3の13「計算箱のお兄さんと桃髪の少女」
リホは再び、ヨークに計算問題を出させた。
そして、計算箱で答えを出してみせた。
リホ
「このように、正しい答えが導き出せるっス」
リホはヨークに計算箱を突きつけながら、そう言った。
ヨーク
「合ってるのか間違ってるのか分からん」
ヨークが出したのは、自分が暗算で解けないレベルの問題だった。
答えだけ見せられても、合否は分からなかった。
リホ
「…………」
リホ
「まずは、一桁の足し算でも試すと良いっス」
ヨーク
「分かった」
ヨークは、リホから計算箱を受け取った。
そして、計算箱の魔石を、ポチポチと押した。
計算箱上部、横長の魔石に、足し算の答えが表示された。
ヨーク
「おお~っ」
1桁の足し算くらい、ヨークでも暗算出来る。
だが、ヨークは感嘆の声を上げた。
魔導器が計算をやってくれるということ自体、新鮮な驚きだった。
エボン
「確かに、画期的な発明だな」
エボン
「ひょっとしたら、銀貨5枚でも売れるかもな」
ミツキ
「そうかもしれませんが……」
ヨーク
「どうした?」
ミツキ
「この計算箱を使っていただくには、これが正確だと信頼していただく必要が有りますよね?」
リホ
「あっ……」
エボン
「どういうことだ?」
ミツキ
「ポッと出の魔導器に、複雑な計算が本当に可能なのか」
ミツキ
「可能だったとして、絶対に間違えることは無いのか」
ミツキ
「最初にこれを手に取る人たちが、そのように考えてしまう可能性が有ります」
ヨーク
「ちゃんと使ってもらえば分かることだろ?」
ミツキ
「そうですが、現状では数も少ないですからね」
ミツキ
「計算箱が、信頼できると世間に知れ渡るまで、時間がかかるかもしれません」
ミツキ
「ただ店に置いていただくだけでは、あまり売れないかもしれませんね」
ヨーク
「う~ん……」
ヨーク
「そうだ!」
ミツキ
「何ですか? ヨーク」
ヨーク
「あっ、けど、アドバイスとかしないって言ったしな……」
ミツキ
「ヨーク」
ミツキ
「思わせぶりな事を言って、途中で黙るような人間はですね、ブチ殺しますよ」
ヨーク
「なんか文脈おかしくない?」
ミツキ
「いえ。ヨーク語文法的に正しいですよ」
エボン
「何語だよ」
ヨーク
「ブチ殺されたくないから言うけど……」
……。
リホの母校である、王都の魔術学校。
その前庭。
時は放課後。
文化祭の劇に使った舞台が、設営されていた。
その上に、胡散臭い連中の姿が有った。
ヨークたちだった。
ヨーク
「さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
ヨーク
「学校公認の、計算勝負だ!」
ヨーク
「俺のこの計算箱に、算数で勝てたら、豪華景品をプレゼント!」
ヨーク
「出題、審判は校長先生! ガチンコ勝負!」
ヨーク
「参加料は小銅貨2枚だ! さあ! 自信が有るやつはかかってこい!」
ヨークは舞台上で声を張り、注目を集めた。
下校途中の生徒たちの視線が、ヨークへと集まった。
「計算箱? 何だそれ?」
「魔導器じゃないの?」
「なんか怪しく無いか?」
「けど、イケメンだよ?」
「ホントだ。イケメンだ」
「なおさら怪しいだろ」
「けど、ティート校長居るじゃん」
「え? 校長ってどれ?」
「知らないの? あの右端のおじいちゃんだよ」
リホ
「すいません。わざわざ……」
リホは舞台上で、校長のティートに頭を下げた。
ティート
「いえいえ。構いませんよ」
