2の4
デレーナ
「決闘? 本気で言っていますの?」
ユーリ
「本気だ」
ユーリ
「負けるのが怖いのか? メイルブーケ」
デレーナ
「怖いもなにも……」
デレーナ
「わざわざそちらの思惑に、乗ってさしあげる理由は有りませんわ」
ユーリ
「良いのか?」
デレーナ
「何が言いたいんですの?」
ユーリ
「その写真だが……それが全てだと思うか?」
フルーレ
「えっ?」
ユーリ
「今お前が持っているのは、入手した写真の中でも、比較的穏当な物だ」
ユーリ
「私たちの手元には、もっと過激で、目も覆うような写真も有る」
ユーリ
「決着を長引かせて、うっかり写真が流出するようなことが、無ければ良いが……」
デレーナ
「どうせ……偽の写真ですわ」
ユーリ
「真偽がどうであろうと、写真が出回れば、フルーレの名誉は地に落ちる」
フルーレ
「っ……」
デレーナ
「…………」
デレーナ
「そのようなことをして……ただで済むと思っているんですの?」
写真をばらまけば、明確な迷宮伯家への敵対行為になる。
そのうえ、ユーリは写真の出所を明らかにしまっている。
この場に居るのは、フルーレたちだけでは無い。
事件に関わりの無い招待客が、遠巻きに騒動を見ていた。
写真が出回れば、王都中の貴族に、ユーリの仕業だと知れる。
公爵の子に、そのような下賤な行為が許されるわけが無い。
迷宮伯家だけでなく、マレル公爵家の名誉までもが傷つくことになるだろう。
この場の誰も得をしない。
共倒れの蛮行だった。
ユーリ
「私は本気だ」
ユーリ
「愛する者のためであれば、この身が削られようと構わない」
デレーナ
「外道! 見損ないましたわ!」
デレーナ
「まさかここまで下劣な方だったなんて……!」
ユーリ
「人聞きが悪いな」
ユーリ
「下劣なのは、不貞を犯したフルーレの方だろう?」
デレーナ
「まだ言いますの……!?」
ユーリ
「決闘だ。それ以外の解決は無い」
デレーナ
「そんなこと……不可能ですわ」
ユーリ
「何故だ?」
デレーナ
「妹は加護を授かったばかり。とても決闘が出来るようなレベルでは有りませんの」
ユーリ
「何を惚けている」
ユーリ
「決闘には、代理人が認められている」
ユーリ
「メイルブーケの家中から、戦士を選べば良い。ただし……」
ユーリ
「決闘は、今夜行わさせてもらう」
デレーナ
「っ……!」
デレーナ
「お父様たちが居ないのを分かって……!」
ユーリ
「ほう。お父上は不在なのか。それは知らなかった」
デレーナの父であるブゴウ=メイルブーケは、迷宮に居る。
成人式を受けた若者たちを、迷宮でレベルアップさせる。
迷宮伯家の恒例行事だった。
それは国防の根幹を成す、重大な行事だ。
国家の要請であり、公爵家の人間が知らないはずが無い。
デレーナ
「白々しいですわよ」
ユーリ
「あまり言いがかりをつけるのは、止めてもらえるか?」
ユーリ
「フルーレは戦えない? それがどうした?」
ユーリ
「お前が戦えば良いだろう。デレーナ=メイルブーケ」
デレーナ
「…………」
ユーリ
「どうした? 私に負けるのが怖いか?」
フルーレ
「勝手なことを言うな!」
フルーレ
「お姉様は強い! お前たちなんかに負けない!」
ユーリ
「ほう?」
ユーリ
「妹はこう言っているが? デレーナ」
デレーナ
「…………」
デレーナ
「私は……」
デレーナは顔を歪めた。
デレーナ
「戦うなんて……出来ませんわ……」
フルーレ
「お姉様……!?」
ユーリ
「ではどうする?」
デレーナ
「誰か……代理の者を……」
急に弱気になったデレーナは、反論することも出来なくなってしまった。
ただうろうろと、視線をさまよわせた。
???
