3の12「新作とその機能」
ヨーク
「前より大分かかるな……」
ミツキ
「まあ、数が数ですからね」
ヨークたちは、軽く難色を示した。
それに対し、エボンはぴしゃりと言った。
エボン
「言っとくが」
エボン
「たとえ一個の発注でも、小金貨5枚は貰うぞ」
ヨーク
「その違いは何だ?」
エボン
「金物を作る時はな、金型を作るのが一番大変なんだよ」
エボン
「今回のフレームは、前のより小さくて繊細だから、その分手間がかかる」
ヨーク
「分かった……」
ミツキ
「待って下さい」
ヨーク
「ん?」
ミツキ
「製作費が小金貨20枚」
ミツキ
「つまり、銀貨五枚で売らないと、元が取れないということですよ?」
ミツキ
「その図面に、それだけの価値が有るのですか?」
ミツキはリホをじろりと見た。
それだけで、リホは気圧されてしまう。
ヨーク
「…………」
ヨークは何も言わなかった。
ただ、リホを待った。
リホ
「う……」
少しの時を置いて、リホは口を開いた。
リホ
「ウチの魔導器は……今までに無かった新しい物っス」
ミツキ
「新しければ売れる」
ミツキ
「そんな保証は有りません」
ミツキ
「あなたはその商品を、誰にどうやって売るつもりなのですか?」
リホ
「え……」
リホ
「えぅ……」
エボン
「どうするんだ?」
ヨーク
「頼む」
ヨークの財布に、金貨20枚は無かった。
ヨークはミツキに声をかけた。
ヨーク
「ミツキ」
ミツキ
「…………」
ミツキは、スキルでヨークのお金を取り出した。
ヨークの金貨は、革袋に詰められていた。
ヨークは袋を受け取り、その口を開いた。
そして、テーブルの上に金貨を積み上げていった。
ミツキ
「ヨーク。ちょっと甘やかしすぎでは?」
ヨーク
「リホは、新しい物を作るって言ってるんだ」
ヨーク
「見たいと思わねえのかよ? 今までに無い、新しい魔導器を」
ミツキ
「見たいと言えば、見たいですけどね」
ミツキ
「私たちと彼女は、対等なビジネスパートナーであるべき」
ミツキ
「そう思うのですが……」
ヨーク
「そうかもしんねーけどさ」
ヨーク
「リホが口下手なのは、中々治るもんでも無いと思うし……」
ヨーク
「実際に出来たのは、良い物だったろ?」
ミツキ
「それは……まあ……」
ヨーク
「そのリホが、これだって決めた魔導器なんだ」
ヨーク
「もうちょっと、リホを信じてみねえか?」
ミツキ
「ヨークがそう言うのでしたら、異存は有りませんが」
ヨーク
「決まりだ。物はいつ出来る?」
エボン
「試作に2週間」
エボン
「量産には、さらに倍以上かかる」
ヨーク
「分かった。また2週間後に」
エボン
「ああ」
エボンに別れを告げ、ヨークたちは、武器屋を出た。
通りへ。
そして、宿へと足を向けた。
人通りは多い。
リホは、ヨークの背に隠れるように歩いた。
リホ
「…………」
リホが突然に、ヨークの背中に飛びついた。
ヨーク
「うお?」
リホはヨークにしがみついた。
ヨークはリホを、おんぶする形になった。
鍛えられたヨークからすれば、そう重いものでも無い。
ヨークは、リホを背負ったまま歩いた。
ヨークの背で、リホが口を開いた。
リホ
「ブラッドロードは……お人好しすぎるっス」
ヨーク
「別に」
ヨーク
「お前に才能が有ると思ってるから、投資してるんだからな?」
ヨーク
「それを忘れんな」
リホ
「……天才で良かったっス」
リホは切なげな笑みを浮かべた。
ヨーク
「そうだな。それでさ……」
リホ
「何っスか?」
ヨーク
「お前、意外と胸有るよな」
リホ
「ヒュッ!?」
リホの体が固くなった。
結果として、さらに胸をヨークに押し付けることになった。
