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3の9「魔弾銃と赤き惨劇」





 最初の一歩から、2日が経過した。



リホ

「…………」



 リホは針と定規を机上に置いた。


 そして、顕微鏡の台から魔石を外した


 次に椅子から立ち上がり、ベッドの方を見た。



リホ

「出来たっス」


ヨーク

「ん」



 ヨークはベッドから立ち上がり、リホに近付いていった。



ヨーク

「お疲れさん」



 2人の目と目が合った。


 リホはまっすぐにヨークを見ていた。


 かつて有った怯えの色は無くなっていた。



リホ

「……お待たせしましたっス」



 はにかみと共に、リホは詫びた。



ヨーク

「2日遅れただけだろ。気にすんな」



 ヨークはぽんとリホの頭に手を乗せた。


 リホは動かないまま、少し瞳を揺らした。


 ヨークはベッドへと視線をやった。


 そこにはミツキの姿が有った。


 ミツキは無表情で明後日の方向を見ていた。



ヨーク

「な?」



 ヨークはにやりと笑った。


 ミツキは一瞬口をぎゅっと結び、そして開いた。



ミツキ

「な? ではありません」


ミツキ

「ヨーク。あなたはお人好し過ぎます」


ミツキ

「いつか足元を掬われますよ」


ヨーク

「……迷惑かけて悪いな。考え無しで」


ミツキ

「別に……迷惑だなどとは思っていません」


ヨーク

「けど、この前は……」


ミツキ

「ヨーク」


ミツキ

「私を理由にしてあなたが道を違えることを、私は望んでいません」


ミツキ

「以前のような連中が、再びかかって来るというのなら、私は今度こそ、あれらに打ち克ちます」


ヨーク

「闘争心が凄い」


ミツキ

「腕相撲が強いので」


ヨーク

「エナジーみなぎってんね」


リホ

「前に何か有ったんスか?」


ヨーク

「ああ。ちょっと前に……」


ミツキ

「ヨーク」



 身の上話をしようとしたヨークを、ミツキの声が阻んだ。



ミツキ

「魔石が用意出来たのなら、早くエボンさんの所へ行きませんか?」


ヨーク

「ワクワクしやがって」


ミツキ

「はい?」


ヨーク

「お前も、どんな魔導器が出来るか楽しみなんだろ?」


ミツキ

「いえ。全く」


ヨーク

「隠すなよ」


ヨーク

「リホ。ミツキのワクワクが止まらんっぽいし、早く行こうぜ。魔石を忘れるなよ」


リホ

「はいっス」



 ヨークはまっすぐに部屋を出ていった。


 リホは魔石を手にし、ヨークに続いた。



ミツキ

「…………」


ミツキ

「ワクワクしてませんてば」



 ミツキはベッドから立ち上がると、2人を追った。


 階段を降りると、2人は1階でミツキを待っていた。




 ……。




 3人は宿屋を出た。


 そして、エボンの武器屋へ向かった。


 武器屋に入ると、店員が3人を出迎えた。


 話をして、奥の工房に入った。


 エボンは仕事中だったので、少し待つことにした。



ヨーク

「エボンさん」



 エボンの作業が終わると、ヨークはエボンに話しかけた。



エボン

「ボウズ」


ヨーク

「魔石持ってきた」


エボン

「ちょっと待ってろ」



 魔石を持ってきたことを伝えると、エボンは倉庫へと入っていった。


 そして、木箱を運んできた。


 エボンは台の上に木箱を置いた。


 そして箱を開け、中から複数の布包みを取り出した。


 布を解くと、そこには魔導器のフレームが有った。


 フレームは、パーツが分かれたバラバラの状態だった。

 


