを見て、クリスティーナはさらに言葉を繋いだ。



クリスティーナ

「まったく……。工房を辞めて、何をしているのかと思ったら……」


クリスティーナ

「こんなガラクタを作って、そのうえ汚らわしくも男と……ど……同棲だなんて」


クリスティーナ

「しかも、こんな急に吹っ飛ぶような、軽薄な男と」


ヨーク

「……軽くてごめんなさい」


クリスティーナ

「ガッカリだよ。ミラストックさん」


リホ

「うぐぐ……!」


クリスティーナ

「それで、景品だっけ? 何をいただけるのかな?」



 傲然と立つクリスティーナに、ミツキが歩み寄った。


 ミツキの手中には、計算箱が有った。



ミツキ

「景品の計算箱です。どうぞ」


クリスティーナ

「別に、こんなガラクタ要らないけど……」


クリスティーナ

「君に勝利した記念に、一応は貰っておこうかな」



 クリスティーナはリホに背を向けた。



クリスティーナ

「ふふっ。あはははははっ! っ……げほげほっ……」



 彼女は高笑いと共に階段を下り、去っていった。



リホ

「ぐぬぬぬぬ……!」


ミツキ

「あぁ……」



 ミツキは嘆息した。



ミツキ

「小金貨4枚が……」



「計算箱って、意外と大したこと無いのか?」


「馬鹿言え。サザーランドさんが凄いんだよ」


「ですよね~」


「吹き飛ぶ姿もステキ……」



 それから少し待ったが、挑戦者は現れなかった。



ミツキ

「そろそろ、お開きの頃合ですかね」


ティート

「かもしれません」


ミツキ

「それでは……」



 ミツキは舞台の中央に立った。


 そして良く通る声で言った。



ミツキ

「明日の放課後、ここで計算箱を販売させていただきます」


ミツキ

「個数に限りがありますので、お早めにお買い求め下さい」



 そうして、計算勝負はお開きになった。


 ヨークたちは、舞台の分解作業をすることになった。


 骨組みをバラし、倉庫に収納出来るサイズにする。


 その作業中に、再びクリスティーナが通りかかった。


 クリスティーナは桃髪の少女と一緒だった。


 妹らしい。



クリスティーナ

「それでね。この箱が勝利の証というわけさ」


ユリリカ

「へぇ~。すごいね」


クリスティーナ

「そうだよ。お姉ちゃんは凄いんだ」


ユリリカ

「ちょっと触っても良い?」


クリスティーナ

「もちろんさ」



 二人は笑いあいながら、校庭を歩いていった。


 ヨークはぼんやりと、二人を見送った。



リホ

「ブラッドロード。何を見惚れてるっスか」


ヨーク

「別に、見惚れては無いが」


ミツキ

「手が止まってますよ」


ヨーク

「いや……」


ヨーク

「嫌味な感じだったけど、妹には優しそうだなって」


リホ

「む~。見惚れてるじゃないっスか」


ヨーク

「見惚れてねえって」


ミツキ

「手を動かして下さい」


ヨーク

「分かったって」



 分解が終わった部品を、学校の倉庫に戻した。


 撤去作業は完了した。


 3人はティートに礼を言い、宿屋へ帰還した。


 それから寝室で、ダラダラと会話をした。



ヨーク

「あのクリスティーナって奴、凄いやつなのか?」



 ヨークは気になって、クリスティーナのことを聞いた。


 質問に対し、リホは不機嫌そうな様子を見せた。



リホ

「なんで家に帰ってまで、あの女の話を聞かないといけないっスか」


リホ

「まさか、本気であの女に一目惚れしたんじゃないっスよね?」


ヨーク

「まままままさか?」



 ヨークは棒読みで言った。



リホ

「……はぁ」


リホ

「その気が無いなら良いっスけど」


ヨーク

「そんなに嫌か?」


リホ

「嫌な奴っス」


ヨーク

「そこまで嫌なら聞かんが……」


リホ

「…………」


リホ

「……あいつは凄いやつっス」


ヨーク

「凄いって言うけど、お前が主席だったんだよな?」


リホ

「……学校の成績ではそうっスね」


リホ

「ウチの方が、1年多く飛び級してますし……」


ヨーク

(すると、向こうは1つ年上か)


ヨーク

(見た目の年齢差は1つじゃ済まんが……)



 ヨークの印象で言えば、3歳は差が有るように見える。


 そんな失礼な思考を、ヨークは口に出さなかった。



ヨーク

「認めてるのに嫌ってるってのは……」


ヨーク

「ひょっとして、なんか負けたか?」



 昔、彼女と特別な勝負でもしたのだろうか。


 ヨークはそう推測した。


 意地のかかった勝負で負ければ、忘れられるものでは無い。



リホ

「別に……」


リホ

「ウチが勝手に意識してるだけっスよ」


ヨーク

「何があった?」


リホ

「学生の頃、サザーランドが引いた図面を、見たことが有るっス」


ヨーク

「で?」


リホ

「あの時……まだウチが低学年だったのも有るっスけど……」


リホ

「当時のウチには、その図面が理解出来なかったっス……」


ヨーク

「そうか」


ヨーク

「今なら分かるのか?」


リホ

「さあ?」


リホ

「分かるのかどうか、分からないっスね」


ヨーク

「ふ~ん? 試しに見せてもらったらどうだ?」


リホ

「あの日、ウチがサザーランドの図面を見たのは、ただの偶然っス」


リホ

「図書館で、あいつが席を空けている時に、つい見てしまったっス」


リホ

「図面に見入っているうちに、サザーランドが帰って来て……」


リホ

「それで、すっごく怒られたっス」


ヨーク

「すっごくか」


リホ

「ぶっ飛ばされたっス。泣いたっス」


ヨーク

「いっこ下だろ? 容赦ねえな」


リホ

「それだけ大切な図面だったみたいっス」


ヨーク

「なるほど。それで仲が悪いわけだ」


ヨーク

「出会い方が違ったら、天才同士仲良くなれたかもな」


リホ

「…………」


リホ

「それはどうっスかね。って……」


リホ

「ブラッドロード、今、ウチを天才って言ったっスか?」


ヨーク

「言って無いが?」


リホ

「ウソっス! 絶対言ったっス!」


ヨーク

「お前、記憶力大丈夫か?」


リホ

「えっ?」




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