ティートは微笑んで言った。
彼は茶髪茶髭の老人で、髪色に合わせたローブを身にまとっていた。
鼻下に髭をたくわえ、顎髭も長めに伸ばされている。
背は高く、痩せ型。
丸い金縁の眼鏡をかけていた。
種族は人族。
温厚そうな物腰をしていた。
ティート
「こんな素敵な魔導器を、タダで譲っていただけたのですから」
ティートの手の中には、計算箱が有った。
試供品として、無料で譲渡された物だった。
ティート
「このフレームは魔光銀ですね? 豪奢なことだ」
リホ
「その……恐縮っス」
ティート
「それと……」
ティート
「この学校には自信家が多い」
ティート
「その多くは、良家の子女として、可愛がられてきた子供たちです」
ティート
「一度くらい、鼻っ柱を折られた方が良いかもしれません」
リホ
「はは……」
リホはなんとなく笑った。
人付き合いは得意では無い。
特に、自分より立場が上の人とのやりとりは。
ティート
「おや……」
ティートは舞台の階段に目を向けた。
階段は、舞台の左右に設置されている。
向かって左側の階段が、挑戦者用の階段だった。
そこから男子生徒が上がって来ていた。
ティート
「最初の挑戦者が来ましたね」
ティート
「役目を果たすとしましょう」
ティートは、舞台の出題者席へ向かった。
生徒は挑戦者席へ、ヨークはその対面の席へ向かった。
2人に与えられたテーブルの上に、紙とペンが有った。
加えて、ヨークの手中には、計算箱が有る。
小さなテーブルを挟んで、2人は向かい合った。
初めての計算勝負が始まろうとしていた。
……。
最初の勝負が終わった。
ティート
「勝者、計算箱のお兄さん!」
校長が元気良く、ヨークの勝利を告げた。
ヨーク
(えっ? 俺そんな名前だったの?)
挑戦者A
「ぐわあああああああああっ!?」
勝負に負けた男子生徒の体が吹き飛んだ。
男子生徒はごろごろと舞台を転がった。
ヨーク
「えっ? なんで?」
転がった男子生徒は、俯きながら、ヨロヨロと立ち上がった。
そして、顔を上げ、ヨークを指差した。
挑戦者A
「お前の力じゃない……! その魔導器の性能のおかげだということを忘れるな!」
ヨーク
(そりゃそうだよ!? それ以外のナニモノでも無いよ!?)
男子生徒は、ふらふらとした足取りで、舞台から下りていった。
そこに、計算勝負の受付テーブルが有った。
受付は、計算箱売り場も兼ねていた。
そこでは梱包された計算箱が、山と積まれていた。
挑戦者A
「……売ってくれ」
男子生徒は、売り子のミツキに声をかけた。
ミツキ
「高いですよ? 払えますか?」
挑戦者A
「馬鹿にするな。これで足りるか?」
男子生徒は、小金貨を5枚、テーブルに置いた。
ミツキ
「ありがとうございます。これはお釣りになります」
ミツキは、小金貨を一枚、男子生徒に返した。
そして、計算箱を手渡した。
ミツキ
「どうぞ」
ミツキ
「精密機器ですので、衝撃などは与えないよう、ご注意下さい」
挑戦者A
「分かっている」
男子生徒は計算箱をポケットに入れ、そのまま去っていった。
ミツキ
(金貨を惜し気も無く……。お金持ちの子が多いようですね)
ミツキ
(さて、これで計算箱の値段は決まりましたね)
ミツキは、紙に小金貨四枚と書き、テーブルに立てた。
……。
少しして、2回目の計算勝負が終わった。
次も、ヨークウィズ計算箱の勝利だった。
挑戦者B
「ぐわあああああああああっ!?」
敗北した挑戦者は吹き飛ばされた。
ヨーク
(だからナンデ?)