エボン

「魔石をくれ」


リホ

「どうぞっス」



 リホは魔石を台に置いた。


 さっそく、魔石をフレームに組み込んでもらうことになった。


 作業台の上で、エボンは組み立てを始めた。


 ヨークたちはそれを囲んで観察することにした。



ヨーク

「ギュイーン」



 作業するエボンの隣。


 ヨークが奇声をあげていた。



ヨーク

「ゴゴゴゴゴ」


ヨーク

「ガチャッ」


エボン

「……気が散るんだが」


ヨーク

「悪い。ついワクワクして……」


エボン

「子供か」


ヨーク

「微妙なお年頃だ」


エボン

「はぁ。出来たぜ。これで完成だ」



 組み立てが終わった。


 エボンは魔導器をヨークに手渡そうとした。



ヨーク

「っと」



 ヨークはそれを受け取らず、二歩下がった。


 そして、リホに顔を向けた。



ヨーク

「リホ」


リホ

「…………」


エボン

「ああ。使うのはこっちの嬢ちゃんだったか」


リホ

「っス」


エボン

「ほらよ。嬢ちゃん」



 エボンはリホに魔導器を差し出した。


 リホは両手でそれを受け取った。


 その魔導器は、見た目よりも軽かった。



リホ

「……どうもっス」


ヨーク

「早速試してみようぜ」


リホ

「そうっスね」


ヨーク

「俺にも使わせてくれよ。良いよな?」


リホ

「ふふっ。ダメっス」



 そう言って、リホは魔導器を抱きしめた。



リホ

「これはウチの魔導器っスから」


ヨーク

「なんだよケチ! 良いだろ~?」


リホ

「ふふふ。早く迷宮に行くっスよ~」



 リホは工房の出口に足を向けた。



ヨーク

「貸せよ~」



 ヨークはリホを追った。


 二人は並んで歩き、工房から出て行った。



エボン

「ワクワクしてんなぁ。眩しいぜ」


ミツキ

「……そうですね」



 ミツキは遅れて武器屋を出た。


 2人は通りでミツキを待っていた。


 そのまま3人で迷宮に向かった。


 大階段を下り、迷宮の一階へたどり着いた。


 木々で出来た広い通路で、3人は立ち止まった。



ヨーク

「それで、どういう魔導器なんだ? そいつは」


リホ

「これは『魔弾銃』っス」


ヨーク

「魔弾銃?」


ミツキ

「ご存じないのですか?」


ヨーク

「ご存じないっス。何それ?」


リホ

「これが有れば、誰でも攻撃呪文を放つことが出来るっス」


ヨーク

「凄いな。っていうか、アレ?」


ヨーク

「それが有れば、魔術師とかこの世に必要無くない?」


ミツキ

「さようならヨーク……」


ヨーク

「えっ? クビ? 俺ってリーダーだったような」


ミツキ

「気のせいでした」


ヨーク

「気のせいじゃったか」


ヨーク

「……けど、ここで魔弾銃を使ってる奴とか、見たこと無いよな?」


リホ

「魔弾銃は、主に軍隊で使う物っスからね」


リホ

「冒険者で魔弾銃を使う人は、殆ど居ないと思うっス」


ヨーク

「どうして?」


リホ

「魔弾銃は、素材にした魔石の出力以上の火力は出せないっス」


リホ

「ですけど、強い魔石なんてそんなに手に入らないですし……」


リホ

「強い魔石は、魔弾銃よりも有用な魔導器の素材に、回されてしまうっスから」


リホ

「世に出回っている魔弾銃の威力は、そこそこ」


リホ

「レベル20くらいの魔術師と同等と言われているっス」


リホ

「あくまで、レベルが低い兵士の戦力を、底上げするための物ということっスね」


ヨーク

「リストラ回避か」


ミツキ

「お帰りなさい。ヨーク」


ヨーク

「いまさら帰って来いと言われても、もう遅いぞ」


ミツキ

「まあまあ。飴ちゃんをあげますから」



 ミツキはスキルで飴を取り出すと、ヨークに渡した。


 ヨークは飴の包みを解き、口に含んだ。



ヨーク

「苦しゅうない」


ヨーク

「それじゃあ使ってみてくれよ。魔弾銃」


リホ

