その2の2
ヨーク
「…………!」
ヨーク
(じゅう……なな……)
4倍以上のレベル差。
王都に行った者と、村に残った者。
それほどの差が出来てしまうのか。
置いていかれたことの惨めさが、数字にまで表れたような気がした。
ヨークは心が揺さぶられるのを感じた。
ヨーク
「それで?」
ヨークは内心の動揺を隠して言った。
声は震えていないだろうか。
いつもどおりに振る舞えているだろうか。
ヨークには分からなかった。
ただ、バニが心配そうにヨークを見ていた。
バジル
「それで……だと?」
バジルの眉根に力がこもった。
バジル
「まだ分からねぇのか? 格の違いが」
バニ
「ねえ、バジル。酔ってるの?」
バジル
「まだだ」
バジル
「まだ、少ししか飲んでねぇ」
そう言うバジルの耳は赤みを帯びていた。
ヨーク
「まだまだ酒は有るだろ」
ヨーク
「とっとと皆の所に戻ったらどうだ?」
バジル
「そういう態度だ」
ヨーク
「あ?」
バジル
「今くらい……認めたらどうなンだよ」
バジル
「俺はとっくに……お前よりも遥か高みに居るっていうのに」
ヨーク
「お前は何を求めてんだよ。俺に」
バジル
「俺と戦え」
バニ
「な……!」
闘志が湧いた。
ヨーク
「分かった」
ヨークは頷いた。
ヨーク
「それでお前の気が済むのなら、戦ってやる」
二人は広場の中央へ移動した。
バジルはヨークと喧嘩をするということを村人たちに伝えた。
村人たちはそれをすんなりと受け入れた。
二人が喧嘩をするのはこれが初めてでは無い。
前回はヨークが勝った。
今回はどうなるのか。
村の男たちはそれを楽しそうに語り合った。
ヨークとバジルは村の皆が見守る中で剣を構えた。
「真剣を使うのか?」
村人の一人が意外そうに言った。
「大丈夫か?」
「加減くらいするだろ」
「……そうだよな?」
バジル
「来い」
バジルは言葉でヨークを誘った。
短気なバジルは、普段は自分から攻める。
受けに回るのは珍しいことだった。
ヨーク
「何のつもりだ?」
バジル
「お前の一撃を正面から捻じ伏せる」
バジル
「それこそが……」
バジル
「誰が見ても分かる、完全勝利だ」
ヨーク
「そうかよ」
ヨーク
「行くぜっ!」
剣の腕は自分が上だ。
ヨークはそう思っていた。
バジルの受けは甘い。
自分なら崩せると思った。
隙を見つけたつもりで、ヨークはバジルへと斬り込んだ。
だが……。
ヨーク
「……ッ!」
バジルの後の先の一撃は、ヨークの予想よりも遥かに速かった。
隙を突いたつもりのヨークの剣は、容易く弾き飛ばされた。
バジル
「ふっ!」
そして、ヨークの腹にバジルの拳が突き刺さった。
今までのバジルには無い、重い一撃だった。
ヨーク
「ぐ……あぁ……っ」
ヨークは悶え苦しんで、うつ伏せに倒れた。
観衆の中には、その苦しそうな様子に顔をしかめる者も居た。
バニ
「ヨーク……」
ヨーク
「……………………」
バジル
「ヨーク」
バジルは倒れたヨークを上から見下ろした。
バジル
「スキルを使うまでもねえ」
バジル
「これが今の俺とお前との差だ」
ヨーク
「…………」
バジル
「参りましたって言えよ」
ヨーク
「あ……?」
バジル
「言葉で負けを認めろ。そう言ってンだ」
ヨーク
「……………………」
死んでも嫌だ。
ヨークはそう思った。
バジル
「言え」
バジルは足を上げた。
そして、ヨークの肩甲骨の辺りを踏みつけた。
ヨーク
「ぐ……あっ……」
バジル
「言え」
バジルは少しずつ脚に力をこめていく。
ヨーク
「ぐっ……!」
ジゼル
「何やってんだい! このバカ!」
怒鳴り声が響いた。
バジルの母、ジゼルの声だった。
バジルの脚の力が緩んだ。
バジルの顔が、成人前の子供のようになった。
ジゼル
「友達を踏みつけて! 何のつもりだい!」
産みの親の迫力に、バジルは後ずさった。
ヨークの背中が自由になった。
バジル
「カーチャン。これは……」
バジル
「男の世界なンだ。男として、格ってヤツを……」
ジゼル
「男?」
ジゼル
「あんたの言う男ってのは、随分と肝っ玉が小さい生き物なんだね」
バジル
「っ……」
ヨーク
「止めてくれ。おばさん」
ヨークはよろよろと立ち上がった。
ジゼル
「大丈夫かい? ヨークちゃん」
ヨーク
「良いんだ」
ヨーク
「俺は負けて……弱かったんだから……」
ヨーク
「参りました。バジルさん」
ヨークは頭を下げた。
一対一の喧嘩なら、負けを認めるつもりは無かった。
骨を踏み砕かれても構わなかった。
だが、庇われた。
そうなってはもう、意地を張るのも虚しくなってしまう。
負けた。
男の喧嘩に負けたのだ。
そう思ってしまった。
ヨーク
「……これで良いですか?」
バジル
「あ、ああ……」
弱ったヨークの様子に、バジルは一瞬辛そうな顔を見せた。
頭を下げたヨークに彼の顔は見えなかった。
バジルは歪んだ表情をすぐに真顔に戻した。
バジル
「やっと、分かったかよ」
ヨーク
「失礼します」
ヨークは剣を拾った。
そしてバジルに背を向けて、ふらふらと立ち去っていった。
ジゼル
「ヨークちゃん……」
ジゼル
「私ゃ、自分が情けないよ」
バジル
「……………………」
宴会という空気では無くなっていた。
ヨーク
「…………」
傷ついたヨークは、村の外へと出た。
そして考えながら歩いた。
剣をずるずると引きずりながら。
剣先が微かに地面を削っていった。
ヨーク
(負けた……。どうしてだ……?)
ヨーク
(レベルに差が有ったのはどうしてだ?)
ヨーク
(俺が村に残ったからか?)
ヨーク
(…………残った? 馬鹿言え。置いていかれたんだろう?)
ヨーク
(俺が置いていかれたのは……)
ヨーク
(『敵強化』……。役立たずのスキル……)
ヨーク
(本当に?)
ヨーク
(俺はこのスキルを一度も使っちゃいねえ)
ヨーク
(敵を強くするスキルなんて……一つ間違えたら災難が起きるかもしれない……)
ヨーク
(村の皆を巻き込むかも……)
ヨーク
(そう思って……)
ヨーク
(だけどそれは……口実だったんじゃないか?)
ヨーク
(俺は……怖かった)
ヨーク
(使わなければ……本当の事は知らずにいられる)
ヨーク
(俺は……自分のスキルが本当にゴミかどうかなんて知りたくなかった)
ヨーク
(『答え』を……見たくなかった)
ヨーク
(らしくもねえ)
ヨーク
(皆に笑われて、臆病になったんだ)
ヨーク
(俺は……!)
赤狼
「グゥゥ!」
ヨークの前に赤狼が現れた。
狼はヨークに殺意を向けていた。
『敵』だ。
『敵』が現れた。
現れてくれた。
そう思った。
ヨーク
(『答え』を見なきゃ……前になんか進めねえ……!)
ヨークは手の平を『敵』へと向けた。
そして、口を動かし、喉を震わせた。
ヨーク
「『敵強化』ッ!!!」