2の6の1
ボワイヤ
「待て! その勝負は無効だ!」
男の声が、ヨークの勝利に水をさした。
ヨーク
「は?」
予想外の物言いを受け、ヨークはボワイヤを睨みつけた。
完全に、自分が勝った。
そのはずだ。
ボワイヤは何を言いたいのか。
ヨークには理解出来なかった。
ボワイヤはユーリを助け起こすと、ヨークに向き直った。
ヨーク
「何なんだよ。お前は」
また下らない何かが、始まるのか。
ヨークはうんざりしていた。
ヨークがボワイヤを睨んでいると、彼は口を開いた。
ボワイヤ
「メイルブーケの魔剣と言えば、並ぶ物が無いとうたわれる名刀」
ボワイヤ
「一方で、ユーリ君が使っていたのは、一般的な、普通の長剣」
ボワイヤ
「ここまで武器の性能に差が有れば、これは対等な決闘とは言えない」
ボワイヤ
「対等な条件で、決闘をやり直すべきだ」
ヨーク
(対等だと?)
ヨーク
(小細工を使いやがったのは、そっちだろうがよ)
ヨーク
「俺は別に、この魔剣を隠し持ってたわけじゃねえ」
ヨーク
「俺がこの剣を使うってことは、勝負が始まる前に分かってただろうが」
ヨーク
「それを決着がついてから、ウダウダ言いやがって……」
ボワイヤ
「ユーリ君には、貴族としての矜持が有った」
ボワイヤ
「たとえ不利だと分かっていても、相手の武器にケチをつけるなど、出来なかった」
ボワイヤ
「だから泣く泣く、不平等な条件を受け入れたんだ」
ボワイヤ
「このような理不尽を、黙って見過ごすわけにはいかない」
クソみたいな言い草だ。
ヨークには、そんな感想しか抱けなかった。
貴族の矜持?
ユーリは手下を使って、決闘の妨害をしてきた。
そんな奴に、まともなプライドなど有るわけが無い。
少なくとも、ヨークにはそうとしか思えなかった。
その事を指摘しても、しらばっくれるだけなのだろう。
そうで無ければ、こんなバレバレの妨害はしてこない。
そう思うと、反論する気持ちも失せた。
ヨーク
「そうかよ。それで?」
ヨーク
「俺ともう一回やりたいのかよ」
ヨークはユーリを嘲笑った。
再戦上等だ。
魔剣など無くとも、魔術師の杖が一本あれば、ユーリを倒してみせる。
妨害さえ無ければ、素手でも負ける気はしない。
何度でも地を這わせてやろう。
ヨークはそう考えていた。
ユーリ
「…………」
ヨークの敵意を受けて、ユーリは明らかに萎縮していた。
とても、ヨークに勝とうという意気込みは、見られなかった。
どうするつもりなのか。
ヨークが反応をうかがっていると、ボワイヤが言った。
ボワイヤ
「彼は、先ほどの不平等な決闘で、負傷している」
ボワイヤ
「この俺が、義によって助太刀しよう」
ヨーク
(義て)
ヨークは突っ込んでやりたい気分だったが、時間の無駄だとも思った。
目の前の男を倒して、終わり。
それが分かりやすいと思った。
ヨーク
「武器はどうするんだよ?」
ボワイヤ
「魔剣は無しだ」
ボワイヤ
「それ以外なら、好きにすれば良い」
ヨーク
(『戦力評価』)
______________________________
ボワイヤ=ジャーニ
クラス ニンジャ レベル79
スキル 突撃 レベル2
SP 206
______________________________
ヨーク
(へぇ……)
ヨークは内心で、少しだけボワイヤを見直した。
ヨーク
(ハイレベルだな。上級冒険者と言うだけはある)
ヨーク
(流石に、魔術無しだとキツイか)
ヨーク
「じゃあ、杖をくれ」
ボワイヤ
「杖? お前は暗黒騎士なんだろう?」
ヨーク
「魔術師だが」
ボワイヤ
「何の冗談だ? まあ良い。好きにするが良い」
ヨーク
「有るか? 杖」
ヨークはエルにそう聞いた。
エル
「すぐに用意致します」
ヨーク
「悪いな」
少し、待った。
