2の11
ユーリ
「王都の牢屋に居るはずじゃ……」
ヨーク
「そんなにおかしいか?」
ヨーク
「クソみたいな決闘させられて、クソみたいな裁判にかけられて、仲間を傷つけられた」
ヨーク
「そんな俺がこの場所に居るのが、そんなにおかしいかよ」
ヨーク
「虫でも踏んだって思ったか?」
ヨーク
「噛み付きに来るとは思わなかったのかよ」
ユーリ
「…………」
ヨーク
「どっか広い場所に行こうぜ」
ヨーク
「喧嘩するには……この部屋は狭すぎる」
ユーリ
「……良いだろう」
シュウ
「…………」
3人は執務室を出た。
廊下を歩き、階段を上った。
途中、他の兵士には出会わなかった。
3人は屋上に出た。
国内に有る砦の平均より、遥かに高い。
広々として、遠くまで見渡せた。
西に、王都の世界樹が見えた。
風が吹いていた。
ヨーク
「それじゃ、始めるか」
ユーリ
「残念だ」
ユーリ
「ここまで来てしまったのなら、倒さねばならない」
ヨーク
「良く言うぜ。最初から殺すつもりだったくせによ」
ユーリ
「…………?」
ヨーク
「そんなに俺が憎かったか?」
ユーリ
「……そうだな」
ユーリ
「お前が居なければ、全て上手く行ったんだ」
ユーリ
「お前のせいで、計画が狂ってしまった」
ユーリ
「私はお前が憎いよ。ヨーク=ブラッドロード」
ヨーク
「お前が何をしたかったのか、知らねえけどな……」
ヨーク
「女の裸の絵をばらまく、クソみたいな計画だろうが」
ヨーク
「それが失敗したのを、人のせいにしてんじゃねーよ。バーカ」
ユーリ
「…………」
ユーリは眉をひそめた。
だが、すぐに冷めた表情に戻った。
ユーリ
「死にたいのなら、殺してやる」
ヨーク
「逆恨みしやがって」
ヨーク
「……始める前に、1つ聞いておく」
ユーリ
「何だ?」
ヨーク
「ミツキはどこだ?」
ユーリ
「牢に捕らえてある」
ヨーク
「……無事なんだろうな?」
ユーリ
「ハッ……ハハッ!」
ユーリ
「暢気だな。お前は」
ユーリ
「あの見た目の奴隷だ。何もしないわけが無いだろう」
ユーリ
「楽しませて貰った」
ユーリ
「美味かったぞ。お前のペットは」
ヨークの視界に赤色が混じった。
自身の中央に、ドス黒い何かが有るような気がした。
それを解き放てば、眼前の人間は、一瞬で消えて無くなる。
そんな気がした。
そこまでを望んではならない。
ヨークは良心で、ドス黒い何かを抑え込もうとした。
だが、怒りがゼロになることは無かった。
ヨーク
「…………」
ヨークは熱気に支配されながら、口を開いた。
ヨーク
「ブッ殺してやったぞ」
ユーリ
「え……?」
ヨーク
「テメェの部下どもだ! 邪魔しやがるからなぁ!」
ヨーク
「皆殺しにしてやった!」
ヨーク
「テメェが下らねぇこと企むからだ! クソ野郎が!」
ユーリの表情が、憤激に染まった。
今までに無い殺意が、ヨークに向けられた。
ユーリ
「死ね……!」
ヨーク
「てめえがな!」
ヨーク
「その首切り落として、ザコ共と一緒に並べてやるぜ!」
両者は、同時に抜刀した。
ヨークは即座に前に出た。
ミツキが待っている。
ザコを相手に、無駄な時間を使うつもりは無かった。
そのまま真っ直ぐに、ユーリに切りかかった。
シュウ
「…………」
火花が舞った。
魔剣と魔剣のぶつかりが立てる火花だった。
シュウがヨークの一撃を受け止めていた。
ユーリ
「シュウ!」
シュウ
「どうかお任せ下さい」
シュウの剣気を受け、ヨークは下がった。
ヨーク
「チッ……!」
シュウは強い。
レベルだけの強さでは無い。
武道に裏打ちされた強さだった。
雑に戦って勝てる相手では無かった。
ユーリ
「シュウ……。頼む」
シュウ
「はい」
ヨーク
「…………」
シュウ
「俺が相手になろう」
ヨーク
「好きにしろよ。どうせ皆殺しだ」
ヨークはシュウに戦意を向けた。
さらに剣先をシュウへ向け、心中で唱えた。
ヨーク
(氷槍!)