ミツキ
「降りなさい」
リホ
「…………」
ミツキに言われ、リホは無言でヨークの背から下りた。
それから静かに宿まで歩いた。
3人は、宿の寝室へと帰還した。
ヨーク
「まだ午前中か……」
寝室に有る時計を見て、ヨークはそう言った。
ヨーク
「それじゃ、迷宮に行くか」
リホ
「あっ、ウチは留守番っス」
ミツキ
「珍しいですね」
リホ
「フレームに組み込む魔石は、全部手作業っスから」
リホ
「一ヶ月で100台分作るとして……」
リホ
「一日で、3~4台分の魔石を、仕上げないといけないっス」
ミツキ
「そう……。頑張って下さいね」
リホ
「はい。頑張るっス」
ヨーク
「それじゃ、行って来る」
リホ
「行ってらっしゃいっス」
リホはヨークたちに手を振った。
ヨークは右手を上げ、それに答えた。
ミツキは、ほんの数センチ頭を下げた。
ヨークは扉を開き、ミツキと共に廊下に出た。
ヨーク
「……やる気が出てきた」
ヨーク
「成長してんのかな。あいつも」
廊下を歩きながら、ヨークが言った。
ミツキ
「スイッチが入っただけ。そのような気もしますが」
ヨーク
「スイッチ?」
ミツキ
「元々は、優秀な子のはずですから」
ヨーク
「そうだな」
ヨーク
「……ん?」
ミツキ
「何でしょうか?」
ヨーク
「お前も気付いてしまったか。リホの真価に」
ミツキ
「…………」
ミツキ
「まだ、これからですよ」
……。
ヨークたちは迷宮を散策し、時間になると帰宅した。
ヨーク
「ただいまー」
ヨークは寝室に戻った。
そして、リホに帰宅の挨拶をした。
リホ
「……………………」
リホからの返事は無かった。
リホは作業台に向かい、ひたすらに魔石を加工していた。
ヨーク
「リホ?」
ミツキ
「集中しているようです。そっとしておいてあげましょう」
ヨーク
「集中って……まったく聞こえてない感じだけど、大丈夫か?」
ミツキ
「一部の天才と呼ばれる方たちは、あんな風になることが有るらしいですよ」
ヨークはリホから視線を外し、ベッドに向かった。
そのままベッドに腰かけた。
そしてベッドからリホの横顔を見た。
リホは無表情で、淡々と魔石の加工を続けていた。
ヨーク
「すると、俺は凡人だな」
ミツキ
「そうでも無いと思いますけどね」
ヨーク
「あんな風にはなれない」
ミツキ
「別に、なる必要も無いでしょう?」
ヨーク
「そうか」
ミツキ
「はい」
ヨーク
「あれは何やってんだ?」
ミツキ
「カッティングですね」
ミツキ
「魔石がフレームに収まるように、形を整えているのです」
ヨーク
「ふ~ん」
ヨーク
「なんか、鬼気迫るって感じだな」
ミツキ
「魔導技師がダメでも、魔石職人として食べていけるかもしれませんね」
ヨーク
「ダメだと思うか?」
ミツキ
「いえ」
ミツキ
「そうは思えなくなってきたかもしれません」
リホは凡人では無い。
ただの単純作業の光景からも、そのようなオーラが感じられた。
この集中力が噛み合えば、彼女は何だってやり遂げてみせるのかもしれなかった。
それから7時間後、リホの作業は一区切りを迎えた。
リホ
「ふぃ~……」
肉体的な疲労から、リホは椅子の背もたれに体重を預けた。
そして、室内に自分以外の気配が有るのに気付いた。
リホ
「ひっ!?」
リホはびくりとヨークたちに体を向けた。
ヨーク
「何だよいきなり」
リホ
「ブラッドロード……?」
ヨーク
「他の誰に見えるよ?」
リホ
「……驚かさないで欲しいっス」
ヨーク
「驚かされたのはこっちなんだが?」
リホ
「いいや。こっちっス」
ミツキ
「こっちですよ」
ヨーク
「2対1だな」
リホ
「多数決は卑怯っス」
ヨーク
