3の2
ヨークたちの寝室。
リホ
「う……?」
リホはベッドの上で目を覚ました。
ヨーク
「気付いたか」
リホ
「ヒッ!?」
ヨークの姿を視認したリホは、ほとんど反射的に身を引いた。
ヨーク
「そんなビビるなよ。傷つくだろ」
リホ
「ぅ……ウチを拉致監禁して、どうするつもりっスか?」
ヨーク
「拉致て。介抱してやったのに」
リホ
「…………?」
ヨーク
「お前は邪悪な魔獣に襲われたんだ」
ヨーク
「おかげで心臓が止まってたんだぞ?」
ミツキ
「……………………」
ヨーク
「それを助けてやったのに、犯罪者呼ばわりするとはな」
リホ
「う……」
リホ
「かたじけないっス」
リホ
「下等な冒険者にも、善人は居るんスね」
ミツキの手が、リホの顔面を掴んだ。
俗にアイアンクローと言われる武芸だった。
リホ
「いだだだだだ!」
リホの頭蓋骨が、ミシミシと締め付けられた。
リホ
「ウチの優秀な脳が……貴重な世界の至宝が……!」
ヨーク
「その辺にしとけ」
ミツキ
「はい」
ヨークに言われると、ミツキはおとなしく手を離した。
ヨーク
「お前、意外と武闘派だよな」
ミツキ
「知性派ですが」
リホ
「ハッ」
リホは嘲笑った。
ミツキ
「…………」
みしみしみし。
リホ
「いだだだだだ!」
ヨーク
「無限ループすんな」
ミツキは手を離した。
リホ
「あふぅ……」
ヨーク
「それでお前、元々は冒険者じゃないんだよな?」
リホ
「当然っス」
リホ
「ウチは誇り高きテクノクラートっス」
リホ
「薄汚い冒険者共と、一緒にされては心外っス」
ヨーク
「ミツキ、ステイ」
ミツキ
「何もしてませんが?」
ヨーク
「おう」
ヨーク
「テクノクラートって何だ?」
ミツキ
「高等教育機関で得た知識を、高度な専門職に、活かしている人たちのことです」
ミツキ
「医師や法律家などが、典型的なテクノクラートと言えますね」
ヨーク
「ふ~ん?」
ヨーク
「それでそのテクノクラート様が、どうして迷宮に居たんだ?」
リホ
「ウチは……」
リホの目に涙が滲んだ。
リホ
「ウチはぁぁぁああぁぁ……うあぁぁあぁあぁぁ……」
そして、ぼろぼろと泣き出してしまった。
ヨーク
「……泣いたぞ」
ミツキ
「泣かせましたね。ヨーク」
ヨーク
「俺のせいかよ」
ミツキ
「見た感じでは」
ヨーク
「……はぁ」
ヨーク
「飴ちゃんやるから、泣き止め」
ヨークはリホに飴玉を差し出した。
リホ
「…………」
リホはそれを素直に受け取った。
そして包装を解き、口に含んだ。
リホ
「甘いっス」
ヨーク
「話せるか?」
リホ
「ウチは……」
リホ
「ウチは魔導器工房をクビになったっス」
ミツキ
「その性格では仕方ないですね」
リホ
「性格は関係ないっス!?」
ヨーク
「それじゃあどうして?」
リホ
「ウチの引いた図面が、使い物にならないと言われたっス……」
リホ
「けど……そんなはずが無いっス」
リホ
「あのハゲに見る目が無いに決まってるっス」
ちなみに、イジュー=ドミニは別にハゲでは無い。
ヨーク
「ふ~ん?」
ヨーク
「けど、それが迷宮に潜る理由になるか?」
ヨーク
「王都なら、もっと安全な仕事が有るだろ?」
ヨーク
「いくらでもさ」
リホ
「確かに……冒険者なんて3Kの仕事は、やりたく無かったっス」
ヨーク
「3K?」
ミツキ
「キモい、ウザい、死んで欲しいの三重苦のことですね」
ヨーク
「Kどこ行った?」
リホ
「きつい、きたない、きけん。この三つを満たす、クソみたいな仕事のことっス」
ヨーク
「楽しいけどな。冒険者」
ミツキ
「ヨークには才能が有りますからね」
ヨーク
「う~ん……?」
ミツキ
「そんな風に思いながら、どうして迷宮に?」
リホ
「確かに……選り好みしなければ、いくらでも仕事は有るっス」
リホ
「けど……」
ヨーク
「けど?」
リホ
「自分より学歴が低い上司に、頭を下げるのが耐えられないんス」
ヨーク
「は?」
リホ
「あいつら何なんスか?」
リホ
「ロクな学校も出てないくせに、なんでエリートのウチに説教出来るんスか?」
リホ
「皿の一枚割ったくらいが、どうしたって言うんスか? ウチは天才なんスよ?」
リホ
「王都一の頭脳を持つウチに、低学歴のアホどもが偉っそうにするなんて……」
リホ
「ありえないありえないありえないありえないありえないありえない……」
ヨーク
「……やべーなコイツ」
ミツキ
「外に捨ててきましょうか?」
ヨーク
「流石にそれは……」
リホ
「それに……」
リホ
「迷宮なら素材が手に入るから、一石二鳥だと思ったっス」
ヨーク
「素材……魔導器のか?」
リホ
「その通りっス」
リホ
「たとえクビになっても、ウチの才能は変わらないっス」
リホ
「燃やされた図面も、全部この頭に入ってるっス」
リホ
「ウチは天才っスから」
ヨーク
「待て……。燃やされた?」
リホ
「……はいっス」