階段を下りてきた男子生徒の目に、計算箱売り場が映った。
挑戦者B
「う……金貨四枚か……」
計算箱の値段を見て、男子生徒が呻いた。
ミツキ
「こっそりお安くしておきましょうか? 前の方は定価で買っていかれましたけど」
ミツキのその言葉は、少年のプライドを刺激したようだ。
挑戦者B
「なんとかする! 待ってろ!」
そう言って、彼は早足で去っていった。
ミツキ
「ご予約ですね。ありがとうございます」
……。
ぽつぽつと挑戦者が現れ、計算勝負は進んでいった。
計算箱もいくつかは売れた。
ティート
「勝者、計算箱のお兄さん」
何度目かの勝利宣言が為された。
最初のときと比べると、少しテンションが落ちていた。
老人が声を張るのは、体に毒なのかもしれなかった。
「ぐわあああああああああっ!?」
挑戦者が吹き飛ばされた。
「すげーな。計算箱」
「勝てる気がせんな」
「どうする? 買っとくか?」
「いや、今月厳しくてな」
「猫なんか買うからだろ? 乗れないくせに」
「うるせー」
「どうして皆吹き飛んでるの?」
ヨークが無敗のまま連勝を続けたことで、計算箱の凄さは知れ渡った様子だった。
おかげで、勝負をしないのに計算箱だけ買っていく生徒も出てきた。
一方で、勝負をしようという者は少なくなっていた。
ヨークが強すぎるし、負けると何故か吹き飛ぶので、敬遠されてしまう。
大会としてはダレてきてしまった。
そんな時、校門の方から一人の女子が歩いて来るのが見えた。
リホ
「あっ……!」
ティート
「おや……」
女子の姿を見たリホが、ヨークに駆け寄った。
リホ
「計算箱のお兄さん……!」
ヨーク
「リホ? どうした?」
リホ
「あいつは不味いっス! 舞台に上げちゃダメっス!」
ティート
「いけませんよ。ミラストックさん」
ティート
「参加者を選ぶようなことをしては……」
ティート
「それは、ルール違反です」
リホ
「うぐ……」
ティートに釘を差され、リホは固まってしまった。
リホが警戒心を見せた女子は、舞台の前までやって来た。
クリスティーナ
「……?」
クリスティーナ
「…………」
彼女は少しだけ舞台を見た。
そして、立ち去ろうとした。
リホ
「ほっ……」
リホはため息をついた。
その時、女子の足が止まった。
クリスティーナ
「ん……?」
女子の顔が、リホへと向けられた。
クリスティーナ
「まさか、ミラストックさん?」
リホ
「げっ……」
リホは呻いた。
女子は舞台に上がって来た。
勝負の参加料も払わずに。
「おい、あの人って」
「ああ。去年の主席候補の……」
「ひょっとして、サザーランドさんなら……?」
女子は舞台上でリホと対面した。
彼女は桃色の髪を、腰にまで伸ばしていた。
可愛らしい髪色だ。
だが、高めの身長と物腰のおかげで、理知的な印象を他者に与えていた。
瞳の色は薄緑。
服装はスーツ姿だった。
学校の在校生では無いらしい。
クリスティーナ
「やっぱり。ミラストックさんだね。久しぶり」
彼女はまっすぐにリホを見た。
リホ
「……そうっスね」
リホの視線は、斜め下に向けられていた。
リホ
「卒業生が……学校に何しに来たっスか」
リホは拒絶の意を隠さなかった。
リホの意を受けて、少女の眉が寄った。
クリスティーナ
「妹に会いに来たんだけど?」
ヨーク
「リホの友だちか?」
リホ
「断じて違うっス!」
リホは大声で言った。
クリスティーナ
「……そうだね」
少し間を置いて、対面の女子もそれを肯定した。
ヨーク
「じゃあ何だよ?」
リホ
「ただの元クラスメイトっス。誠に遺憾っスけど」
ヨーク
「そうか」
仲の良い友人で無いということは、ヨークにも察することが出来た。
だが、あえて気にしないことに決めた。
今のヨークは計算箱のお兄さんだ。
そして、少女は挑戦者の階段を上り、この場に立った。
参加料は払わなかったが、知ったことでは無い。
計算の鬼と化したヨークにとって、挑戦者の過去など、不要なノイズに過ぎなかった。
ヨーク
「お前も参加してくか?」
クリスティーナ
「馴れ馴れしいな」
少女は不快そうにヨークを睨んだ。
クリスティーナ
「誰だい? 君は」
ヨーク
「俺の名前はヨーク=ブラッドロード」
ヨーク
「俺はリホの……ええと、何だ?」
リホ
「えっ? 友だちっスよね?」
ヨーク
「言うほど俺たち友だちか?」
リホ
「えっ?」
クリスティーナ
「君……」
クリスティーナ
「妙にミラストックさんと距離が近いようだけど……」
クリスティーナ
「まさか……彼氏なんて言うんじゃ無いだろうね?」
少女の双眸が、ギロリとヨークを睨みつけた。