「了解っス。それじゃ、スライム相手に試し撃ちするっス」



 3人は、スライムの居る部屋へ向かった。


 その部屋には、なぜかスライムが発生しやすい。


 ヨークお気に入りのスライム部屋だった。


 部屋の中では、大量のスライムがうようよとうごめいていた。



リホ

「それじゃ、行くっスよ」



 リホは魔弾銃を構えた。


 そして、照準をスライムへと合わせた。



ヨーク

「わくわく」


リホ

「えいっス」



 リホは魔弾銃のトリガーを引いた。


 魔弾銃の銃口から、火の玉が放たれた。


 火の玉はスライムに着弾し、そして……。



 大爆発。




リホ

「えっ?」



 轟音と共に、爆炎が広がった。


 赤い魔手が、スライムを絡め取っていった。


 爆風がヨークたちにも吹きつけた。



リホ

「ひぎゃっ!?」



 リホは体勢を崩し、尻もちをついた。


 ミツキのフードがめくれ上がり、狼耳が露わになった。


 ヨークは揺るがなかった。


 やがて爆風が止んだ時、部屋内にスライムの姿は無かった。


 炎に耐性を持つレッドスライムすら残らなかった。


 部屋のスライムは、全て息絶えた様子だった。


 小さな魔石だけが、彼らが生きた証としてそこに在った。



ヨーク

「スライム様があああああああぁぁぁっ!?」



 ヨークは慟哭した。


 ヨークのスライム愛を知らないリホは、呆気にとられるしか無かった。



リホ

「えっ? えっ?」


ヨーク

「お前スライム様に何してんだよ!?」


リホ

「スライム様て、何言ってるんスか?」


ヨーク

「スライムはなぁ! この星の一部なんだよ!」


リホ

「意味分かんないっス!?」


ミツキ

「ヨークはスライム保護団体の会長なのです」


リホ

「えっ。そんな団体有ったんスね」


ミツキ

「ええ。メンバーはヨーク一人ですけど」


リホ

「どゆこと?」


ミツキ

「気にしないで下さい。一時的なショックでおかしくなっているだけですから」


リホ

「……はぁ」



 2人はヨークの精神が安定するまで、待つことにした。



ミツキ

「落ち着きましたか? ヨークメンバー」


ヨーク

「……そうだな」



 ヨークはそう言ったが、声音からは拗ねた様子が感じられた。



リホ

「その……想定外の威力だったっス」


リホ

「普通の魔石だと、ここまでのことになったりはしないんスけど」


ヨーク

「……魔石を持ってきた俺が悪いってのか?」



 ヨークはじろりとリホを睨んだ。



リホ

「う……」



 ヨークがリホに負の感情を向けるのは珍しいことだった。


 リホはつい目を逸らしてしまった。



ミツキ

「その通りですね」


ミツキ

「ヨークが良い色の魔石を持ってきたから、こうなったのですよ?」


ヨーク

「ぐぬ……」


ミツキ

「そう腐らないで下さい。この部屋以外にも、スライムは居るのですから」


ヨーク

「……分かったよ」



 ヨークが一応の納得を見せたので、ミツキはリホの方を向いた。



ミツキ

「しかし……その威力では、迂闊に使えませんね」


ミツキ

「もう少し、威力を抑えることは出来ないのですか?」


リホ

「威力は……魔石の性能と、刻まれた魔術回路で決まるっスから……」


リホ

「新しい石に、別の回路を彫ってやらないとダメっスね」


ミツキ

「魔石はまだまだ有りましたよね?」


ヨーク

「……あぁ」



 かつて、リホを励ますため、ヨークは魔石の乱獲をした。


 そのときの魔石が大量に余っていた。



ミツキ

「一度戻って出直して来ましょう」


リホ

「そうっスね」


ヨーク

「…………」



 その日、ヨークは終始暗いままだった。


 スライム絶滅事件は、ヨークの心に深い影を落としていた。


 ヨークは深く深く傷つき……。


 1晩寝たら治った。





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