「数の暴力に怯えるがよい」
リホ
「ぐぬぬ……」
ヨーク
「で? 作業の方は1区切りついたのかよ」
リホ
「カッティングは終わったっス」
ヨーク
「おつかれ」
リホ
「そうっスね」
リホ
「お腹が空いたっス。お昼にするっス」
ヨーク
「もう夜中だが」
リホ
「えっ……?」
ミツキ
「既に、食堂も閉まっていますね」
リホ
「そんな……」
リホは椅子の上で、ぐったりと脱力してしまった。
ミツキはベッドから立ち上がり、リホの方へ歩いた。
ミツキ
「どうぞ」
ミツキはスキルを用い、コップと瓶を取り出した。
そして、瓶の中身を、コップに注いだ。
ミツキ
「ジュースです」
リホ
「恩に着るっス」
……。
それから半月が経過した。
試作は上手く行ったらしく、新作の魔導器は量産体制に入った。
そして、さらに半月後。
リホ
「完成っス!」
エボンの武器屋。
売場の奥に有る工房。
そのテーブルに、100個の小箱が並べられていた。
組み立てが終了した魔導器の完成品だった。
ミツキ
「ちゃんと機能するのですか? それは」
ミツキが大量の魔導器を見て言った。
リホ
「問題無いっス。ちゃんと確認したっス」
エボン
「結局……それは何なんだ?」
ヨーク
「光るか?」
リホ
「そんなには光らないっス」
ヨーク
「ちぇっ」
なんだ、光らないのか。
ヨークは少し、がっかりとした気持ちだった。
今からでも光れば良いのにと思った。
一方のリホは、元気に魔導器を手に取った。
そして、ヨークたちへと向けた。
リホ
「これは、『計算箱』っス!」
平べったい直方体のフレームに、いくつもの小さな魔石がはめられていた。
最上部には、横長の少し大きめの魔石が見えた。
ミツキ
「何に使うのですか?」
リホ
「寄って見るっス」
ヨークとミツキが、リホの方へぎゅうぎゅうに寄った。
エボンは少し離れてその様子を見ていた。
リホ
「ブラッドロード。寄りすぎっス」
ヨーク
「えっ? 俺だけ?」
ヨークは、リホから少しだけ距離を取った。
リホ
「それじゃ始めるっスよ」
リホは、計算箱の魔石をポチポチと押した。
すると、最上部の魔石に数字が浮かび上がった。
ミツキ
「これは……!」
エボン
「板に数字が出てるな」
ヨーク
「けど、それが何の役に立つんだ?」
リホ
「分からないっスか?」
ヨーク
「分からん」
リホ
「実はウチは、学校である事実に気付いたっス」
ヨーク
「事実?」
リホ
「この世には、三桁の掛け算も、暗算出来ない人間が居ると」
ヨーク
「普通出来ないと思うが」
リホ
「……えっ? 学校で平均以上の成績なら、普通に出来たっスよ?」
ヨーク
「嘘だろ?」
ミツキ
「私も出来ますよ」
ヨーク
「マジで?」
ミツキ
「はい」
ヨーク
「俺はアホだったのか……」
知識階級の世界に触れ、村民のヨークは愕然とした。
エボン
「安心しろボウズ。俺も出来ねえ」
ヨーク
「知ってる」
エボン
「えっ?」
ヨーク
「それで、俺たちがアホである事とコイツに、何の関係が有るんだよ?」
エボン
「…………」
リホ
「暗算が出来ない人たちは、紙に特殊な計算式を書いて、筆算というのをやるっス」
リホ
「正直、紙や鉛筆の無駄遣いっスね」
リホ
「だけど、この計算箱が有れば、紙を使わなくても一瞬で計算が出来るっス」
リホ
「ブラッドロード。何かやって欲しい計算を言うっス」
リホ
「この計算箱が、たちどころに正しい答えを導き出してみせるっス」
ヨーク
「それじゃあ……」
ヨーク
「リホの身長かける、バストサイズ割る、リホの身長」
リホ
「了解っス。ウチの身長かけるバスト……」
リホ
「すね蹴り」
ヨーク
「ITEッ!?」




