2の8の2
ヨークの笑いが、狭い独房に響いた。
ベイク
「っ……」
ベイクは不気味に思い、半歩下がった。
ガネス
「ビビるな! 丸腰で、腕も砕けてる!」
ヨーク
「丸腰……か」
ヨークは、かつてのアネスとの会話を思い出した。
神殿で、クラスについて話をした。
魔術師、暗黒騎士、魔剣の話をした。
その続きだった。
アネス
「あと、もう1つ覚えておいて」
アネス
「実は、魔術師は……」
アネス
「杖が無くても魔術を使えるの」
ヨーク
「え……?」
アネス
「って言っても、威力は杖を使った時の、3分の1も出ないんだけどね」
アネス
「流石に、杖が無くても魔術師をやっていけるほど、甘くは無いよ」
アネス
「でも、非常時には、頼りになることも有るはずだから、覚えておいてね」
ヨーク
「3分の1……」
アネス
「うん。3分の1」
ヨーク
「ありがとう。アネスさん」
ヨーク
「アネスさんが教えてくれたこと、きっと役立ててみせるよ」
アネス
「杖を失くさないのが一番なんだからね? 分かってる?」
ヨーク
「ああ……」
ヨークは追想を終えた。
ヨーク
「そうだな……」
思い出の中のアネスに、答えた。
そして……。
ヨーク
「氷槍」
ヨークは唱えた。
氷の槍が放たれた。
槍はガネスの肩に突き刺さった。
ガネス
「ぐああああああああっ!?」
手枷が無くなったことで、ヨークの全身に魔力が漲っていた。
たとえ杖が無くとも、ヨークの魔術の威力は、上級冒険者に匹敵する。
ガネスは崩れ落ちた。
ベイク
「ひっ!?」
ベイク
「ひいいいいいぃぃっ!」
残されたベイクが、ヨークに背を向けた。
逃げ去るつもりだった。
遅い。
ヨークは逃さなかった。
ヨーク
「おらあっ!」
ヨークの鋭い飛び蹴りが、ベイクの背に突き刺さった。
ベイクは独房から飛び出し、廊下の壁に激突した。
そして、崩れ落ち、動かなくなった。
ヨーク
「出産祝いだ」
ヨーク
「間男のガキによろしくな」
ヨークは挑発したが、顔色は悪かった。
手首がどうしようもなく痛い。
脳はもう、痛みをごまかしてはくれなかった。
ヨークはふらふらと牢屋を出た。
地下から一階へ上がり、外へ。
正面から裁判所を出た。
前方の通りに、兵の群れが見えた。
敵だろうか。
ヨークはそう考えた。
ヨーク
「うようよと……面倒くせえ……」
蹴散らしてやる。
こんな奴ら、一撃だ。
ヨークは右手を兵の群れに向けた。
手首が痛みを増した。
骨の一部が、皮から飛び出していた。
ヨークは朦朧とした意識のまま、魔術を放とうとした。
エル
「あっ……!」
どこかで聞いたような声がした。
エル
「ヨーク様……!」
なぜだか、ヨークの心が安らいだ。
妙に懐かしいような。
そんな気分になったのだった。
ヨークは目の前の連中を、吹き飛ばすのを止めた。
ヨーク
「お母さん……?」
ヨークは無意識にそう呟いた。
デレーナ
「ヨーク!」
ヨーク
「あ……?」
デレーナがヨークに駆け寄った。
デレーナ
「大丈夫ですの!?」
ヨークはようやく、この場にデレーナが居ることに気付いた。
ヨーク
「お前も……敵か……?」
朦朧とした意識で、ヨークは問いかけた。
デレーナ
「何を馬鹿なことを……どうしたというのですか」
ヨーク
「腕……痛ェ……」
ヨークの体が崩れそうになった。
デレーナは咄嗟に、ヨークの体を抱きとめた。
デレーナ
「ヨーク!?」
ヨーク
「お母さん……どうして……」
ヨークは目を閉じた。
そして、そのまま意識を失った。
…………。
ヨーク
「う……」
1時間後。
ベッドの上で、ヨークは目を覚ました。
宿屋のベッドよりも柔らかい。
ヨークはぼんやりと、そう考えた。
デレーナ
「気がつきましたの?」
エル
「…………」
ベッドの脇には、デレーナやエルの姿が有った。
ヨーク
「ここは?」
ヨークは上体を起こした。
視界に入ったのは、見慣れない部屋だった。
デレーナ
「私のお家ですの」
デレーナ
「お体の調子は? いっときは、酷い熱が出ていましたのよ?」
ヨーク
「快調だ」
ヨーク
(嘘だが、どうでも良い)