氷の槍が放たれた。
並の剣士であれば、1撃で仕留められる。
そういう鋭さが有った。
シュウは一瞬で左に移動した。
その動きは、ヨークでもほとんど見切れなかった。
氷は遠くへと飛び去っていった。
ヨーク
「……スキルか」
シュウの動きは、ただ跳んだにしては、速すぎた。
シュウ
「その通りだ」
シュウ
「メイルブーケの血筋に発現する、高速移動のスキル」
シュウ
「斬り合いにおいては、無類の強さを誇る」
ヨーク
「なるほど。厄介だな」
強敵を前に、ヨークの頭が少し冷えた。
ヨーク
(……樹縛)
ヨークは魔術を発現させた。
地面から生じた枝が、シュウを縛ろうとした。
枝が螺旋を描いた時、そこにシュウの姿は無かった。
シュウはこれも、難なく回避してみせた。
ヨーク
「ちょこまかと」
シュウ
「純朴だな」
ヨーク
「は?」
シュウ
「俺に剣を向けながら、俺たちを生かすことを考えている」
ヨーク
「考えて無いが?」
シュウ
「優しく……甘い」
シュウ
「戦場では生き残れん!」
シュウはスキルでヨークへと近付いた。
そして魔剣を振った。
ヨーク
「勝手に納得してんじゃねえっ!」
ヨークの魔剣がシュウの魔剣を受けた。
シュウの剣は鋭く、隙が少ない。
1撃をしのいでも、すぐに次が来た。
シュウはハイレベルの暗黒騎士だ。
斬り合いにおいて、魔術師のヨークを上回っていた。
だが、ヨークにも、天性の剣のセンスが有った。
シュウの連撃をなんとか受けきり、距離を取った。
ヨーク
(風刃十連!)
大量の風の刃が放たれた。
シュウは最小限の歩法で、魔術を回避した。
かすりさえしなかった。
シュウ
「分かっているはずだ」
シュウ
「ユーリ様を狙えば、俺は避けられん」
シュウ
「そう……分かっているはずだ」
シュウはヨークに、憐れむような目を向けた。
ヨーク
「……そんなダッセェ喧嘩するかよ」
シュウ
「君のような若者を、手にかけたくは無かった」
ヨーク
「死ぬのはテメェだがな」
シュウ
「……確かに」
シュウ
「主従揃って、恐るべき力だ」
シュウ
「ならば……」
シュウは、剣を鞘に収めた。
そして、低く構えた。
シュウ
「御目汚し、失礼する」
ヨーク
「ッ!」
ヨークはその武技に、見覚えが有った。
ミツキを倒した技だ。
ふっと、シュウの姿が消えた。
ヨーク
「ッ!」
衝撃を受け、ヨークは吹き飛ばされた。
シュウの姿が、ヨークが居た場所の、後ろに現れていた。
シュウ
「受けたか……!」
少し宙を舞ったヨークは、大きな隙を晒すことなく、無事に着地した。
手傷は無かった。
ヨーク
「1度見させてもらった」
ヨーク
「ミツキを斬ったからだ。だから……」
ヨーク
「俺に負けて、テメェは死ぬんだよ!」
シュウ
「虚勢を張るな」
シュウ
「メイルブーケ秘伝の魔導抜刀、1度見たくらいで破れる技では無い」
ヨーク
「2回だ」
シュウ
「む……?」
ヨーク
「とっておきを、2回見せた」
ヨーク
「もうお前、詰んでんだよ」
シュウ
「面白い」
シュウは再び構えた。
秘剣、魔導抜刀の構えだった。
シュウ
「もし虚言なら、その首を貰うぞ」
ヨーク
「やって見せろ!」
ヨークは地面を蹴った。
まっすぐに、シュウへと向かった。
シュウ
(凡庸な突進……。何を企んで……)
シュウ
(いや)
シュウは思索を止めた。
シュウ
(この身、浅薄非才なれば)
シュウ
(ただ一刀に、死に狂うのみ)
シュウ
(メイルブーケ流、魔導抜刀……)
シュウ
(……紅蓮!)