エルが邸宅の中から、杖と指輪を持って来た。
ヨークとボワイヤが、決闘の指輪を身につけた。
ヨーク
「始めて良いか?」
ボワイヤ
「ああ」
二人は、新たに用意された指輪を突き合わせた。
その時、ヨークの体に重圧がかかった。
先程と同じ、スキルによる妨害だった。
ヨーク
(またかよ)
一度ダメだったのに、どうして同じことを続けるのか。
ヨークは3つ子の顔を見た。
その表情に、先程までの余裕は無かった。
予想外の敗北に、頭が回っていないのだろう。
ヨークはそう判断した。
妨害のことなど知らず、ボワイヤは抜刀した。
彼は自前の長剣を構え、剣先をヨークへと向けた。
ボワイヤ
「行くぞ」
ボワイヤ
「完膚無きまでに叩きのめしてやろう」
ヨーク
「来いよ」
ヨークは挑発的な笑みを浮かべた。
ヨーク
「後で言い訳して泣くんじゃねえぞ」
ボワイヤ
「泣くのは貴様の方だ。場違いな道化が」
ボワイヤは地面を蹴った。
そして……。
ボワイヤ
「『突撃』!」
スキルの力で加速し、ヨークへと迫ろうとした。
速いなと、ヨークは思った。
それ以外のものは、何も感じなかった。
ヨーク
「穿空」
ヨークは呪文を唱えた。
風の攻撃呪文だった。
一瞬で、竜巻が発生した。
ヨークを中心として生まれたそれは、ヨークを外敵から守る壁となった。
竜巻は、決闘用の障壁を砕き、天高くへと伸びた。
ボワイヤ
「な……!」
ボワイヤの目に、風の驚異が映った。
スキルで加速していたボワイヤは、止まれなかった。
竜巻に、正面から突っ込んでいった。
竜巻を突き破るほどの力は、ボワイヤには無かった。
ボワイヤ
「馬鹿なああああああああああああぁぁぁっ!」
ボワイヤの体が、竜巻によって巻き上げられた。
やがて竜巻が消えると、ボワイヤは落下してきた。
ヨーク
「ふっ」
ヨークは息を吐いた。
そして、ボワイヤの落下地点へと跳んだ。
ヨーク
「おらあっ!」
ヨークの飛び蹴りが、墜落直前のボワイヤを蹴り飛ばした。
ボワイヤ
「ふげえっ!?」
ボワイヤは地面をごろごろと転がっていった。
ボワイヤ
「……………………」
やがてボワイヤは停止し、ぴくりとも動かなくなった。
指輪の石はとっくに砕け、意識が無い様子だった。
ヨーク
(ちょっとやりすぎたか……?)
ヨーク
(まあ、良いか)
戦いが終わると、ヨークは周囲の人々を見た。
勝利への賛辞は無かった。
ヨークは口を開いた。
ヨーク
「ちょっとは憂さ晴らしになったぜ。ありがとよ」
ヨーク
「今度こそ、俺の勝ちで良いんだよな?」
マルクロー
「そうだね」
マルクロー王子が口を開いた。
マルクロー
「君の勝ちだ」
ヨーク
「どうも」
ヨーク
「んじゃ、帰るわ」
ヨークはフルーレにそう言った。
フルーレ
「……ああ」
フルーレ
「たくさん迷惑をかけた。すまなかった」
ヨーク
「良いさ。最後はスッキリしたしな」
フルーレ
「この剣を受け取って欲しい」
フルーレはそう言って、ヨークにさきほどの魔剣を差し出した。
ヨーク
「良いのか? 高いんだろ?」
フルーレ
「命を救われ、家の名誉も救ってもらった」
フルーレ
「返しきれない恩だ。剣くらい、受け取ってもらえないと困る」
ヨーク
「そうか」
ヨーク
「それじゃ、ありがたく貰っとくわ」
ヨークは魔剣を受け取った。
そして、庭の正門の方へ向かった。
去っていくヨークに、フルーレは声をかけた。
フルーレ
「また……会いに行って良いか?」
ヨーク
「良いけど、パーティには行かねえぞ」
ヨーク
「迷宮なら良い」
ヨーク
「あそこなら……皆が平等だ」
フルーレ
「分かった」
フルーレ
「また、迷宮で」
ヨーク
「ああ」
ヨークはメイルブーケ邸を去った。
通りを歩き、宿へと向かった。
少し距離が有るが、別に構わなかった。