「僕が立候補しても良いかな?」
若い男の声がした。
デレーナは声の方へ視線を向けた。
デレーナ
「王子……?」
そこに、煌びやかな貴人の姿が有った。
彼は涼やかな青髪青目で、白の礼服を身に着けていた。
礼服には、手間のかかった金の装飾が施されていた。
衣装を一目見ただけで、只者でないということは分かった。
よほど身分の高い者か、さもなければ成金かだ。
「マルクロー王子……?」
「どうして王子が……」
ざわめきが起きた。
決闘の代理を王族が買って出るなど、珍しいことだった。
ヨーク
「誰だ?」
また新しいのが出てきた。
ヨークはそう思った。
マルクロー
「えっ?」
そんなことを言われたのは初めてで、マルクローは呆気にとられた。
ヨーク
「うん?」
ヨークはマルクローの反応の意味が分からず、首を傾げた。
マルクロー
「凄いな……。本気で言ってるみたいだね」
ヨーク
「本気で知らん」
マルクロー
「はは。僕はマルクロー=スレイヴル」
マルクロー
「この国の第二王子だよ」
ヨーク
「そうか。俺はヨーク=ブラッドロードだ」
王子と言われても、ヨークは動じなかった。
町中で会えば、畏まっていたかもしれない。
だが、不愉快なパーティの最中だ。
貴族連中に、喧嘩を売られたようなものだと思っていた。
見せかけの礼儀を取り繕うつもりは無かった。
マルクロー
「よろしく。それで、話を戻しても良いかな?」
ユーリ
「……ええと」
ユーリ
「先ほど、王子は何と仰いました?」
ユーリは恭しく尋ねた。
今まで好き勝手やってきていた。
だが、流石に王家相手には、同じ態度は取れないらしい。
マルクロー
「僕がフルーレの代理人になる」
マルクロー
「そう言ったんだよ」
フルーレ
「どうして王子が……?」
マルクロー
「……実はね」
マルクローは恥ずかしそうに微笑んだ。
マルクロー
「僕はフルーレのことを、憎からず想っていたんだ」
フルーレ
「えっ……!?」
ユーリ
「初耳ですが?」
マルクロー
「フルーレには、君という婚約者が居たからね」
マルクロー
「人の婚約者を強引に奪い去るほど、僕は高慢では無いつもりだ」
マルクロー
「だけどどうやら、君たちは不仲のようだね? それなら……」
マルクロー
「少しくらい体を張るのも良いかと思ってね」
ヨーク
「強いのか? 王子様」
マルクロー
「ほどほどにね」
マルクロー
「もし負けても、慰謝料は全額、王家が負担させてもらうよ」
ヨーク
(慰謝料? 何の話だ?)
フルーレ
「そんな恐れ多いことをしていただくわけには……」
マルクロー
「僕がやりたいんだ。頼むよ」
フルーレ
「ですが……」
ヨーク
「……なあ」
フルーレ
「何だ?」
ヨーク
「代理人っていうの、俺じゃあ駄目か?」
フルーレ
「ヨーク?」
ヨーク
「聞いた感じ、代理人ってのは誰でも良いんだろ?」
ヨーク
「なら、俺にやらせろよ」
ヨークは鬱憤が溜まっていた。
一暴れしたい気分になっていた。
機会が有るのなら、逃すことは無い。
マルクロー
「……譲ってもらえないかな? 彼女に良いところを見せたいんだ」
ヨーク
「この中で、俺が一番強い」
マルクロー
「大した自信だね」
ヨーク
「事実だ」
フルーレ
「…………」
ヨーク
「アンタでも、あんなモヤシには負けねーだろうが……」
ヨーク
「俺が行った方が確実だ」
マルクロー
「参ったな……」
マルクローはフルーレに視線を移した。
マルクロー
「フルーレ。決闘を挑まれたのは君だ」
マルクロー
「君に、代理人を選ぶ権利が有る」
マルクロー
「出来れば、僕を選んでくれると嬉しいけどね」
フルーレ
「私は……」
フルーレは少し申し訳無さそうにした。
だが、迷わずに言った。
フルーレ
「ヨーク。頼む」
フルーレは迷宮で、ヨークの手腕を見ている。
それに、この方が、王家に借りを作らずに済む。
二重の意味で、正しい選択だと思っていた。
ヨーク
「あいよ」
マルクロー
「残念だな……」
フルーレ
「申し訳ありません。殿下」
フルーレ
「ですが、彼の強さは私がよく知っています」
フルーレ
「ヨークに託すのが確実だと、そう判断しました」
マルクロー
「そうか。仕方ないね」
マルクロー
「けど、もし彼が負けた時は、僕が君を援助させてもらうよ。良いね?」
フルーレ
「ありがとうございます。ですが……」
フルーレ
「ヨークは勝つ。そう思います」
マルクロー
「彼を信頼してるんだな……」
フルーレ
「ええ。はい」
ユーリ
「どうやら話は決まったらしいな」
ユーリ
「私の相手が山猿というのは、些か不満だが……」
ユーリ
「決闘の条件をまとめさせてもらっても良いかな?」
フルーレ
「分かった」
フルーレたちとユーリとの間で、話し合いが始まった。
細かい条件決めをしているらしかった。
そもそも決闘を受ける必要は有ったのか。
ヨークは薄々そう思っていたが、口には出さなかった。
せっかく暴れられるチャンスだ。
その機会に水を差すつもりは無かった。
やがて、話し合いは終わった。
一行は庭に移動した。
広い庭だ。
斬り合いくらいなら、十分に出来る。
ユーリは立ち止まると、懐から小箱を取り出した。
ユーリが小箱を開くと、その中には一組の指輪が有った。
ユーリ
「指輪を」
ユーリはヨークに小箱を向けた。
ヨーク
「指輪?」
ヨークは動かなかった。
指輪が何なのかも分からない。
ユーリはヨークに呆れ顔を向けた。
ユーリ
「……それも知らないのか。本当に山猿だな。お前は」
知らなくて何が悪い。
そんな反抗心を抱きながら、ヨークは言葉を返した。
ヨーク
「良いから説明しろよ」
ユーリ
「これは決闘のために作られた指輪だ」
ユーリ
「指輪が作動すると、装着者の体に、身を守る結界が張られる」
ユーリ
「それと、観衆を守るための結界も」
ユーリ
「決闘者が、限界を超える攻撃を受けると、指輪は破壊される」
ユーリ
「指輪が壊れた方が負けだ」
ヨーク
「なるほど……」
ヨーク
「分かりやすくて良いな」
ヨークは指輪に手を伸ばした。