ヨーク
「『部位強化』」
シュウの鞘に、炎の力が満ちた。
ヨークの視界から、シュウの姿が消えた。
そして……。
シュウ
「な……!?」
ヨークは無傷だった。
ヨークの背後で、シュウが剣を振り抜いていた。
シュウの剣先は、あらぬ方向へと跳ね上がっていた。
それは無様な、奥義の成り損ないだった。
渾身の一撃を外した隙。
それをヨークは逃さない。
ヨーク
「風刃」
ヨークの剣先から、風の刃が放たれた。
シュウ
「ぐうっ……!?」
シュウの右腕が、切り飛ばされた。
腕は刀ごと地面に落ちた。
ユーリ
「シュウ!?」
ヨーク
「貸しは返してもらった」
シュウ
「…………」
シュウは、傷口の少し上を押さえながら、ヨークに向き直った。
ヨーク
「もう……あの技は使えないな」
シュウ
「いったい……何が……?」
ヨーク
「俺のスキルで、お前の手首を『強化』した」
ヨーク
「魔導抜刀とやらを使うには、大層な訓練が要るんだろう?」
ヨーク
「少しでも感覚が狂えば、成功しない。そういう技だ」
2回見ただけで、ヨークは奥義の本質を看破していた。
シュウ
「…………」
シュウ
「技に縋った結果がこれか……」
シュウ
「俺の……負けだ」
ヨーク
「ようやくかよ」
ヨーク
「お前らを負かすのは、骨が折れる」
ヨークはユーリの方へと向かった。
そして、首に剣をつきつけた。
ユーリ
「っ……!」
ヨーク
「ミツキの所へ案内しろ」
ヨーク
「死にたく無けりゃな」
ユーリ
「…………」
ゼンス
「そこまでだ! 魔族!」
男の声がした。
ヨークは声の方を見た。
屋上の出入り口の方角だった。
そこに、3つ子の姿が有った。
中央のゼンスが、ミツキを拘束していた。
その向かって右に立つコーウェンは、フルーレを拘束していた。
ゼンスの手中には、短剣が握られていた。
迂闊な事をすれば、ミツキを殺す。
そういう意思表示だった。
ヨーク
「ミツキ! フルーレ!」
ミツキ
「ヨーク……」
フルーレ
「すまない……」
フルーレの眉根には、苦悶の色が見られた。
ヨーク
「氷狼は……?」
ヨークは困惑した。
砦の中に、氷狼を走らせてあった。
ミツキを護り、敵を制圧するよう、命令がしてあった。
氷狼の強さは、3兄弟にかなうようなものでは無かったはずだ。
それがどうして、連中は無事に、ミツキを連れてここに居るのか。
ゼンス
「おまえの犬っころなら、砕かせてもらった」
ヨーク
「おまえたちが……?」
ゼンス
「フン。ハイレベルが、おまえだけの特権だとでも思ったのか?」
ヨーク
「っ……!?」
ヨーク
(『戦力評価』……!)
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ゼンス=ツァルドアイ
クラス ニンジャ レベル99
スキル 重力の邪眼 レベル3
効果 対象に重力を付与する
条件 対象の目視
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______________________________
コーウェン=ツァルドアイ
クラス 暗黒騎士 レベル99
スキル 重力の邪眼 レベル3
効果 対象に重力を付与する
条件 対象の目視
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______________________________
キャル=ツァルドアイ
クラス 聖騎士 レベル99
スキル 重力の邪眼 レベル3
効果 対象に重力を付与する
条件 対象の目視
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3兄弟のレベルは、ヨークを狼狽させた。
彼等のレベルは、以前の3倍以上になっていた。
常識で考えれば、短期間でこれだけのレベルを上げられるわけが無い。
ヨークは、幼馴染の言葉を思い出した。
『ヨーク。お前という例外が、ここに居るんだ。規格外が1人とは限らない』
ヨーク
(向こうにも居るってのか……!? 俺みたいな奴が……!)
見積もりが甘かった。
ヨークの表情が、苦渋に満ちた。
ゼンスは勝ち誇り、言葉を継いだ。
ゼンス
「状況は分かったか? マヌケ」
ゼンス
「こいつらの命が惜しかったら、剣を捨ててもらおうか」
ミツキ
「いけません!」
ミツキ
「言うことを聞いたからと言って、助かるという保証は……!」
ゼンス
「黙れ!」
ゼンスはミツキの髪を、乱暴に引っ張った。
ミツキ
「あうっ……!」
ヨーク
「止めろッ!」
ヨークは顔色を変えて叫んだ。
それを見て、ゼンスはにやにやと笑った。
裏方に徹していた時は分からなかったが、酷いサディストのようだった。
彼の兄弟も、同じような顔をしていた。
ゼンス
「『止めろ』? 『止めて下さい』だろ?」
ヨーク
「……止めて下さい」
ゼンス
「立場が分かったようだな?」
ゼンス
「さあ、剣を捨てろ!」