歩きながら、決闘のことを思い返した。
ヨーク
(負けてたな……。一回目の戦い……)
ヨーク
(フルーレがくれた武器が魔剣じゃ無かったら……負けてた)
ヨーク
(情けねぇな)
ヨーク
(俺なら勝てるみたいなこと言って、武器が弱かったら負けてたんだ)
ヨーク
(驕ってた)
ヨーク
(俺はバジルを倒した奴に勝った)
ヨーク
(圧勝だった)
ヨーク
(そんなので……世界一強くなったようなつもりになってたんだ)
ヨーク
(馬鹿だった)
ヨーク
(もっと……強くならないとな)
ヨークは宿に帰還した。
階段を上り、自室の扉を開いた。
ヨーク
「ただいま~」
ミツキ
「おかえりなさい。ヨーク」
部屋に入ると、ミツキがベッドに腰かけているのが見えた。
ヨーク
「もう飯食った?」
ミツキ
「いいえ。まだですけど?」
ヨーク
「丁度良い、何か食いに行こうぜ」
ミツキ
「……お腹が空いているのですね」
パーティに行ったのに。
ヨーク
「うん」
ミツキ
「あの女……」
ミツキの瞳孔がキュッと締まった。
ヨーク
「ミツキ?」
ミツキ
「いえ。行きましょう。ヨーク」
ヨーク
「ああ」
二人は宿を出た。
通りを歩いて、食堂に行った。
奴隷連れでも、嫌な顔をされない店。
そんな店を、見つけてあった。
二人は楽しく食事をして、笑いあって、帰った。
そして、翌朝……。
ヨーク
「それじゃ、迷宮に行くか」
ミツキ
「はい」
二人はいつものように、宿屋を出た。
ヨーク
「ん……?」
フルーレ
「ヨーク」
宿屋の外に、フルーレとエルの姿が有った。
その後ろには、羽が生えた猫の姿も有る。
エル
「おはようございます。ヨーク様」
ヨーク
「おお。おはよう」
ミツキ
「…………」
ミツキはフルーレを、ゴミを見るような目で見た。
ミツキ
「何の御用でしょうか?」
エル
「っ……!」
羽猫
「みゃああぁぁぁ……」
エルは肩を竦めた。
羽猫も怯えた様子を見せた。
フルーレはいつもの調子で言った。
フルーレ
「ヨークを誘いに来た」
ヨーク
「誘い?」
フルーレ
「もうすぐお父様が、迷宮の遠征から帰ってくるんだ」
フルーレ
「その次の遠征には、私も参加することになるだろう」
フルーレ
「ヨークも……一緒に来てはもらえないだろうか?」
ミツキ
「その遠征に参加したとして、ヨークに何かメリットは有るのですか?」
フルーレ
「……無いかもしれない」
フルーレ
「ただ、一緒に行きたいんだ」
ヨーク
「行っても良いぞ」
ミツキ
「ヨーク?」
ヨーク
「下らなかったり、変な目で見る奴が居たら帰る。それで良いな?」
フルーレ
「……仕方の無いことだ」
フルーレ
「遠征の参加者には、平民も多い。パーティの時みたいにはならないと思う」
ミツキ
「パーティの時?」
ヨーク
「別に」
先日のことを咎めようとしたミツキの言葉を、ヨークは断ち切った。
もう、ヨークの中では済んだことになっている。
これ以上、揉めて欲しく無かった。
ヨーク
「それじゃ、日程が決まったら教えてくれ」
フルーレ
「ああ」
ヨーク
「ところでその猫、お前のか?」
フルーレ
「エルの猫だ」
フルーレ
「あんなことが有ったばかりだからな」
フルーレが言ったのは、パーティの事件では無く、迷宮での襲撃事件のことだ。
フルーレ
「なるべく街を歩かないようにしている」
ヨーク
「なるほど。可愛いな」
羽猫
「みゃあ」
エル
「……ありがとうございます」
その時……。
ヨーク
(ん……?)
兵士の一団が、ヨークたちの方へ駆けて来るのが見えた。
先頭の兵士が、ヨークの前で足を止めた。
残りの兵士たちも、その少し後ろで止まった。
ヨーク
「…………?」
何だろうか。
ヨークは僅かに首を傾げた。
先頭の兵士が口を開いた。
兵士長
「ヨーク=ブラッドロードだな?」