リホ
「工房の予算を使って書かれた図面だから、持ち出しちゃいけないって……」
リホ
「それで……燃やされてしまったっス」
ヨーク
「酷いな……」
リホ
「酷いハゲっス……」
ヨーク
「……良し」
ミツキ
「ヨーク?」
ヨーク
「決めた。お前に協力してやる」
リホ
「良いんスか?」
ヨーク
「ああ。俺はヨーク=ブラッドロードだ。よろしく。それでこっちの過激派はミツキ」
ミツキ
「穏健派のミツキです」
リホ
「リホ=ミラストックっス。よろしくっス」
リホは微笑んだ。
そして、ヨークと握手を交わした。
ミツキとも握手しようかと思ったが、先程の握力を思い出して、止めた。
……。
話が終わった時、既に日は沈んでいた。
ヨーク
「今日はもう遅い。家まで送ろう」
ヨークがそう提案した。
リホ
「いえ……。その、ウチ……」
リホ
「住む場所を追い出されて……今は住所不定無職っス」
ヨーク
「今から宿を探すのは酷か」
リホのような少女を、夜歩かせることに、ヨークは気が乗らなかった。
ヨーク
「床で良いなら泊まってって良いぞ」
ヨークはそう提案した。
リホ
「えっエリートのウチが床っスか!?」
ヨーク
「……めんどくせぇ」
ヨーク
「俺のベッドで一緒に寝るか?」
ミツキ
「ヨーク」
ヨーク
「冗談だ」
ヨーク
「ミツキと一緒のベッドで寝ろよ」
リホ
「えっ……」
握力が。
ミツキ
「何もしませんよ?」
結局、ミツキのベッドを2人で使うことになった。
眠っている間は、2人ともおとなしかった。
……。
無事に夜が明けた。
3人は、宿の食堂で朝食を取った。
その後、迷宮に向かった。
迷宮の第1層につくと、ヨークは口を開いた。
ヨーク
「見た感じ、リホは弓術師だな?」
リホ
「その通りっス」
そう言うリホの手には、弓が握られていた。
ヨーク
「ソロには向かないクラスだと思うんだが、どうして選んだんだ?」
リホ
「……怖いもん」
ヨーク
「は?」
リホ
「魔獣に近付くなんて、怖くて無理っスもん!」
ヨーク
「……スもんか。それで……」
ヨーク
「遠距離攻撃出来る弓を持ってるのに、どうしてスライムにやられてたんだ?」
リホ
「最初は距離を取って戦ってたんスよ?」
リホ
「けど、矢を撃っても撃っても、全然やっつけられなくて……」
リホ
「それで気付いたら、矢が無くなってて、敵が近寄ってきて……」
リホ
「怖くなって……腰をぬかしてしまったっス……。うぅ……」
ヨーク
「最初はそんなもんだよ。ミツキもそうだった」
リホ
「そうなんスか?」
ミツキ
「記憶にございません」
ヨーク
「それでだな……スライムには物理攻撃は効きにくいんだよ」
リホ
「全然知らなかったっス」
ヨーク
「弓術師って、魔法の矢が撃てるんだろ? それで弱点を突くと良い」
リホ
「その、まだ使えないっス。低レベルなので」
ヨーク
「そうか……」
リホ
「あっ、頭脳は高レベルっスけど」
ヨーク
「聞いとらんが」
ヨーク
「それじゃあ、スライム以外の敵と戦うのが良いだろうな」
ヨーク
「大鼠をやろう。迷宮の初心者は、皆あいつでレベルを上げるらしいからな」
リホ
「了解っス」
3人は魔獣を探し、迷宮の1層をうろついた。
じきに大鼠の姿を発見した。
ヨーク
「居たぞ」
大鼠は、ヨークたちに背中を向けていた。
ヨーク
「向こうはまだ気付いて無い。やれ」
リホ
「…………!」
リホは弓矢を構えた。
そして矢を放った。
矢は大鼠の方へ飛んだ。
だが、右に少し外れてしまった。
外れた矢は、地面に軽く突き刺さった。
リホ
「は……外し……!」
失敗したリホは、明らかに動揺した様子を見せた。
大鼠はリホの方を向いた。
リホたちの存在を察知したらしかった。
リホ
「っ……!」
ヨーク
「落ち着け! 次だ!」
ヨークは簡潔に指示を飛ばした。
リホ
「は……はいっス」
リホは次の矢を、弓につがえた。
大鼠が駆けてきた。
リホに向かって。
リホは次の矢を放った。
当たらない。
矢は大きく外れてしまっていた。
初弾よりも酷い。
リホ
「ひう……!?」
鼠が距離を詰めてきた。
リホは次の矢をつがえた。
だが、狙いが定まらなかった。
3発目を撃つ前に、鼠がリホに飛びかかった。
リホの体勢が崩れた。
リホの小柄な体に、大鼠がのしかかった。
リホ
「ひいいいぃっ!」
リホは恐怖で叫んだ。
ヨーク
「……っと」
ヨークは鼠を蹴り飛ばした。
鼠は迷宮の壁に衝突。
絶命した。
そして、魔石を落として消滅した。
ヨーク
「大丈夫か?」
ヨークは、倒れたリホに声をかけた。
リホ
「う……うぁ……」
ヨーク
「リホ……?」
リホ
「もうやだあああああぁぁぁぁあぁあぁっ」
リホは泣き出してしまった。
ヨークの想定外の弱さだった。
ミツキ
「前途多難ですね」
ヨーク
「うーん……」
ミツキの言葉に対し、ヨークは上手い返しが見つからなかった。