治癒術は万能では無い。
重症を負った時は、後遺症が残ってしまうことも有る。
ヨークの手首には、まだ鈍い痛みが残っていた。
長引くかもしれなかった。
デレーナ
「そう……」
ヨーク
「エルは無事だったんだな。良かった」
エル
「親切な方に、助けていただきました」
ヨーク
「そうか。……ミツキは?」
デレーナ
「ミツキ?」
ヨーク
「俺の仲間だ。連中に捕まった。フルーレもだ」
デレーナ
「ユーリの足取りなら、掴めていますわ」
ヨーク
「どこだ!? 言え!」
デレーナ
「知ってどうするおつもりですの?」
ヨーク
「言えよ。良いから」
デレーナ
「……………………」
ヨーク
「言えって言ってるだろ……!」
ヨークはデレーナににじり寄った。
そのとき、間に割って入る者が居た。
マルクロー
「止めなよ。女性に乱暴するのは」
第2王子、マルクローだった。
ヨーク
「お前は……」
ヨーク
(パーティに居た王子様か)
ヨーク
「俺はただ……ミツキの居場所が知りたいだけだ」
マルクロー
「知ってどうするんだい?」
ヨーク
「会いに行く。取り戻す。それで、謝らないと……」
マルクロー
「謝る?」
ヨーク
「俺がパーティに行ったせいで……ミツキが怪我をした」
ヨーク
「ミツキは止めろって言ってたのに……」
ヨーク
「だから……謝らないと」
マルクロー
「今……」
マルクロー
「僕たちは、ユーリ討伐のための軍勢を、編成しているところだ」
ヨーク
「軍隊が動くのか?」
マルクロー
「ユーリはやりすぎた」
マルクロー
「法廷の私物化に、メイルブーケ次期当主の誘拐」
マルクロー
「もう、公爵家だからという理由で、許される程度の問題じゃない」
マルクロー
「ユーリは討たれなくちゃいけない」
ヨーク
「今更だな」
パーティの時点で、ユーリはおかしかった。
もっと早く、あいつをなんとか出来なかったのか。
ヨークはそう思ったが、それ以上は責めなかった。
自分がヘマをした。
だから、ミツキが傷ついた。
そう思っていた。
王国軍などという連中は、顔も知らない。
当てにするのが間違っていると思った。
マルクロー
「悪いね」
マルクロー
「権力者同士の闘いは、身軽じゃない。それに……」
マルクロー
「まさかこんなに早く、こんな野蛮な手段を取るとは、思ってもみなかった」
マルクロー
「とにかく、ユーリ=マレルの処罰に関しては、僕が保証する」
マルクロー
「僕たちの闘いが終わるまで、ここで待っていてはもらえないかな?」
ヨーク
「駄目だな」
ヨーク
「お前たちは、ミツキの安全に関しちゃ、一片の保証もしちゃくれない」
ヨーク
「とろい事してたら、手遅れになるかもしれない」
ヨーク
「一刻も早く、ミツキを救い出す」
マルクロー
「……そうか」
マルクロー
「ユーリは、東のフィルスツ砦に向かったらしい」
デレーナ
「殿下!?」
マルクロー
「良いだろう? デレーナ」
デレーナ
「殺されます……!」
マルクロー
「大の男が決めたことだ。尊重してあげたい」
マルクロー
「それに、彼は只者では無い。そうだろう?」
デレーナ
「……殿下がそう仰るのであれば」
ヨーク
「もう良いか?」
マルクロー
「そうだね」
ヨーク
「フィルスツってのは?」
マルクロー
「王領の東方に位置する、マレル公爵領の西端に有る、堅牢な砦だ」
ヨークは砦に詳しくない。
堅牢と言われても、イメージは湧かなかった。
潰す。
何であろうが、潰す。
場所さえ分かれば良い。
そう思った。
ヨーク
「地図が欲しい」
ヨーク
「それに武器と、出来れば猫も」
デレーナ
「……これを」
デレーナは剣をヨークに差し出した。
ヨーク
「魔剣か」
それは、ユーリとの決闘に使った物だった。
デレーナ
「裁判所で見つかりましたの」
ヨーク
「貰っておく」
ヨークは剣を受け取った。
デレーナ
「それは貴方の物ですわ」
ヨーク
「猫も頼めるか?」
デレーナ
「仕方がありませんわね」
デレーナ
「正門で待っていて下さい」
デレーナ
「とびきりの猫を、御用意させて戴きますわ」




